球界の歴史に名が刻まれている・・・ 2017-03-04 00:00:00 | 情報・日記 2017年3月4日、中日は2012年8月11日、稲葉光雄2軍投手コーチがウエスタン・リーグ、広島戦(ナゴヤ)の試合中に体調不良を訴えて名古屋市内の病院に運ばれ、脳内出血のために2012年8月11日午後8時39分に死去したと発表したのだ。63歳。静岡県出身であった。現在は球界の歴史に名が刻まれている・・・(井森隆)