St. John of the Crossの生き方に憧れて

受洗後、最初に買ったカトリックの本が「愛への道」。相応しい生き方をしてない。彼に倣う生き方が出来るよう心がけたいです。

日記

2014-12-03 02:37:00 | Weblog
1 goo blogの記事”ニ・ュ。ハ」ア」ー。ソ」イ」ケ。ヒ”が自身の参照2位に入っている。別にdadaではない。種明かしすると、OCNさんの”Blog Cafe”からの変換が上手くいかなかったのだ。ただ、OCNさんのブログは廃止。同じgooのOCNさんからの引越しブログ“Sard_Cafe“ではMTに落とし成功しているので、“どうしても”という方はそちらを見て欲しい。ただし、残念ながら写真は越して来てない。

2 今回詩の変更のみ。
写真は、11/22(土)東京・11/23(日)駒ヶ根・11/27(土)天竜峡・11/29(土)浜松。
東京は「詩と思想研究会」、駒ヶ根は教会の委員会、天竜峡は介護ボラ、浜松は「学と楽」。2週間、様々な場所に顔を出し、それなりに多忙だった。
この間、“European Literature”(西脇順三郎)「万葉集(上)」「俳句鑑賞歳時記」(山本健吉)「医学部への物理」「数学問題精講」「ハイレベル理系数学」「数学‘14・10月号」「日本物理学会誌’14・11月号」“Growing up with Jazz”(Stokes)“King Solomon‘s Ring”(Lorenz)「天使のいる星で」(鈴木重子)「中国語で短編小説を読もう!」「一冊目の中国語」「簡明実用漢語課本」[行動経済学入門](真壁昭夫)「ドストエフスキー作家の日記(上)」「芭蕉入門」(幸田露伴)「詩の原理」(萩原朔太郎)「ヨブ記講演」(内村鑑三)「教皇ヨハネ・パウロ2世の詩」「万葉の秀歌」(松尾聡)「現代詩の鑑賞4」(明治書院)“Pomes Penyeach”(Joyce)「楊貴妃」(大野実之介)「聖性の詩人フランチェスコ」(ボナール)「テレジアの詩」(幼きイエスの聖テレジア)「文芸批評論」(T.S.エリオット)「現代世界アジア詩集」“Mrs.Dalloway”(Woolf)「応用エレクトロニクス」(霜田光一他)“mathematics:Frontiers & Perspectives”「エムペードクレス」(ヘルダーリン)「カフカ全集7・日記」「日本文学鑑賞辞典古典編」(吉田精一編)など。

Lispマシンに関し。「コンピュータ・アーキテクチャ」(坂村健)からの引用。名著なので是非買っていただきたい。p.39からが、「3章Lispマシンのアーキテクチャ」。そこの「3.3アプローチの方法~3.6超革新的アプローチ」を読んでいただきたい。3.3にアプローチが4つ纏められていて、3.4~3.6に詳しく述べられている。3.4の表題から、
“①基本的に計算機を速くする ②高級言語マシンの一つと考える ③パーソナル化(VLSI化) ④まったく別のメカニズムを考える ”
3.4従来型アプローチとして、
“ CONSマイクロプロセッサーを使い、CDRコードを使うもの。CHAOSネットで個々のLispマシンを接続する。
 MBALMマシン。MBALコードなるリスト処理用の機械語に翻訳し、MBALMコードがB1726でインタプリートされる。
 FLATS。ECLを使って製作したもの。シンボルサーチ方式にハッシング方式を採用し、これをハードウェアで実現している。“
などが挙げられている。3.5~3.6は省略する。

3 「パッテン発生学」(西村書店)から再生に関し引用は次回に回す。

4 去年3月に「詩と思想」新人投稿欄に投稿するも採られなかった詩のシリーズがあります。第2回を何回かに分けて掲載します。選考に落ちてますから当然一定のレベルには達していません。第2回目。

