秋田県横手市増田町 千葉建築のブログ

秋田県の県南、横手市増田町の工務店、(有)千葉建築のブログです。
よろしくお願いいたします。

心まで涼しく

2010-09-26 07:40:14 | 建築日記
9月26日(旧暦8月19日 六白 友引 己辰)


おはようございます。横手市増田町の工務店、千葉建築です。

久しぶりに気持ちの良い秋晴れの日曜の朝となりました。

昨日の記事で、どんよりとした空について書きましたが、やはり晴れると気分まで良くなります。

今日は少し秋を楽しんで行きたいと思います。


今年の夏の夜は、非常に寝苦しい日々が続きました。

特に東京などでは熱帯夜が続き、秋田県でも近年まれに見るくらいの夜の暑さとなりました。

エアコンの需要が大幅に伸びる一方で、その廃熱が町全体を熱くしてしまうという現代の都市構造となってしまいました。

戦国時代の武田氏滅亡の際、織田信長に攻められた恵林寺の快川紹喜という僧侶は、焼け落ちていく寺院の中で、「安禅必ずしも山水を用いず、心頭滅却すれば火もまた涼し」という辞世を述べて凄絶な最期を遂げましたが、現代人にとっては物理的な涼しさはエアコンに頼らざるを得ません。

しかし、心頭滅却するよりももっと簡単に、精神的に涼を得る方法はたくさんあります。

「風鈴」といったものもありますが、「怖い話」「怪談」といったものもあります。

前置きが長くなりましたが、今日は『怪談』で有名な小泉八雲の命日となっています。


小泉八雲はギリシア生まれで、日本国籍を取得する前の名はラフカディオ・ハーンとして知られています。

ハーンの父は、当時イギリスに併合されていたアイルランドの軍人であり、ハーンも生地のギリシアからアイルランドへと幼い頃に移住しました。

フランスの神学校を退学し、ロンドン、アメリカのシンシナティと移り住み、新聞や雑誌の記者となりました。


明治23年(1890年)に、雑誌記者の特派員として日本を訪れ、以前にアメリカで知り合った日本の外交官の斡旋で、島根県松江の中学で英語教師となりました。

翌年、元松江藩士の小泉家の娘と結婚した後、熊本の第五高等学校(現熊本大学)の英語教師や神戸の英字新聞会社に就職し、明治29年(1896年)に東京帝国大学(現東京大学)文学科の英文学講師となりました。

同年、日本国籍を取得して小泉八雲と名乗るようになり、明治36年(1903年)まで大学で教鞭を振るっていました。

八雲の授業は学生からの人気も高く、八雲の退職後に後任に座った夏目漱石はやりづらかったという話もあります。


東京帝国大学で教壇に立つ一方で、日本の古典や民話に基づいた話を取材し、まとめた『骨董』『怪談』などを著しました。

日本に強く心を惹かれ、日本人となって外国に日本という国を紹介したり、民話に垣間見る日本人の心の深層を理解したりと、非常に日本にとって関わりの深い人物となっています。


のっぺらぼうの出る「むじな」の話は、中学時代に英語の教科書で学んだ記憶もあります。

季節はずいぶん涼しくなり、寒さを感じるようにもなりましたが、今日はそんな怪談を読みながら、昔の人々の心をたどって行きたいと思います。

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