ぱっぱらっ記 In Danmark

夫の転勤に伴い、家族四人=夫、私、長男3歳、長女1歳でデンマークで、2年間暮らした記録です。

発掘?!

2006年09月28日 | デンマーク産
昨日幼稚園にテツジローを迎えに行くと、

本箱の上に変わった形の石が。

「なにこれ?」ってみていると、

双子の姉妹エミリー&フライヤの、フライヤが、

「わたしがみつけたの~!」と。


そのあと、インガマカレテが来て



「コレはきつねの骨よ。頭蓋骨。大丈夫、危険じゃないから。」




ぎょえ~~~!!!

何でそんなもんが普通に園庭に落ちてんのや~。

あんまりびっくりしたので、今朝写真を撮ってきました。


友人Hとデンマーク観光

2006年09月27日 | ちょっとそこまで・・・(デンマーク観光)
先々週、高校時代の友人Hが遊びに来てくれました。


Hとはカノスケが生まれたあとに、我が家に遊びに来てくれた時に会った以来だから2年ちょっとぶり。



Hもその間色々あったようだけど、久しぶりに会ったHはとても元気そうで安心しました。
ほんといつ見てもきれいにしてて、早くに結婚してお母さんになった私とは違って
相変わらず、まだまだ「女張ってる」ってかんじのHだったのでした



Hが毎年恒例にしている豪華海外旅行に
今年は私がいるからってことで、デンマークを選んでくれたのが
とても嬉しかったので
その一大イベントがつまらないものにならないよう、
丸4日忙しくはあったけど、周れるところは全て周ってきました~。



<城と買い物が好きなHのために考えたデンマーク観光ルート>


1日目:H、朝空港に到着。
   その日は学校があってむかえにいけなかったので、
   一人でストロイエ周辺を観光してもらう。

   買い物は一人のほうが効率がいいだろうし。
   コペン観光は一日じゃすまないから。
   とおもったのですが、
   初めて一人で海外を観光して寂しかったらしい・・・ごめんよ!

   ストロイエ、クリスチャンスボー城、スロッツホルメン、ラウンドタワー
   を観光。
 
2日目:11時にホテルで待ち合わせ

   アメリエンボーの衛兵交代を見たあと、
   
   ニューハウンからカナルツアーに乗り、
   

   その後、工芸博物館のカフェでランチし、
   カステレット要塞、ゲフィオンの泉、人魚の像 を見たあと
   ローゼンボー公園&離宮を散歩、
   
   最後にフィールズに寄ってお土産の下見をしたあと帰宅。
  

3日目:石灰質でできている崖、ミュン島
     
その後、Hのロイコペイヤープレートを買いにブルーマーケットへ行ったのですが・・・
去年は70年代のものはほとんど全て一枚50krだったのが、
全て200krになっていました!しかもかなり品薄だった・・・
  誰かが買占めに来ているとしか思えない。


帰りに近くのBILKAで会社へのお土産購入。


4日目:ローゼンボー城(写真は夏撮ったもの)
    
   フレデリクスボー城(今回初めて中に入りましたが、クロンボーより装飾が派手で、城らしくてよかったです)
    

5日目:IKEA→ロイヤルコペンハーゲンアウトレットショップ
    その後ホテルへチェックインし、フィールズで解散。


なんとこの日Hが買ったロイコペの皿がフィールズで30kr安く、
空港で100kr安く売っていたらしい!!アウトレットの意味ないし~

6日目:前日、空港前のヒルトンに泊まっていたので、昼頃の飛行機で無事日本帰国。

Hはシンガポール経由できたのだけど、
日本からデンマークって遠い・・・
以前来てくれた友達もいっていたけど、
飛行機に慣れていても、この長いフライトはきつく体に応えるようです。
時差も結構あるしね~お疲れ様でした。


田舎に住んでるもんで、
空港での送迎ができず現地集合・解散させてしまうは、
二人のコブつきなんで あんなことも~こんなことも~
できないは、だったけど楽しんでもらえたかな~??


