"ちょっと外から見た日本"

今、スペインに住んでいます。
大好きな日本のこと、
外からの視点で触れて見たいと思います。

“子宮頸がんワクチン接種後の死亡”

2011-09-17 05:09:41 | 日記
子宮頸がんワクチン接種については、以前の日記でも触れさせて頂きました。
 
 
 
 
14歳、子宮頸がんワクチン接種後死亡国内
子宮頸がん予防ワクチンの接種を受けた国内在住の14歳の女子中学生が、2日後に死亡していたことが分かり、12日、厚生労働省の専門調査会で報告された
ワクチンは英グラクソ・スミスクラインが製造した「サーバリックス」で、接種後の死亡例は国内では初めて。ワクチン接種との直接的な因果関係は認められないという
報告によると、中学生は今年7月28日に接種を受け、30日朝に心肺停止の状態で見つかり、死亡が確認された。中学生には突然不整脈を起こす「心室頻拍」の持病があり、直接の死因は不整脈と推定されている
 サーバリックスは2007年5月に豪州で初承認され、日本では09年12月に販売が始まり、これまで約238万人が接種を受けたと推定される。同ワクチン接種後の死亡は今回が世界で5例目。因果関係がはっきりした事例はないという
20119130702  読売新聞
 
 
このニュース、私は今日まで知りませんでした。
 
日本のTVで、この件に関する報道はあったでしょうか?
 
そもそも730日に死亡されていたことがなぜ1ヶ月半も経ってから発表されるのでしょうか。
 
 
この記事を検索していたら、下記の文面が出て来ました。
 
 
 
14歳、子宮頸がんワクチン接種後死亡国内初
  •  
 子宮 ( けい ) がん予防ワクチンの接種を受けた国内在住の14歳の女子中学生が、2日後に死亡していたことが分かり、12日、厚生労働省の専門調査会で報告された。
ワクチンは英グラクソ・スミスクラインが製造した「サーバリックス」で、接種との関連が否定できない死亡例は、国内では初...
 
201109122049 読売新聞
 
 
 
 
しかし、文章が途中で切れてしまっているので、もとの記事を検索しようとしても、上の記事に飛んでしまって出て来ません。
 
下の記事の時間は12日の夜になっています。
 
 
同じ内容の記事が修正されているのですね。
 
 
比較して見ると、もともと、
 
接種との関連が否定できない死亡例は、国内では初... ”(その後の文面は不明)
 
 
となっていた文面が、
 
 
接種後の死亡例は国内では初めて。ワクチン接種との直接的な因果関係は認められないという
 
 
に変わっていることがわかります。
 
 
当局からクレームがついたのか、それともこの新聞社が自主規制したのか。
 
 
この報道に関して私が強調したいことは以下の3点です。
 
、こうした事例が出た時には、速やかに公表すべき
 
そもそもこの事実が今回わかったのは、一般向けに発表されたものではなく、専門調査会の報告からでした。
ましてや厚生労働省は、このワクチン摂取を推奨しており、国民の関心も高い話題です。
 
速やかなディスクローズが不可欠だと思います。
 
接種と死亡との関係が明確ではなかったからという言い訳がもしあるとすれば、それは理由にならないでしょう。
接種との関係については、随時報告すればいいはずです。
 
当然、その後の原因究明及びディスクローズについては、厳正であるべきです。
 
 
2 マスコミも公正にこの問題を取り上げること
 
当局や、薬品メーカー等との関係もあるのでしょう。
 
しかし、こうした話題については、やはり正面から採り上げるべきだと思います。
子宮頸がんワクチン接種の問題点やリスクについても、きちんとその中で議論すべきです。
 
 
3 病院側の対応
 
今回のワクチン接種に当たり、病院側の対応が見えません。
 
この中学生が不整脈の持病を持っていたという状況において、接種前に本人やご両親にはどのような説明があったのか、明らかにすべきだと思います。
 
今回の件を、他の事例に生かしていかなくてはならないと思います。
 
 
以前の日記でも触れさせて頂きましたが、私は、血管に直接異物を注入することは極力避けるべきだと思っています。
 
このワクチンの効力そのものについての疑問点もあります。
 
若い女性へのこのワクチンの接種は、次の世代にも直接関係していくことでもあります。
 
 
 
私自身は、今回の件は、福島原発の放射線被害に関する、政府、地方自治体、電力会社等の今の対応と同じ構造だと感じています。
 
なので・・・
 
自分や自分の子供たち、そしてその子孫の命や健康については、まず自分たちで守っていくという考え方が大切だと考えています。
 
 

“真の人物とは”

2011-09-15 03:55:55 | 日記

致知出版社よりお送り頂くメールマガジン「偉人たちの一日一言」よりです。

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓

   「偉人たちの一日一言」
 
    〜致知出版社が贈る人生を養う言葉〜
              発行 (株)致知出版社

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

―――――――――――――――――――――――――
 今日の言葉  2011年9月14日(水)
―――――――――――――――――――――――――

【老いを忘れる】

真の人物は
気概があると共に、
どこかゆとりがあって、
楽しむ所がなければならぬ。

それではじめて老いを
忘れることが出来る。

また実際にいつまでも
老いないで暮らすことが
出来るのである。


 『安岡正篤 一日一言』より


●好評の「致知一日一言シリーズ」15冊はコチラ
 ⇒ 
http://shop.chichi.co.jp/item_list.command?category_cd=ITINITIITIGEN


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━(転載以上)

“真の人物は
 気概があると共に、
 どこかゆとりがあって、
 楽しむ所がなければならぬ。”


安岡さんの思いは、この文の後半2行に込められていると思います。

しかし私は、今、ということを考えると、むしろ“真の人物は気概がある”と言う言葉に比重がかかっていいのではないかと思います。


安岡さんは、1898年に生まれ、1983年85歳で亡くなりました。

“気概のある”方は多かったのではないでしょうか。

なので安岡さんも、あえてそこを強調する必要がなかったように思います。


今は、“どこかゆとりがあって、楽しむ所がある”方は多くなっているように見えます。

なので、まず、“真の人物は気概がある” ということを考えてみるべきではないかと思うのです。


そして、そのことが前提となると、“どこかゆとりがあって、楽しむ所がある”という言葉の意味も、当初考えていたものとは、少し異なって感じられるような気がします。


“桂小金治さん、お父さんとの草笛”

2011-09-15 03:53:52 | 日記

致知出版社の「人間力メルマガ」よりです。

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     致知出版社の「人間力メルマガ」

                【2011/9/14】 致知出版社編集部 発行
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   人間力メルマガのベスト記事26本を編集長が選び抜き、
   いま大きな反響を呼んでいる書籍『一流たちの金言』。
   ⇒ 
http://www.chichi.co.jp/book/7_news/book934.html
   
