和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

寺子屋塾。

2010-03-06 | 他生の縁
今日は小雨。
今日は、地区の第一回寺子屋講座がありました。
市長が、20分ほどこれからの地区の展望を話し、帰りました。
以前に、その話をテープおこしする約束をしておりましたので、
とりあえず、カセットテープをもっていって録音。
そのあとにも、地域の取り組み発表などがあったのですが、
それを聞いていると、テープおこしも疎かになりそうなので、
途中で帰り、家でテープおこし。
内容がある話でしたので、気持ちよく、活字にして打ち込みました。
あとは、希望者に、メール配信すればよいばかり。

ところで、寺子屋という言葉から、
私は、渡辺崋山の「一掃百態」の絵を思い浮かべます。
そこに描かれた寺子屋の様子がうかんできます。
下の方に、先生の近辺に学んでいる児童。
あとは、先生からはなれるほどに、ざわめきが聞えてくるような
のどかな寺子屋風景。その雰囲気がかもしだす様子は、
ちょっとしゃちほこばらない、塾の風景として印象に残ります。

ということで、ドナルド・キーン著「渡辺崋山」をひらいてみました。
そこに、こんな箇所。
「北斎漫画は、画学生の便宜のために作られたように見える。その特徴が最もよく現れているのは、たとえば『雀踊り』を描いたページである。後ろ姿の小さな人物たちが、激しい踊りの動きの中で腕、脚、胴体を旋回させている。思うにこれは、あらゆる動きの中で人間を捉える、その描き方を画学生に教えるためのものではないだろうか。『一掃百態』には、こうした教育的な意図は一切ない。代わりに崋山が描こうと努めたのは、多様性に富んだ江戸の人々の生活そのものだった。そうすることで江戸の読者を楽しませると同時に、何世紀か後にスケッチを見る人々の胸に崋山が生きていた江戸の日々を蘇えらせることを願ったのだった。
「都会(崋山は江戸のことを指している)だけは、人々の新奇を求める気持が絶えず変化を生んでいる。おそらく崋山は、この変転極まりない江戸の生活の一日を捉え、それを永遠に保存したいという思いに駆られた。・・」(p80~81)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする