TOTO

お気楽主婦のお気楽な日記

6話…

2009-06-30 16:53:20 | 木村っち
つくづく演技ってキャッチボールなんだと思った『ミスブレ』第6話。
投げた球をちゃんと受け取って、見事に投げ返してくれるのって気持ちいい。
演技も同じで、攻める方と受ける方。
その両方のリズムがあって、気持ちよくハーモニーが奏でられると、
見ているこちらも入り込める。
木村っちは剛速球投手だって言ったのは堤兄やんだっけ?
いろんな変化球も投げるし、隠し球もする。
そして、どんなボールだってキャッチするし、投げ返す。
共演して気持ちいい相手だろうな~と、つくづく思う6話だった。

木村っちは“あげメン”ランキングとかで1位じゃなかったっけ?
(なんちゅ~ランキングだ
女優さんを輝かせるっていうことだったら、本当にキングだと思う。
男優さんもだけどね。
受身も素晴らしいのだ♪

かなこの多重人格を証明しなければならない場面での
九十九君の切ない表情に、こちらも引き込まれる。
目が、語ってる。
切ない表情も絶品だ。

あと2回かぁ…もう今から寂しい

でも、中の人はどんどん痩せて、やつれたと言ってもいいくらい。
『わっつ』では撮影が終わったら海に行くって話してたけど、
どうぞ海に帰ってください。
癒されてきてください。
2ヶ月だって断定的に言った言葉に妄想が始まるけど、
何よりも心身共のリフレッシュを…。
あと少しのドラマ撮影。
無事に完走できますように、のんのん!



九十九君が終わると『キズナ食堂』のお出ましも終わり。
これも寂しい~っ!
ここの木村っちは(変な表現だけど)“ただの”木村拓哉。
これが素でしょなんて断定はできないのだけど、
九十九君でもないし、グループの一員でもない木村っち。
すごく自然に爆笑問題さんといるように思える。
すご~く楽そうに思えるんだけど。
それがまた魅力的
嗚呼、もしかしてここの木村っちが、私は一番好きかもしれない




マイケル訪問の再放送だった『スマスマ』
私はBowie様のファンだったので、マイケルはあまり聞いていなかった。
でもスリラーが流行った頃はMTVも見てた。
良い人だとか、純粋な人だったとかは思わないけれど、
スーパースターシンドロームに陥ることなく、
普通に生きることは過酷な道なんだろうな…と、イタイファン心が動いてしまう。
マイケルの突然の訪問にアホ面さらしている木村っちが可愛かった。
アホ面さらせるのっていいよね…。

ビストロは…通常モードに戻ったようでホッとする。
ユースケさんは相変わらずだが…。

久しぶりの『バンバカ』
久しぶりの男前
赤いピタパンの脚の細いことったら。
鎖骨を見せてくれるけど、上半身の細くなったことったら。
嗚呼…思う存分、海で癒されてきてくれと思う私は甘いファン。
日焼けしすぎ、お肌の荒れを心配する方々。
お肌のケアをしないのはプロ失格とおっしゃる方々もいらっしゃいますが。
次の役柄に合わないようなら焼けないようにするでしょうし…。
最近は焼けてもお肌つやつやじゃないかと?
外見の好みはファンそれぞれあるんでしょうけど…。
俳優は演技がプロとしての技巧なんであって、
お人形のようなお肌になるのが役目じゃないと思うのれすが…。
お肌ピカピカで演技がブ~ではね…。

久しぶりにスマ歌を聞いたと思ったら…8月に新曲ですと?
あまりテンションが上がらない私。
レコーディングはこれから???
せめて時間をかけようよ…


今日、やっと、Shitaoと3回目の逢瀬に行ってまいりました。
まだ3回目。
そして、もうこれが最後のような…。
ひたすらShitaoの美しさに酔ってまいりました。
彼の流す血にも酔ったような…。
そして、最後にクラインがShitaoを連れて帰ってくれることで癒された。
あ~、ディレクターズカットで見たい。
なんですか、いっぱいカットされてるシーンがあるそうで…。
9ミリ弾はいいから、Shitaoが精神を癒したっていうシーンを見せてくれぃ。
その精神的な傷を癒したから「They are coming.」って錯乱してたのか?
がっつり抱擁で癒したシーンが見たいです。
クラインにお姫様抱っこされたその後も続きが見たいですけどね。

嗚呼、もっと見たい。
スクリーンで“自由な”木村っちをもっと見たい。

ホントにサドな男だわ…


う~む

2009-06-24 09:26:46 | 日常あれこれ
『スマスマ』
すみません、リアルタイムで見てません。
録画してます。
ファンでさえこれなんだもんな。
そりゃ、一般視聴者は見ないよね…。
↓の記事で、視聴率なんて…って書いてるのと矛盾してますが、
お数字を見て納得するような、驚くような…。
昔は月曜日10時ってワクワクしてテレビの前にいたんだけどな。
寂しいねぇ…。

今週でいうと、やっぱりビストロゲスト?
千原兄弟さんもお母様も悪くはないの。
お母様も感じは良かった。
赤シェフさんに勝利のご褒美キスをされてたけど、
その時の木村っちの表情がすごく素敵だったから許せる。
すごく優しげでね、お母様を大事にされてるっていう感じがしたの。
素人のおばさん(失礼)だからって馬鹿にした感じは一切なし。
すごく紳士的で、変な表現だけど慈愛に満ちてた。
素敵なんだよねぇ、中身も。

この素人さんいらっしゃいビストロ。
これを企画した狙いは何なんだろ?
ベッキーママと千原兄弟のお母様は40代~50代。
一説によるとこれがスマファンの主要な世代だと言われている。
ファンに擬似体験をしてもらおうってのだったのかしら?
だとしたら、大ハズレ企画だけど…。
ビストロは憧れの高嶺の花であるべきで、
日常を感じさせてはいかんのだ。


「ちょっといい話」は脚本が×。
前回の美術教師のもそうだったけど、
ま~ったくいい話じゃないんだもん。
あれは本当に募集して採用されたのかな?
木村っちのラーメン職人は素敵に似合ってたけど…。
話に納得できなさすぎるんだもん。

歌に救われた
ファーギーとくっつく木村っちに歓声あげてた♪
こういうのが似合うんだよね。
サングラスは取ってほしかったけど、曲には合ってたか。


『スマスマ』はね…もう、完全リニューアルするか、閉店したほうがいいと思う。
心機一転仕切りなおし。
1年に何回か、季節ごとのスペシャルでもいいじゃん。
無理にスケジュール調整して、無理して作るくらいなら…
完全に仕切りなおしで、局を変えてもいいけどね。
もう13年。
どんな番組だって終わりが来るし、
ちゃんとおしまいにできるときにした方がいいと思う。