   本日は『一流たちの金言』に収録されている
   26の人間力を高めるエピソードの中でも、
   とりわけ人気の高い桂小金治氏のお話をご紹介いたします。

 
────────────────────────────────────


          「努力の上に辛抱という棒を立てろ」

       
       
          桂小金治(タレント)
        
          『一流たちの金言』 〜第5章 教えより〜
           
http://www.chichi.co.jp/book/7_news/book934.html


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この頃(10歳頃)、 
僕にとって忘れられない出来事があります。 

ある日、友達の家に行ったらハーモニカがあって、 
吹いてみたらすごく上手に演奏できたんです。 
無理だと知りつつも、家に帰って 
ハーモニカを買ってくれと親父にせがんでみた。 

すると親父は、「いい音ならこれで出せ」と 
神棚の榊(さかき)の葉を1枚取って、 
それで「ふるさと」を吹いたんです。 
あまりの音色のよさに僕は思わず聞き惚れてしまった。 
もちろん、親父は吹き方など教えてはくれません。 

「俺にできておまえにできないわけがない」。 

そう言われて学校の行き帰り、葉っぱをむしっては 
一人で草笛を練習しました。 
だけど、どんなに頑張ってみても一向に音は出ない。 
諦めて数日でやめてしまいました。 

これを知った親父がある日、 

「おまえ悔しくないのか。 
 俺は吹けるがおまえは吹けない。 
 おまえは俺に負けたんだぞ」 

と僕を一喝しました。続けて 

「一念発起は誰でもする。 
 実行、努力までならみんなする。 
 そこでやめたらドングリの背比べで終わりなんだ。 

 一歩抜きん出るには 
 努力の上に辛抱という棒を立てるんだよ。 
 この棒に花が咲くんだ」 

と。その言葉に触発されて 
僕は来る日も来る日も練習を続けました。 
そうやって何とかメロディーが 
奏でられるようになったんです。 

草笛が吹けるようになった日、 
さっそく親父の前で披露しました。 

得意満面の僕を見て親父は言いました。 

「偉そうな顔するなよ。 
 何か一つのことができるようになった時、 
 自分一人の手柄と思うな。 
 世間の皆様のお力添えと感謝しなさい。 
 錐(きり)だってそうじゃないか。 
 片手で錐は揉めぬ」 


努力することに加えて、 
人様への感謝の気持ちが生きていく上で 
どれだけ大切かということを、 
この時、親父に気づかせてもらったんです。 

翌朝、目を覚ましたら枕元に新聞紙に包んだ 
細長いものがある。 

開けて見たらハーモニカでした。 

喜び勇んで親父のところに駆けつけると、 

「努力の上の辛抱を立てたんだろう。 
 花が咲くのは当たりめえだよ」

子ども心にこんなに嬉しい言葉はありません。 
あまりに嬉しいものだかち、お袋にも話したんです。 
するとお袋は 

「ハーモニカは3日も前に買ってあったんだよ。 
 お父ちゃんが言っていた。 
 あの子はきっと草笛が吹けるようになるからってね」

僕の目から大粒の涙が流れ落ちました。 
いまでもこの時の心の震えるような感動は、 
色あせることなく心に鮮明に焼きついています。 


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━(転載以上)


どうしても出なかった榊の草笛の音、数日で諦めてしまった10歳の小金治さんへのお父さんの言葉、

“「一念発起は誰でもする。 
 実行、努力までならみんなする。 
 そこでやめたらドングリの背比べで終わりなんだ。 

 一歩抜きん出るには 
 努力の上に辛抱という棒を立てるんだよ。 
 この棒に花が咲くんだ」” 

美しい言葉ですね。
努力の上に辛抱という棒、この棒に花が咲くこと。


その言葉に発奮して見事吹けるようになって、披露したときのお父さんの言葉、

“「偉そうな顔するなよ。 
 何か一つのことができるようになった時、 
 自分一人の手柄と思うな。 
 世間の皆様のお力添えと感謝しなさい。 
 錐(きり)だってそうじゃないか。 
 片手で錐は揉めぬ」 ”


本当は褒めて欲しい子どもには厳しい言葉、でもそこに、息子の将来を思うお父さんの深い愛情が込められています。


そして、枕元のハーモニカを見つけて駆けつけたときのお父さんの言葉、

「努力の上の辛抱を立てたんだろう。 
 花が咲くのは当たりめえだよ」


照れくささとともに、お父さんの喜びも伝わって来ますね。


そして、お母さんの言葉、

“「ハーモニカは3日も前に買ってあったんだよ。 
 お父ちゃんが言っていた。 
 あの子はきっと草笛が吹けるようになるからってね」


僕の目から大粒の涙が流れ落ちました。 
いまでもこの時の心の震えるような感動は、 
色あせることなく心に鮮明に焼きついています。”


本人には決して見せない親から子への揺るぎのない信頼、

そしてそのことを知らずに、でも全力でこたえる子ども・・・。


“なでしこジャパンに見る「運とツキの法則」”

2011-09-14 03:11:22 | 日記

致知出版社の「人間力メルマガ」よりです。

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     致知出版社の「人間力メルマガ」

                【2011/9/12】 致知出版社編集部 発行
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   このメールマガジンでは、
   人間学を学ぶ月刊誌『致知』より
   そのエッセンスの一部をご紹介しています。

       * *

   今年3月の発刊以来増刷を重ね、好評を博している
   クレディセゾン社長・林野宏氏の著書
   『誰も教えてくれなかった運とツキの法則』。
   
http://www.chichi.co.jp/book/6_feature/book918.html 

  『致知』10月号では、
   この本を読んで大きな感動を得たと語る
   書道家の武田双雲氏と林野社長に
   誌上にて特別対談をしていただきました。
   
   本日はそのお話の一部をご紹介いたします。


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       「なでしこジャパンに見る『運とツキの法則』」
       
              
          林野宏(クレディセゾン社長)&武田双雲(書道家)
        
            『致知』2011年10月号
             誌上特別対談「運とツキの法則」より
                  
http://ameblo.jp/otegami-fan/day-20110910.html



────────────────────────────────────

【林野】 運やツキは、例えばサッカーの試合を見ていても
     よく分かります。

     あんな厳しい場面であんなふうにして点が入るものなのか。
     一体全体誰がこれを決めているんだろうか、って
     思うことはありませんか。
     
     
【武田】 でも偶然ではない気がしますね。
     先日のなでしこジャパンのW杯優勝の試合を見ても、
     彼女たちが運を引き寄せているとしか思えませんでした。


