猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語たち 24 説経小敦盛⑥ 終

2013年07月18日 16時28分13秒 | 忘れ去られた物語シリーズ

こあつもり⑥ 終

 労しいことに、法道丸は、二つの形見を首に掛けて、涙と共に都へと戻りました。御室の

御所に戻った法道丸は、母上に事の初め終わりを話しまして、形見の品を見せるのでした。

驚いた母上は、涙ながらに口説くのでした。

「これは、夢か誠か。そのように父と会うならば、どうして母に知らせなかったのですか。

膝の骨は知りませんが、この筆跡は、紛う事なき敦盛様の筆跡。私にはお姿を見せず、

この様な御筆跡だけを見せるとは、昔のことが思い出されて、切ないだけです。なんと、羨

ましい若君でしょうか。私も、敦盛様に例え夢でも会うことができたなら、尽きない憂き

思いを、語ることができるのに。」

 泣き伏す母上を、法道丸は大人しく慰めて、それから、母上を伴って、黒谷へと急いだのでした。

法道丸は、法然上人と対面すると、事の次第を詳しく話したので、上人様を初め、弟子の

人々も大変驚いたのでした。母上は、涙ながらに、こう願い出ました。

「上人様。このような奇特が有る上は、この若を、上人様に献げます。どうぞ私の髪を剃り、

出家させて下さい。」

しかし、法然上人は、取り合いませんでした。母上は、

「なんと情け無い上人様。私は、出家して、敦盛様の菩提を問いたいのです。そうすれば、

敦盛様もきっとお喜びになるはずです。どうか。袈裟衣のお情けに、ひたすらお願い致します。」

と、手を合わせて、更に頼み込むのでした。上人は、困って返す言葉も有りませんでしたが、

母上の決心が固いことを知ると、

「よろしい。分かりました。」

と、半挿(はんぞう)にぬる湯を用意して、剃刀を額に当てると、

「浄土の要門。流転三界。えんじつほうおうしゅ(不明の呪文)」

と呪文を三度唱え、四方浄土へと髪をそり落としたのでした。

 世が平家の世であるならば、百歳までも長生きをして、撫でるであろう黒髪を、ばっさり

と下ろされて、墨染めの衣を纏って、感慨深くいらっしゃる母上の姿を見て、上人様も弟子

達も、涙を流さない者はありません。御台所は、

「上人様。私も黒谷に柴の庵を結び、上人様の御衣を洗濯したり、法道丸の様子を見て暮ら

したいとも思いますが、前途有望の法道丸に悪い噂が立てられても困りますから。」

と言うと、上人様や法道丸に別れを告げて、八瀨(京都市左京区)の辺りの山の中に柴の

庵を結ぶことにしたのでした。それから母上は、明け暮れ、香華を飾り、敦盛の菩提を弔

って暮らしたのでした。しかし、やがて都へ出ると、御影堂という寺を建立され、自ら、扇

を作ったということです。(京都五条橋西の新善光寺)

 さて、一方若君、法道丸は、明け暮れ学問に専念され、寺一番の学者となりました。そして

二十五歳の春の頃には、上人の座につかれたのです。

 というのも、その頃に、浄土教の法門は二つに分かれたのです。東山は知恩院(京都市東

山区:浄土宗総本山)、新山として法道丸は、知恩寺(京都市左京区)を開き、父の菩提を

弔いました。これが今の百万遍です。(百万遍知恩寺)この百万遍のお経の功力によって、

仏果を顕す法道丸のお姿の有り難さを、拝まない者はありませんでした。

おわり

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忘れ去られた物語たち 24 説経小敦盛⑤

2013年07月18日 09時45分57秒 | 忘れ去られた物語シリーズ

こあつもり⑤

母と会うことができた若君でしたが、父のことが忘れ難く、御室の御所に来ても、涙なが

らに暮らしたのでした。ある時、若君は、母に、

「母上様。聞く所によると、賀茂神社の霊験は新たかということです。賀茂神社に祈誓を掛

けて、夢であっても良いので、父上を一目見たいと思います。少しの間、お暇下さい。」

と頼むのでした。母上はこれを聞いて、

「なんと不憫な若君でしょうか。そこまで思い詰めているのなら、必ず利生があるでしょう。

もしも、父上の夢を見ることができたなら、早く戻って来るのですよ。そして、父の様子を

母に教えて下さいね。法道丸。」

と、涙に声を詰まらせました。若君は、涙を抑えて、暇乞いをしたのでした。

 賀茂神社の御前に参詣した法道丸は、鰐口をちょうどと打ち鳴らして、

「南無や帰命頂礼(きみょうちょうらい)。どうか、冥途にまします父上に、夢でも良いので、

会わせて下さい。」

と肝胆を砕いて、祈誓をするのでした。その夜、有り難いことに、賀茂明神は、翁となって

法道丸の枕元に立ちました。

「お前が、まだ幼くて、見たことも無い父に憧れている事は、まったく無残である。それほ

どまでに思うのであれば、これから、摂津の国の生田昆陽野(いくたこやの:神戸市から伊

丹市にかけての広範囲の森や野原)へ行ってごらんなさい。必ず、父に会わせてあげよう。」

賀茂明神はそう告げると、掻き消す様に消え去ったのでした。若君は、夢から覚めると起き

上がり、

「これは有り難い御夢想である。有り難や有り難や。」

と、三度礼拝して、

「これから、母上様に暇乞いをしに行くべきとは思うが、きっと、一緒に行くと言うに違い無い。

申し訳無いとは思うが、これから、直ぐに摂津国に向かおう。」

と心に決めると、涙をぬぐって賀茂神社を出ると、教えに任せて歩き始めました。

(以下道行き)

東寺(京都市南区九条町)四ツ塚(南区四ツ塚町)七瀬川(伏見区深草七瀬川町)

山崎千軒(乙訓郡大山崎町)伏し拝み

まだ、夜は深き高槻(大阪府高槻市)の

塵掻き流す、芥川(淀川水系:高槻市)

富田(高槻市富田町)過ぐれば

宇野辺(大阪府茨木市宇野辺町)の宿

江口の渡し(大阪市東淀川区)弓手に見て

吹田(大阪府吹田市)に高浜八王子(?高浜神社を差すカ:吹田市高浜町)

垂水の宿(吹田市垂水町)に仮寝して

月も傾く、西宮(兵庫県西宮市)

打ち出てみれば、御影の森(神戸市東灘区)