爆笑の太田さんも話してたけど、
お金をかけてセット組んで、時間もかけてコントを作るのは贅沢なこと。
それは憧れであり、羨ましくてしょうがなかったって。
かつての『スマスマ』はそれができていた。
現在は時間のせいか、お金のせいか?それができていない。
以前と同じようにコントに力を入れていたら…
私はまだまだ『スマスマ』を評価していたのかも(偉そうだな

今の若い子の笑いは一発ギャグとワンフレーズ。
面白げなリズムと踊りで笑わせようってのもある。
ウチの中学生の娘も大笑いしている。
私にはま~ったくわからない笑い。
コントのような畳み掛けてオチまで持って行く笑いではない。
ドラマ仕立てのシチュエーションコントだと、少なくても5分はかかる。
(長くてもダメだけど。最近のは経費のためか長すぎ)
今の若い子はそういうコントをあまり知らない。
テレビ局がお金がかかるから作らないからね。
だから、彼らの笑いは一発、一言、一瞬。
そういう風潮の中でコントを作り続け、それでも数字が伴わず…
だったなら、それはそれで誇り高き職人魂だと思えるのだけど。
ウチの中学生も小学生も初期コントを見て大笑いするのに。

放送作家が素材が企画だなんて言ってるんだもんなぁ
そりゃダメだわ





今月の「解放区」のお題は「喜び」

どこまでこの男は謙虚なんだか…
現場が好きで、人が好きで…。

「ありがたい」
チームについては、本人がそういうんだから…
とやかく言いたくない…んだけどね。
チームはひとりだけが奮闘しても…ね。
「ありがたい」が「生きていることが難しい。暮らしにくい。」の方にならなければいいんだけど。




どっかの単純馬鹿な記事が渡辺謙さんのドラマと比べてたそうですな。
朝っぱらから、これをダンナが報告するから喧嘩しました。
イチイチ言うなっての
「放映時間が違うから比べたって意味ないのにな」って言うとりましたが…
(ママ友もみんな「夕飯の片づけで忙しい時間だから録画してる」って言ってるもん)
あ、謙さんのドラマ、録画したけど見れてない。

お数字の比較云々は具の骨頂ですが、
ああいう硬派のドラマが多くの人に見てもらえたっていうのは吉報だと思います。
あのようなドラマに、これからどんどん木村っちも出て欲しいんだもん。
イケメンやマンガチックドラマしか見てもらえないでは、
お先真っ暗じゃありませんかい。



5話…

2009-06-22 16:26:43 | 木村っち
家族みんなで集中して見てました『ミスブレ』5話。

4話の解決編と6話の事件編。
正直、半分ずつってのは…。
編集の意図なのか?時間の制約からなのか?
撮影はかなり撮って出しらしいし。
九十九君の中の人はどんどん痩せてきている。
九十九君の脳も何か変調をきたしているらしいんだけど…。
心身ともの健康をのんのん。

記憶障害の事件が終わって、
和音と堤防の土手に寝転ぶ九十九君。
緑と青い空がお似合いで綺麗。

科学警察研究の講演なのに、エアギターはするは、踊るはの九十九君。
都庁主催の講演会であれをするのは、やっぱり変人。
普通はしないでしょ?
中の人の得意分野ですけどね、場を盛り上げるのは。

講演会でも実験台にされた和音ちゃん。
可愛い♪
脳は形よりも色を先に認識してしまう。
これが次の事件の鍵になるの?
ま…4話なんて、神経衰弱は罠に使われただけで、
脳科学をもって解決はしておりませんが~。
お姉さんの心を癒したから、いいではないですかい♪

仲間さんの多重人格者がハマッていて驚いた。
この方の演技で感心したのは初めて(失礼だな)
彼女も世間の求めるプロトタイプの役ばかりで損な俳優なのかも?
今回の役はやりがいがあって、楽しいんではないかしら?
木村っちも多重人格者をして欲しいなっと♪
テレビドラマじゃ、なんだから…五月蝿いから…ぜひとも映画で。

来週が早く見たい!
ここまで続きを早く見たいのって、珍しいかも?

倒れた九十九君を蹴るカナコ。
「つくもさぁ~ん」とが飛んでそうに手を振るカナコ。
どれかの人格と九十九君は仲良くなったのか?
ウチの娘は「たぶらかしたな」と言っておったが…

とにかく、楽しみ♪



こんなに面白かったのに、お数字は下がるのねぇ。
ホント、水のモノ。
過酷なスケジュールで撮影する木村っち達のガソリンになるから、
高いほうがいいんだけど…。
もうこれにこだわるのは止めようかなっと。
良くても悪くてもね。
テレビ局の営業結果だけでいいじゃんかと。
視聴者が気にする必要はないと思う。
メディアは複合的になり、嗜好もバラバラになってきてるんだもん。
CM視聴量が多いのと売り上げが直結してるわけじゃないだろうし。
テレビ局も広告収入ばかりに頼らない方がいいんではないかしら?
もっと多角的に経営しなきゃ…って、
だからの映画事業部だったりソフト販売なんでしょうけど。

私の個人的な希望だと、アメリカのような多チャンネル、ペイチャンネル主流になってほしい。
見たい番組のためには視聴料を払うからさ。
多くの中から見たいものを選ばせて欲しい。
放送法もあるし、倫理的に危ない番組も出たりする危険性もあるとは思うけど。
視聴者が自己責任で番組を選ぶ。
そのためには選択肢を与えてくれなくちゃ。
ペイチャンネルだとテレビ制作はスポンサーじゃなくて、視聴者の方を向くだろうし。



今朝、初めて脳パンのCMを見た!
噂には聞いていたが…。
本当に脳パンだけが映っていた。
かといって、九十九君が脳パンを持って笑ったりするのもコワイけど。
ウチは脳パンを見つければ買ってます。
もう20個くらいは家族で食べたんじゃないかしら?
DHA入りだという塩キャラメルが好きなの♪
クセになる味ですわ♪
疲れた時とか、朝ごはんにグッド。
でも、カロリーが高いんだよぅ


『ICWR』…妄想あれこれ

2009-06-22 10:19:02 | ドラマ・映画
浅学な記事でお恥ずかしいかぎりですが…
まだまだ書いてしまいます、『ICWR』からの妄想じみたあれこれこじつけ。
(公開から2週間経つってんで、ネタばれしまくってます)







初期(?)の『ICWR』ポスターは、
ジョシュ君のお顔とShitaoを連想させる例の黄色いフードの背中。
(これは木村っちの背中じゃないと思うけど。現在はジョシュ君の全身)
背中には大きく白い丸に黒で×のマーク。
これはa yellow city worker's jacketだという設定。
(フランス映画配給会社の資料から)
日雇い労働なんかの作業着なのかしら?
Shitaoはお金…あんまり持ってなかったろうし、
そういう労働でもしてたのかな?
警察で指紋とられてたのも、不法就労か?
万引きしたからって設定だってのをどこかで読んだけど…
あまり納得できない…Shitaoは物欲がなさそうなんだもん。


監督の「キリスト教の図像学や美術への関心からスタートした」という発言から
このマークにもキリスト教関連だとする。
宗教画のようにアトリビュート(持物、シンボルみたいなもの)を探してみる。

あの×マークは聖アンデレ十字なのではないかしら?