【林野】 そう。彼女たちが努力して努力して、
     最後まで諦めないで戦っていたから、
     最後に運が味方をして勝利に繋がったと思うんですね。
     
     相手の油断と、こちらの絶対に諦めないという思いが
     シナジーになって、まるでシーソーが傾くように
     一気にムードが変わりました。
     
     最後のPK戦になったら、もう完全にツキが
     こっちに来ちゃっているから、
     向こうは凡ミスを繰り返すわけですよね。
     
     
【武田】 誰が見ても心の勝負で日本は勝っていました。


【林野】 ああいうシーンを見て、皆さん、それぞれの立場で
     いろいろなことを言うんだけれども、
     僕は勝利の女神が最初からシナリオを描いていて、
     そのシナリオに基づいてあの試合が行われたなどとは考えません。


【武田】 なでしこの勝利には絶対に「ビジョン」が関係していると
     僕は思いました。日本では話題にならなかったけれども、
     海外のメディアが澤穂希選手にインタビューをしたんです。
     日本語訳がツイッターで流れたのを読んで
     僕は涙が止まりませんでした。

     感心したのは彼女の思いのすごさです。
     こう言っていました。
     
     
       日本は東日本大震災で被災した人、
      生活苦を強いられている人、
      生きるのが辛い人がたくさんいる。
     
      その人たちに勇気を与えることだけを考え、
      私が頑張って世界一を取れば、
      弱い人、苦しんでいる人たちに
      光を与えられるかもしれない、と。
     
     
     和訳ですけれども、その文章があまりに美しいんですよ。
 
     僕は彼女のそういうビジョンがなければ
     優勝していなかったと思います。
     ただ勝てばいいというのではなくて、
     苦しむ人たちに光を当てたいという
     素晴らしい志がそこにありました。
     
     じゃないと、あんな奇跡は起きないですよ。


【林野】 そうですね。チームが団結して勝利したと
     言っているんだけど、もちろんそれも大きかったでしょう。
     しかしあれは澤という一選手が他の選手たちを
     自分のビジョンに巻き込んで成し遂げた奇跡だと思います。


【武田】 僕は運とツキが本当に開くには、澤選手のように、
     波動がより一つ上のビジョンを描くということが
     とても大事だと考えています。
     
     成功している社長さんを見ていると、
     単に勝負に強いだけでは何十年も
     勝ち続けられないということが分かります。
     
     自分の会社だけが成功すればいいと思っている社長が
     成功するわけがない。社会に価値を提供し、
     よりよい社会をつくりたいと心から思っている人しか
     成功は手にできない気がします。


【林野】 一時的に成功は手にしても永続性はありませんしね。


【武田】 永続性というものは、大きな志がないと
     保てないと思うんです。
     
     第一、この荒波の社会を進むためには
     志なしにモチベーションは保てない。
     ただ勝ちたいというだけでは。


【林野】 私たちも一緒です。世界のクレジットカードを変えてやろう、
     より便利な世の中にしようという思いがあったから、
     ここまでやってこられたと思っています。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━(転載終了)


なでしこジャパンのことについては、この日記でも何度か触れさせて頂きました。

なにか、今、を象徴するような出来事だと思ったからです。

http://blog.goo.ne.jp/tera-3/e/e343f55c64ddd39515a762d692642d2b
http://blog.goo.ne.jp/tera-3/e/29970852f49b3fa60c6c67642265e508
http://blog.goo.ne.jp/tera-3/e/b80a030cf7c99fadf70193ca4db67058
http://blog.goo.ne.jp/tera-3/e/c5361bd39aacd59a6fdac24bc9a9c98e


書道家の武田双雲さんのこと、今、注目しています。

ここでも、武田さんの感動的な言葉がちりばめられています。


    “なでしこの勝利には絶対に「ビジョン」が関係していると
     僕は思いました。日本では話題にならなかったけれども、
     海外のメディアが澤穂希選手にインタビューをしたんです。
     日本語訳がツイッターで流れたのを読んで
     僕は涙が止まりませんでした。

     感心したのは彼女の思いのすごさです。
     こう言っていました。
     
     
       日本は東日本大震災で被災した人、
      生活苦を強いられている人、
      生きるのが辛い人がたくさんいる。
     
      その人たちに勇気を与えることだけを考え、
      私が頑張って世界一を取れば、
      弱い人、苦しんでいる人たちに
      光を与えられるかもしれない、と。”
     
 
人の心を揺さぶる澤キャプテンの言葉。

“澤という一選手が他の選手たちを自分のビジョンに巻き込んで成し遂げた奇跡”、確かにそうだと思えます。
 
     
    “僕は運とツキが本当に開くには、澤選手のように、
     波動がより一つ上のビジョンを描くということが
     とても大事だと考えています。”


武田さんは、確固たる「ビジョン」を持つこと、しかもその波動が、より一つ上のビジョンを描くことが大切だと説明します。


    “自分の会社だけが成功すればいいと思っている社長が
     成功するわけがない。社会に価値を提供し、
     よりよい社会をつくりたいと心から思っている人しか
     成功は手にできない気がします。”

    “永続性というものは、大きな志がないと
     保てないと思うんです。”


“社会に価値を提供し、よりよい社会をつくりたいと心から思うこと”、“大きな志”・・・ 

まさに、“波動がより一つ上のビジョン”のことですね。


“世のため人のためと地球の自転と公転”

2011-09-14 03:08:30 | 日記

致知一日一言よりです。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■今日の言葉

もう少し
多くの人に喜んでもらえることに
一生懸命になろうじゃないか
地球だって
自転といっしょに
公転もやっている
…………………
東井義雄(教育者)



※期間限定で「教育界の国宝・東井義雄の名言特集」をお届けしています

☆おかげさまで『致知』は創刊33周年を迎えました!
東井義雄先生の感動実話はこちら
 ↓ ↓ ↓
http://www.chichi.co.jp/i/event2011/i-newspaperAD.html

 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━(転載終了)


人の役に立つ生き方を、地球の自転と公転に例えること、そのスケールの大きさに唖然とします。


私たちは、普段の生活の中で、地球の自転や公転のことは意識していないと思います。

でも、自転のお陰で、一日24時間、昼と夜があり、
公転のお陰で、一年365日、春、夏、秋、冬の四季を体験させて頂いているのですね。


ちなみに、

地球の自転速度(赤道付近)は、秒速473m(時速1,674km)
地球の公転速度は、秒速29.78km(時速10万7,280km)←この時点で全く想像のつかない早さです。
太陽系が銀河系を公転する速度は、秒速220km 

だそうです。

早い乗り物はな〜んだ、と言われると、新幹線「のぞみ」を思い浮かべますが、それは時速300km、秒速83mのことなのですね。


それよりも5.7倍の速さで自転し、360倍の早さで公転する地球は、太陽系の中にあり、その太陽系自体が、銀河系の中をとんでもない速さで移動している。


そして、その銀河系は・・・(笑)


そう考えると、地球が、更に巨大な宇宙の中で、実際どれだけの早さで移動しているのか、もう全く想像がつきません。




“井深大氏が語ったトイレの落書きとリーダー論”

