“小学校六年生になって歴史を学んでいます。歴史についていろいろと考えたり調べたりすることは楽しいです。先日、ふと思いました。どうして歴史を学ぶのだろうか、と。ぼくなりに思いをめぐらせた結果、日本人として今の日本をつくった先人を知り、さらには現在の平和な世の中をどのように築いたのか、そしてこの先どう維持していくべきかを考えるために学ぶという結論にいたりました。
昔の日本人が何をしたかを知ることで、現代のぼくたちが今してはいけないことが分かってきました。昔の人が次代のために書き残してくれたであろう書物を開けば今でも十分通じるような教訓の数々にふれることができます。
そう、昔を知って、この先ぼくたちがどう生きていけばいいかの手がかりを知るために歴史を学ぶのです。より良い未来を切りひらくためにみなさん、過去を知りましょう。”(10月18日付け中日新聞)
愛知県豊橋市の小学生・酒井さん(男・12)の投稿文です。これが小学生の文か?感心してしまう。人間個人も人間社会も何もポット生まれたわけではない、継続である。継続であるならば歴史があるはずだ。その歴史を知ることは大切だ。知った中でこれからどう生きていくのか、進めていくのか、考えていくのである。今の時代、変化はすさまじい。過去のことなど生かせることなどない、と思いがちであるが、そうではない。いくら変化が大きかろうと、続いているのである。特に失敗や過ちに目をそらしてはいけない。ものの変化は大きくても、人間はあまり変わらないのである。物質的に豊かになっても人間の根性や心根は不思議に思うほど変わらないのである。
先日ボクの知りあいが「100年前から見た21世紀の日本」と言う本を出版した。そしていただいた。100年前と今とその背景は天と地ほど違うのに、人間の言っていることはあまり変わらないのである。100年前に言っていたことを今も言っている。人間の人間社会の進歩のなさに驚く。それから見ても、人間は同じ過ちを犯すのである。そこに歴史を学ぶ価値があるのである。
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