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taroのさすらい日記

日々思ったこと、見たこと、感じたこと、そして写真と音楽のことなど

ジミ・ヘン

2010-03-08 07:24:31 | music

 16GBのiPodすべてをジミ・ヘンドリックスで固めたい。それも、選りすぐりの演奏ばかりをだ。となると、16GB丸々埋まらないかもしれない。どんな時でも、どんな精神状態でも、どんなテンションの時でも、悲しい時でも、悔しい時でも、嬉しい時でも、屁が出そう時でも、腹が減ってる時でも、二日酔いでも、一日24時間、熱くなってるときでも、寒いときでも、暑いときでも、興奮してるときでも、クラシックのコンサート帰り真っ先にジミ・ヘンなのだ。今、ボクのカラダとココロはすべてジミ・ヘンに直結してるのだ! 何故なら、聴くことでココロ落ち着くのである。

4件

2010-03-04 11:32:53 | music

 今月、海外へのフライト(っうか、こんな言い方は似合わないぜ!)は諦めたのだけど、ならば、沖縄行きはどうだろうかと探しているところ。そんなところに、コンサートのインビが4件舞い込んでしまった。旅行などより、コンサートを優先するのは当然の判断だ。その合間に、たとえば3泊4日の沖縄が可能かどうか。むろん、何も今月でなければならない理由はどこにもないのだ。ただ、安く行けるから、というだけの事に過ぎない。どうしたものかと。えっ、その逆で先に旅行の予約が済んでいたなら、まぁ、それはそれまででふね。

事故

2010-03-02 07:26:33 | music

 iPodで使うインナーイヤーフォンはモンスターケーブル社のMH BEARTS IEというもの。昨年の9月にそれまで使っていたイヤーフォンの突然の断線でもって、たしかその日の夜にYバシカメラに駆け込んで買い求めたのだった。それから数ヶ月の昨日、壊れたのではなく、左側のイヤーフォンの先端部分が何かに引っ掛かったために外れてしまうショックな事故を引き起こしてしまった。そのなかは剥き出しのシールド線? が繋がっていて、辛うじて部品の分断、そして欠落が避けられた。
 隠しきれないショックのなか、そのハメコミ式? らしい造作は無骨ながらそのシールド線の太さが音の良さを証明しているのか、と感じ入ってしまう。気を取り直して、慎重に外れた部品をセットするが一度外れたものはカチッと固定しない。なにかコツがあるのだろうか。それでも、何とか固定して、肝心の音を確認すれば、これがまったく問題なく音が出てくる。左右のバランスも大丈夫だ。
 思えば、夜スーパーで買いだししたとき、イヤーフォンを耳から外しキチンとポケットに収めるところ、小銭を出すため急いでいたから先端のイヤーフォンが外に出た状態が良くなかったらしい。それでなくとも、普段から丁寧な扱いというよりはその使い方でもって粗雑な扱いであった。ともあれ、何らかのカタチで固定しないことには、最低でも1年は保たせることが果たせなくなる。

ゴルトベルグ変奏曲2010清水靖晃&サキソフォネッツ

2010-02-28 07:39:14 | music

 昨夜はすみだトリフォニーホールで「ゴルトベルグ変奏曲2010清水靖晃&サキソフォネッツ」を聴いてきた。バッハのゴルトベルグ変奏曲を5人編成のサックス・アンサンブルで演ずるもの。それに4人のコントラバスが加わる。どんな期待をもって会場に入ったかといえば、ご多分にもれずグールドの55年初演盤と81年のゴルトベルグ変奏曲を何度も何度も何度も聴いてきた、いわばグールド・ウィルスに冒されてる一人としてであった。
 そんなウィルスは言うまでもなく比較する尺度を兼ねてしまう。いざ、演奏が始まると、グールドの緊密な緊張感と深さに比すれば、という視点で聴いてしまうのであった。比べようとすればするほど、その違いが浮き彫りになってしまう。だけど、自身の演奏と作品への敬意に込めるエネルギーの大きさがあるにせよ、そもそも違うスタンスでの試みなのだと思った。それほどに、とてもユニークな試みだと思う。それと、アンサンブルだからでもないと思うのだけど、曲間の間合いが時に32からなる作品のカタチを分断するかのような印象は禁じ得なかった。

