Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

海岸寺の仏

2007-10-09 20:53:57 | 歴史から学ぶ

 先日、南相木村を訪れたことについて触れた。実は帰路寄り道をした。長坂インターへの本線から30分ほどはずれただけではあるが、こんな具合に現場を訪れては時おり寄り道をさせてもらうこともある。滅多に行く現場でないとなれば、〝ついでに〟寄らせてもらうわけで、どうせ帰るだけのことなのだからそのくらいは許してもらうことに自ら決めている。寄り道したのは、現在は北杜市になっている旧須玉町上津金にある海岸寺という寺である。清里から旧高根町役場近くまで降りてくると、「海岸寺」という大きな案内標識が見える。かつてはこんな標識はなかったのだが、ここ10年ほど前にできただろうか。広い道が開通して海岸寺の下の中津金までその広い道は続いている。この道が開通したこともあって国道141号からはずれること10分かからずに海岸寺までたどり着けるようになった。そんなこともあって久しぶりにその様子をうかがいたかったのだ。

 旧須玉町上津金の海抜1,000mの山中にあるこの寺は、妙心寺派臨済宗の寺である。津金から清里へ抜ける山道沿いにあり、上津金の集落からしばらく登ると道端に石仏があって急な参道が始まっている。実は近年この清里へ連絡する道が拡幅されて二車線道路となった。そのため道沿いの参道入り口は旧道になってしまい、車で登って行くと通り過ぎてしまう。そのまま広い道路を登って行くと、海岸寺入り口の標識が見える。ここから未舗装の道を入るとすぐに海岸寺の駐車場である。この寺を訪れたのは何度目になるだろう、数え切れないほどの記憶がある。訪れる目的は、高遠石工守屋貞治(1765‐1832)の石仏を拝むためである。約150体といわれる貞治の石仏を初めて訪れたときは、その静寂さと石仏の姿に引き込まれるようであった。山の中の寺ということもあってか、朽ちかけた寺という印象もあったし、加えて痛みの激しい石仏は雨ざらしの中に整然としていて、これほど見事な石仏でありながら、なぜこうも荒廃しかけているのだ、とアンバランスとでもいうのか不思議な思いをしたものだ。そして、そんな背景にますます魅せられるのだ。何度か訪れるうちに少しずつではあるが整備されて、今では雨ざらしであった石仏の上に屋根が掛けられている。気持ち程度の屋根だから、雨粒からことごとく逃れることはできないが、高遠などで見られる頭上すぐ上に掛けられた屋根にくらべれば、顔に影ができず写真を撮る者にはありがたい。

 山門をくぐると、右手に貞治のものではないが、味噌なめ地蔵が座っている。ずんぐりむっくりした体型で、木々の下にあるから日陰で暗く、あまり目立たないのだが、わたしには印象深い地蔵である。

 さて、夕方に訪れたということで、木々があるだけに暗く、なかなかぶれずにシャッターを押すには難しい。紹介している写真は、編集でシャープさを上げているが、生の写真は手振れぎみである。「モノクロの彩り」で紹介しているものは、ネガを変換したもので、もともとのイメージとは少し異なるが、ここの寺の石仏は、モノクロで表現するとより一層明暗が浮き上がり、仏様の顔の表情を豊かに見える。デジタルカメラでそれを表現しようとしたが、なかなかうまい具合にはゆかなかった。写真はそれぞれの観音さんの特徴をアピールしてみようと試みた。

①十一面観世音(頭上に十一面)


②如意輪観世音(法輪を持つ)


③馬頭観世音(憤怒の相)


 守屋貞治について詳細は触れないが、海岸寺のホームページがある。

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