2011-09-14 03:05:04 | 日記

致知出版社「人間力メルマガ」よりです。

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     致知出版社の「人間力メルマガ」

                【2011/9/13】 致知出版社編集部 発行
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   人間力メルマガのベスト記事26本を編集長が選び抜き、
   いま大きな反響を呼んでいる書籍『一流たちの金言』。
   ⇒ 
http://www.chichi.co.jp/book/7_news/book934.html

   発売後、アマゾンランキングでたちまち総合2位になり、
  「ビジネスブックマラソン」などの人気書評メルマガでも
   紹介されるなど、おかげさまで好評を呼んでいます。
   
   本日は『一流たちの金言』に収録されている
   26の人間力を高めるエピソードの中から、
   ソニー創業者の井深大氏が語った貴重なリーダー論を
   ご紹介いたします。

 
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          「ソニー創業者・井深大氏が語ったリーダー論」

       
       
           宮端清次(はとバス元社長)
        
           『一流たちの金言』より
           〜第1章 名経営者の逸話が教えてくれること〜
           
http://www.chichi.co.jp/book/7_news/book934.html


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リーダーシップの勉強を始めようと私が思ったのは、
30年以上前のことです。

都庁で管理職になった頃、
現役を退いたソニーの井深大(いぶか・まさる)さんの講演を
聴きに行ったんです。

そこで井深さんは1時間ほどリーダーシップの話をされましたが、
私にはよく分からなかった。


すると終了後に、ある女性が手を挙げて


「失礼ですが、いまのお話はよく分かりませんでした。
 私のような主婦にでも分かるように話をしてくれませんか」


と言ったんです。
司会者は大慌てでしたが、さすがは井深さんですね。
ニコッと笑って、こんなお話をされました。


「ソニーの社長時代、最新鋭の設備を備えた厚木工場ができ、
 世界中から大勢の見学者が来られました。
 
 しかし一番の問題だったのが便所の落書きです。

 会社の恥だからと工場長にやめさせるよう指示を出し、
 工場長も徹底して通知を出した。
 それでも一向になくならない。

 そのうちに『落書きをするな』という落書きまで出て、
 私もしょうがないかなと諦めていた。

 するとしばらくして工場長から電話があり
『落書きがなくなりました』と言うんです。

『どうしたんだ?』と尋ねると、

『実はパートで来てもらっている便所掃除のおばさんが、
 蒲鉾(かまぼこ)の板2、3枚に、




 “落書きをしないでください
  ここは私の神聖な職場です”




 と書いて便所に張ったんです。
 それでピタッとなくなりました』



 と言いました」


井深さんは続けて


「この落書きの件について、
 私も工場長もリーダーシップをとれなかった。
 パートのおばさんに負けました。

 その時に、リーダーシップとは上から下への
 指導力、統率力だと考えていましたが、
 誤りだと分かったんです。

 以来私はリーダーシップを
 “影響力”と言うようにしました」


と言われたんです。


リーダーシップとは上から下への指導力、統率力が基本にある、
それは否定しません。

けれども自分を中心として、
上司、部下、同僚、関係団体……
その矢印の向きは常に上下左右なんです。

だから上司を動かせない人に
部下を動かすことはできません。

上司を動かせる人であって、
初めて部下を動かすことができ、
同僚や関係団体を動かせる人であって、
初めて物事を動かすことができるんです。

よきリーダーとはよきコミュニケーターであり、
人を動かす影響力を持った人を言うのではないでしょうか。


リーダーシップとは時と場合によって様々に変化していく。
固定的なものではありません。
戦場においては時に中隊長よりも、
下士官のほうが力を持つことがある。
ヘッドシップとリーダーシップは別ものです。

あの便所においては
パートのおばさんこそがリーダーだった。
そうやって自分が望む方向へ、相手の態度なり行動なりが
変容することによって初めてリーダーシップが成り立つのです。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━(転載終了)


“司会者は大慌てでしたが、さすがは井深さんですね。
ニコッと笑って、こんなお話をされました。”


怒らず、騒がず、動揺せず、“ニコッと笑って・・・”

井深さんの人柄、懐の深さを知ることが出来るエピソードだと思います。



トイレの落書きの一件。

会社において社長さんが何かを指示したら、それは実現するのが普通です。
工場長さんも必死だったでしょう。

でも、どうしても落書きはなくなりませんでした。


トイレは、プライベートな空間でもあり、人の本音が出やすい場所なのかも知れません。
なので、落書きを止めることは難しかったのかも知れません。



しかし、掃除のおばさんが、かまぼこ板に、


“落書きをしないでください
 ここは私の神聖な職場です”


と書いて貼ったら落書きがなくなってしまいました。


一体、なぜ落書きがピタッと止まったのでしょう。



本音には、本音で向っていくということが必要だったのかも知れない、と思います。

それまで、だれも、そのトイレを“私の神聖な職場”だと考えている方がいるとは思わなかったのでしょう。


そして、その言葉を見て、あっ!と気がついた、ということなのかも知れません。


「この落書きの件について、
 私も工場長もリーダーシップをとれなかった。
 パートのおばさんに負けました。

 その時に、リーダーシップとは上から下への
 指導力、統率力だと考えていましたが、
 誤りだと分かったんです。

 以来私はリーダーシップを
 “影響力”と言うようにしました」


いい言葉ですね。


それにしても・・・

トイレの落書きについて社長に随時電話報告する工場長さん、

そしてこの一件から、リーダーシップについての考えを深めていかれた社長さん、


その様子を思い浮かべると、なんだかこちらの頬も緩んで来ます。

素晴らしい会社ですね。


ある会社がこれから伸びる会社かどうかを判断するには、トイレの清潔さを見るのが一番いい、というジンクスがあります。

井深さんは、そうしたこともきっと感覚的に理解していらっしゃったのでしょうね。



“小さな街の本屋の生きる道”

2011-09-12 13:43:21 | 日記

致知出版社の「人間力メルマガ」よりです。

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     致知出版社の「人間力メルマガ」

                【2011/9/11】 致知出版社編集部 発行
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本日は『致知』の人気連載コーナー「致知随想」の中から、
特に反響の多かった記事をセレクトしてご紹介します。

本日は「カリスマ書店員」として新聞や雑誌にも
たびたび紹介されている大阪の隆祥館書店・
二村知子さんの随想をお届けします。


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■「致知随想」ベストセレクション 
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      「小さな街の本屋の生きる道」
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             二村知子(隆祥館書店 取締役営業部部長)
                         『致知』2011年3月号「致知随想」

                ※肩書きは『致知』掲載当時のものです


…………………………………………………………………………………………………

「お客と会話する書店」として新聞に紹介された我が家の店は、
大阪の心斎橋から地下鉄で十分ほどの距離にあります。
父が昭和二十七年に創業した、
わずか十五坪の家族経営の小さな街の本屋です。

