Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

〝道の駅〟の悲しみ

2007-06-20 18:06:20 | ひとから学ぶ
 『生活と自治』6月号(生活クラブ事業連合生活協働組合連合会発行)に「「道の駅」を支える輸入原料」という記事があった。ちまたにたくさんできた道の駅の直売コーナーらしきスペースを調べると、実は輸入材料で加工された製品がたくさん並んでいるという話だ。筆者が全国のいくつかの道の駅で売られているものの材料を調べたが、地元の食材のみ使われていたケースは1か所のみだったという。道の駅に限らず地場産業施設の直売コーナーというものは、いまや何処に行ってもある。すべてのそうした施設を調べてみるのも面白いかもしれないが、さすがに生活クラブ連合会らしい取り組みだ。地域にとって道の駅がどう捉えられているか、という点がもっとも知りたい部分だ。

 多くの道の駅を訪れてみたし、また多くのみやげ物コーナーでも訪れては製造元などをひっくり返しては調べたこともある。おおよそみやげ物を扱っているドライブインらしき施設では、たとえばその地域の名称を冠して製品が包装されていたとしても、場所を変えても製造元は同じだったりする。なぜかといえばとくに菓子製造会社というものが必ずしもその地域に存在しているとは限らず、安い銘柄品をイメージとして提供したいとなれば、専門の菓子会社に依頼することになるだろう。コストダウンとともに品質という面でもニーズに沿わせるにはいたし方のないことである。飯田下伊那にはそうした菓子会社がいくつかある。他府県を訪れてサービスエリアで土産品をチェックしてみると、飯田下伊那の製造会社の名前を見ることがよくある。

 さて、これら土産品はともかくとして、地場産業施設においても、加工品を中心に地場ではない製品が多く見られる。あらためて言われるほどのことでもない、といってしまえばそれまでだが、せっかくの施設なのにそういう運営で長続きするものなのかという疑問はわく。「地域でどう捉えられているか」という視点が、まさにその施設の評価となる。地元の、あるいはその施設の近所を頻繁に通るような常連さんが、「道の駅は食べ物は高いしまずい、売っているものは怪しい」と思うようになれば旅のイチゲンさんしか客の対象にならなくなる。伊那市の見晴らしファームの取り組みは、テレビでも紹介されているが、地元の農家や農家でなくとも農産物なり手作り品を提供できる人は、そのシステムに参加できるようだ。そうした人々はそこへ品物を持ち込んで売ってもらうかたちになるのだが、地元の直販というメリットを十分に認識されている。だからこそ、地元の人たちが「あそこに行けば」と思えるような施設が誕生するのだ。

 地域起しの核となるために造られた施設なのに、地元の人たちが敬遠するような施設は詐欺まがいといわれても仕方ない。コンビニが盛況のこの世の中だ。なんでも揃うという店が人を集める。だから聞かれて「ない」と言いたくないからよその生産物を置くようになる。八百屋ではないのだから季節のものでないものまでわざわざ置く必要がある、と思ってしまっては道をはずしてしまう。ましてや輸入材料を利用しているような加工品は、絶対してほしくないものだ。そんなものを訪れた人が欲しいと思っているはずもない。買ってしまってあとから輸入品と気がつく消費者もいるだろう。二度とそのコーナーを訪れることはなくなるだろう。それが解っているかどうか、運営者の甘さだけが見えてくる。
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