東京都美術館 2009年1月24日-4月5日
先日「妙心寺展」を観に行って日本の美にどっぷり浸かってきたから、今度は軽やかなイギリスの装飾品でも、とろくすっぽ予習もせず、ウィリアム・モリスの壁紙でラッピングした頭で出かけたので、最後は棟方志功で終わろうとは想像だにしなかった。確かにタイトルに"ウィリアム・モリスから民芸まで"と小さ目に添えられているが、実際に会場に足を踏み入れ、パネルに書かれた本展の趣旨を読んで「あらそうなの」と思ったものの、イギリスの作品の展示が終ってヨーロッパの展示に入るや興味がだんだん薄れ、最後の我が日本の「民芸」に至っては残念ながら心から浮いてしまう結果となった。
まぁ、順番に行くとしましょうか。
アーツ&クラフツは、19世紀後半のイギリスにおいて、ウィリアム・モリス(1834-96)やジョン・ラスキン(1819-1900)らが牽引したデザイン運動。産業革命を世界に先駆けて成し、産業化、工業化による大量生産によって得た富に沸く19世紀のイギリスで、『手仕事の良さを見直し、自然や伝統に美を再発見し、シンプルなライフスタイルを提案する』(本展オフィシャル・サイトより)という基本理念のもと、家具、ファブリック、書籍など、生活に活用できる様々な作品を世に送り出した。
今回の展覧会は、その本家イギリスにおけるアーツ&クラフツ運動のみならず、その影響を受けてヨーロッパや日本でも展開した芸術運動を探る試み。ロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館(博物館と呼んだ方がピンとくるが)との共同企画で、本国では「International Arts and Crafts」と題され、2005年に開催されている。
ちなみにV&A美術館では以下のような展示構成になっていた:
Britain 1880 - 1914
America 1890 - 1916
Europe 1890 - 1914
Japan 1926 ‐ 1945
今回日本での構成は以下の通り:
Ⅰ イギリス/Britain
Ⅱ ヨーロッパ/Europe
Ⅲ 日本/Japan
非常に大雑把な括りであるが、日本での展示からはアメリカが割愛され、当然ながら出展作品も全てが同じではない。だいたいV&A美術館には、モリス商会が手掛けた美しいモリス・ルーム(グリーン・ダイニング・ルーム)が今もミュージアム・レストランの一部として機能しているのだから、比較すること自体無理。
では、東京で印象に残った作品をつらつら挙げていきたい:
(以下すべてイギリス/Britainから)
『森』 ウィリアム・モリス、ジョン・ヘンリー・ダール、フィリップ・ウェッブ (1887年) 羊毛と絹のタペストリー織り
横幅4.5mもある横長の大きなタペストリーで、いかにもモリスといった青緑の森の中に、左から孔雀、野ウサギ、ライオン、キツネ、カラスが並ぶ。中央の、オズの魔法使いに出てくるような優しい顔のライオンがなかなかの迫力。今もこれらの動物を1種類ずつモティーフに切り取ってデザインしたクッションなども売られているようだ。
『壺を持つブルターニュの少女』 ジョージ・クラウセン (1882年) 油絵
絵が視界に入るや、”あら、またお会いしましたね”。2003年にBunkamuraで開催された「ミレー3大名画展 ~ヨーロッパ自然主義の画家たち~」で観た絵に期せずして再会であった。なかなか良い絵であるし、アーツ&クラフツの自然主義に通ずる、同時代の作品ということで展示されているのだろうが、ポツンと1点だけ油絵が掛かっていると何となく浮く感じも。
『聖ゲオルギウス伝ステンドグラス・パネル6枚』 ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ (1862年) ステンドグラス
個人的にロセッティの油絵、というか、油絵に描かれる女性像が余り好きではないのだが、彼の画風はステンドグラスに起こすとなかなかいいものだと思った。ドラゴン退治の物語も彼の作風に合ったテーマ。ステンドグラスの白色部分が実際は透明だったが(後ろに白いスクリーンか何かがある)、これは窓にはめ込むものではないのだろうか?当時ゴシック復活の機運から教会からの注文が多く、ステンドグラスはモリス商会の貴重な財源だったらしい。モリスやバーン=ジョーンズも数多くデザインを担当しており、V&A美術館内のモリス・ルームにはバーン=ジョーンズの中世風の美しいステンドグラスがある。
