
大掃除なんていつでも出来ると思うから、いや本当は単に怠け者なんですが、昨日のピーカンにあっては大掃除どころではなく、まして部屋に籠もるなんてことはあってはならないのです。一歩外に出れば明らかに普段の東京の空とは違う透明感が漂っている。年末年始の時にしか現れないものだ。たとえ撮れてなくとも撮り歩きしない訳にはいかない。それは、何というのかその澄み切った光りを全身ドップリと浴びたいからだ。
さて、あてもなく電車に乗るも向かう先は自然といつもの界隈へと落ち着くのだけれど、最近はこれまで素通りしてきたもう一方のあたりへと歩き始める。まぁ、撮影日記なんて風に細かく書くつもりはなく、素通りしてた事の、これまで知らなかっただけの新鮮味という、いつもの感触ではありました。それにしても外気はたしか8度とか9度くらいだったのか。おまけに風も強かった。だけれど、かなりいい具合に平気だったことに実は驚いていて、以前と比べれば大袈裟にも疲れ知らずとまで感じても不思議ではないのです。そういったカラダ的な変化のもと、見ること撮ることの意識がどう変わるのか。それとも変わらないのか。いや変わってないのかというような事を考えてしまう。まぁ、その結果はネガに収まってる訳ですが。少なからず、来年はそのあたりの意識も含めて分かるカタチでもって反復していきたいと思うのです。
それと、途中フィルムを補充するため量販店へ。ついでにケミカルもと思って二階へ移れば、いつもの棚に生産終了の貼り紙がある。ボクの目の前で、まとめ買いする客。その発表から随分と経つけれど、いざそれが現実になりつつあることにこれまで通りのネガを維持できるのかという不安が過ぎる。でも、印画紙の時もフィルムの時もそうであったように、その時にある物で作るに他ならない訳で、無くならない限りにおいては何の不安があるのかと。