出版不況に加え、大型書店やネット書店が台頭する中、
地域の小規模書店には非常に厳しい状況が続いています。

しかしありがたいことに当店には、
「本は隆祥館で買うと決めているから」と
大型店で見つけた書籍をわざわざ購入しに来てくださる方や、
遠く奈良から足を運んでくださる方などがおられます。


私が書店員になったのは、十六年前のことでした。

シンクロナイズドスイミングの日本代表選手として活動した後、
コーチ業に専念し非常にやりがいを感じていましたが、
経済的な自立は困難でした。
悩んだ末に、家業を継ぐことを決意したのです。

しかし当時の書店経営は曲がり角に来ていました。
コンビニエンスストアで雑誌が購入できる、
ネット書店が広がる、子供たちはゲームに夢中になるなど、
書店を取り巻く環境は厳しさを増す一方。
我が家の売り上げも下がり始めていました。


「両親が一所懸命築いてきた店を守りたい。
 コンビニに負けたくない。
 どうしたらうちで本を買いたいと思ってもらえるのだろう……」


必死に考えた結果、小規模店の利点を生かして
お客様のニーズに応えられるよう、
コミュニケーションを大切にすることにしました。

そのため、本をお求めになった方のお顔と
購入書籍を覚えるように努めました。

そうすることで、
「この前、あの雑誌を買ってくださった方だ」と
気づいた場合にはその最新号をお勧めできます。

また、「この本はあの方が好みそうだ」と思えば
注文がなくとも仕入れ、次回来店時にご紹介できます。

「この間紹介してくれた本、おもしろかったですよ」
と言ってくださる方も増え始め、会話が弾むことで、
お客様との繋がりが強くなっていきました。

時々店の手伝いをしてくれる学生の言葉に、
感動を覚えたこともあります。
無償では申し訳ないので
アルバイトをお願いしたところ、
断られる。

不思議に思うと、

「地方から出てきて、大阪の人はみな冷たいと思っていたけど、
 この本屋で大阪の人の温かさに初めて触れてほっとしました。
 元気になれるから手伝っているだけで、お金なんていらないです」

と言われました。

お客様を大切にしたい一心で、
時には卸問屋である出版取次を通さずに
直接出版社に注文を依頼することもあります。

いまでは小規模店に対しても
取次は柔軟に対応してくれますが、
十年ほど前は厳しい壁があり、
それを思い知らされる出来事がありました。

一大ブームになったあるベストセラーの
追加注文を取次が受けてくれず、
東京本社にお願いしても全く相手にしてもらえない。

当時ベストセラーは大型店に優先的に配本され、
中小の書店は入手困難な状況にありました。
お客様が欲しい本を手に入れられない。
あまりの悔しさに思わず涙がこみ上げてきました。

見かねた父から叱咤激励を受けても、
どう手を打てばよいのか分からない。

ある日、取次主催の講演会があることを知り、
藁にもすがる思いで参加しました。

そこで出版業界専門紙の発行人の話を聴き、
出版社の中には小規模店に対しても
大規模店と同様に対応してくれる人がいることを知ったのです。

なんとかなるかもしれない。
そう思った私は、初対面にもかかわらず
講演者にそのような方の紹介をお願いしました。

一か月後、ある大手出版社の営業部長が手紙をくださり、
その後やり取りを続けました。
その方はご自身の会社だけでなく、
出版業界全体のことを常々考えておられ、
そのためには全国に存在する街の小さな本屋を
守っていかなければならないという強い思いを持っておられました。

私はこんなことをお願いしてよいものだろうかと思い悩んだ末、
その方に直接電話をかけ、ベストセラーの注文を依頼しました。

すると当方の事情を理解し、
一定数を融通してくださったのです。

以来、出版社の営業の方と積極的に人脈をつくるようにし、
直接注文を増やしていきました。
販売実績を地道に積み上げていったことで
取次からの配本も受けやすくなりました。

ある人気雑誌の場合、お客様のために在庫が切れないよう、
売れ残りは買い取る覚悟で出版社に
追加注文をお願いし続けました。

取次からの毎月の仕入れ数も増加し、
数か月後には売り場面積百倍近い大型店を抑え、
関西地区で売り上げトップになったこともあります。


私の好きな言葉に、

“人を動かすのはお金ではなく、そこに傾ける情熱だ”

というものがあります。

「うちの店を選んでくださったお客様に喜んでいただきたい」。

その思いで、手探りながらも必死に取り組んでいるうちに、
手を差し伸べてくださる方が現れました。
お客様に助けていただいたことも数え切れません。

最近は電子書籍も本格的に普及し始め、
いずれ街の本屋はなくなるといわれたこともあります。

内心非常に不安ですが、希望を失ってはいません。
シンクロの選手時代、井村雅代元日本代表監督から、
「絶対に諦めてはいけない」と身に染みるほど
教えていただいたからです。

最近読んだ記事の中に、大規模店しか残らないといわれた
ニューヨークの書店の中で
個性ある街の小規模店にこそ元気がある、
というものがありました。

そういう書店を目指したい――。

お客様との距離が近い特長を生かし、
きょうもお一人おひとりに
本の魅力や読書の素晴らしさをお伝えしていきます。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ (転載以上)

“「本は隆祥館で買うと決めているから」と
大型店で見つけた書籍をわざわざ購入しに来てくださる方や、
遠く奈良から足を運んでくださる方などがおられます。”

“この本屋で大阪の人の温かさに初めて触れてほっとしました。
 元気になれるから手伝っているだけで、お金なんていらないです。”


お客様の信頼を頂いているということが一目瞭然でわかるエピソードですね。

この中で触れられている具体的な体験や工夫の中に、どんな仕事にも共通する大切な事柄が、宝石のようにちりばめられているように思います。

私は、これから色々な場所で、共通の目的をもったコミュニティをつくっていくということがとても大切になってくると考えています。

二村さんは、本屋さんというビジネスの中でそれを見事に実践していらっしゃいます。


“雑務は心がつくる”

2011-09-11 07:14:13 | 日記

致知出版社、「偉人たちの一日一言」よりです。

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓

        「偉人たちの一日一言」
 
       〜致知出版社が贈る人生を養う言葉〜
                       発行 (株)致知出版社
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

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 今日の言葉  2011年9月10日(土)
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【雑務は心がつくる】

雑務という言葉は、私達のよく耳にする言葉ですが、
「一言もってその人を知る」とは、
まさにこのような場合にも当てはまるかと思うほどです。

それというのも、その人自身それを雑務と思うが故に
雑務となるのであって、もしその人が、
それをもって自分の修養の根本義だと考えたならば、
下手な坐禅などするより、遥かに深い意味を持ってくるでしょう。

      『修身教授録一日一言』より

             --- 森信三(哲学者)


★いま売れています! 33刷のロングベストセラー
 『修身教授録 ー現代に甦る人間学の要諦ー』
  ⇒ 
http://shop.chichi.co.jp/item_detail.command?item_cd=172