聖アンデレは、十二使徒のひとり。 
聖ペトロと兄弟で、彼をキリストに導いたとも言われている。
初めは洗者聖ヨハネの弟子だったけど、
使徒ヨハネとともに最初にイエスに従うようになった。
イエスの教えを説いて周ったのだけど、
彼も同じく磔にされる。
そのときにX形十字架にかけられたと云われている。
この形の十字架を「アンドレアス(アンデレ)十字架」と呼ぶそうです。

このことから…Shitaoは物語の初登場(回想シーンは除く)で
すでに“殉教者”“十字架に磔にされる者” とされていた…のかな?




Dongpoが部下を苛む際の得物は…金槌?
無理やりな気もすれど…
12使徒の中から探すとなると
福音書記の一人、マテオのアトリビュートに斧がある。
近いのはこれかな~?
マテオはイエスに従う前は政府の徴税人。
そのころ金を直接取り扱うの職業はこの時代最も嫌われる職業の一つでした。
Dongpoはマフィアとして麻薬を扱ってる。
これもまた嫌われる職種ではあるもんね。

Dongpoさんといえば、あの黒地に黄色のお魚(?)柄のシャツ。
監督が選んだそうなのですが…なんともな柄…
でもあれが魚柄だと断定すると、
魚というのはキリスト者の象徴なのだそうですわ。
これを意図した?



Klineの象徴的なもの…何だろ?銃?ナイフ?
ストーリーのラストからすれば、
十字架から降ろす者ということでアリマタヤのヨシフ?

ヨシフは執政官ピラトにイエスの遺体の引取りを申し出た。
イエスの弟子の中にも逃げ出してしまう人がいたっていう状況なのにね。
イエスは彼によって亜麻布で巻かれ、香料と共に葬られたと、
どの福音書にも書かれている。
ヨシフはその後、殉教の旅に出たとされている。

Klineはミンダナオ島では川べりで水に浸かったりしてる。
水や川は聖なるもの。
洗礼は水にひたって身体を洗い清める。
清い水によって再生するともいう。
Shitaoに降り注いだ慈雨が流れて川になって…
Klineも癒した…のかな?

ラストのラスト、KlineがShitaoをお姫様抱っこして連れて帰る。
これはサン・ピエトロ大聖堂にあるミケランジェロの彫刻『ピエタ』を連想しました。
こちらは聖母マリアが息子キリストの遺体を膝に抱きかかえているのだけど。
「ピエタ」はイタリア語で“悲哀”なんだそうです。




そして、Lili。
この女性はね~私は好きじゃないの。
ラストは泣き叫んで、必死にShitaoに縋りついて欲しかった。
Dongpoが無理やり引き剥がして連れ帰るけど、
もう以前のようには生きられない。
それぐらいにShitaoに影響を受けて欲しかったの。
Shitaoは一時的な行きずり?

イメージするところでは、Liliはマグダラのマリアでしょうね。
「罪の女」だとか諸説がありますが…。
イエスの死と復活を見届けた証人。
(LiliはShitaoを見届けずに、とっとと帰ってしまいましたがぁ)
『ダビンチ・コード』ではイエスと結婚していて、子どもを生んだとしてます。
いろんな伝説のある聖人なのですが、
それぞれの福音書が共通して語っているのは、
悪霊に憑かれた病をイエスによって癒された、ということ。
ShitaoがLiliの麻薬中毒を治したのと重なりますね。
後は共通してないのですけどね…。

ここまでキリスト教との関連性を書いてますが、
監督はキリストを描きたかったのではなく、
それをモチーフとして散りばめただけなのかな、とは思います。


Klineの友人、Meng Zi。
ショーン君はとても格好良く、印象的だった。
んだけど、彼女(?)とのラブシーンでの9ミリ弾。
あれはどういう意味を含むのか???
何かの隠喩なのかしらん?
ついつい考えてしまいますの。

そういえば、Klineもストレス解消のためか?
お商売のお店に行ってましたね。
女の子の部屋に入って、彼女のブラ(?)を外すぐらいでシーンは転換してますが…。
私の妄想(?)では、彼は「できなかった」んじゃないかと?
ハスフォードの事件以来、精神的にもイ○ポなのではと思いますの。
そして、どんどん苛立ちは高まっていく。
Shitaoのお写真にストレスをぶつけるのは止めてくだされ。

冷蔵庫に貼ったShitaoの傷のコラージュ。
Klineは何故にShitaoが傷だらけなのかを推理はしなかったのかしら?
彼の力を知っていたか、知らなかったのかで大きく物語が変わるんだけどな~。

撮影したけど、編集でかな~りカットされていると聞く。
ディレクターズカットでDVD発売を求む。

『2046』もそうして欲しいんだけどなぁ。
未来電車の中の赤の照明、青白く光るハイヒールの底。
あそこの世界観は大好きだった。
全体は中年男の湿った恋愛だったけどね。
(トニーさんは色っぽいんだけどねぇ)
Takはワイヤーアクションもしているはずなのにぃ。

Shitao…『ICWR』あれこれ妄想

2009-06-19 14:18:50 | ドラマ・映画
「シタオって変な名前(笑)下男?もっとマシな名前にしたらいいのに」

ってな会話を映画館で聞いた。
日本人って設定だと思ってらっしゃる?
清朝きっての傑出した画家である石濤(せきとう、Shitao)からのネーミングだと思うのだけど…。
Shitaoで検索すると、この画家が出てきます。
彼の作品はかな~り高価だそうですわ。

Shitaoは中国系アメリカ人。(だと思う…華僑かな?)
Shitao Chenがフルネーム。
父親は一代で財を築いた製薬会社のトップ。
現在はLAにて隠遁生活を送る。
厭世的で病的な潔癖症のために、息子と触れ合わない。
Shitaoは東部の名門イエール大学を卒業。(ランキング世界第三位)
だからして、頭脳明晰な秀才。
その彼が突然、フィリピン・ミンダナオ島で孤児院を始めた。
何がきっかけになったのだろう?
Shitaoが叫ぶ「Father」
キリスト教の“父”と父親のダブルミーニングなのだろう。
Shitaoというキャラクターにおいて、父との関係性は大きいと思われる。

カメラを通してしか息子と会わない父親。
その父をShitaoは憎んでいたのか?
愛憎が入り混じってはいるが、切り捨ててはいないと思う。
まるで父と息子が相互依存の状態であるのかな?
それぞれが不器用で意思の疎通が上手く言っていない親子。
お互いが気になるのだけど、ストレートじゃない。

父親に送金してもらったお金で孤児院をまかなうShitao。
父親は探偵を使って調べてから送金する。
(1回目はすぐに、2回目から探偵を派遣だっけ?)
そして、3回目はなく、連絡は途切れた。
Shitaoは地元の有力者に寄付を募りに行って、
そのしつこさゆえにか、殺されたからね。
どうして突然に寄付を募りに行ったんだろ?
パパは大富豪だから、1回1万ドルなんて、
しかも慈善活動になら、もっと高額でもだしてくれたろうし、
孤児院の経営なんて負担にもならなかったろうに。
その前に3日間部屋に閉じこもりきりだったShitao。
その時に神の啓示でもあった?…んじゃないように思う。
父親に依存して救済活動をする自分が嫌になったのかしら?

勝手な妄想だけど…
Shitaoの母親は彼の幼いときに死んでいて、父親の手で育てられた。
父親が冨を得てからは使用人たちに育てられたのかもしれない。
Shitaoが15歳からカメラ越しにしか父親と対面していないのだっけ?
欧米のお金持ちは全寮制の学校に子弟を入れる。
彼もそうだったのかもしれない。
Shitaoは自分が捨てられた息子…のような感覚を持っていたのではないか?
子どもにとっては親は拠り所であり、それは聖域のようなもの。
それから切り離された子であるShitao。
自分が捨てられた子であるからこそ、
自分と同じ境遇である子ども達の世話をしたかったのか?
しかし、自分が捨てられたと感じている子はおしなべて自己評価が低い。
アイデンティティが確立できないことが多い。
自分が何かの役に立っている=存在意義があることを必死で立証しようとする。
奇跡の力を得たShitaoが激痛に耐え、
自分で枝を噛み締めて叫びを殺してでも
癒しを続けようとしたのは、
ここに理由があるのかもしれない。
父親に捨てられた自分が、多くの人々に求められている。
そこに救いを求めたのかも?

だから、暴力的に生と死をくりかえさせられることにも受身なのか?
これまでは父親の愛を請いながらも、声にだして叫ぶことはできなかった。
父親は不器用ながらも息子を心配し、愛してはいるようなのに。
そんなShitaoが十字架にかけられて叫ぶ「Father」は、
やっと声に出せた父親への思いなのかもしれない。






毎日新聞のユン監督インタビューより。

 クラインは猟奇的芸術家を殺した記憶に心を乱される。
「精神的に病んでいることが彼自身の肉体の痛みとなり、もがき苦しむ」

 ス・ドンポはシタオを痛めつけながら涙を流す。
「矛盾しているようだが、相手の痛みを感じることで、自分が解放されていく」

 シタオは現代のキリストとして描かれる。
「他人の痛みをすべて吸収してしまう。痛みの象徴だ」

監督によれば、作品で描きたかったのは「苦痛で壊されていく肉体」なのだとか。


う~ん。壊されている肉体って…?
それから連想するのはベーコン風のオブジェなんですけど。

「キリスト教の図像学や美術への関心からスタートした」んだとか…。

12年前から脚本を書き始めて、40回以上の書き直しをして仕上げたらしい。
が、ジョシュ君達によると、その脚本も現場で変わっていったらしいっすね。

痛みの象徴のShitao。
痛みはいつかは癒される…のを信じたい。


つくづく…妄想しがいのある映画ですわ♪



ハスフォード…『ICWR』あれこれ…

2009-06-19 11:44:56 | ドラマ・映画
「でも私が描くものは今の世界の恐怖にはかなわないよ。
 新聞やテレビをごらん。世界で何が起こっているか。
 それに肩を並べるものは描けない。
 僕はただそのイメージを描いた、恐怖を再現しようとしたんだ。」

上記はフランシス・ベーコンの言葉。

ハスフォードの人体オブジェはフランシスコ・ベーコン作品と重なる。
ジョシュ君も監督から画家ベーコンの絵を見せられて、
「こんな風にやってくれ」
と、言われたそうだし。

映画の冒頭から登場するハスフォード。
ただクラインのトラウマの原因だというだけでなく、
彼が『ICWR』のメインテーマに重要な関連を持っているのかもしれない。
『ICWR』を考察する上で(エラそうだ)、
ベーコンというのは鍵になるのかもしれない。
なんて書いてますが、
妄想過多の勝手な作品感想ですので



ベーコンの生涯については映画化されている。
『愛の悪魔/フランシス・ベイコンの歪んだ肖像 』(1998年 / イギリス )
私は知らなかったのだけど、
なんとかの007のダニエル・クレイグがベーコンの愛人役で、
かな~り強烈なベッドシーンや全裸ショットもあるらしい。
内容も難解で、かなりの単館系映画ファンでないと受け付けられないとか…。

ベーコンの作品は激しくデフォルメされて、ゆがめられている。
大きな口を開けて叫ぶ奇怪な人間像(これが映画で一番目立っていた?)が有名で
それは人間存在の根本にある不安を描き出したものと言われている。
物語性を否定し、そこからの解釈を拒否していた。
作品から物語を受け取るのではなく、
ある意味のショック=感情を持たせたかった。

その恐怖とは?
殺戮や戦争といった暴力的なものだけではない。
血や内臓によって表されるようなものは表面的な恐怖。
その恐怖を再現することによって喚起されるはずの感情。
それの欠如こそがベーコンの本当の恐怖だったのではないかとする批評家もいる。
「人間が心を喪失してしまったかのように見えること」こそが本当の恐怖。

私達はテレビなどのを通してさまざまな悲劇を目撃するが、
経験するわけではない。
あくまで傍観者である。
その事件映像を固唾を呑んで見るが、それにある種の物語性を求める。
物語=ドラマや映画と同一視する。
悲劇や恐怖さえも消費してしまい、やがてはそれに慣れさえ感じてしまう。
ベーコンにとっては、それこそが恐怖であったのかもしれない。
それへの警鐘として、神経を刺激するような暴力的な作品を生み出したのか?

