~先日の流血事件じゃなかった鼻血。たかが鼻血、なんて侮ってはいけませんね。なんらかのサインと疑えば、やはり微妙な風邪でもあったようで、昨日なんて一時期の寒さと比べたら何でもないのに終日凍えていました(爆)~
そんなことで、自転車の思い出をちょこっと書いてみたいと思います。
当時、96年モデルのGT ZASKAR LEで組むことを決心したのが、たしか前年の暮れだったと思う。注文先は迷うことなく、前年にGTじゃない別の完成車を購入していた同じ区内にあるプロショップだった。それからフレームを注文したとき、すぐに入荷しますよ、との返事はボクにすればまさに天の声であった。組み込むパーツも当時としては超高価では無かったけれど、バランスのとれた相応のものだったと思っている。黄色のJUDY SL、シマノのXTメインにリムはアラヤの395にDTのスポーク等々。それなのに、散々待たされたのだ。パーツは決まっているし、ホイールも組んであったから、あとは肝心のフレームが無ければどうしようもないのである。たしか三ヶ月ほど待たされたのだろうか。後にも先にも、これほど待ち焦がれ心中穏やかでなかった苦渋の日々は無かった(笑)。だって、他のショップでそのフレームを見かけたりしたからだ。何度キャンセルしようと思ったことか。
ようやくの思いで、フレームが入荷して完成車となったのが春先だったと思う。嬉しくて、通勤にもオフにもほんとによく乗った。そして、乗るほどにいろいろといじるようになるのも早かった。でも、まだ肝心なことは分かっていなかったのである。自分のカラダのサイズにあう自転車のポジショニングのこと。ロードは、その辺もっとシビアなんですが、MTBはアバウトだったんでしょうね。要するに、ペダリングのストレスをいかに無くすかということ。
次第に、ステムやサドルを調整してもなんかしっくりこないな、と感じ始めたとき、ある日クランクを見たら、なんと175ミリであることを発見。注文したときから少しは知識が備わっていて、175ミリのクランクはボクの身長には無理な、到底選択してはいけない長さのものだったのだ。この5ミリの差、実はとてつもなく大きいのだ。そして、詳しくは触れないけれど、このクランクの選択ミス以外のことでいろいろとあって先のショップに見切りをつけていて、ちょっと離れた別の専門ショップに通うようになっていた。早速、170ミリのクランクを注文したのは言うまでもなく、さらにとんでもない発見が起こることに。
新しく通うようになったそのショップのオーナーが、何かのことでボクのZASKAR LEに乗ることがあった。これって、他店で組んだ自転車に乗ることってちょっと考えられないのだけれど、数十メートル乗ってボクに切り出した言葉が忘れられない。
BBのネジ山が狂ってるね
たしかに、BB(ボトムブラケット)付近から変な音がすることは分かっていたのだけれど、まさかそんな事であったなんて、その言葉を聞いて愕然となった。早速、無料でBBを再セットしてくれるといい、ボクはすっかりこのショップの虜になって、しばらくして名フレームであるOtakeを注文したのだ。このOtake号には、もう一台のパーツを移植して組んでもらったのだけれど、引き渡しの時に詳しく説明を受けその完璧なセッティングに驚き、とことん乗りこなしてもディレーラーの狂い生じず、あえて使っていたXTRのカンチブレーキも完璧だった。そしてクロモリの魅力に夢中になったのだ。俄然、自転車生活が楽しくなったというもの。
まぁ、とても懐かしい思い出なのに、そのクランクの事といい、とんでもないBBのことを含め、(結果として)ショップ選択の誤りを犯したことは未だ忘れられないのだ。