鋭意選択

2010-02-10 07:25:36 | music

 毎週都内のウニオンで中古CDを買っていたのが、今ではまるで冷めたかのようにパタリと止まってる。その気がなくなった、とでも? 年明け早々にピアソラの2枚を買い求め、言葉にならない興奮と感動の日々を連日痛感するならば、しばらくは何も要らない。そんななか、中古盤を買ったのが、たしか先月末であり、それはDerek and The Dominos「Layla」(Polydor 32453 1820-2)リマスター盤、Jimi Hendrix「Blue Wild Angel」(MAC 08811 30892)、Otis Redding「Live in Europe」(Atco 7567 90395-2)リマスター盤の3枚だ。この時は、たしか3枚で2100円ほどだったか。
 名盤「いとしのレイラ」は何十年振りになるのだろうか。まだロックを聴いていた1970年代のなかば以来かもしれない。もちろん、その時の国内盤レコードはある。こうして、改めて聴けばこの作品はとても大人の演奏なんだなということ。それを10代の小僧が聴いたとしても、それは聴いていたという記憶だけが残っているにすぎない。オーティスの歌の熱さが堪らない。ソウルとブルースを聴かず仕舞いで通すなんて、失礼ながら勿体ないのだ。機会あればコツコツと買い求めようと思う。そうなる訳には、大好きなDuane Allmanの「Anthology vol.1」のA面がすべてなのである。ジミ・ヘンは今さらですね。
 ということで、海外旅行を控えてる手前、CD買いの出費を抑えるということがあるにせよ、今年はたとえハズレがあったとして、じっくり聴くことを軸に鋭意選択を貫こうとおもふ。

いい具合に廻ってます

2010-01-21 07:33:54 | music

 物事は自分の見えないところでいい具合に廻っているというのか。つまり、パスポート取得まで漕ぎ着けたものの、その手数料分の16000円分の捻出で我が経済事情が悪化する程度で海外へ行けるのかという現実。それに対して、耐乏生活をせねばらなんとは先日触れたばかりだ。だけど、物欲が一向に衰えない自分にはかなりハードルが高い。その物欲といっても毎度のCDハンティングなのだから大人しいものだろうか。
 これに限って今振り返るとすれば、これがどうしてなんとか丸く収まりそうなのである。ようするに、昨年の暮れに買い込んだCDの大半がまだ聴いてないのである。Charlie Haden(b)のMontreal Tapes全6作品はまだ3枚止まり。その3枚目はDon Cherry(tp)とEd Blackwell(ds)とのセットだ。4曲目の「Lonely Woman」が始まるやいなやボクは何度感涙にむせんだことか。そして、12月28日に書いたクラシック作品ではまだリヒテルの一作品のみだ。いずれも名盤かどうかは知らないけれど格調高い演奏を前にすれば、おいそれと安直に先へ聴き進むことが出来ないでいる。
 これらに加えて、19日に触れたジミ・ヘンドリックスとピアソラの作品があるのだ。言い方を変えれば、これは稀に見る収穫、もしくは大当たり、お宝の山々と言っていいと思う。それは、聴く側の感性が果てるまで何度も聴き、聴けることの楽しみ喜び、なのである。まぁ、自分の感性なんてたかが知れてる訳だが。とうことで、しばらくはCDを買うことはないはず。いや、買う余裕もないのが現実とはいえ、このようにうまく廻っているということなのだ。

春の訪れ

2010-01-20 07:31:25 | music

 ジミ・ヘンドリックがいい、と書いたらアマゾンからメールが届いた。件名は

「【ロック】ジミ・へンドリックス未発表音源&再発などニューリリース、アーティストが選ぶお気に入りの1枚」

とあって、一体何事かと驚き喜ぶ。詳しくはリンク先にて触れて頂くとして、そこにある「未発表を全12曲収録したスタジオ録音作品」とあるじゃないか。さらには、2枚組レコードも発売するという。カラダの奥底からゾクゾク感が溢れ出す。発売は3月。今日は大寒だけど、一足先に春の訪れを受け取った感じた。
 まぁ、それにしてもこういった取り囲みかたが上手いアマゾンということなのか。なんでも、ロックの作品を買った客に送信したのだという。