―――――――――――――――――――――――――――――――――――(転載以上)


“雑務”という一言から、その人が知れるということ、これもビックリ仰天です。

“その人自身それを雑務と思うが故に
雑務となるのであって、もしその人が、
それをもって自分の修養の根本義だと考えたならば、
下手な坐禅などするより、遥かに深い意味を持ってくるでしょう。”

よく「思いは人をつくる」と言いますが、実はその意味を全然分かっていなかったのだな、と痛感しました。

確かに、その人の考え方次第で、“下手な坐禅などするより、遥かに深い意味を持ってくる”ものになりますね。


“山村洋子さんの「あいつは“化け物”」について”

2011-09-11 07:12:11 | 日記

致知出版社の「人間力メルマガ」よりです。

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        致知出版社の「人間力メルマガ」

                【2011/9/10】 致知出版社編集部 発行
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 ただいま、致知出版社の公式ホームページ限定で
 好評連載中の特別エッセイ「筆のしずく」。
 
http://www.chichi.co.jp/essay/yamamura/

 著者の山村洋子さんは、
 研修プロジェクト「Tea Time Network」を主宰し、
 一流企業を中心に年間百数十社の企業研修と講演で
 東奔西走の日々を過ごしてこられました。

 本日は最新作の「あいつは“化け物”」を
 ご紹介いたします。


【バックナンバーをお読みになりたい方はこちら】
 
http://www.chichi.co.jp/essay/yamamura/

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       「あいつは“化け物”」
       
       
           山村洋子
           (研修プロジェクト「Tea Time Network」主宰)
              
http://www.chichi.co.jp/essay/yamamura/


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思いもよらぬ産能大講師の仕事に就いた頃から、
私は俄かに忙しくなった。


研修のため、近畿、東海をはじめ関東から九州まで、
西日本のエリアを私は隈無く走り廻った。


その間に、短大の講義をし、
自分の「研修プロジェクト」の研修をし、
週2本のレギュラー番組(中部日本放送)を消化して、
半端でない数の講演をこなすようになった。


失業していた日々が、嘘であったかのように、
仕事は波の如く押し寄せてきた。


そして、産能大の仕事も相当量をこなした頃、
今度は国鉄民営化に関わる大規模な研修が私を待っていた。


東海道沿線に従事する国鉄全職員を対象に
私は膨大な数の講演を行うことになった。

著書 『赤い自転車に乗って』 にも記したように、
この講演が私を名指しで来たのは、
私がNTT民営化を経験していることに加え、
失業の経験が多かったからのようだった。


すでに、私の講演を聞いた国鉄幹部のひとりが語った。


「山村さん、職員の中には、
 夢や憧れを抱いて機関士になった人がたくさんいます。
 そういう人達が、明日から
 キヨスクの店頭に立つことになったり、
 駅構内のうどん屋になることだってあります。
 中には退職を迫られる人もあるでしょう。

 そんな時、あなたのように
 何度でも自力で立ち上がってきた人が
 いたということを、職員に知ってほしいのです。
 この仕事はぜひあなたにお願いします」
 
 
と。そのために、演題も『赤い自転車に乗って』に指定された。



いよいよ講演のツアーが始まり、私は名古屋から出発して、
豊橋、浜松、静岡、富士・・・と東に向けて会場を順に回って行った。


そして、山梨県の身延町まで足を伸ばし、
そこで1日目の講演を終えたあとに、
私は心が大きく崩れるような出来事に遭遇した。


いつものように講演を終え、私は徐に女子洗面所へ向かった。
そして、そこを出るため扉を開けようとした時、
ちょうど会場から出てきた多くの人々がその扉の前を通過し、
更に隣りの男子洗面所になだれ込んできて、
そこに入れなかった人達が入口の扉の前で
山のような人だかりをつくっていた。


私は扉を押すこともできず、
男性ばかりの集団に出口を塞がれたまま、
女子洗面所の中で閉じ込められることになった。


と、その時、その人だかりの中から興奮した人達の会話が、
扉越しに私の耳に飛び込んできた。


「おい、聞いたか、今の話」


「おお、きょうの講演にはびっくりさせられたぜ」


「やあ、まいったよなあ。あの話には・・・」


「あいつは化け物だぜ」


「なるほど、化け物か」


「うん、確かに・・・」


私は凍りついた。
“化け物”のひと言で、私は全身から血の気が引く思いがした。
そして、その場にうずくまり、
思わず両手でその“化け物”なる自分の顔を覆い尽くした。


どんな言葉を浴びせられても仕方がないが、
女性の私に“化け物”はきつかった。
どのようにして、この気持の整理をつけたらいいのだろう・・・。
このままでは明日の2回目の講演を行う勇気はない。


扉の向こうの人だかりは、いつまで経っても減る様子はなかった。
それもその筈、当時、大所帯と言われた国鉄職員。
1回の講演に数百人から千人は当たり前であった。


しかし、閉じ込められた時間が長かったおかげで、
私は少しだけ冷静さを取り戻すことができた。


私は考えた。もし、あの会話がほかの会話であったなら、
どうであっただろう・・・。


「おい、聞いたか、今の話」
「うん、退屈だったなあ・・・」
「あいつの話は眠くなる・・・」
「確かに・・・」


私は想像しただけで首を横に振った。


或いは、まったく話題にされなかったらどうだろう。
やはり、それにも首を振った。


とにかく、冷静になろう・・・。


そう言えば・・・
あの人達の声の調子は、かなり興奮気味であった。
それに会話全体の雰囲気は人をけなすと言うより、
相当、驚いたという感じであった。
良くも悪くも、相手の心に何かが響いたことには違いないのだ。
何も感じないよりは余程いい。


私は、自分の心の整理を急いだ。


眠い・・・退屈・・・と言われるより、
それがたとえ“化け物”と言われても、
聴く人に驚きの心を残すことができたのなら、
それは喜ぶべきことなのだ。

そうだ。“化け物”とは褒め言葉なのだ。


この強引で勝手な解釈に、私はなぜか素直になれた。


私は“化け物”でも構わない。
いや“化け物”でいいのだ。


落ち着きを取り戻し、
ゆっくり立ち上がって静かに洗面所の扉を押した。


すでに、人だかりは消え、
わずかに残っていた人達が私を見つけ、駆け寄ってきた。


「きょうは、とてもいい話が聴けました。
 私は長年、車掌をしてきましたが、今度、
 旅行関係の小会社で営業をするように言われ、落ち込んでいましたが、
 少し前向きに考える気になりました。
 勇気を頂きありがとうございました」


明日も自信を持って演台に立とう。
もし“あいつは妖怪だ”と言われたら、
私は自分の持ついとおしい“化け物”の力で、
それらの言葉を再び“褒め言葉”に変えてしまおう。