  

おかえり

2006年09月24日 | デンマークでの育児
金曜日の2時ごろ、無事テツジローの乗ったバスが幼稚園に到着しました。

バスから降りたテツジローとぎゅぎゅぎゅ~と抱きしめあっていると


「たのしかった~~!!」と。

さらに

「テツジロー、ルーカスとシモンとスーネとマヌスとエスカと仲間になってん!」

とな。

そうか、そうか、よかった、よかった


エリカ先生も
「なんの問題もなかったよ。
 テツジローはシモン達と本当によく遊んだよ。
 夜はルーカスと寝袋をひっつけて寝て、海ではみんなで長靴を脱いで海に入って、パンツまでぬらしてたよ~。」


母は嬉しい~~~~~~~
行かせて良かった~~~~~~

テツジローに
「夜とかなかへんかった?」ときくと、


「泣いた。夜と朝と夜と朝。」

やっぱり

「他にもないてる子おった?」

「うん、ず~っとないてる子いた。」

うお~~。先生たち本当にご苦労様でした



コメントで、アドバイス、励ましを下さった皆さん本当にありがとうございました。親子ともいい経験ができました




今回思った、デン式?お泊り保育の不思議。


 いきなり2泊3日。

 寝るのは各自寝袋持参。掛け布団でもよい。(薄いマットレスはあるらしい)

 自炊なので、食材は持ち寄り(ウチはりんご20個とケチャップ1本だった)

 お風呂は全員は入らない(テツジローは一回も入らなかったらしい、よっぽど汚い子だけ?)

パジャマが持ち物リストの中にも書いていたし持っていったが、使わなかった。
オマケにパンツも1枚しか使ってなかったし、着替えも一回しかしていなかった。
(とにかく汚れないと着替えないらしい)


スケジュール表など一切なし。もらったのは持ち物とバスの発着時間の書いた紙一枚。




 テキトー 




それでもなんとかなる~~~



母はテツジローの居ない2日間、片時も電話を手放せなかったけど、

「あ~~2人育児が急に一人育児になるとラク~~」(テツジロー一人のときはそれはそれは大変だったんだけど)
「あ~~テツジローがおらんぶんベッドが広~~」

と、薬を飲んではいたとはいえ、信じられないくらい爆睡した2晩だったのでした



お泊り保育へ出発!

2006年09月20日 | デンマークでの育児
前回の記事にコメントを下さっていた皆さん、
コメントレスが遅くなって申し訳ありませんでした。


一昨日まで高校時代の友人Hが遊びに来てくれていたので、
モヤモヤも一時忘れ、毎日デンマーク観光にいそしんでいました。


今朝無事に、テツジローはお泊り保育に出発しました。


泣きもせず、ちょっと複雑そうな笑顔で、
毎朝別れ際にする、ハグもチューもせず、手を振ってくれました。



やはり、今、私がダメダメです。

朝からオタオタおろおろしてて、
30分くらい遅刻して学校へ行きましたが、
携帯電話は忘れてる、お弁当は忘れてる、いきなり生理が始まってしんどい
なんてことがあり、
あまりに授業に集中できないので、さっき帰ってきてしまいました。



結局、テツジローにお泊り保育のお話をちゃんとできたのかというと・・・


実はできなかったのです。


が、


昨日幼稚園から帰る車の中で、


テツジローが 私にではなく カノスケに


「 あしたなー、テツジロー コロニーにいくんやでー。
   ひとりでねるねん。ママやパパと一緒ちがうねん。
   お友達とみんなで寝るねん。
   ママがいいひんくてさみしいねん。
   でも、コロニーはすっごく楽しいところやねん。
   だからテツジロー楽しみやねん。         」



母、号泣・・・バカハハ

テツジローは言わなくてもわかっていたようです。

私と先生のデンマーク語の会話がわかってたのか、
寝袋を借りにいったりして準備してる母を見てわかったのか
定かではないですが。



今日の夜に帰ってきてもいい、一泊だけして帰ってきてもいい。

楽しい思い出作ってこられたらな~と切に願う母なのでした。

こんな、少々病気の母に対して、
父はと言うと・・・・


「今日スポーツクラブ行っていい?」
「金曜カジノ行っていい?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・


いいですよ。

でもいつでもテツジロー迎えにいけるよう車使わないでね!!!

