音痴の気持ち

私は定期的にギター弾き語りのためにスタジオでの発表会に参加しているが、

　この前、参加している同僚から、音程が狂っているという指摘を受けた。私としては「エーッ!!」という気持ちだったが、確かに全体が狂っていると言うし、歌っている時は自分ではわからないので、一旦録音して聞き直したらわかるという丁寧な助言まで頂いた。あまりにも確信的な言い方であったので、会も終盤であったが、その後は歌うことができなくなってしまった。老化によって音感が狂ってきたのだろうかと自信を失ってしまった。

家に帰って、チューナーで客観的に音程を確認したが、特に異常はなかった。

　これまでも色んな場の演奏活動で披露してきたが、特に指摘を受けたことはなかった。急にこんな状況になったのか、もしかしたらもっと前から音程が狂ったまま演奏していたのかと不安になった。歌うのが上手だとは思ってはいないが、自分が音痴の部類に属するとは思ってもいない。声楽の勉強をしたわけでもないが、それなりだと思うし、これまで聞いてくれた人は喜んでくれてたし、音程がおかしいという指摘もなかった。どうしたものだろうと思案投げ首である。

仕方ないので、よくよく考えて原因を探ってみた。

　発表した曲をよくよく見てみると、転調が多いのである。キーがＥ→Ｃ→Ｅ→Ｃ→Ｆと頻繁に変わる。どうやら指摘した同僚はＥ→Ｃの転調を認識できていなかったようで、全体に音程が下がっていると主張していたようである。確かにＥのままだと音程が下がって聞こえてしまう。確信を持って音程が下がっているのも間違いない。これで原因が特定できて、自信を失う必要もなくなった。指摘した同僚には自尊心を傷つけないように説明してやろうと思う。

このエピソードから自信というのはかくも簡単に崩れ去るもんだと改めて思った。

　よくよく考えてみると、自信とは自分だけで確立するものではないのだ。周囲のみんなから支持されて、期待されて、支援して、評価してもらえるから自分の考えに自信が持てるのである。そのうちの一人でも異を唱えられたら、しかもそれが確信的であったらもろくも自信が崩れてしまう。対策としては無視することだろうが、無視しても自信に傷がついているのに変わりない。本来であれば、これを乗り越えて新たな自信に繋げなければならないのだろう。

自信だ信頼だと言うのは簡単だが、

　本当は儚いものなのかもしれない。一瞬にして崩れ去るものである。それを阻止するのは自己の信念かもしれない。どういうわけか、個人個人の中にはそれぞれの信念や根性を持っている。どんな状況になろうとも自分の信念を信じて、貫き通すことが大事だし、そのための根性も大切なのだろう。信念や根性とは具体的なものではない。反対に言うと具体的なもので変えられるものではないのである。目の前の具体的なものに一喜一憂するのでなく、信念はそのままで、次の具体的な行動を考えていけば良いのである。

時々、信念や根性を強制する人がいる。

　これは意味がないし、拷問みたいなものである。目的、目標がないものに信念、根性を強いても無駄である。信念や根性だけを鍛える考えもおかしい。目的、目標を達成するために何がしかの信念や根性が必要なのだろうし、目的、目標が高いほどたくさんの信念、根性が必要になり、この過程でしっかりと鍛えられてゆくのだろう。この経験に基づいたものは揺るぎない自信につながる。そんな経験を多く積んだ人が自信を持った行動ができるのだろう。

今回の顛末は、採点付きカラオケで決着した。

　カラオケで客観的に評価してもらったのである。結局は、９０点以上の得点を繰り返し記録できたことで、自信を取り戻すことができた。人間は忖度するが、機械は正直である。また、何回でも相手してくれる。老害が騒がれているが、周囲に迷惑をかけないで老人の生き甲斐を追求するためには、それこそAIが必要なのではないかと思ったものである。老人の戯言を真剣に聞いてくれるAIの開発を期待する。

いつものごとく、気持ちの向くまま文章を綴ったが、

　音痴と言うのは、ひっきりなしに転調して歌っている人でもあるのだろう。ある意味で新しいジャンルの音楽かもしれない。ぜひ音痴でも堂々とみんなの前で歌ってもらいたいものである。そして、音痴であっても堂々と歌える場も必要だし、寛大な気持ちで新しいジャンルの音楽を聴くつもりで鑑賞してくれる人も必要なんだろう。音楽なんて楽しければ良いのである。楽しそうに歌っているだけでも周囲を明るく楽しくさせてくれる。この頃は難解な超絶技巧の演奏や歌唱が重宝されているようだが、原点に戻って昔の唱歌のようなシンプルで心に響く歌も大切にしたいものだ。