暴力とは?
肉体的なもの、精神的なもの…
生そのものが暴力性を孕むという説もある。
自分の意思なくして“暴力的に”母という他者によって産み出される生。
芥川龍之介の『河童』という小説を思い出した。
河童の世界ではお産のさいに、胎児に尋ねる。
「生まれてきたいか~?」と。
「嫌だ」といった胎児は生まれることを強要されることはない。
自分の意思で生まれないことを選べるし、また生まれることもできる。
人間は宿命的にあらゆる種の暴力と対峙することを強要させられる。
(Shitaoはいわば強制的に生き返えされた。
 何らかの意思によって(?)暴力的に再生させられたのだね。
 これもある種の暴力か…)
それに対して、慣れからか刺激を受けることなく静かに受け入れ、
心を閉ざしていく。
それこそが“恐怖”なのかもしれない。

ベーコン作品のオブジェを作ったハスフォードは“恐怖”を表現したかったのか?
「人の世の苦しみは驚くほどだ」
「苦しみこそが美しく、人の痛みこそがイエスの苦悩を完成させる」
あの猟奇的な人肉オブジェは彼の啓発を目的とした芸術作品?
あの叫び声が聞こえそうな歪められた口のオブジェ。
人々に痛みを叫んでいるのか?
この暴力を見ろ、と。
見て、感じろ、と。


ハスフォードはただの悪ではなく、狂信者。
恐怖を表現し続けることに疲れて、
クラインの手で死にたかったのかもしれない。
そして、同化していたクラインもその暗闇に引きずりこまれた。
ハスフォードを継ぐものとして…。
だからして、刻印として噛み付いたのかしら?
(あのシーンはエロティック)

『ICWR』での恐怖=悪は、暴力に不感症になっているDogpoだと思える。
Dogpoにはハスフォードのオブジェは何も伝わらないだろう。
チラッと横目で見ただけでスルーするのではないか。
彼は自分は地獄を見てきたって思っているのだから。
心を喪失してしまったかのように見える彼。
本当の恐怖にとりつかれた存在なのかもしれない。
それもShitaoとの邂逅によって、
彼から赦されたことによって、
何も感じない恐怖から開放された…と、思いたいが。
(感じ始めたことで新たな苦しみは生まれるだろうが、
 それと戦うのは自分自身。無知、無感覚よりは未来はあるはず)



恐怖といえば…一番怖いのは“大衆”なのかも…。
人間のエゴが集団になった時が一番怖いのかもしれない。
Shitaoの癒しを受けようと彼を取り囲む人々。
息子の傷を治すためにShitaoの元へ行き、
彼が血まみれで苦しもうと、声はかけるが、
我が子を抱いて逃げるように去っていく。
奇跡への恐怖も若干あるだろうが、やっぱり我が子大事。
自分が癒されるためなら、Shitaoが痛みに絶叫しようとかまわない。
彼は救世主として力を授けられている=我々を癒すのは彼の義務だ、とでも思うのか?
エゴは恐怖。
それが集団になった時…まるでゾンビが肉を求めて彷徨うようなシーンだった。
(もしかして、監督の意図?)
キリストの再来云々と金色のペンキを振りまいていた兄ちゃん。
彼が集団をアジって、Shitaoを教祖に祭り上げようとすれば?
Shitaoは生き地獄だろうな…。
痛みを引き受け続けなくてはならないからではなく、
精神的に地獄をみると思う。
要求され、搾取され、自分は癒されることはない。
一人を癒そうと、次の苦痛と向き合わなければならない。
Dogpoが主張する地獄なんて生ぬるい無間地獄。
シュシュポスの神話みたいだ。

Shitaoは悟りを開いているわけではなく、
癒しの能力があるから、癒しているだけなんだから。
自分の力にとまどっているし、生きていくことに受動的でしかいられない。
だって、自分でもわけがわからないまま生きかえってしまったんだもん。
神の啓示を受けたわけじゃないだろうし。
暴力的に救済者として生きることを強制されているShitao。

神…Father…

Shitaoはクリスチャン?


おばかちゃんの私は只今図書館で『おとなと子どものための聖書物語』(フレーベル館)を借りております。
わははっ…イラストがいっぱいでわかりやすいの。
何にでも感化されて、その関連本を読み漁る私。単純ですな。
フランシス・ベーコンの伝記とかは探してもなかった。
だからネットでの情報収集だけっす。
さすがに買うのは…お高くて手が出ない。
画家のフランシス・ベーコンは同名の哲学者の子孫にあたるそうですね。
「1へ~」です。








4話…

2009-06-17 13:28:16 | 木村っち
『ミスブレ』第4話♪
ゲスト出演者が芸達者な方々ばかりのせいか?
集中して見ることができた。
気がつけば8時50分。
謎解きは~?と焦ったら、なんと次回へ続く。
どうやらこういうパターンになっていくらしい。
まぁ推理ものとしては、事件編→解決編というのは常套ではあるが…。

丹原さんも林田君も、
まるでお猿の気を惹こうとするようにお土産(餌?)はバナナ。
1回目は数本だった丹原さんのおみやが、
林田君に対抗してか?どどんと大きな房になっていたのに笑ってしまった。

今回の九十九君の一番のチャーミングシーンは
楽譜とメモをいっぱい広げた床を歩き回るシーン♪
踏まないようにだろうが、危なっかしげ♪
全身で柔軟な九十九君の思考を演技してるみたいで、好きなシーン。
丹原さんに声をかけられて振り向く姿は「見返り美人」

科警研の皆さんが城西支部のごとく九十九君の影響で
お出かけ部になってきている。
二番煎じと言うなかれ。
硬直しがちな組織が異端者の存在によって変化していくのは、
ワンパターンではあれど、良い兆候なんだから。

九十九君の変人ぶりが落ち着いてきたという指摘もあるが、
“それ”ばかりをクローズアップしていてはストーリーに集中できないし、
変人ぶりも定番化してきてるし…。
あまりそればかりでは…という考えもあるのかな、とも思う。
狙いは『HERO』型の群像ドラマではとも思う。



