はるかな日、きのう今日

毎月書いているエッセイ、身辺雑記を掲載

今月の便り(2020年8月)

2020-08-30 08:07:14 | エッセイ・身辺雑記
今月の便り(2020年8月)
 新型コロナウイルスは非常事態宣言解除後再び猛威を振るい毎日今年最多の感染者と報じられています。政府は第一波の時と様相が異なると言い再び外出自粛などはしなくても良いとかいろいろ言いますが当地でも感染者は日に日に増えています。私達のサークルも8月は休会になりました。
 8月5日
 われわれ年寄り二人では庭の芝刈りもしんどくなってきてシルバー人材センターにお願いすることにしました。来たのは木の剪定の時の顔馴染み。7時半過ぎにきて準備の後草刈り機、何というのかゴミを吹き寄せる機械もありどんどん仕事は進み約2時間で終了。プロの仕事は見事ですみずみまで掃き清めたような仕上がり。ほれぼれするような芝生になりました。
 8月10日
 お向かいの辻さんの奥さんが亡くなられました。脳腫瘍のため1月末に11時間に及ぶ手術後3か月に一旦帰宅されたのですが誤嚥性肺炎のため再入院。ご主人が自転車で30分かかる道のりを毎日滋賀県総合病院に通っておられたのです。とても親しくしていた人なので残念です。翌11日の出棺の際には多くの人でお見送りしましたが、何だか大きな穴があいたような気がしてなりません。
 8月25~26日
 2002年から18年働いたナショナルのエアコンが故障。室内機から水がポタポタ落ちる始末。いつものウダカデンに応急手当をしてもらい翌26日パナソニックのエアコン設置してもらいました。新しいエアコンは設定した温度を正しく保持するなど大満足です。
 今年の夏―猛暑
 天気予報の人の話によるとこの暑さは太平洋高気圧とヒマラヤ高気圧二つが日本の上空を覆っているからと言いますが毎日のテレビのニュースは「命に関わる危険な暑さ」といい各地の最高気温が39℃や40℃を超えたという話ばかり。わが家でも南に面した寝室の昼間は36℃。リビングのエアコンは朝から寝室では終夜と今までにない暑さです。いつも行っているクリニックでも熱中症が多いとか。コロナもですがこの猛暑も一日も早く終息してほしいものです。
[今月の本]
 井上ひさし『父と暮らせば』新潮文庫、新潮社平成十六年(第十七刷)
私が初めて読んだ戯曲。原爆がテーマになっているのでこの8月に読もうと置いてあった本。父と言っても原爆で亡くなった父親と娘の会話で劇は進んで行きます。ピカで死んだ友達はじめたくさんの人達を思い「自分だけが生き残って申し訳がない。まして自分はしあわせになったりしては、ますます申し訳がない」と自分をいましめる娘がふっと恋におちてしまう。「しわあせになってはいけない」と自分をいましめる娘とこの恋を成就させてしわあせになりたい」と願う娘に分裂してしまいます。このような気持ちを死者である父親と話していきます。この戯曲を通じて原爆の残した傷跡が迫ってきます。なお、この戯曲は全国各地をはじめ海外で上演されているとのことです。
 井上ひさし『井上ひさし笑劇全集上』講談社文庫、講談社昭和51年
この本に収められている笑劇は昭和四十年なかばの「てんぷくトリオ」のために書いたコントでひとつ残らずTVで演じられているそうである:
 どの笑劇ももちろんコントですから短いもので最初の「死刑台の男」、死刑囚と執行人との奇妙奇天烈な会話をはじめよくもこれほど可笑しい話は書けるものだと著者のボキャブラリーの豊富なことにびっくり仰天です。まだ残りはたくさんありますのでおおいに笑いましょう。

今月のエッセイ(2020年8月)

2020-08-29 08:22:58 | エッセイ・身辺雑記
         蜘蛛(くも)の糸
シリーズ『名著復刻日本児童文学館』(ほるぷ出版 昭和四十六年)の一冊、芥川龍之介『三つの寶』、改造社(昭和三年)より。芥川龍之介はここで紹介する必要もない著名な作家です。本書にはいくつもの作品が収められていますが、かつて私に強い印象を与えたそして大好きな「蜘蛛(くも)の糸」を取り上げました。内容は皆様も御存知の通りですが抜粋を試みました(文字は現代風に改めました)。

