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八上白兎神社Ⅱと全国神話伝承他

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八上の弁財天社・白兎神社・賀茂神社

2012-01-15 21:53:00 | 八上の遺跡
 筆者は年末年始に八上へ戻った際に、方位磁針で、いくつかの神社の社殿の向きを調べてみました。

 八上、八頭町福本の白兎神社とその真東に位置する宮谷の賀茂神社社殿、そして、安藤伊右衛門が私財をなげうって用水を作る際に京都伏見から勧請してきた通り谷(とおりだに)の弁財天さんの社殿は同じ向きであることが判明しました。
 いずれも、社殿は冬至の日の入りの方角である南西を向いています。ですから社殿に額づいているその方角は夏至の日の出方向となるのです。
 白兎神社と弁財天社の正方形の社殿の4つの頂点はそれぞれ真北、真東、真南、真西を向いています。
 また、賀茂神社の夏至冬至ラインの北東方向に私都(きさいち)の篠波(ささなみ)、瀬織津姫を祀る美幣沼(みてくらぬ)神社が位置しているので、賀茂神社に額づくことで、実は瀬織津姫を祀る美幣沼神社へも頭を下げるという位置関係なのです。
 通り谷の弁財天社は19世紀の創建で神社としてはそれほど古くないのですが、ここもちゃんと冬至の日没方向へ社殿が向けてあり、参拝者が夏至の日の出方向へ額づく方向になっているのは驚きです。しかも弁財天社の真南に八頭町上野(かみの)の野々宮神社が位置しているのも、偶然とは言えないような符合です。
 この伏見から勧請してきた弁財天さんはもしかすると瀬織津姫ではないでしょうか。
 この用水を作った安藤伊右衛門と用水の守護神、弁財天に感謝をささげる安藤祭は郡家地区の最大のお祭りです。筆者も2年に一度の祭りはわくわくしながら見に行きました。
http://www.pref.tottori.lg.jp/secure/449313/toubu43.pdf

http://muses.muses.tottori-u.ac.jp/faculty/ogata/paper/gijin-2.html

弁財天とはどのような信仰の変遷があったのか、こちらに詳しいです。
 http://seirios2772.blog115.fc2.com/blog-entry-240.html

京都伏見の弁財天社はどこなのでしょうか。長建寺のことかもしれません。
http://www5e.biglobe.ne.jp/~hidesan/tyoken-ji.htm
 >京都は寺院が多く、5,000数ヶ寺あるが弁財天を本尊とする寺院は珍しい。この弁財天、室町時代に琵琶の名手であった伏見宮貞成親王家の持仏堂に祀られていたものと言い伝えられている。<

 筆者の知る限り、京都市内では鬼門方向の守護神として神楽岡の真如堂隣の彰子中宮ゆかりの東北院の本尊として祀られています。
http://www.milabo.jp/Fushimi_Chouken.html
 
 長建寺の本尊「弁財天女は弘法大師(空海)の作」ともあります。

 この弁財天は瀬織津姫である可能性が高いかもしれません。
 通り谷の弁財天社の真南の野々宮神社の本来の祭神も瀬織津姫と考えられますから、その位置関係からしてもぴたりと合います。


拙著がウィキペディア 天照大神 の出典に!

2012-01-05 09:46:00 | 八上の遺跡
 拙著『もう一つの因幡の白兎神話 天照大神行幸と御製和歌の伝わる八上神秘の白兎と天照大神伝承』がウィキペディアの 天照大神 の項目で出典の一つとなっていました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E7%85%A7%E5%A4%A7%E7%A5%9E

 ウィキペディアですから、いつまで記され続けるのかはわかりませんが、名誉なことです。 それにしても、天照大神伝承がこれほど広範に色濃く残る場所は全国的に見ても八上だけです。
その価値をしっかりと踏まえましょう。
 

私都・諸木神社の装飾

2011-10-28 16:00:00 | 八上の遺跡

 八頭町下私都(しもきさいち)の私都神社=諸木神社本殿の波に鯉の彫刻です。
 鯉というとどうしても今までの流れから御井神を連想するのですが、関係はないのでしょうか。http://www.eonet.ne.jp/~enjoykameoka/page/densetu/densetu3.htm


 通常の一村社としては本当に豪華な装飾です。さすがに私都神社と呼ばれることもあって、この私都地域全体を代表する神社として大切にされてきたのだと思います。すると祭神として瀬織津姫が祀られていてもおかしくないように思えます。私都の夏至冬至ライン上に位置することからも、無関係とは言えない神社です。 
 境内には大和宮があり、そこは戦没者を慰霊するお社のようです。


 本殿の蛙股(かえるまた)は重層的な構造をしており、先ほどの鯉の彫刻の手前に恵比寿大黒=つまり事代主命=えべっさんと大汝命=大国主命の親子の彫刻が施されています。かなり凝っています。


 これは本殿に4柱ある波ウサギのうちの一つです。

御冠石の注連縄張替え

2010-12-09 09:04:00 | 八上の遺跡
 毎年恒例となっている八上霊石山の御冠石の注連縄の張替えが、毎年のようにマスメディアに取り上げられています。映像で見る張替えの模様です。長年にわたって地元、片山集落の氏子さんが張替えを担当しています。

http://www.nnn.co.jp/sp/movie/feature/101208/20101208138.html

http://houdou.city.tottori.lg.jp/dd.aspx?itemid=1139