モヤモヤ

2006年09月13日 | デンマークでの育児
あ~~~~、モヤモヤしている・・・・


モヤモヤの原因はズバリ


テツジローの「お泊り保育」


「大切なのはいい思い出を作ることだから」
というお言葉をインガマカレテから頂き、
お泊りはせずに、一日目の夜に迎えにいくことに決めていたのですが、


行かないなら行かないで、かわりの保育場所を探すと先生が仰るので


「いいですいいです、私、語学学校ある日だけど、休んで家で見ますので。」


といったのですが、

「それはだめだ。こちらには他の場所を探す義務があるから。
 もしどこも行き先がなければお願いするかもしれないけれど。」

と。へんなとこ律儀。なお返事。


それからしばらくたって、先週。
テツジローのクラスの保護者会がありました。


そこで、エリカから突然、出された提案。
「もし何かあったら電話するから完全参加してみたらどうか?」

それに対し


インガマカレテは
「もしテツジローが泣いたりしても
 先生たちはデンマーク語で慰めたり、諭したりしかできないし、
 テツジローが日本語で何か言ってもわからないし、
 無理しなくても。」と。


担任の先生二人の意見が微妙に違う事が感じて取れました。


どっちか言うと、「エリカ寄り」な私。


多少の迷いはあったけど
(だって3歳になったばかりの子供たちも含め、幼稚園の子が全員行くんだから
 テツジローだって泊まれるだろうと思ったりして)
まぁ、本人行かないって言ってるんだから、無理に行かすことないか・・・

と思っていた気持ちが、一気にぐらつき始めました。


オットの意見は聞かなくてもわかっていたけど、

「幼稚園の先生がこう言うてくれてるけどどう思う?」と
聞いたところ


「いかせ、いかせ!そんなもん親が子どもの背中押したらなどうするんや。
  夜なったら諦めて寝よるって。」


と案の上のお返事。

う~~ん・・・

確かにテツジローはいざとなると
諦めが早いというか
小さいのに親以外にはあんまり我儘いわへんところがあって、
親がいないからって、泣いて泣いてどうしようもなくなるという事態は
あんまり想像できひんのだけど・・・・

(いなくなる間際は泣くけど、見えなくなったらすぐ泣き止む、らしい)



親が背中押して、そうやってハードルを乗り越えさせる事がいいことか。

本人嫌がってるんやし、言葉のろくに通じひんなかで無理させんでもええんか。


いや、たかがお泊り保育に行かすもいかさへんも、
後の心の成長にどうこうなるとか、全く思ってないし、
行く行かんのメリット・デメリットもたいしたことないって思ってるんだけど。



だけど、それでも、


・・・病気になりそうなくらい悩むわ・・・・(苦笑)


でも、結局は代わりの預け先の件が↓のような結果になり、
なんとなく(?)「行かせてみます」とお返事してしまいました。

*****

例年なら行かない子は隣にある別の幼稚園に行ったり、
誰か先生一人が残って、いかない子達をみていた。


今年は隣の幼稚園はお泊り保育をやめたので預けあいはできず、
今年はテツジローだけが、不参加の子なので、先生を一人だけのため幼稚園に
おいておくわけにも行かず、


結局は預け先がみつからなかった。

が、更に園長先生は

カノスケの家庭保母さんに直接電話してくださり
テツジローを預かってくれるか聞いたところ「OK」とのこと。

が、

この勝手なやり取りを聞いたコミューンがおこって、
その日の保育料を保母さんに出さないといったものだから、

カノスケの保母さんが
「何でただ働きせなあかんねん」と言ったかどうかわからないけど、
とにかくかなり怒ったらしい。


****





ちなみに私は自分のお泊り保育を覚えてて、

ほとんど行くという事を知らせられないまま行って、
夜になって、しょうがないから寝たものの
「何でちゃん言ってくれてなかったんや」と親に腹が立ったのを覚えています。