雑誌等のアンチキャンペーン。
そのお粗末さが憐れにもなる。
一誌の“老けた”というワンフレーズに便乗しようってのが多い。
貶し言葉さえもオリジナリティがなくなったのだな。
木村っちは今年で37歳。
もちろん20代のピチピチではない。
そんなのは当たり前だ。
『スマステ』で「今欲しいのは記憶力」と言っていたのだけを取り上げて、
台詞の覚えが悪くなった→記憶力の低下→老けだと揶揄している。
今まで聞いたことのないだろう脳科学の専門用語がいっぱいの長い台詞。
それと悪戦苦闘するのは当たり前だろうに、
穿った見た方しかできない人達が多すぎる。
日本人独特の「若さこそ最高」といった未成熟な嗜好を感じさせて
ライターさんの人生観さえ疑ってしまう。
女性ならアンチエイジングに命をかけて、
その年齢独特の美や存在感というのを考えもしない幼い人なのだなって勘ぐってしまう。

九十九君は今までのドラマと違う。
TBS作品で言うと、
『GL』の元ちゃんは新米副操縦士。
『華麗なる一族』では父親の圧政と戦う息子だった。
どちらでも師弟ならびに父兄子弟関係の“弟”であった。
木村っちの定番でありお得意と言われる熱血な青い男。
しかし、今回の九十九君は…“師”なのである。
和音ちゃんという助手もいるし、脳科学研究という部署の主任研究員である。
他の部署の主任研究員は九十九君と同じ年代か上。
丹原警部からは「先生」と呼ばれる。
この役柄に若さを求めてどうしようってんだ?
木村っちは若作りなんぞしてないし、その必要性もない。
まぁ…九十九君は年齢不祥なイメージがありますが…。
俳優としての木村っちも、彼のドラマを見て育った世代から仰がれる存在になっておるのだぞ。
マスゴミこそがまったく変化も進化もしてない。
いや、退化あるのみか…。

木村っちのお肌が年齢に相応しくないほどピチピチつるつるなら
美容整形疑惑だとか書き立てるんだろうけどね。
視聴率が良ければ他の出演者のおかげと書き、
悪ければ木村っちの責任。
もうねぇ…こんなのを何年続けているのやら、マスゴミのみなさんは。
どんどん記事は劣化してるし。
○代にいたっては座談会方式だもん。
作文も書けなくなったのだな。
ネット全盛の時代、生き残り策をちゃんと考えた方が良いですよ~。



ちゃんと考えようと言えば…ビストロ…
自分で自分の首を絞めにいっている素人ご招待。
特別な空間であって欲しいのに。

卓球のへタレ木村っちの可愛らしさと
お歌の銀ギラ衣装がびっくりの木村っちの美貌。
これだけを残して、編集後消去。

スマスマスタッフ…再考してください。
無理にビストロすることないし。
存在だけで成立する時期はすぎたのだよ、鈴木君。

洗礼者ヨハネ

2009-06-12 09:55:31 | 木村っち
レオナルド・ダビンチの晩年の作品「洗礼者ヨハネ」
朝日新聞の「beテレビ」欄。
記事を書いた女性が“拓哉像”を重ねていたという絵。
インタビューに現われた木村っちは、
「他者への共感に満ち、
 脚本の世界観を届けるのが役割と節度ある態度のパーフェクトボーイ」
なんだそうだが…。

『ICWR』についても絡めて、

「映画ではキリストと人間のあいだの存在となり、
 テレビでは国民が望む役に全力投球。
 この万能人なら、有徳の美男ヨハネも演じられそうだ」

と、記事を結んでいる。

映画では決して万人向けではない役に挑み、
テレビでは視聴者のニーズに応える。
その多面性を指摘してるのは嬉しい。
ヨハネを演じる云々は…よくわかんないけど。
洗礼者ヨハネって、イエスに洗礼を与えた先駆者的な人物じゃなかったっけ?
人々に神の審判が迫るから、悔い改めよって説く。
が、王女サロメの願いで首を切られるんだよね。
聖書って政治や宗教戦争が絡んだりしてるから、
物語としても面白いんだよね。
って、無宗教の私だからそう思うだけで、
クリスチャンの方々には申し訳ないです。

ダビンチの作品『洗礼者聖ヨハネ』。
端正な顔立ちの、なるほど美男。
ダビンチが同性愛者だったという説もあり、
このモデルは寵愛していた弟子じゃないかと言われてるそうな。
この天に向け人差し指を指すポーズ。
天からの救世主キリストの到来を予告しているそうです。

ふ~む、この方を演じる?
サロメとの物語かな?


「自分は欲を求めたいのです。
 年齢や性別で何かをあきらめ、腰を下ろすのはやさしいことだが、
 もったいない」

と言う木村っちの“欲”って何だろう?
記事では「かつてない拓哉像で世界に向かうことか」とあるが…。
その“拓哉像”だって、人それぞれが様々に勝手に浮かべてるものだし。
偏見に満ちた狭視野で異質なものを受け入れにくい日本よりも
世界へ…っていうのは合うと思う。
日本はちいさすぎるもん。

香川さんは木村っちのことを“映像界の宝”って評したけど、
その“宝”を大事にしなきゃ。


ダビンチといえば、映画『ダビンチ・コード』
あれを観終わって、「なんじゃそりゃ!」って叫んだのを思い出した。
『ICWR』のラストは「なんじゃそりゃ?」とは思わなかったけどね。


きなこ可愛い♪
きなことハイタッチする木村っちは、もっと可愛い♪
きなこを恋人のように可愛がってたって『ズームイン』で言ってたけど、
そこのメイキングを見せてくれっ!
きなこのメイキングがあったのなら、撮影風景もあるだろう~っ!
木村っちとワンコって、ある意味、最強。

SとMの間

2009-06-10 15:29:45 | Weblog
いつものたわごとです…
一笑に付してください…


先日の毎日新聞の夕刊の「Crossroads」という記事に
昨今の洋画不況について書かれていた。
外国映画興行の苦戦が深刻なんだそうだ。
だからして、カンヌ国際映画祭でのマーケットも冷え込んでいて、
配給会社は買い控えをしている。
以前ならパルムドールといった受賞の看板でアピールできたが、
今はそれさえも“売り”にはならない。
見て欲しい映画があっても、ビジネス面で折り合いがつかない。
公開までの経費は数千万円から数億円。
宣伝の仕方によっては、それも跳ね上がる。
その反面、巨額をかけた宣伝はヒットの条件にもなっている。
倒産する洋画配給会社もでてきて、これからは淘汰の時代なのかもしれない。
作品選びにはビジネスの可能性を探るのが必須となってきているようだ。