“<冬の期待> あっ、あそこのビルは?雨も降り出した。このまま走り続けようかしら。それとも引き返す?どっちも同じって気づいた時にはもう天辺来てた。/炉端がいい?弁当?炉端なら暖簾の店、弁当ならコンビニ。でも、あの天辺意外と高いのねえ。展望レストランって訳にもいかないし。まあ、地味な食堂でも見つけて都会の雰囲気でも。/ああそうそう、お母さんに電話しなくちゃ。天辺って、意外とこう物ないものね。(この稿未完)”

天辺とは実は江ノ島。カトリックの教会があります。そこから街を抜け丘へ登ると公園があります。何となく飯田天竜峡を彷彿とさせるので、そこに舞台を設えました。語り口は女性。演歌を作詞し小沢亜貴子さんに贈った経験があってというか、そもそも彼女への作詞から出発し詩に転じる。詩からシナリオ・短歌へと広げる。演歌なので女性口調。堪える女性。その延長。落とし所は分かっている。日夏先生すみません!

5 “Hamiltonの四次元数”に関し、同じ名前の章が、「数(下)」(エビングハウス他、シュプリンガー)のKoecherとRemmertによる第7章にある。そこからの紹介。名著。読む読まないに関係なく買って一家に一冊備えておくべき書。是非!p.220から。第2回。

“Hamiltonの企ては、最初は成功しない。彼は実数対の場合と同様、通常の規則が引き続き成り立つような-すなわち、彼は永続原理を置いた-3つ組の乗法を求めている。彼は、i^2=j^2=-1 のもとで α+βi+γj と置き、”可換であるように計算して“最も簡単な2乗の場合を考察する。 
(α+βi+γj)^2=α^2-β^2-γ^2
+2iαβ+2jαγ+2ijβγ
Cの場合のように、乗法の値に対する試金石は、積規則であり、これによれば、積の長さは長さの積と一致すべきとなっている(ここで、α+βi+γjはユークリッド的長さ√(α^2+β^2+γ^2)を持つ)上の式の右辺における1、i,jの係数の2乗の和は、計算すると、
(α^2-β^2-γ^2)^2+(2αβ)^2+(2αγ)^2
=(α^2+β^2+γ^2)^2
となる。そこでHamiltonは、ij=0と置けば間違いなく積規則が満たされることを確認している。だがこれは彼の気に入らない。そこで彼は、上の式の右辺には、2ijではなく、実は(!)ij+jiがあることに気づいたのである。これは、零とならなければならない。すななち、ij=-ji。こうして彼は可換律を犠牲にすることを余儀なくされたのだった。“

6 “窓辺さえ淡き光彩影満ちて”
これも「何だかなあ」という句だが。「~さえ~」の句が2つ続く。

7 “1939:The principle of solidarity,also articulated in terms of ”friendship“ or ”social charity“,is a direct demand of human and Christian brotherhood.”
 (from “Catechism of the Catholic Church”)
 
8 “1939: Positive signs in the contemporary world are the growing awareness of the solidarity of the poor among themselves,their efforts to support one another,and their public demonstrations on the social scene which,without recourse to violence,present their own needs and rights in the face of the inefficiency or corruption of the public authorities.By virtue of her own evangelical duty the Church feels called to take her stand beside the poor,to discern the justice of their requests,and to help satisfy them,without losing sight of the good of groups in the context of the common good.”
(from ”The Companion of the Catechism of the Catholic Chruch“)
 
9 降誕節第1水曜日福音朗読より。マタイによる第15章から。

“そこで、イエスは地面に座るように群衆に命じ、七つのパンと魚を取り、感謝の祈りを唱えてこれを裂き、弟子たちにお渡しになった。弟子たちは群衆に配った。人々は皆、食べて満腹した。残ったパンの屑を集めると、七つの籠いっぱいになった。”
-(すべての民に約束された宴が、今、この山で開かれる。ここで供される「良い肉と古い酒」とは、キリストご自身の御体と御血のこと。)

†主のお恵みが。
†主に讃美と感謝。

2014年12月3日
                       乗倉寿明記す


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