猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語たち 24 説経小敦盛⑤

2013年07月18日 09時45分57秒 | 忘れ去られた物語シリーズ

こあつもり⑤

母と会うことができた若君でしたが、父のことが忘れ難く、御室の御所に来ても、涙なが

らに暮らしたのでした。ある時、若君は、母に、

「母上様。聞く所によると、賀茂神社の霊験は新たかということです。賀茂神社に祈誓を掛

けて、夢であっても良いので、父上を一目見たいと思います。少しの間、お暇下さい。」

と頼むのでした。母上はこれを聞いて、

「なんと不憫な若君でしょうか。そこまで思い詰めているのなら、必ず利生があるでしょう。

もしも、父上の夢を見ることができたなら、早く戻って来るのですよ。そして、父の様子を

母に教えて下さいね。法道丸。」

と、涙に声を詰まらせました。若君は、涙を抑えて、暇乞いをしたのでした。

 賀茂神社の御前に参詣した法道丸は、鰐口をちょうどと打ち鳴らして、

「南無や帰命頂礼(きみょうちょうらい)。どうか、冥途にまします父上に、夢でも良いので、

会わせて下さい。」

と肝胆を砕いて、祈誓をするのでした。その夜、有り難いことに、賀茂明神は、翁となって

法道丸の枕元に立ちました。

「お前が、まだ幼くて、見たことも無い父に憧れている事は、まったく無残である。それほ

どまでに思うのであれば、これから、摂津の国の生田昆陽野(いくたこやの:神戸市から伊

丹市にかけての広範囲の森や野原)へ行ってごらんなさい。必ず、父に会わせてあげよう。」

賀茂明神はそう告げると、掻き消す様に消え去ったのでした。若君は、夢から覚めると起き

上がり、

「これは有り難い御夢想である。有り難や有り難や。」

と、三度礼拝して、

「これから、母上様に暇乞いをしに行くべきとは思うが、きっと、一緒に行くと言うに違い無い。

申し訳無いとは思うが、これから、直ぐに摂津国に向かおう。」

と心に決めると、涙をぬぐって賀茂神社を出ると、教えに任せて歩き始めました。

(以下道行き)

東寺(京都市南区九条町)四ツ塚(南区四ツ塚町)七瀬川(伏見区深草七瀬川町)

山崎千軒(乙訓郡大山崎町)伏し拝み

まだ、夜は深き高槻(大阪府高槻市)の

塵掻き流す、芥川(淀川水系:高槻市)

富田(高槻市富田町)過ぐれば

宇野辺(大阪府茨木市宇野辺町)の宿

江口の渡し(大阪市東淀川区)弓手に見て

吹田(大阪府吹田市)に高浜八王子(?高浜神社を差すカ:吹田市高浜町)

垂水の宿(吹田市垂水町)に仮寝して

月も傾く、西宮(兵庫県西宮市)

打ち出てみれば、御影の森(神戸市東灘区)

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