西宮市の門戸厄神は、嵯峨天皇の厄年の祓いとして、空海が開基した寺院です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%80%E6%88%B8%E5%8E%84%E7%A5%9E%E6%9D%B1%E5%85%89%E5%AF%BA
愛染明王と不動明王の合体神である厄神明王を祀るお寺です。
このように、複数の神が合体して、衆生を救うために新たな神仏が登場することはあるのです。
ところで、記紀やホツマにも登場しない金毘羅大権現。
金毘羅大権現の本地仏はなんと、十一面観音、毘沙門天、不動明王なのです。
現在では、金刀比羅宮は大物主命を祀るとされています。確かに、讃岐の金刀比羅宮と奈良県の大神神社とは境内の雰囲気がよく似ています。ホツマにもどちらも登場し、大物主命との関連も記されています。
ところが、金毘羅大権現は、ウィキペディアでは、
>
象頭山松尾寺[1]の縁起によれば、大宝年間に修験道の役小角(神変大菩薩)が象頭山に登った際に天竺毘比羅霊鷲山(象頭山)に住する護法善神金毘羅(宮比羅、クンビーラ)の神験に遭ったのが開山の由来との伝承から、これが象頭山金毘羅大権現になったとされる。象頭山金毘羅大権現は、十一面観音菩薩を本地仏とした。<
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E6%AF%98%E7%BE%85%E6%A8%A9%E7%8F%BE
とあります。
こちらのサイトにも、
>象頭山には明治の前まで、象頭山松尾寺金光院と呼ばれる寺院があり、金毘羅大権現が祀られ、十一面観音を本地仏とし、その脇持は毘沙門天と不動明王であった。<
と記されています。
http://www013.upp.so-net.ne.jp/mayalibrary/niki/niki113.htm
さらに、金毘羅大権現の奥ノ院とされる
箸蔵寺では
> 伝承によれば平安時代前期の天長5年(828年)四国巡錫中の空海(弘法大師)が、当地に霊気を感じ山上に登った。すると金毘羅大権現が現れ「箸を挙ぐる者、我誓ってこれを救はん」というお告げを空海に授けたという。そこで、空海は自ら金毘羅大権現の像を刻み堂宇を建立したことが当寺院の始まりと伝えられている。<
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AE%B8%E8%94%B5%E5%AF%BA
金刀比羅宮は、明治の廃仏毀釈政策によって、お寺が神社となりました。 その時、金毘羅大権現の本地仏の3体が、危うく焼却廃棄される憂き目にあいかかっているのです。
こちらの岡山県の西大寺には、その讃岐の金毘羅大権現本地仏であった、
毘沙門天と不動明王が手厚く祀られています。
http://www.saidaiji.jp/website/konpira
>明治維新のころ”神国日本は古来の神をこそ祀るべきで、渡来した神仏を祀る必要は無く、よって仏像・寺院は破壊するべきだ”という廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)の運動が起こり、仏教は迫害された。
讃岐の象頭山松尾寺金光院の鎮守として祀られていた金毘羅様もその被害を受け、松尾寺はその住職が僧職を辞し、神職として日本の海上安全の神である金刀比羅(ことひら)様に奉仕することを決め、寺院から神社へとその姿を変えた。このため多くの仏像が打ち壊しになり、これを見かねた金光院の末寺である万福院の住職宥明師が、明治7年7月12日自らの故郷である津田村君津の角南助五郎宅へ、金毘羅大権現の本地仏である不動明王と毘沙門天の二尊を持ち帰った。
その後、この話を聞いた岡山藩主池田章政公が、自らの祈願寺である下出石村の円務院に移したが、廃藩置県によって池田候は東京へ移り、当山住職の長田光阿上人が明治15年3月5日当山へ勧請した。現在は、もともと当寺の鎮守である牛玉所(ごうしょ)大権現とともに、牛玉所殿に合祀されている。<
筆者は昨年、中世以来庶民の人気の高い七福神の中に天照大神と瀬織津姫が、それぞれ毘沙門天と弁財天というお姿で祀られていることを見出しましたが、もしかすると、役行者と空海によって、感得された金毘羅大権現も、実は、天照大神と瀬織津姫の合体神ではないかという思いを持つようになりました。
それに加えて、大物主命とも関連があるわけですから、伊勢と出雲が一体であることの象徴的な神といえそうです。
渡来系の記紀「神話」捏造者が狙ったのは、伊勢と出雲の神々があたかも非和解の対立をしているかのような構図を描き出すことでした。
ところがホツマを読めば、伊勢と出雲が一体であることがよくわかります。金毘羅大権現は、そのホツマの正当性を証明してくれる神といえるのかもしれません。
思えば、天照大神が女神として感得される方もいらっしゃるようですが、そのお姿も、天照大神と瀬織津姫の不離一体のお姿、ととらえてよいのかもしれません。
六甲山の雲ヶ岩で、法道仙人の前に御出現された天照大神も、本当に毘沙門天のお姿で御登場されたものと思われます。
http://www.geocities.jp/wonderful_kobe_888/rokkou_chuuou_a.html