酔ってます

2010-01-19 07:30:14 | music

 このところiPodでの鑑賞ばかりになっている音楽生活? こんなはずじゃないのだ、と常に言い聞かせているものの、それでしか聴けない現状にはどうしようもないのである。それなのに、ヘビーローテーションでガンガン鳴っているのがJimi Hendrixの「Live at the Fillmore East」であり、至高の響きと華麗な演奏で魅了するピアソラの「ライブ・イン・東京1988」と「The Rough Dancer and The Cyclical」が実に素晴らしい。その合間にジャズを聴き、Beatlesを選ぶ。耳元で鳴る音は自分で言うのも何だけどかなりいい音だと思っている。だから、何度も何度も聴いていると、ボクがフィルモアイーストの会場にいてジミのステージを聴いてる錯覚に陥ってしまうのだ。そうやって酔いしれる快感は何とも言えず、またそれがiPodの魔力でもあるのだろうか

ドランテ ピアノ・ソロ・コンサート

2010-01-16 11:17:03 | music

 昨夜はすみだトリフォニーホールでスペインのピアニスト、ドランテのスーパー・ピアノ・フラメンコ「ドランテ ピアノ・ソロ・コンサート」を聴いてきた。前回の来日は2008年の2月。ボクは、その時の二夜に渡るステージを鑑賞しているのだけど、すっかり忘れていたらしい(08-02-1808-02-20)。折からの咳がなんとか治まり、鑑賞に耐えうるカラダになったものの、まだ完治ではない。それに、今回はトリフォニーホールのご厚意で同伴1名が可能だという。というからには、迷うことなくいつも笑顔が素敵なFさんをさそった。そして、ボクの隣りにいるのである。会場に入るや、マスクを付け、咳対策を施す。
 いつ突発的な咳が出るか、そしてそれを抑えるために息が体内で逆流しカラダがもがきのたうちまわったらどういしよう、というどうにもならん緊張感のもとでステージは始まった。今回、急遽ソロから彼の従兄弟にあたるパーカッション奏者、テテ・ペーニャが参加する形となった。ピアノと打楽器にマイクは無い。完全なアコースティック空間。ややもすると誇張されての打楽器が当たり前だと思えば、昨夜のその音は一瞬控えめな響きでありながら繊細な変化をピアノと同調していた。そんな実に新鮮なステージはオープニングから完璧であろうと思われる演奏が隙なく展開していく。咳を抑えようとする緊張感が言い意味でそこに反応したのだろうか。カラダがピクンとなったのだ。
 ピアノによるフラメンコなのか、フラメンコのピアノなのか、そんなフレーム聴きよりもドランテの類まれな巧みさと作曲の表情が全編に渡って魅了し続ける。ジャズ的要素も随所に見て取れる。一般的なフラメンコのエネルギッシュで情熱的な高揚感とは隔たりがあるとも映る。それでも、何か彼が育んだなかにある日常感のもとに音が生まれてくるように思えてならない。それは、形式的な手法とは何か違うであろう彼の生に根ざした暖かさにあるのではないだろうか。普段から惰性や枠のなかで物事、音楽を感じてしまうところを何かしらリセットになったのかもしれない。とても素晴らしいコンサートだった。

ピアソラを買う

2010-01-10 07:27:18 | music

 10年パスポートの印紙代の捻出を間近に控えつつ、今年最初のお買い物はもちろんCDであった。タワーレコードでコインセールとかが開催中とかで、その期限が11日までだという。ボクは1割引きに相当する2枚分のコインを手にしたとき、この権利で買うならピアソラと決めてた。それも、2作品だ。
 一枚は「ライブ・イン・東京1988」(B.J.L)2CDであり、「The Rough Dancer And The Cyclical Night」(イーストワークス)Hybrid SACDである。ともに国内盤のみの発売らしい。後者はamerican claveに吹き込んだ名高い3部作の一枚であり、残る2作品も順次発売予定という。この存在を知ったのは店頭ではなく、買い物帰りに手にしたタワーのフリーペーパー紙にあった記事からだった。読む内にゾクゾクと胸が高まるのを覚えたのだ。紹介記事に反応するなんてまず無い自分にすれば驚くべきことで、聴いてみたい衝動がこの時点火したようなものだった。
 早速の鑑賞はその期待を裏切らなかった。何より、音質が素晴らしい。それも、Hybrid SACDのそれよりライブ盤の演奏が驚異であった。一気にCD3枚を聴き終える。ピアソラに疎いとはいえ、ジャンルやスタイルを越えた演奏であることが伝わる。だけど、一回や三回くらいの鑑賞では何かが分かったことにはなるまい。それは、勝手に土足で入り込んだようなものだからだ。だけど、何かを知る契機なんていつもそんなものなのだ。