貴婦人と動物のサイドボード』 エドワード・バーン=ジョーンズ (1860年) サイドボード
頭に白いベールをかぶり、ロングドレスに身を包んで横向きに立つ中世風の貴婦人が中央に描かれたサイドボード。彼女の周りにたくさんいる白っぽいオウムに手を差出し、餌でも与えているのだろうか。手作り感の温もりが感じられる家具。
『いちご泥棒』 ウィリアム・モリス (1883年) 内装用ファブリック
ケルムスコット・マナーのキッチン・ガーデンで、小鳥が果物をついばんでいるのを見たことからモリスが編み出した有名なデザイン。小鳥のペアーが背中合わせにそれぞれ左と右を向き、口にイチゴをくわえた愛らしいパターン。のどかなイングランドのカントリーサイドの暮らしが漂ってくる。
『果樹園』あるいは『オーチャード』 ウィリアム・モリス、ジョン・ヘンリー・ダール (1890年) タペストリー
これも横に長い大きな作品。中世風のロングドレスに身を包んだ4人の女性が、正面を向き、均等の間隔をおいて横に並んで立っている。ゴシック体の文字で書かれた詩が刻まれた、横長にたなびく帯状のバナーを一緒に持ち、背景にはオレンジ、リンゴ、ブドウ、西洋ナシの木が、そして裸足の足元には色とりどりの野の花が咲き乱れている。女性の顔はややバーン=ジョーンズのそれと似ているが、モリスの方が柔和で穏やかな表情。美しい絵巻物のようなタペストリー。
『孔雀』 アレキサンダー・フィッシャー (1899年) 燭台
孔雀をモティーフに、銀とエナメル技術を駆使したきらびやかな燭台。どちらかというとアール・ヌーヴォー的な作風で、まるで1点豪華主義とでもいおうか、他の作品から浮いているようにも感じたが、機械生産ではできない手仕事の美しさに目を奪われた。
『置き時計』 C.F.A.ヴォイジー (1895-96年)
野原、ヨットの浮かぶ湖、山、それらを背景に手前に木が横並びに3本という、朴訥とした絵が描かれた置時計。でも木々の間にたなびくバナーに書かれているのは「TIME AND TIDE WAIT FOR NO MEN」。そう、その通り。このあいだ年が明けたと思ったらもう2月も半ばではないか。時計にピッタリな格言、と思いつつ、きっと眺めいているうちにいつの間にやらデザインの一部としてデフォルトになって、戒めにすらならないんだろうな(私の場合)。
さて、次はヨーロッパの展示。オーストリア、ドイツ、スカンジナビア、ロシアの作品が並ぶ。基本的に家具、ガラス工芸、陶芸、ファブリックなど、作品の種類はイギリスと似たような感じだが、やはりデザインの風情がかなり異なるのを感じた。
イギリスは主にデザインに動植物を取り入れ、色彩も柔らかく、言うまでもなくカントリーサイド趣味的。翻って大陸の国々では、人の顔や形もモティーフとして加わり、特にウィーンやドイツは直線的、都会的、シャープで、グラフィック的要素が強いように思った。
北欧の家具や食器、ファブリックなどは日本の若い女性にも大人気だが、この数年とてもポピュラーなフィンランドのマリメッコ製品などにも通ずるデザインを見つけて、その国特有の風土に培われた伝統の長さを改めて思った。
そして最後の我が日本の「民芸」の展示。柳宗悦らが昭和初期に建てた「三国荘」(みくにそう)の再現などはかなりの労作であったし、富本憲吉、河井寛次郎、濱田庄司らの焼き物や芹沢介の『沖縄絵図六曲屏風』など、趣向を凝らした展示であったにも関わらず、どうにも心に入ってこなかった。西洋のカラフルな品々を観続けたあとに、渋い色彩に沈んだ日本家屋の空間はなかなか染み入ってこない。
ふと思い出したのだが、15年ほど前にイングランドのセント・アイヴスにあるテイト・ギャラリーの分館で、何点か濱田作品を観たことがあった。実はその時初めて彼の名を知ったのだが、コーンウォールの青く美しい空や紺碧の海、白壁の建物を見続けた目には、あの土色をした渋い風情の焼き物はどうにもピンとこなかった。
この展覧会の趣旨は理解するが、はなからマインドセットが間違えていた私には、この三つのグループを一緒に観るには辛いものがあった。特に日本の作品群などは、お隣の韓国や中国、あるいはインド以東のアジアの括りで鑑賞したらもっとすんなり入ってきたかもしれない、などと思ってしまった。
