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八上白兎神社Ⅱと全国神話伝承他

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通り谷 安藤井手

2012-04-13 09:00:00 | 八上の遺跡
 通り谷(とおりだに)の安藤井手(あんどういで)です。
 弁財天=瀬織津姫に守られる郡家盆地です。

 相当な難工事でした。

 今もこの用水は使われています。
 
 通り谷です。前方に少し見える山が霊石山です。

 郡家音頭、確か三波春夫さんが歌っていたのではないか、と思います。歌詞はこんなでしたか。
 違っていたら修正お願いします。

♪こおげ、こおげ~と~ひとなみよせて~
 きずくぶ~んかの かおるぶんかの
 はながさく~
 ソレ おどるてびょうし なかよくそろた~
 おどるこおげで み~なそ~ろ~た~♪

2番の歌詞で安藤様の言葉が出てくるはずですが、ちょっと覚えていませんね。

 今は町村合併で、八頭町音頭というのができています。ちゃんとネットで聞けるようになっています。

♪きんさい きんさい きてみんさい みどころいっぱい♪
http://www.town.yazu.tottori.jp/dd.aspx?menuid=1002

 

美幣沼神社

2012-04-10 19:46:00 | 八上の遺跡



 八頭町私都篠波の美幣沼神社です。現在はみてくら、と読むそうですが、漢字からしても昔は みてくらぬ、あるいは みてくらぬま とよんでいたと思われます。

 知り合いのある方がこの神社について、夢の中で「どの形象よりも美しい幣帛(へいはく)を水のある場所に納めたところ」というインスピレーションがあったそうです。祓い、水、ですから名前の由来は主祭神の天太玉命、というよりは瀬織津姫ですね。むむむむ。確かに、美幣沼、という感じからすれば思い描ける情景と言葉です。

 ラッキーなことに4月8日がちょうど神社のお祭りでした。麒麟獅子舞の若いお兄さんたちが各家々を回って踊っていく先々で御馳走をふるまわれていました。祭神のこともちゃんと勉強してね、と思いつつ、役員さんの集まる神社拝殿へ参りました。
 村の役員さん全員と、私都の神社すべてを管理されている竹内宮司様ともお会いできました。
 瀬織津姫が祭神であることがたいへん貴重であるというお話を拙著をお配りしながら進めていきました。なんと区長さんが既に拙著をお読みになっている、ということで、ありがとうございます!
 瀬織津姫の奉納画の話もお勧めし、サンプルとして瑠璃さんの描かれた瀬織津姫のCG絵画2種類をお渡ししておきました。村全体で協議にかけていただくことになりました。
前向きなお返事をお待ちしております。
 拝殿に飾っていただくとちょうど良いと思います。


私都の別府神社

2012-04-10 18:27:00 | 八上の遺跡

 八頭町別府の別府神社社殿の龍の彫刻です。
祭神は武甕槌命です。
>由緒 創立年代明らかならず、往古武王大明神と称す、天正九年羽柴秀吉入国し市場の城主毛利豊元と合戦に際し、本社亦消失せられる、降りて延宝八年四月本殿を再興す、明治元年村社に列せられ別府社と称へ、同六年別府神社と改称せらる、同八年十月本殿を改築せり。
例祭日 3月29日<

 別府神社の真北に瀬織津姫を祀る美幣沼(みてくらぬ)神社(現在はみてくら、と読む)が鎮座しています。夏至の日の出ライン上にかつての覚王寺が位置していたのではないでしょうか。 冬至の日の出ライン延長上に旧八東町の野々尾神社が位置するようです。
 冬至の日の入りラインに瀬織津姫を祀る花原神社が位置します。その先にやはり瀬織津姫と本来は濃厚な関係を持つ上野の野々宮神社が位置し、またその先に河原町讃岐の都波只知上神社が位置しているようです。もう少し正確に見なくてはなりません。 夏至の日の入りライン上に下私都の山路神社または蓮徳寺が位置するのかもしれません。これは次回の確認事項です。