しかし、テツジローは私ではない。


これはオットによく注意されることで


私の記憶にある小さいころの私と、性格も行動パターンも泣きツボも
よく似ていると日ごろ思っているので、


ついつい、
「私は小さいころこれがイヤやったから
 テツジローにはそういう思いをさせたくない・・」

と思ってしまうのです。


多かれ少なかれ親なら同じような思いが子どもに対して
あると思うんですが、


時々、あまりに勝手にテツジローの心に共鳴しすぎて
苦しくなるときがあります。


これはよくないよね~と自分でも思いつつ・・・



あ~~~~モヤモヤする~~~~。

ユラン旅行②

2006年09月10日 | 旅日記
最近のバタバタで忘れ去られそうになっていた
ユラン旅行記をさらりとだけ残しておこうと思います。


1日目Skagenを7時ごろでて、食事をし、
日が沈まないうちに(10時までに)、予約していたホテルへと急ぎました。
ホテルはTårsいう小さな町にあるKro(レストランのついた小さな宿)。


次の日宿をチェックアウトしたあと、
デンマーク第二の都市Århus:オーフスへ行きました。

オーフス大聖堂

オーフスの町はコペンの町よりいいと、知人から聞いていた通り、
ストロイエを歩くより、ぶらぶらと何時間でも町歩きしたくなるような、
そんな町並みでした。

どんなふうに違うか簡単に言うと

コペンの町はストロイエという長い一本の1番賑やかな通りがあり、
そこの周りに、何本か2番、3番・・・の通りがある。
 
のに対し、

オーフスの町は、ある囲まれた地区の中にどれも1番な通りが
張り巡らされて、一つの繁華街になっているような感じでした。



とはいいつつ、町歩きの嫌いなウチの子達を連れているので、
2時ごろには町を出て、そこからまた高速に乗ってFårupという、
これまた小さな町のホテルに向かいました。


町が遠いのは不便だけど、車もあるし、子供を連れてるので、
少々遠くても空気がきれいで安全で、子どもの遊び場があって、
そしてもちろん安い宿が今の私たちには最適です。


宿に着いたら早速目の前の公園で遊ぶ子供たち。


宿は平屋の長屋で高速をおりてすぐのわりには、森に囲まれているため静かで
公園があり、まさしくファミリー向けでした。



3日目はそこから30分ほどの結構大きな町Randersへ。
日曜なので、町のお店はどこもしまっていたけれど、

私たちが目指していったのはRanders Regnskovというtropical zoo・・・

ユランにはデンマーク一大きな動物園があるのに、なぜtropical?なのですが、
次の日にはレゴランド行く予定だったので、
夫婦で協議の結果、
「わざわざ遠いところまでいかんでも、近くにあるここでいいやん」ということで



いやいや、それが結構面白かったのですよ~。


頭上の網に大きなイグアナが何匹も乗っていたり、なぞの小動物が放し飼いだったり、大きすぎるへびがいたり・・・
 

Randersの町も、日曜日で無人だったけど、古い大きな教会があって
風情のある町でした。



4日目は子ども達の最大の楽しみ、レゴランドへ。


なんと!


ホテル側の手違いで、値段はそのままでジュニアスイートにとまることができました~部屋が二つ!お土産のレゴもちょっと豪華?
 


