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神様なら集団的自衛権をどうお考えになるか?

2014-12-14 19:23:00 | News
 神様なら集団的自衛権をどうお考えになるか? 
 憲法9条の解釈改憲について、日本の神がどうお考えになるのか、に思いを馳せています。
筆者は、憲法9条は日本の神が、幣原喜重郎さんを通してお伝えされた今後の世界のための基本理念と考えています。
 軍事力学、政治学の常識からすれば相当危険な、文字通り物理上は無防備で、常軌を逸した思想です。
集団的自衛権の「集団」の示す「他国」で筆頭に上がるのはアメリカです。そのアメリカのほんの10数年前の愚行=イラク戦争について、安倍政権は村上議員を除いて、不問に付しています。村上議員は、「イラク戦争でかかった予算は、米国が80兆円、集団的自衛権を行使したイギリスが4兆3000億円。当時のパウエル国務長官でさえCIAに騙され、大量破壊兵器があるとして戦争した。結果、大量破壊兵器はなかったが、米国は死傷者4489名を出し、イギリスが179名の死者を出した。一番気の毒なのは、イラク国民の中から15万人の死傷者が出たこと。誰が責任をとるのか」さらに、「日本には米国やイギリスのような『CIA』や『MI6』はない。どの情報を根拠に集団的自衛権に参加するか決めるのか」と現実的な問題を提起しました。                この誤ったイラク介入についてのアメリカの軍事思想・軍事行動について入念な検討評価抜きに、軽々と集団的自衛権を容認してしまうのは、ありえない決断だと思うのです。
 同盟国であるアメリカの過去100年の歴史を見たとき、その戦争の実態は美化できるものはほとんどないのではないかと思うのです。
 さて、日本にとっての仮想敵国はどこなのでしょうか。中国は尖閣諸島への挑発活動に出ていますが、このたびのリムパックへの参加に見られるように、アメリカともつながっています。 韓国が仮想敵国となるのでしょうか。あまり可能性はないのではないかと思います。北朝鮮は、継戦能力はほぼゼロ、と考えます。また日本への侵攻の大義名分は見当たりません。中国、韓国などとの民族間の反目が煽られ始めたのはこの10年くらいではないでしょうか。韓流ブームもつい最近まで、熱狂的なものがありました。背後に軍需産業の戦争待望論があると思われます。そこも十分に見据える必要があると思います。
  現実に即して、神がお与えになったと思われる戦争放棄の理念を大切にしていくための慎重で高度な判断が必要です。大きく意見が分かれても当然だと思います。(自戒を込めて)その議論の時に互いをけなし合ったり誹謗すべきではありません。吉田茂も当初は個別的自衛権すら認めていなかったそうですから。 難しいことですが、戦争をできる限り回避しようとすることは大切だと思います。天照大神も可能な限り戦いを避けられました。瀬織津姫も、通常の人の感覚ならば、憎んでも憎み切れない敵対者を許し、愛されました。大平啓子さん(ハニエルさん)を通じての近年のメッセージでは、瀬織津姫は、自民党の憲法改正案・解釈改憲に対して非常に懸念されています。(個人的には9条を下されたのは瀬織津姫・天穂日命ではないかと思っているくらいです。9条発案者の幣原喜重郎さんも土師氏の菅原道真公の側近の末裔、憲法9条の歌を作ったジュリー=沢田研二も因幡土師氏の系統です。)イエスキリストも同じことを言っています。聖徳太子も、やむを得ず敵対した人を、その後は心より篤く弔い、物部守屋を四天王寺と善光寺で祀り、その息子さん真福(まさち)とは愛知県にともに寺院と神社を建立しました。 和らぎを以って貴しとなす、という理念通り、争いの無いよう、さまざまな立場の人たちの十分な論議の必要性を説かれました。
 中国・韓国との緊張関係を緩めていくためのあらゆる努力も必要と思います。お互いに反目しあうのではなく、例えば、一か月くらい前に、ベトナムと中国で緊張が高まったときに、ベトナム国内の中国人がベトナム人に襲われ、殺されそうになったところを、現地日本人企業の人たちが中国人をかくまって助けたこと、このような行動をとることで、それまでの反日感情はあっという間に消え去ると思うのです。これが本当の大和魂、武士道精神と思います。戦わずして勝つ、という孫子の兵法の最高理念は今でも有効です。 他国が自国よりも強力な軍備があるからという理由で、その同じ土俵で競い合ったら、最後は共倒れです。そのような土俵からは撤退、負けるが勝ち、逃げるが勝ち、でもよいのではないでしょうか。中国や韓国が日本全土を乗っ取ろうとしても大義名分などありません。国家の三要素、主権、領土、国民を不条理に永続的に支配することはできないはずです。
戦争は歴史的に見れば、起こらなくなってきているともいえます。戦国の昔なら、日本の国内でも国同士の戦いがありました。今でいうなら、都道府県単位で戦争をするなどということは考えられません。ばかげている、と一笑に付されるべきものですね。
 日本とアメリカが正面切って軍事戦を構えることも、東西問題の無くなったヨーロッパの国同士の戦争もあまり考えられなくなってきています。次第に、戦争の機会は減っているはずです。イスラム圏と、アメリカヨーロッパの戦いは確かにまだ可能性があります。一方、イスラム諸国は日本に対しては、友好的な意識を強く持っています。 しかしながら日本があまりアメリカに加担するようなことがあれば、事情は変わってくるだろうと思われます。
けれども大雑把な流れからすれば、近代国民国家が形成されて、それぞれの国内での戦争の可能性はアフリカ、ロシアなど一部を除いて激減しており、EUのようになっていけばその圏内での国家間の戦争の可能性はほぼなくなっているといえるでしょう。明らかに戦争の火種は減ってきています。それともこのとらえ方はあまりに平和ボケ的な見方でしょうか。

世界の将来を見据えた9条の戦争放棄の理念は巨視的な視点からすれば、現実へと近づきつつあるとは言えないのでしょうか。もちろん、警察的組織は依然必要であることは否定しません。 とにかく神の掲げた(とおもわれる)理想に近づけていくために知恵を絞って、全世界の人々が和す方向へ、最大限頭を使うことの方が、即、軍事的解決、というよりもベターではないでしょうか。 9条戦争放棄は、人類の歴史を踏まえて未来へ向けた進歩的で普遍的な理念です。