アメリカに暮らした3年弱の期間、私たち家族は言葉の壁もあり
いつも誰かに助けてもらう立場にありました。
それは表立ってのこともあり、こちらの気付かない形のこともあり
でも、自分たちは 弱者 なのだと ひしひしと感じていたのでした。
助けてもらう有難さの海に揺られていると
なぜだかだんだんと息苦しくなってきます。
それは プライド のせいかもしれません。
できたのはささやかなこと。
子供のクラスで、工作の準備をしたり授業の前にイスや机を並べ替えたり。
それからベイクセールやパーティーに自慢の料理を数種類提供したり。
子供病院のドネートのマラソン大会の タイムキーパーや
クリスマスに老人ホームにクリスマスキャロル隊の一員として
家族で参加したりもしました。
・・・でもね、今になって思うのは
あれはボランティアとして参加させてもらっていたのではないか、と。
そのときは、何がしかのお返しが出来たと満足したけれど
実は 弱者の苦しさを和らげるために
ボランティアさせてくれていたのではないかと思うのです。
ボランティアは 決して100%他人のためにするのではない、
半分以上 自分自身のためにするのだと 今は強く思います。
いつも誰かに助けてもらう立場にありました。
それは表立ってのこともあり、こちらの気付かない形のこともあり
でも、自分たちは 弱者 なのだと ひしひしと感じていたのでした。
助けてもらう有難さの海に揺られていると
なぜだかだんだんと息苦しくなってきます。
それは プライド のせいかもしれません。
できたのはささやかなこと。
子供のクラスで、工作の準備をしたり授業の前にイスや机を並べ替えたり。
それからベイクセールやパーティーに自慢の料理を数種類提供したり。
子供病院のドネートのマラソン大会の タイムキーパーや
クリスマスに老人ホームにクリスマスキャロル隊の一員として
家族で参加したりもしました。
・・・でもね、今になって思うのは
あれはボランティアとして参加させてもらっていたのではないか、と。
そのときは、何がしかのお返しが出来たと満足したけれど
実は 弱者の苦しさを和らげるために
ボランティアさせてくれていたのではないかと思うのです。
ボランティアは 決して100%他人のためにするのではない、
半分以上 自分自身のためにするのだと 今は強く思います。