そう・・・。“化け物”は変幻自在。
不思議な力を持った魔術師なのだから・・・。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━(転載以上)



「あいつは“化け物”」、男の私でも、“全身から血の気が引く”言葉です。

ましてや、女性の方への言葉であった時には、・・・。

そのショックの大きさは、いかばかりであったことでしょう。


本当は、そこからすぐにでも立ち去りたかったことでしょう。

なのに、全く出ることも出来ない状態。

悲しみが余計に深くなってしまう場面かも知れません。


しかし、山村さんは、ここで発想を変えました。


“とにかく、冷静になろう・・・。”


そして、“自分の心の整理”を始めるのです。


“眠い・・・退屈・・・と言われるより、
それがたとえ“化け物”と言われても、
聴く人に驚きの心を残すことができたのなら、
それは喜ぶべきことなのだ。

そうだ。“化け物”とは褒め言葉なのだ。”


山村さんは、“強引で勝手な解釈”とおっしゃいます。


私は、山村さんが出された結論は100%正しかったと思っています。


その言葉は全く不適切なものでした。

しかし、“褒め言葉”であったに違いないのです。


“国鉄”の社員だった方々にとって、山村さんのお話は、今までの価値観を完璧にひっくり返してしまうものであったはずです。

そして、そのショック、その思いを、仲間たちと共有するための“「あいつは“化け物”」”だったと思うのです。


なので、

 “そんな時、あなたのように
 何度でも自力で立ち上がってきた人が
 いたということを、職員に知ってほしいのです。
 この仕事はぜひあなたにお願いします”

と言って、山村さんに講演を依頼された国鉄幹部の方の思いは見事に的中したと思います。


私は、“化け物”発言をされた方の、本当の感想は、

“「きょうは、とてもいい話が聴けました。
 私は長年、車掌をしてきましたが、今度、
 旅行関係の小会社で営業をするように言われ、落ち込んでいましたが、
 少し前向きに考える気になりました。
 勇気を頂きありがとうございました」”

だったのだと思っています。


“明日も自信を持って演台に立とう。
もし“あいつは妖怪だ”と言われたら、
私は自分の持ついとおしい“化け物”の力で、
それらの言葉を再び“褒め言葉”に変えてしまおう。

そう・・・。“化け物”は変幻自在。
不思議な力を持った魔術師なのだから・・・。”


そうか!

“化け物”とは、どんな不遇なこと、どんなつらいことに出遭っても、その体験を、明日への希望や、前進する力に変えてしまう方のことだったのですね。


“太陽は夜が明けるのを待って昇るのではないということ”

2011-09-10 04:33:33 | 日記

致知出版社「一日一言」よりです。



太陽は夜が明けるのを待って昇るのではない

太陽が昇るから夜が明けるのだ

…………………
東井義雄(教育者)



生涯を小中学生の教育に捧げた東井義雄先生、そのお話は先日の日記でも触れさせて頂きました。
http://blog.goo.ne.jp/tera-3/e/793521fced43a7a4107e602c00f79304



太陽、その短い言葉の中に、なにか天動説が地動説にひっくり返ったような衝撃を感じました。


夜明けは、待っていてもやって来ない、

自分が行動することによって初めて、夜明けをもたらすことが出来る。


力強さを感じるとともに、朝を迎えることが出来る喜びやありがたさも感じる、素晴らしい言葉だと思います。


“百里への道の半分は九十九里”

2011-09-09 05:08:08 | 日記

 致知出版社の「人間力メルマガ」よりです。

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     致知出版社の「人間力メルマガ」

                【2011/9/8】 致知出版社編集部 発行
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   このメールマガジンでは、
   人間学を学ぶ月刊誌『致知』より
   そのエッセンスの一部をご紹介しています。

       * *

      北海道銘菓として人気が高い
      「マルセイバターサンド」などの商品で
      全国に知られる六花亭製菓。

   同社の事業を二十一歳で引き継ぎ、発展させてこられた
   小田豊四郎氏(当時社長)の約二十年前の
   貴重なインタビュー記事をご紹介いたします。


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       「百里への道の半分は九十九里」
       
       
            小田豊四郎(六花亭製菓代表取締役)
        
            『致知』1993年1月号
             特集「奇蹟」より
            

                      ※肩書きは掲載当時です。


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【記者:最も厳しかった時期はいつごろでしょうか?】


やはり、(母の弟から)事業を引き受けた当時が
一番厳しかったですね。
二十一から二十三歳までの三年間です。
寝る間も惜しんで働きました。

そのときに私を支えてくれたのは、
札幌の千秋庵のご主人からいわれた二つの言葉でした。


一つは

「ともかく一所懸命に働け」、


もう一つは

「どんなに高くてもいいから一番いい原料を使って、
 だれにも負けない一番おいしいお菓子を作れ。
 百しか売れないときには利益がなくても、
 五百売れるようになると必ず利益が出るようになる」と。



この二つの言葉を、いまも経営の基本方針にしております。

困ると、「札幌のご主人からこんなことをいわれたな。よし
もう一遍頑張ろうか」ということで、非常に頼りになりました。


【記者:最初の三年間を乗り越えたきっかけのようなものは
    ありましたか?】


はい。三年間、母と二人で毎月、支払いに追われ、
売り上げは伸びずで、


「豊四郎、なかなか儲からんから駄目だろうか」


と母がいえば、私が


「せっかくここまで頑張ったんだから、もう少しやってみよう」


といい、私が


「おっかさん、やめようか」


といえば、母が


「いやいや、このお正月、クリスマスから
 年の暮れをやってみたら何とかなるかもしれない」
 
 
という具合に、お互いに積んだり崩したりしながら
やっとやっていましたんですがね、
昭和十四年の夏に、お金にいよいよ詰まってしまいました。

そして二人でようやくやめる話がついたんです。


それが八月のことで、九月に札幌の原料屋さんが来まして、
私の顔を見るなり

「おっ、おまえは金が欲しいな」というのです。
「わかりますか」といいましたら
「う一ん、おまえの顔に書いてある」というのですね(笑)。

そして「いくら欲しいんだ」というので

「五百円あったら当座の借金は返せる」

と話したら、


「五百円貸してやるから、
 これを借金を払うのに使っては駄目だよ。
 これで砂糖を買ってこい」


というのです。

それで砂糖屋さんに買いにいきました。
大きな馬車に二台分はありましたね。
そうしましたら、その年の十一月に
物価統制令が施行になりましてね。
それで砂糖が配給になったんです。

本当に間一髪でした。
それまではお菓子を買ってくださいといって売りにいったものが、
砂糖が配給になりますと、お菓子も配給になる。

配給になると、もらっておかないと損ということになり、
皆さん配給券を持って買いにこられる。
つい先だってまでは作っても売れずに処分していたのが、
全部売り切れになる。