先日「妙心寺展」を観に行って日本の美にどっぷり浸かってきたから、今度は軽やかなイギリスの装飾品でも、とろくすっぽ予習もせず、ウィリアム・モリスの壁紙でラッピングした頭で出かけたので、最後は棟方志功で終わろうとは想像だにしなかった。確かにタイトルに"ウィリアム・モリスから民芸まで"と小さ目に添えられているが、実際に会場に足を踏み入れ、パネルに書かれた本展の趣旨を読んで「あらそうなの」と思ったものの、イギリスの作品の展示が終ってヨーロッパの展示に入るや興味がだんだん薄れ、最後の我が日本の「民芸」に至っては残念ながら心から浮いてしまう結果となった。
まぁ、順番に行くとしましょうか。
アーツ&クラフツは、19世紀後半のイギリスにおいて、ウィリアム・モリス(1834-96)やジョン・ラスキン(1819-1900)らが牽引したデザイン運動。産業革命を世界に先駆けて成し、産業化、工業化による大量生産によって得た富に沸く19世紀のイギリスで、『手仕事の良さを見直し、自然や伝統に美を再発見し、シンプルなライフスタイルを提案する』(本展オフィシャル・サイトより)という基本理念のもと、家具、ファブリック、書籍など、生活に活用できる様々な作品を世に送り出した。
今回の展覧会は、その本家イギリスにおけるアーツ&クラフツ運動のみならず、その影響を受けてヨーロッパや日本でも展開した芸術運動を探る試み。ロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館(博物館と呼んだ方がピンとくるが)との共同企画で、本国では「International Arts and Crafts」と題され、2005年に開催されている。
ちなみにV&A美術館では以下のような展示構成になっていた:
Britain 1880 - 1914
America 1890 - 1916
Europe 1890 - 1914
Japan 1926 ‐ 1945
今回日本での構成は以下の通り:
Ⅰ イギリス/Britain
Ⅱ ヨーロッパ/Europe
Ⅲ 日本/Japan
非常に大雑把な括りであるが、日本での展示からはアメリカが割愛され、当然ながら出展作品も全てが同じではない。だいたいV&A美術館には、モリス商会が手掛けた美しいモリス・ルーム(グリーン・ダイニング・ルーム)が今もミュージアム・レストランの一部として機能しているのだから、比較すること自体無理。
では、東京で印象に残った作品をつらつら挙げていきたい:
(以下すべてイギリス/Britainから)
『森』 ウィリアム・モリス、ジョン・ヘンリー・ダール、フィリップ・ウェッブ (1887年) 羊毛と絹のタペストリー織り
横幅4.5mもある横長の大きなタペストリーで、いかにもモリスといった青緑の森の中に、左から孔雀、野ウサギ、ライオン、キツネ、カラスが並ぶ。中央の、オズの魔法使いに出てくるような優しい顔のライオンがなかなかの迫力。今もこれらの動物を1種類ずつモティーフに切り取ってデザインしたクッションなども売られているようだ。
『壺を持つブルターニュの少女』 ジョージ・クラウセン (1882年) 油絵
絵が視界に入るや、”あら、またお会いしましたね”。2003年にBunkamuraで開催された「ミレー3大名画展 ~ヨーロッパ自然主義の画家たち~」で観た絵に期せずして再会であった。なかなか良い絵であるし、アーツ&クラフツの自然主義に通ずる、同時代の作品ということで展示されているのだろうが、ポツンと1点だけ油絵が掛かっていると何となく浮く感じも。
『聖ゲオルギウス伝ステンドグラス・パネル6枚』 ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ (1862年) ステンドグラス
個人的にロセッティの油絵、というか、油絵に描かれる女性像が余り好きではないのだが、彼の画風はステンドグラスに起こすとなかなかいいものだと思った。ドラゴン退治の物語も彼の作風に合ったテーマ。ステンドグラスの白色部分が実際は透明だったが(後ろに白いスクリーンか何かがある)、これは窓にはめ込むものではないのだろうか?当時ゴシック復活の機運から教会からの注文が多く、ステンドグラスはモリス商会の貴重な財源だったらしい。モリスやバーン=ジョーンズも数多くデザインを担当しており、V&A美術館内のモリス・ルームにはバーン=ジョーンズの中世風の美しいステンドグラスがある。