しかし、テツジローはレゴランドに来ても、一番人気のドラゴン(ジェットコースター)
やカナルなんとか(船に乗って、最後水しぶきがいっぱいかかるやつ)
などには絶対に乗りません。ってか、乗れません。



すっごい怖がりなんで
どこの遊園地にでもあるようなお子様の乗り物や、
公園でばかり遊びます・・・


で、挙句には「お部屋かえる~」と言い出す始末。

あんなにレゴランド楽しみにしてたのになんで?と思ったのですが、
よくよく話を聞いてみると


は~ん、こやつはレゴランドではなくて、
レゴランドホテルを楽しみにしていたよう。


まぁ、それほどレゴランドホテルは子どもが楽しめるよううまいことできてるわけなんですが、


私的には、もう来年はこなくていいです
だって、高いし、遠いし。


来年の夏はユラン名物イェリング墳石、デンマーク一高い山のあるシルケボーとmiwaさんのブログでも紹介されていたデンスケの大好きな島:ボーンホルムへ是非行ってみたいものです。




追記:レゴランドではテツジローの幼稚園で同じクラスのフィリペファミリーにばったり遭遇。

フィリペのママは小柄でベリーショートの髪をしたいつも明るい人で、
テツジローが入園した当初から、笑顔で挨拶してくれるとっても感じのいいママ。

すごい偶然!


デンマークは九州とほぼ同じ面積というだけあって、
思わぬところで、知っている人と出くわすということが本当によくあります。



病院大キライ

2006年09月08日 | 子どもの病気
月曜日、テツジローが幼稚園から帰宅後、しんどそうにしていたので、
熱を測ってみると、37.8度。


そのあと2時間ほどで38.8度まであがりました。


他に目立った症状はなく、おなかが痛いというので、
丸一日ウンチをしていないから、便秘かもということで
ゆるい便秘薬を飲ませ寝かせました。


次の日、すっかり熱も下がり、朝に大きなウンチが出て元気そうだったので、
私の一年ぶりの散髪の間だけ、幼稚園に行かせました。
12時ごろお迎えに行き、帰ってきてからも元気だったので安心していました。


水曜日、私は語学学校に行き、テツジローは幼稚園に行き、
帰宅したのは3時くらい。
また少しだるそうにしているテツジロー。
といっても、外に遊びに出たり、テレビを見たりしていて、熱もありませんでした。
が、6時ごろ、
「おでこが痛い」と急に泣き叫びはじめました。


テレビを熱心に見ていたので、目が疲れて頭が痛いのかな?と思って
少し横にならせ、目の上にタオルをかけてやると、しばらくして寝ました。

7時半、またおきて今度はもっと激しくおでこの痛みを訴えます。
これはさすがにおかしいと思い、
救急病院へ連れて行ってもらうことに。

9時ごろ救急病院へ行き(といっても小さな診療所)事情を説明するも、
耳を見て、胸の音を聞いて、お腹を押して終わり。
「異常は見つけられません
 熱も吐き気もないので、明日までこれで様子を見てください」
と、座薬を2つくれただけ。


この間テツジローはずっと「いたい!ママ痛いよー!!」と
泣き叫んだままおでこを押さえています。


この日の夜10時に座薬をいれ、3時にもう一度座薬を入れましたが、
まとめて寝たのは座薬を入れてから1時間ほどだけ。
あとはずっとずっと、うとうとしては痛みで目が覚め、しばらく泣き叫んで
またうとうとするの繰り返しでした。


何度ももう一度病院に行こうと思いましたが、今行ってもまた同じ事
だから、せめて朝まで待とうと思い、
朝6時ごろ、
もうこれ以上我慢させられないと思い、今度は大きな救急病院へ連れて行ってもうことに。


