飛び立った有翅虫は、冬を越すためのある特別な生物を目指す。特別な生物とは、湿った場所の岩の上に生える中間宿主であるオオバチョウチンゴケ(Mnium microphyllum?, Mnium vesicatum?, Plagiomnium vesicatum?)で、このコケに移住した有翅虫は産仔し、その幼虫はコケの上で一冬を過ごす。コケの上で成熟した有翅のアブラムシ成虫は、4月の半ば頃にヌルデの幹に移動し、ヌルデの幹の上で有性世代の雄と雌を産む。雄と雌は有性生殖し、有性雌は一個体の雌を産み落とす。この雌幼虫が、新葉に移動し虫こぶ形成を開始する幹母一齢幼虫なのである。
この驚くべきヌルデシロアブラムシの生活環は、1930年代に朝鮮総督府林業試験場の高木五六氏によって明らかにされた。当時、化学工業の発達に伴い染色助剤・皮なめし剤・医薬としての五倍子タンニン酸の需要が高まり、ヌルデミミフシの安定供給が必要とされていた。ヌルデミミフシを安定的に生産するためには、その虫こぶ形成者であるヌルデシロアブラムシの生活環を知る必要があったがほとんど不明であったため、林業試験場長の命令で高木氏が研究を始めたようである。その結果は、1937年朝鮮総督府林業試験場発行の林業試験場報告第26号に「鹽膚木五倍子の人口増殖の研究」という300ページ弱の大論文として報告されている。当時、アブラムシが越冬する場所、中間宿主については全くわかっておらず、オオバチョウチンゴケで越冬する!ことを明らかにしたことが、高木氏の最大の発見と言えるだろう。このアブラムシがコケで越冬することにふれるたびに、ヌルデミミフシから飛び立った有翅虫を追い林内をさまよう高木氏の姿を想像せずにはいられない。高度を下げてコケに落ち着いたアブラムシを認め、そのコケの中に多くの有翅虫を見つけた高木氏の喜びはどれほどのものだったのだろうか!