遺伝子工学を活用
新型コロナウイルスのワクチン接種に向けた総合調整を担う河野太郎規制改革担当相=2021年1月19日、東京・永田町の自民党本部【時事通信社】
それは遺伝子工学を活用したことだ。従来のワクチンは、ウイルスを鶏卵や細胞などで培養し、その後、その一部あるいは不活化したもの、あるいは弱毒化したものを接種していた。つまり、ウイルスの病原体そのものを投与して、免疫誘導を試みていたと言っていい。
コロナワクチンは違う。ファイザー・ビオンテックとモデルナのワクチンはmRNAワクチンだ。これはmRNAウイルスであるコロナの遺伝子の一部、具体的にはスパイクタンパク質をコードする部分を注射して、体内でワクチン由来のスパイクタンパク質を発現させ、免疫が誘導されるのを期待する。
本稿では詳述しないが、mRNAワクチンの場合、抗体による液性免疫以外に、T細胞という免疫細胞による細胞性免疫も誘導される。一方で、ウイルスゲノムの一部を注射するだけだから病原性はない。
mRNAワクチンの問題は体内で不安定なことだ。ファイザー・ビオンテックとモデルナは、mRNAを脂質ナノ粒子にくるむことで、この問題を解決した。現在、第一三共も、この方法を用いてコロナワクチンを開発している。
一方、アストラゼネカとガマレヤ研究所のワクチンにはウイルスベクター(運び手)が利用されている。中国のカンシノ・バイオロジクス、ジョンソン・エンド・ジョンソン、日本のアイロムグループも、同様のやり方でコロナワクチンの開発に取り組んでいる。
アストラゼネカの場合、ヒトに対しては弱毒性のチンパンジーの風邪ウイルス(アデノウイルス)をベクターとして利用している。接種された人の細胞にアデノウイルスが感染すると、導入された遺伝子が細胞内でスパイクタンパク質を産生する。あとはmRNAワクチンと同じだ。
mRNAワクチンやウイルスベクターワクチンは、コロナのゲノム配列さえ分かれば設計は容易だ。手間のかかるウイルス培養を必要としないため、安価に大量生産できる。
21年中にファイザーは20億回分、モデルナは6~10億回分、アストラゼネカは20億回分(10億回分は20年内)、ガマレヤ研究所は5億回分を供給できるという。コロナワクチンは通常2回接種を要するため、この4社で最大30億人分のワクチンが提供できる。こんなことは鶏卵培養を用いた従来型のワクチン製造法では考えられない。
日本政府はファイザーから1億2000万回分、モデルナから5000万回分、アストラゼネカから1億2000万回分の供給を受けることで合意している。これで全国民のワクチンが確保できたことになる。とかく批判を浴びがちな厚生労働省のコロナ対策であるが、ワクチン確保に成功したことは海外からも高く評価されている。
ファイザーのワクチンは、マイナス60度の超低温での保管が必要であることなど問題もあるが、接種体制を工夫すれば、何とかなるだろう。
NPO法人 医療ガバナンス研究所 理事長・上 昌広 なお多い未解決の問題
接種の是非は?
では、皆さんは、どうすればいいだろう。個人の状況に応じて、ワクチンのメリットとデメリットを天秤(てんびん)に掛けて判断するしかない。
私はもちろん接種する。それは私が臨床医だからだ。どんな形であれ、患者にうつすことは避けたい。多少のリスクがあろうが、ワクチンを接種して、自らの感染を予防しなければならない。
では、患者さんにはどう説明するだろう。80歳で高血圧・糖尿病の男性から相談を受けたとしよう。このような患者はコロナに感染した場合、致死率が高い。
12月14日、米国の一部の州でファイザーのワクチンの接種が始まった。米疾病対策センター(CDC)が作成中の指針では、エッセンシャルワーカーに次いで、重い持病を抱える人と65歳以上の高齢者への優先接種が検討されている。
ただ、私は現状では、80歳の持病がある男性にワクチン接種を勧めない。
なぜなら、高齢者は若年者ほどワクチンの効果が期待できず、一方、副反応が出ると重症化しやすいからだ。
12月10日『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン』で公開されたファイザーのワクチンの臨床試験の論文によると、参加者に占める56歳以上の割合は42%だった。彼らの55%が倦怠(けんたい)感、11%が発熱、39%が頭痛を訴え、38%が鎮痛剤の内服を要した。
55歳以下では、それぞれ34%、1%、25%、20%と少なかった。高齢者ほど副反応が強いことがご理解いただけるだろう。もし、80歳の高齢者に接種した場合、どのような反応が生じるか想像がつかない。
人種差も大きな問題だ。ファイザーの臨床試験では、アジア系の人の参加はわずかに1608人(4.3%)で、大部分は白人(3万1266人、82.9%)だ。アジア人の安全性が十分に検討されているとは言いがたい。
では、どうすればいいだろうか。私は先行してワクチン接種を始めた米国や英国のデータを参照したい。
日本でワクチン接種が始まるのは、早くて今年の春以降だろう。それまでには相当数の経験が海外で蓄積されているはずだ。データに基づき柔軟に考えたい。
(時事通信社「厚生福祉」2021年1月19日号より)