貴婦人と動物のサイドボード』 エドワード・バーン=ジョーンズ (1860年) サイドボード
頭に白いベールをかぶり、ロングドレスに身を包んで横向きに立つ中世風の貴婦人が中央に描かれたサイドボード。彼女の周りにたくさんいる白っぽいオウムに手を差出し、餌でも与えているのだろうか。手作り感の温もりが感じられる家具。
『いちご泥棒』 ウィリアム・モリス (1883年) 内装用ファブリック
ケルムスコット・マナーのキッチン・ガーデンで、小鳥が果物をついばんでいるのを見たことからモリスが編み出した有名なデザイン。小鳥のペアーが背中合わせにそれぞれ左と右を向き、口にイチゴをくわえた愛らしいパターン。のどかなイングランドのカントリーサイドの暮らしが漂ってくる。
『果樹園』あるいは『オーチャード』 ウィリアム・モリス、ジョン・ヘンリー・ダール (1890年) タペストリー
これも横に長い大きな作品。中世風のロングドレスに身を包んだ4人の女性が、正面を向き、均等の間隔をおいて横に並んで立っている。ゴシック体の文字で書かれた詩が刻まれた、横長にたなびく帯状のバナーを一緒に持ち、背景にはオレンジ、リンゴ、ブドウ、西洋ナシの木が、そして裸足の足元には色とりどりの野の花が咲き乱れている。女性の顔はややバーン=ジョーンズのそれと似ているが、モリスの方が柔和で穏やかな表情。美しい絵巻物のようなタペストリー。
『孔雀』 アレキサンダー・フィッシャー (1899年) 燭台
孔雀をモティーフに、銀とエナメル技術を駆使したきらびやかな燭台。どちらかというとアール・ヌーヴォー的な作風で、まるで1点豪華主義とでもいおうか、他の作品から浮いているようにも感じたが、機械生産ではできない手仕事の美しさに目を奪われた。
『置き時計』 C.F.A.ヴォイジー (1895-96年)
野原、ヨットの浮かぶ湖、山、それらを背景に手前に木が横並びに3本という、朴訥とした絵が描かれた置時計。でも木々の間にたなびくバナーに書かれているのは「TIME AND TIDE WAIT FOR NO MEN」。そう、その通り。このあいだ年が明けたと思ったらもう2月も半ばではないか。時計にピッタリな格言、と思いつつ、きっと眺めいているうちにいつの間にやらデザインの一部としてデフォルトになって、戒めにすらならないんだろうな(私の場合)。
さて、次はヨーロッパの展示。オーストリア、ドイツ、スカンジナビア、ロシアの作品が並ぶ。基本的に家具、ガラス工芸、陶芸、ファブリックなど、作品の種類はイギリスと似たような感じだが、やはりデザインの風情がかなり異なるのを感じた。
イギリスは主にデザインに動植物を取り入れ、色彩も柔らかく、言うまでもなくカントリーサイド趣味的。翻って大陸の国々では、人の顔や形もモティーフとして加わり、特にウィーンやドイツは直線的、都会的、シャープで、グラフィック的要素が強いように思った。
北欧の家具や食器、ファブリックなどは日本の若い女性にも大人気だが、この数年とてもポピュラーなフィンランドのマリメッコ製品などにも通ずるデザインを見つけて、その国特有の風土に培われた伝統の長さを改めて思った。
そして最後の我が日本の「民芸」の展示。柳宗悦らが昭和初期に建てた「三国荘」(みくにそう)の再現などはかなりの労作であったし、富本憲吉、河井寛次郎、濱田庄司らの焼き物や芹沢介の『沖縄絵図六曲屏風』など、趣向を凝らした展示であったにも関わらず、どうにも心に入ってこなかった。西洋のカラフルな品々を観続けたあとに、渋い色彩に沈んだ日本家屋の空間はなかなか染み入ってこない。
ふと思い出したのだが、15年ほど前にイングランドのセント・アイヴスにあるテイト・ギャラリーの分館で、何点か濱田作品を観たことがあった。実はその時初めて彼の名を知ったのだが、コーンウォールの青く美しい空や紺碧の海、白壁の建物を見続けた目には、あの土色をした渋い風情の焼き物はどうにもピンとこなかった。
この展覧会の趣旨は理解するが、はなからマインドセットが間違えていた私には、この三つのグループを一緒に観るには辛いものがあった。特に日本の作品群などは、お隣の韓国や中国、あるいはインド以東のアジアの括りで鑑賞したらもっとすんなり入ってきたかもしれない、などと思ってしまった。