これから考えると、『ICWR』の日本での“世界最速公開”
映画のタイプと内容から考えてもバランスのとれない派手なワールドプレミア。
日本で公開されたフィルムに出てくるクレジット。
Jドリームにエイベに博報堂…どれもこれも木村関連。
おそらく木村っちが出演していなければ日本公開はされなかったかも?
木村拓哉の名前で巨額が集まるからね。

木村っちが関わると各方面が動き出す。
『ミスブレ』関連でも各社が動いた。
出版社にゲーム、製パン…。
いったいどれくらいの金額が動いたんだろう。
周囲が勝手に動いてる。
でも…どれにも木村っちは確実に関連づけられて…。
気持ちのよい状態じゃないと思うのだ。
本心は単純に俳優として現場に徹したいだろう。
『ICWR』の初日舞台挨拶なんか、羞恥プレイのようだった。
宣伝と映画の内容の大きな乖離を感じて、
木村っちは恥ずかしかったろうに…。
照れもあったろうけど、居心地が悪そうだった。
それでも集まってくれた観客のために頑張ってた。
映画はビジネスでもあり、宣伝は必要って知ってるからね。
プロだもん。



そして、同じく毎日新聞の記事「記者の目」

「日本映画には蛮勇も必要。
 観客は多様性認める心を」

というキャプションが目に付く。
先だってのカンヌ国際映画祭についての内容だ。
不況で控えめだったお祭ではあるが、
映画の内容で大荒れだったらしい。
私も主演女優賞のシャルロット・ゲンズブールの演技について賛否両論の記事を読んでた。
子どもを失くした夫婦が森に籠もり、
やがて妻(ゲンスブール)が狂気に嵌っていく映画。
かなりグロい描写もあって、ブーイングがあがったそうな。
他にも荒々しい暴力と性描写を執拗に描く作品が何本もあったのだとか。
醜悪で不快で、うめき声や失笑がもれる上映会になったらしい。
容赦ない非難にさらされる。
しかし、その一方で芸術性が認められれば評価は高い。
評論家の批評では最悪だった作品が受賞したりしている。

そんな作品群の中で日本映画の影は薄かったそうだ。
日本文化の奥ゆかしさかとも書かれているが、
もう少し大胆になってもいいのでは?とある。
また、政治的主張をする作品を日本で作ることは難しい。
作り手は踏み込むことに及び腰だし、
タブーに触れれば過剰反応が起こる。
蛮勇を起こす作り手が少ない。

その他にも“市場の圧力”が問題となっている。
総興行収入で言えば世界有数の映画大国の日本。
が、一人当たりの映画を見る本数は平均して1年に1.2本なんだそうだ。
これには驚いた。
アメリカは4.8本、韓国は3本、フランスは2.9本。
日本人はあまりにも映画を観ない。
年に1本も観ない人も多いのかも?
日本は映画入場料が高いから、興行収入で映画大国になっているだけなのだ。
1年に1回だけ観る映画…そりゃ観客は爽快感や興奮を求めるわな。
そこに冒険や挑戦はしにくい。
だからといって…毒にも薬にもならない映画ばかりでは未来はない。
「時には批判覚悟で世界に打って出る映画を観たい」
と、記者は語る。
「作り手には蛮勇を、観客には寛容さを」
日本映画の多様性と成熟のためにはそれらを期待したい、と記事は結ぶ。

多様なものを認める寛容。
全面否定してただ切り捨てるだけではなく、
自分がわからないものは「わからない」と言える、ある意味の強さ。
観る側にも必要なものがあるはずなのだ。



『キネ旬』の『ICWR』インタビューで、
木村っちをShitaoと関連付けて“究極のマゾヒスト”と書かれていた。
演技アプローチがシチュエーションに身を任せるという積極的な受動態であり、
またShitaoが痛みを伴うハードな役だったことからでもあるだろう。
それに対して木村っちは、

「たとえ演じる役柄がマゾヒストであっても、
 それを演じ、表現する時点で僕らは“どサド”だと思う」

と、答えてはいるが…。

マゾヒズム=肉体的・精神的苦痛を受けることにより性的満足を得る異常性欲。
日常一般的(?)にはMだとか言う。
深刻な意味合いではなく、簡単に使うことばになってるのかも。
性癖とは関係なくね。

木村っちは『わっつ』なんかでは、自分はサド=Sだと言っていた。
私の勝手な妄想入りの考えでは、
木村っちはMに他ならないと思うのだけど…。
しかも、戦うマゾヒスト。
痛みを痛いと言うことを拒否し、
歯をくいしばり、痛みをエネルギーに消化しようとする。
原動力は自分に対する負けず嫌い。
戦う相手は自分自身。

特に俳優としてMなのかな…と、思う。
決して自分が望んだ作品なくても、全身全霊でエネルギーをつぎ込む。
それに伴う“痛み”も一身に我が身に受ける。
俳優としてのM。

「個人的な欲を作品に持ち込むのはよくない」

「自分から『俺、こんなこともできますよ』というのはないので、
 監督が欲してくれて、初めてそこに行きたくなる」 @『T.』

っていう木村っちだからして…なんだけど…。
俳優として、貪欲に自分をアッピールするのは正解でもあると思う。
が、木村っちは…それもしにくいか…立場的に。
動いちゃうんだもん、色んなところが…。
そりゃ巨額は集まるよ。
でも、その分、口も手も出る、規模だけ大きくなる。
その全てを引き受けて、且つ、
作品で冒険できる人材が日本映画界に何人いるのか?
各方面からの批判を跳ね除けて、
蛮勇をもって木村っちを素材として使いきるだけの監督は?
木村っちは映画出演に対して寡黙で消極的だって責められるのは、
オファーにも原因があるのかもしれない。
お金の匂いがプンプンしたのには、木村っちは背を向けたいだろうし。
(向けたくても、義理とか諸々あるけどね)
蛮勇をもって挑戦する作品のオファー。
それがなかなかないのかもしれないな…。

それとは別に事務所のマネージメントの問題もある。
上記のカンヌについての記事。
出品された是枝監督作品についても書かれていた。
男性の性欲処理のための人形が心を持って動き出すファンタジーなんだそうだ。
その人形役は韓国の女優さん。
監督がファンだからの起用だそうだが…
「アイドル性とエロスを併せ持つ日本人女優がいるだろうか。
 たとえ本人がやる気になったとしても、周囲が許さないだろう」
と、書かれている。
周囲とは、ファンでもあるし、マネージメントでもあると思う。
「果敢な挑戦なくして、跳躍は望めない」と記事にもあるが、
それこそ木村っちの“欲”なのではないかと思う。
それには周囲の蛮勇と寛容も必要になる。
木村っちはそれをMとして待っているのかも…。
拘束されることのジレンマさえもエネルギーに変えて待っているのかも。
痛みを力に昇華していく究極のマゾヒストなのかもしれない。

グループにいるっていうのも、一種のM的責めなのかもしれない…ね。

あ、ファンに対してはSだ。
焦らして、焦がれさせて、決して満たさない。
ずっとどこかで飢えさせてる。
どれほど露出の嵐だろうと、すぐに渇望がやってくる。
演者としてはサドであらなければならないと言う木村っちだが、
その点では、ちゃ~んとサディステックでいらっしゃいます。


おそまつ






Rain…Brain

2009-06-09 15:30:58 | 木村っち
今度こそは、ゆっくり浸るぞっと行って来ました、2回目の『ICWR』
わざと前の方の、見上げないといけない席を選んだ。
だって、前回はベストポジションだったけど、
周囲のおしゃべりに閉口したんだもん。
今回は、まぁ…集中できたかな?

