Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

ワンマン電車の楽しさ

2007-10-08 10:02:36 | ひとから学ぶ
 土曜日の日中、飯田線に乗る。通勤時間帯には毎日のように乗るが、日中に乗ってみると意外なことに気がつく。まず時刻表をみると、通勤時間帯でも1時間に1本程度しか走らない電車が(乗客が少ない区間だからそうではない区間では日中でも1時間に1本程度はある)、2時間に1本程度しか走っていない。乗客の少ないローカル線だから仕方のないことだが、これを「都合の悪い電車」とみるか「それでも「使える電車」とみるか、人によって異なるたろう。

 そして実際乗ってみる。日中はワンマンカーという便が多い。乗ってみないとそれが判断できないから、この日も後ろの車両に乗っていると、乗ろうとしている乗客がドアが開かないことに気がつかない。運転手が前方から教えてくれるから前の車両に移動するが、知らずに、それもお年寄りでも乗ろうとしていたら焦ること必死だ。ワンマンカーだから乗る際に整理券をとらなくてはならない。それを忘れてしまったら、ということも実際あるはずだ。

 さて乗車して駅にして7つめまで、わたしの乗った車両の乗客は降りもせず、また新たな乗客も乗らなかった。あまりワンマンカーというものには慣れていないのたが、2両編成の前車両の後部ドアしか開かない。したがってわたしもそこから乗車して1両目で座ろうとしたが、「待てよ」ワンマンカーだから、降車客もまた乗車客も特定の駅を除いては、みな1両目を利用するはずだ、とわかって、そこそこの距離を乗る自分は後ろの車両、それももっとも後部に移動した。なぜならば落ち着いて乗れるかだ。とはいうものの、土曜日ということもあるのだろうが、そこそこの乗客が乗っている。しかし、それらの乗客が駅に停まっても動かないのだ。ようはこの車両の空間にいる人たちは、長距離乗車組ということになる。高校のある無人駅に停まって、ようやく高校生が後部車両に大量に移動してきたが、それまではほとんど空気が動かなかった。昼間のワンマンカーは、もしかしたらびっくりするような落ち着いた世界かもしれない。それでも駒ヶ根とか伊那市という大きな駅だけは、全部のドアが開くから、ちょっと落ち着かない。こんなのんびりとした空間に1時間ほど乗ると、電車マニアがなくならないのも解るような気がした。そして意味もなくそんな電車に乗ってみるのも楽しいだろうし(通勤定期、それも長い距離を乗っていると何度乗っても銭はかからない)、銭を使っても新たな発見があればそれで得をしたと思えればよいのだ。
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