或日のことでございます。御釈迦(おしゃか)様(さま)は極楽の蓮池のふちを独りぶらぶらお歩きになっていらっしゃいました。
池の中に咲いている蓮の花みんなまっ白でそのまん中にある金色の萼(がく)
からは何とも言えない好い匂いが絶え間なくあたりに溢れておりました。
極楽は丁度朝でございました。
やがて御釈迦(おしゃか)様(さま)はその池の縁にお佇(たたず)みになって水の面を蔽っている蓮の葉の間からふと下の様子を御覧になりました。
この極楽の蓮池の下は地獄の底に当たっておりますから三途の川や針の山の景色がはっきりと見えるのでございます。
するとその地獄の底にカンダタという男が外の罪人といっしょに蠢(うごめ)いている姿がお眼に止まりました。
このカンダタという男はいろいろ悪事を働いた大泥棒でございますがたった一つ善い事をした覚えがあります。と申しますのは或時この男が林の中を小さな蜘蛛(くも)が這って行くのが見えました。
カンダタは踏み殺そうとしましたが「小さいながらも命のあるものに違いない」と急に思い返して蜘蛛(くも)を殺さず助けてやりました。
御釈迦(おしゃか)様(さま)はカンダタには蜘蛛(くも)を助けた事があるのを御思い出しになりました。そうして出来るならこの男を地獄から救いだしてやろうとお考えになりました。幸い蓮の葉の上に極楽の蜘蛛(くも)が一匹銀色の糸をかけておりました。
御釈迦様はその蜘蛛(くも)の糸をお手にお取りになり地獄の底へまっすぐお下しになりました。
或時のことでございます。何気なくカンダタが頭を挙げて血の池の空を眺めますとそのひっそりとした闇の中を遠い遠い天の上から銀色の蜘蛛(くも)の糸がまるで人目にかかるのを恐れるように一すじ細く光りながらするすると自分の上へ垂れて参るではありませんか?
カンダタはこれを見ると思わず手を打って喜びました。この糸に縋(すが)りついてどこまでものぼって行けばきっと地獄からぬけ出せるに相違ございません。カンダタは早速その蜘蛛(くも)の糸を両手でしっかりと掴(つか)みながらも一所懸命に上へ上へと攀(よ)じのぼり始めました。
しかし地獄と極楽の間は何萬里となく隔てたつているものですからカンダタもくたびれて上の方にはのぼれなくなってしまいました。そこで仕方ございませんから糸の中途にぶら下がりながら遥かに目の下を見下ろしました。さっきまでいた血の池も針の山も足の下になってしまいました。
ところがふと気がつきますと蜘蛛(くも)の糸の下の方には数限りない罪人たちが自分の昇った後をつけてまるで蟻の行列のようにやはり上へ上へと一心によじのぼって来るではありませんか?
もし萬一途中で切れると致しましたら折角ここまでのぼって来たこの肝心な自分までももとの地獄へ逆落としに落ちてしまはなくてはなりません。
が、そういう中にも罪人たちは何百何千と一列になってせっせとのぼって参ります。今の中にどうかしなければ糸はまん中から二つに切れて落ちてしまうに違いありなせん。
そこでカンダタは大きな声を出して
「こら罪人ども。その蜘蛛(くも)の糸は俺のものだぞ。お前たちは誰の許しを受けてのぼって来た?下りろ、下りろ」と喚(わめ)きました。
その途端でございます。
今まで何ともなかった蜘蛛の糸が急にカンダタのぶら下がっている所からぷっつりと音を立てて切れました。
ですからカンダタもたまりません。あっという間に風を切って独楽(こま)のようにくるくるまわりながら見る見る中に闇の底へまっさかさまに落ちてしまいました。
後にはただ極楽の蜘蛛(くも)の糸がきらきら月も星もない空の中途に短く垂れさがっているばかりでございます。
御釈迦様(おしゃかさま)は極楽の蓮池の端に立ってこの一部始終をじっと見ていらっしゃいましたがやがてカンダタが血の池の底へ沈んでしまいますと悲しそうなお顔をなさりながら又ぶらぶらとお歩きになり始めました。
自分ばかり地獄からぬけ出そうとするカンダタの無慈悲な心がそうして心相当の罰を受けてもとの地獄へ落ちてしまったのがお釈迦様(しゃかさま)の目から見るとあさましく思(おぼ)し召されたのでございましょう。
しかし極楽の蓮池の蓮はそんな事には頓着致しません。
その玉のような白い花はお釈迦(おしゃか)様(さま)のお足のまわりにゆらゆらと萼(がく)を動かしております。そのたんびにまん中にある金色の萼(がく)からは何ともいえない好い匂いが絶え間なくあたりに溢れ出ます。
極楽はもうお午(ひる)に近くなりました。
2020年8月