l'esquisse

アート鑑賞の感想を中心に、日々思ったことをつらつらと。

特別展 インカ帝国のルーツ 黄金の都シカン

2009-10-04 | アート鑑賞
国立科学博物館 2009年7月14日-10月12日

   

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本展で企画された「一日ブログ記者募集」(*)に応募したところ(いつも大変お世話になっている、Takさんのこちらの記事に感謝!)、運よくご招待頂いたので、写真撮影可ということでデジカメとメモ帳を持って久々に科博へ行ってきた。南米文化に(も)疎いので、「シカン」と聞いても全く無反応の私であったが、こういう好機を頂いたからには少しでも勉強してこなくては!

(*)この企画は既に終了しています。

まず、頂いた資料を元に、大まかにこの展覧会の趣旨を理解しておきたい。

シカン文化」とは9世紀から1375年頃までペルー北海岸で栄えた、アンデス文明の一つ。10世紀から11世紀の中期シカン時代に最盛期を迎え、バタングランデ周辺に巨大な神殿群を築いた。

1978年から日本人の島田泉教授(南イリノイ大学人類学科教授・考古学者。1948年生まれ)がシカン遺跡周辺の綿密なフィールド・ワークを行い、その地の宗教、世界観、生活の様子などが明らかに。その文化の独自性から、先住民の言葉で「月の神殿」を意味する「シカン(文化)」と命名された。

その30年間にわたる調査は、巨大なピラミッド「ロロ神殿」東に眠る墓の発掘(5体の遺体と共に100点を超す黄金の装身具を含む1.2トンという大量の遺物が出土)、更に「ロロ神殿」西の墓の発掘、シアルーペ遺跡における金属と土器の工房の発見、「ロロ神殿」スロープ脇の墓の発掘など多数の成果を生む。本展ではこれらの研究調査結果を元にシカン文化の全容を紹介すべく、土器、金属製品、織物、人骨、ミイラなど約200点の考古遺物が展示される。

出土品を見渡してみれば、高度な「金属加工技術」と「土器製法技術」が見どころ。

構成は以下の通り:

プロローグ 「歴史を塗りかえた偉大な考古学者たち」
第1部 シカンを掘る! 考古学者の挑戦
第2部 シカン文化の世界 -インカ帝国の源流
エピローグ

では、順路に沿って進んでいきたい:

プロローグ 「歴史を塗りかえた偉大な考古学者たち」

「考古学」という学問の究極の目的は、「人間とはいったいどのような存在なのかを知り、われわれはどこから生まれ、どこに向かおうとしているのかを問うことにある」とある。しかし実際は机上の多大なる研究のみならず、過酷なフィールド・ワークも伴う大変な学問。電磁波レーダー探査やDNA鑑定など化学分析技術を駆使するとはいえ、基本は粉塵にまみれた地道な発掘作業。ケースの中には、大小の刷毛、スコップ、ふるいなど実際の発掘に使われる様々な道具類や、発掘品のスケッチが描かれたノートなどが並んでいた。



第1部 シカンを掘る! 考古学者の挑戦

まずは、今は風化して原形をとどめないロロ神殿の模型。シカン遺跡には大小12の神殿があり、南北1000m、東西1600mの横になったT字型に配列されている。その一つであるロロ神殿は、底辺100mx100m、高さ32m。神殿下とその外側に多くの墓が作られた。



同じ部屋の壁沿いのケースには、前期シカン(AD850-950)、中期シカン(AD950-1100)、後期シカン(1100-1375)と3期それぞれに作られた黒い壺が並んでいる。後期以外のものにはシカン神の顔が彫られており、様々な出土品に入れ込まれたこの顔に今後いく度となくお目にかかることになる。



画像では分かりにくいが、壺の首の部分にシカン神の顔がある。「アーモンドアイ」と呼ばれる、上下二重まぶたに縁取られた釣りあがった大きな目、三角にとがった鼻、真一文字の口元。なんとなく懐かしみを覚えるのはなぜだろう?

また、3分程度にまとめられた発掘に関する映像が各所で流されているが(撮影を試みたが、ことごとく失敗)、後半の展示箇所で島田教授らによるシカンの黒色土器の製法のデモンストレーションの様子も流れていた。

『シカン黄金大仮面』 (11世紀初期)

 斜め前から撮ったら、ケースの枠が入ってしまった。

チラシの中央に鎮座する黄金の大きな仮面。全長約100cm。ケースの中から圧倒的な存在感を放っており、誠に派手できらびやか。メカニックな印象すら受ける。赤く彩色されている部分がシカンの神で、頭上には鋭い牙をむき、舌を出すグロテスクな顔のついた頭飾り。1991年に発掘された、ロロ神殿東の墓の主埋葬者の顔につけられていた。その真意は謎だが、死者をシカン神に変身させる意味合いがあるのかもしれない、とのこと。