この移動時間中(約30分)もずっと「ママ痛いよーはやく(病院)行きたいよ」
と泣くテツジロー。


ようやく病院について、看護師に事情を説明してもらいましたが、



「まずホームドクターに診てもらってください」
「熱が40度以上ないのでここでは診られません」
「今日は小児科医が120人の回診がありますので無理です」


一晩中頭が痛いと泣きさけんで、ようやくここまで連れてきた子供を
もう一度30分かけて、ホームドクターのところまで戻れと、
言うのです。


テツジローと一緒に泣きました。


泣きながらようやくホームドクターのところまで戻り
ようやく診てもらったところ・・・


「あ~、喉からの炎症が、耳のところまで上がってきていますね。
 中耳炎です。抗生物質と痛み止めをだしますのでのんでください。」


でも、耳は全く痛がってないので私は納得がいかなくて、
でも頭のこの眉間のところだけが痛いって言ってるのはどうしてか?
痛み止めが効かないときはどうするのか?
食い下がりましたが。


「何かあればもう一度来てください。」

家に帰ってずっと痛いと泣くテツジローに薬を飲ませ、しばらくすると
すーっと寝てくれました。

結局、
こうして薬が少し効いてくれたのと、
オット上司の奥さんの持っていたデンマーク語の病気百科で
「副鼻腔を伝って眉間のところまで菌が上がってきた。
 鼻の横の耳に直接行かなくて、先に鼻の上の眉間のところまで菌が行ってしまった。」
というのを、説明してくださってようやく納得しました。

中耳炎違うやん??
と思っていると、中耳炎というよりも
pandehul betændelse:前頭洞炎
という名前のほうがテツジローの場合よく当てはまるようです。


丸一日たってテツジローはウソのように元気になり、
今横で笛を吹いてご機嫌で遊んでいます。



このままデンマークに何年住めたとしても、
デンマークの医療システムには一生慣れることはないと思います。

ゴミムシ

2006年09月05日 | デンマーク産
先週の金曜日、語学学校の3時間目の授業は
近くの美術館までを歩く、「森のお散歩授業」でした。


森を歩いている途中、先生が
「デンマークではその辺に生えている木の実が普通に食べられるのよ~」
と、あっちの木、こっちの木の実を採ったり、
「でもこの葉っぱは危ないのよ~」とか「この実は食べられないから気をつけて」
とか言っているときに、



道の上に結構大きな(2cmくらい)
「ゴミムシ」がいました。



私が「わっ」といって通り過ぎた後、
イランのモハンタセが、何を思ったか、
そのゴミムシを拾おうとした、



そのとき!




突然モハンタセが持っていた財布を落とし、
顔面を押さえて

「hjælp! hjælp mig!:助けて!」と叫びました。



本人は結構パニックってるし、でも周りは何が起こったかわからないし、
皆オタオタしながらも、中の一人が持っていた水で、彼女の目を洗わせ、
もうひとりのもっていた紙ナフキンで、目の周りをふき取ったりしていると、


ようやく目をあける事ができ、落ち着いたモハンタセが言うには、



「ゴミムシがガスを出した」と。

どうも目の下にやられたらしく、目の下の肌が白く変色していました。
その後そこは赤紫になり、モハンタセは帰るまでずっと、
「まだ目が痛い」といっていました。



確かにゴミムシがガスを出すのは知っていますが、
そんなにすごいものなのか。

テツジローがよく、お砂場にいる同じ大きさくらいのゴミムシ君と遊んでいるので
急に怖くなって調べてみました。



いました、いました。

強力なガスを出す

ミイデラゴミムシ

かなりの命中率でおしりからガスを噴射し、
(例えば敵がカエルならカエルの口の中にも命中させるほど)
その噴射時の瞬間温度は100度以上になるそうです。

ガスの成分は過酸化水素とヒドロキノンを反応させたものらしい・・・
なんかよくわからんけど、とりあえず危険そう!



ひえ~コワイ!!