やっぱりShitaoはクセになる。
なんだろう…麻薬のような常習性がある?
見終わった後、すぐにもう一度会いたくなる。
映画全体としては、ちと辛くなるけどね。
特にDongpoとリリのシーンは辛い。
暴力だとか、腐った食料の虫さんとかは平気。
もっとグロい映画を何回も観た。
『ICWR』は思ったよりもグロくないし、
暴力シーンも甘いなぁって思う私は変?
必然的な暴力シーンはまったくOK。
それより感情の発露のない乾いたシーンの方が辛いっす。

2回めだから、細かいところも見れた。
クラインが依頼を受ける時の書類。
ShitaoはYale大学の出身なんだね。
アメリカの私立の名門大学で、おぼっちゃまらしい。
姓はCHENって書いてあったように思うのだけど…。

共演の虫さんたちも細かく見た。
1回目はとにかく目から頬、唇へと伝うのを追いかけてた。
首筋にも蠢いていた。
そして、やっぱり美しい。
泥にまみれる姿のプリミティブに美しいことったら。
映画鑑賞後の韓流ファンらしきオバサマ方の会話。
「あんなに男前なのに、あんなに汚れなくてもねぇ。もったいない」
木村っちのことだろうね。
あれほど汚れても美しいのに。
だからこそ、美しい。
虫にたかられるってことは豊饒を連想した。
豊かな実りの大地。
原始的な生命力。
だからこその畏れ。

やっぱり「わからない。」「期待はずれ」って声が聞こえてた。
そりゃねぇ…宣伝を鵜呑みにしたらねぇ…。
特に日本人はテーマが簡潔に述べられるのが良しって国語教育を受けてるから。
こういう感じる映画は受け入れにくいでしょうね。
かといって、サブカルほどには傾いていないと思うし。
ハスフォードの描き方も二番煎じといえばそうだし。
私の趣味になっちゃうと、もっとサイコサスペンス色が欲しかった。
ハスフォードと同化したクラインが不死身(?)のShitaoとどう相対するのか…。
ハリウッド的な陳腐さになっちゃうのかな?
見る人を選ぶ映画…好き嫌いが極端だと思う。
これで興行収入云々って誹謗中傷する方が無知だわさ。



『ミスブレ』(と、省略してしまう)第3話。
脚本的にはきちっとまとまっていて、演出もシャープだった。
あまりにも脳を酷使している九十九君の未来への不安も出てきたりして、
彼の憂いを含んだ厳しい表情に見蕩れたりした。
六三四を追いかける九十九君の可愛らしいことったら♪
あのチョコマカとした愛らしい動きは、
やろうと思っても、そう簡単じゃないと思いますが。

が…若手さんたちの演技がいかんせん…
でもって、お数字の方が…
まぁねぇ、どちらさんもSPをぶつけてきてたし。
私的にはあまりショックでもなく…そんな回もあるわさですの。
なんと申しますか、Shitaoに会ったせいか?
そんな小さいことはど~でもいい状態になっております。
私が好きなんだから、他人がどうだろうとど~でもいいわ、です。
まぁ、マスゴミさん達はイロイロと書くでしょうねぇ。
せっせと作文をするでしょう。
今でもですもん。
かわいそうになるほどの作文の内容。
特に○春の女性ライターさん。あまりに酷い文章。
それにまた他の雑誌が乗っかるし。
そこまでして木村っちのことを書きたいのか?
他にあるでしょうにねぇ、マスコミとして書かなくちゃいけないことが。
そんなだから雑誌は滅ぶ一方だって言われるざます。
怒りよりも哀れになる。

雑誌といえば『AERA』にスマについての山崎氏と鈴木氏の両極端の記事があった。
私は山崎氏とある程度は同意見です。
ただ…“伝説”などとはマスコミが勝手に作ったこと。
“視聴率神話”とかもね。
勝手に貼ったレッテルを、まるで自分で名乗ったかのように批判するのはおかしいと思う。
勝手に国民的だと書きたてて、勝手に持ち上げた神輿。
本人達(少なくとも1名)は、その神輿を冷めた目で見ていたと思う。
事務所の誘導によってマスコミが作り上げた虚像。
それに実が伴わないってことは、誰よりも彼は承知していると思う。
そして、永遠がないことなんて、ず~っと前からわかってただろうに。
自分は素材にすぎないって、彼はず~っと言い続けている。
他所から、しかも上から目線で言われなくても、
少なくても彼はそんなことはわかってると思うのだけどな。
それでも…彼は行けるところまで行こうとするんだろう…と、思うのだけど。
行けるところまで行った先に何かを見つける…と、思うのだけど。
それを見つめ続けたいと思う。

鈴木氏には全く共感せず。
それじゃ、放送作家の役割は何なんだ?
逃げてるのか?
やっぱりこの人の仕事は評価できないわ。


昨夜の『スマスマ』
マコこと佐藤隆太君の木村っち愛が嬉しかった♪
メールのあて先は「ハルさん」なのね。
そして、若手俳優さんの中には『若者のすべて』ファン率、高し。
20代後半の俳優さんって、木村っちドラマを普通に見てきた世代。
なんか…凄い…ちゃんと若手に影響を与えてますぜ♪

面白いんだか、どうなんだかの、ゲーム。
木村っちがストレートな髪型のやたらな美人さん♪
一部、妙に興奮している参加者があり。
浮いてた…。

ジョシュ君達にはビストロに来て欲しかった。
タイミングが合わなかったもんな。
撮影エピソードとかを聞きたかったのに。

木村っちのダンスは色っぽく、綺麗♪

結局、やっぱり木村っち鑑賞番組になってる…