第2部 シカン文化の世界 -インカ帝国の源流

この章では、〈宗教〉〈交易〉〈技術力〉〈人々の生活〉〈社会構造〉〈自然環境〉という6つの観点から出土品を観ていく。

『シカン黄金製トゥミ』 11世紀初期



トゥミとは儀式用のナイフ。さまざまな商品の意匠にも採用されている、「ペルー国の象徴」でもあるそうだ。これは高さ42センチ、重さは992gあるとのこと。シカン神の半円の頭飾りの部分といい、繊細な彫金技術が冴える、美しい作品。トゥミは生贄の首を切るのに使われた、と聞くとぞっとするが。尚、シカンは北海岸地方の人々の信仰の中心となった宗教都市であった。

ついでに、ウミギクガイなど現在のシカン遺跡周辺では採集できないものがシカン遺跡から発掘されることがあり、このトゥミのようにふんだんに使われている金にしても、金鉱は周辺には存在しないそうだ。研究の結果、シカンは広域の交易ネットワークを形成していたことが判明。

『シカン神の顔を打ち出し細工した黄金のケロ』  (中期シカン 950年~1100年頃)



「シカン遺跡はアンデス文明のなかでもとくに大量の黄金の装飾品を作り、また実用具に使われた砒素銅(青銅)の大量生産技術をはじめて確立した文化だった」とのこと。この画像はシカンの神の顔がグルリと囲む、重量感ある杯(「ケロとはふちの広がっているコップのこと」と解説にあったが)。隣り合う神が、片方の目を共有している。



こちらは金製胸飾り。人が多くて撮影は遠慮したが、他にも黄金に輝く精巧な蜘蛛、大ぶりの耳飾り、金を薄く引き延ばして彫金した装飾品の繊細な部品など、作り手の職人的手先の器用さ、技量の高さを思わせる出土品が沢山並んでいた。

さて、今度は土器類。きらびやかな金製品とは異なる、手のぬくもりが伝わってくるような味わい。文字を持たなかったシカン文化は、土器や織物の文様が多くを物語る。



「シカンの人々は土器に生活のさまざまな場面を彫刻した」という解説を読むまでもなく、彼らの生活がなんとなく想像される土器が沢山並び、その素朴な作風に思わず微笑んでしまう。トウモロコシといえば、南米原産であり、彼らの主食。トウモロコシ3本を頭に載せた神様をモティーフにしたこの壺もなかなかの趣。また、その左下にはあんぐり口を開けたお魚の壺。ペルー北海岸は高温で雨が少なく、人々は水が底をつくことを恐れた。よって、水に関わりのある動物の土器が多い、とのこと。じゃ、手が滑って割っちゃったりしたら、不吉なことだとして動揺したりしたのかな?



手前のブタさんお笑いトリオ。なんとも微笑ましいじゃありませんか。

『シカン神と二人の従者をかたどった壺』 (中期シカン 950年~1100年頃)



このシカン神は口元が笑っていて、肩を組む仲良し三人組のよう。

エピローグ

『黄金の御輿』 (11世紀)



この写真もイマイチだが、これは御輿の後ろの背もたれの部分を背後から撮ったもの。たくさんのシカン神が下がり、手の込んだ装飾がされている。

『シカンのミイラ包み(ファルド)』 11世紀

シカン遺跡から南方約165kmにある、モチェ文化の中心、ブルホ遺跡から出土したミイラ包み。シカン文化に先立つモチェ文化は、衰退後シカン文化を吸収し、同化していった。このミイラ包みは頭部に銅製の仮面が付けられていて、包みとともにシカン文化の特徴をもつ土器などが見つかったとのこと。

「埋葬のデータを調べると、シカンは支配者層と庶民が階層としてはっきり別れている階級社会であった」との解説。このミイラは支配者層の人だが、あぐらをかいた体勢で幾重にも布で巻き包まれるのはいかにも窮屈そう。

尚、11世紀末にシカンの地を干ばつと大雨が繰り返し襲い、飢饉と洪水が蔓延した結果、隆盛していた中期シカン文化が急速に衰えていったそうだ。

3Dシアター・ナチュラル

最後に3D眼鏡を借りて、3Dシアターへ。立体的な映像や音と共に、発掘現場の様子や美しいCGで再現する墓室の中の様子を楽しめる。

宗教観は多様だとはいえ、逆さ埋葬というものを初めて知った。墓室の中、上層部に埋められた生贄と共に一番下に葬られている墓の主は、あぐらをかいた体勢で逆さまに埋められ、切り離された頭部だけがその首の前に置かれている。顔には例の仮面。正面から見る分にはいいが、CG上のカメラの視点がグルリと横に回る時はドキドキ。画面は美しいが、なんて異様な光景だろう。。。

 仮面の後ろにはこちらを向く顔が(映像でも顔は見えないが)。

以上であるが、全体的に趣向が凝らされた展示は、メリハリがある上すっきりと見易く、最後まで飽きることなく楽しめた。実際に観るまでシカン神の面持ちにこんなに親しみを覚えるとは思わなかったし、出土品に見るシカン文化の美的センスは結構好きであった。

この展覧会も残すところあと1週間余り(10月12日まで)。ご興味のある方はお急ぎ下さい。