でも、見たのはこんなんじゃなかったんやよな~と思っていると、
爆弾甲虫と呼ばれる強力なやつが、国外にいることも書いてありました。


これやったんかな~と妙に気になって、
テツジローの幼稚園のインガマカレテに聞いてみると、
わざわざ図鑑から探してきてくれてコピーとってくれました。


お忙しいのにすんません。


それはまさしく「bombarderbillern:爆弾甲虫(オサムシ?)」でした。
でも、実はそれとも形がちょっと違った気がするんだけども・・・ま、いっか。


インガマカレテが言うには
「ボーンホルム島とかにしかいないから、そんなに心配しなくていいよ」
とのこと。


そんな珍しいものにあたってしまったモハンタセって・・・

ユラン観光①

2006年09月02日 | 旅日記
夏休みに行った、もう一つ旅行の記録を残しておこうと思います。


デンマークに住んで一年半。
なのに、よく考えたらデンマーク国内の観光名所をまだ全然見ていない。
ということに気づきました。特にjylland:ユラン半島。

なんでかって・・・デンマーク国内のホテルはひじょ~に高いからです。
ベッドが3つ必要なうちの場合、
普通のホテルで一泊20,000円~
kroという、旅館、民宿クラスの宿で、15,000円~くらいするので、
しばらく躊躇していたのです。


が、日本から来ることを考えたら・・ということで、行って来ました。
「オーフス・スケーエン・レゴランドの旅」です!

ユラン半島までは車でももちろんいけますが、
子ども達が少しでも動き回れるよう、
フェリーで行きました。
我が家から車で1時間半くらい北西に走り、Kalndborgの船着場から
2時間半でデンマーク第二の都市Århus:オーフスの船着場に到着です。


フェリーはドイツへ行く船とは違い、簡素なつくりで料金もリーズナブルでした。


ユラン半島到着一日目はSkagen:スケーエンへ。


スケーエンとはデンマーク最北端の町で、ここから更に北にある
Grenen:グレーネンとよばれる岬では、
西のスケーラック海峡と東のカテガット海峡の海水がぶつかり合うところが見られます。


グレーネンの駐車場に車を止めて、海流がぶつかり合う地点まで、
結構な距離だったのですが(3、4km?)

さらさらで真っ白な広い広い砂浜で、
きれいな貝を見つけたり、兄妹でじゃれあったりしている
テツカノと(もちろんオットと)歩いていると、あっという間で、
とてもとてもステキな時間でした。
(但し、海峡の合流点を見てからの帰り道は、案の定疲れた子ども達の
 「だっこ~だっこ~」「しんどい~歩けへん~」合唱


 

肝心の海峡がぶつかるところの写真はコレ・・・

浜辺でちっちゃなヒトデがたくさん落ちている場所を発見!
「おほしさまがいっぱいや!」と喜ぶテツジロー。
私もこんな小さいの見たことなくて
「ママ、あのヒトデほしい~。家に持って帰って飼いたい~」と
言ってると、たくさんたくさん集めてきてくれました。
 


が、オットに

そんなん持って帰れへんし、飼えへんやろと諭されて
テツジローと泣く泣く諦めることに


スケーエンのグレーネン、
ここは新婚旅行にお勧めできるぐらい、きれいでろまんちっくな所でした。
別の日に夕焼けの時間帯に行ったオットの同僚&その彼女もここが一番のお気に入りになったそうです。 

もし、夏にデンマークに来る事ができるなら、
人魚もストロイエもいかなくていいから、ここに来る事をお勧めします!


2日目以降は次に。











赤い実

2006年09月02日 | デンマーク産
古い果物を食べて酔っ払う?

で思い出しました。


デンマークでは、秋口になるとその辺の民家や山で
こういう赤い実がなっている木を良く見かけます。日本語では西洋ナナカマドというのかな?


カノスケの保母さんに

「あの木はなんていう名前ですか?」
と聞いたら


「RØD BÆR=赤いベリー(イチゴの類)よ」
と。そのまんまの名前ですな~。


で、更に

gammel dansk:ガメルダンスク(デンマークで有名な焼酎)はこれから作られるのよ」と。


こういうちょっとした話が、一日一つでも保母さんとできると
とても嬉しくなる今日この頃



**  調べるとこのお酒は西洋ナナカマドの実の他に、
    二十種類以上のハーブ?から作られるそうです。