戦争のおかげというととんでもないのですが、
僕の場合は本当に戦争のおかげで危機一髪のところを
何とか乗り越えたのです。

いま、社内の者にもよく話をするのですが、
やっぱり最後まであきらめないで、
本当に最後の力を振り絞ってやってこそ、
人生の味のようなものがあるような気がします。


百里への道の半分は五十里ではなくて、
九十九里が半分ですね。


実にタイミングよく恩人ともいうべき人が現れ、
まさに奇蹟のようなものですが、
それも、その前の三年間のどん底の経営、
いわば九十九里の努力の下地があったからこそだと思っています。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━(転載終了)


“百里への道の半分は五十里ではなくて、
九十九里が半分ですね。”

この言葉に触れた時、思わず目の前が霞み、そして、鳥肌が立ちました。


小田さんが「辞めようか」と言えば、お母さんが「もう少しやってみよう」と言い、
お母さんが「辞めようか」と言えば、小田さんが「もう少しやってみよう」と言い、

お互いを励ましながら、ぎりぎりのところまでやって来て、

でもついに限界が来て、いよいよやめようか、と二人で決めた時に、

「おっ、おまえは金が欲しいな」と言って(笑)、お金を貸してくれる方が現れたということ。


“百里への道の半分は五十里ではなくて、
九十九里が半分ですね。”

この言葉の中に、一体どれだけの体験、そしてその思いが込められているのでしょうか。


“どんなに高くてもいいから一番いい原料を使って、
 だれにも負けない一番おいしいお菓子を作れ。”

昨日日記で書いた、私の先生の絵を思い浮かべました。
http://blog.goo.ne.jp/tera-3/e/b2f38d111a65a70dc2d46d2ed539401a


“「五百円貸してやるから、
 これを借金を払うのに使っては駄目だよ。
 これで砂糖を買ってこい」”

神様は、ここまでやった方に、このようにして手を差しのべるのですね。


“本物だけが残っていくということ”

2011-09-08 07:43:43 | 日記

スペイン語を教えて頂いている先生がいます。

男性で年齢は私と同じ位でしょうか。
 
私のスペイン語、全然うまくならないことで有名(?)なのですが、先生と話す雑談、とても楽しいです。
 
 
先生の本業は、絵を描くことです。
 
 
実は以前の日記に、その方と奥様のことについて触れさせて頂きました。
 
 
つい先日のことです。
 
話は、欧州経済のことになり、株式市場のことになりました。
 
スペインのインデックスもこの1ヶ月位で20%近く下がっていますし、債券の金利はどんどん上がっています。
 
 
画家であるその先生に尋ねました。
 
(以下の会話、一見とてもスムーズに見えますが、実は、片言で、何度も聞き直しながらのとても危なっかしいものです、笑)
 
 
「景気が悪くなると、絵も値下がりするし、なかなか売れなくなりますよね。」
 
 
ところが、その先生は、
 
 
「そうではないし、景気が悪くなるのはいいことだ。」
 
 
と答えたのです。
 
 
えっ?!と思って、その理由を尋ねると、
 
 
「バブルになると、絵の値段もどんどん上がり、どんな絵でも売れる。
 
だからそれを狙って“自称”画家がたくさん現れる。
 
でもバブルが終わると、そうした画家の絵は全く売れなくなり、いつの間にかいなくなってしまう。
 
でも、本物の画家の絵は、景気が悪くなってもちゃんと売れるし、そうした人たちはずっと残っていく。」
 
 
そして、その方の絵は売れている、バブルが弾けた2008年以降も、作品の値段はむしろ上がっているとのことでした。
 
 
以前の日記にも書きましたが、その方の描く絵は、驚くほど精緻なものです。
 
指紋一つひとつ、綿毛の一本一本まで丁寧に描き込んで行きます。
 
一切の妥協なし、驚くべき集中力を持続して数ヶ月から1年かけてようやく一枚の絵が完成します。
 
 
あ~、そうだったのか。
 
先生の話を聞いて思いました。
 
 
“本物は、やはりどんな時にも残るのだ”と。
 
 
その当たり前のことをショックとともに実感したのです。
 
 
 
そして、私は、ちょっと恥ずかしくなりました。
 
 
以前先生の描いた絵を見ながら、
 
「この気の遠くなるような作業はすごい。でももう少し時間を節約して枚数を増やした方が、売れる枚数も増えていいのではないか。」
 
と思ったからです。
 
 
しかし、私の考えは、完璧に間違っていたのでした。
 
 
先生は、収入を得るために絵を描いているわけではなかった、
 
 
むしろ、本物の画家であり続けたい、ということがなににも優先する動機でした。
 
そして自分が本当に描きたい絵を、一枚ずつ精魂込めて創造していくこと。
 
 
そして、その心を持ち続けることが、実は、収入ということを考えてみた場合にも、一見遠回りのように見えて、近道だったのだ、と知ったのです。
 
 
今、日本もそうですし、世界で色々なことが起きています。
 
欧州の経済、金融、まだまだ大変なことになるのではないかと思っています。
 
 
しかし、今世界中で起きていること、それは、本物だけが残っていく、そしてそれを残していくプロセスなのかも知れない、と思ったのでした。
 
 


“『孫子』に学ぶ ~戦の見通しを立てるための五つの条件~”

2011-09-08 07:39:39 | 日記

致知出版社の「人間力メルマガ」よりです。

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     致知出版社の「人間力メルマガ」

                【2011/9/7】 致知出版社編集部 発行
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   このメールマガジンでは、
   人間学を学ぶ月刊誌『致知』より
   そのエッセンスの一部をご紹介しています。

       * *

   現在発行中の『致知』10月号では、
   全国に「靴下屋」を展開するタビオ会長の越智直正氏と
   松下幸之助商学院元学院長の北山顕一氏に
   古典を基盤とした、人物を創るための要諦を
   語り合っていただいています。

   本日はその記事の中から、越智氏が
   『孫子』に学ばれたことをご紹介いたします。


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       「『孫子』に学ぶ」
        〜戦の見通しを立てるための五つの条件〜
       
       
            越智直正(タビオ会長)
        
            『致知』2011年10月号
             特集「人物を創る」より
       
http://www.chichi.co.jp/monthly/201110_pickup.html#pick4

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どんな立派な知識でも実践で使えないと
意味がないですからね。
だから僕は使えない勉強は一切しない。

『孫子』が一番効いたのは独立した時です。

丁稚奉公十年で暖簾分けの約束でしたが、
既に十三年が過ぎていました。
大将の弟さんが店を出すというので、僕が計画書をつくったんです。

それを弟さんに説明する時、彼が「越智君は独立を望んでいたな」と。
「はい。十年で暖簾分けのお約束でしたが、十三年になりました。
 一所懸命やりますので、あと五年くらいでどうでしょうか」
と答えたら、「待っていろ」と言って部屋を出て行きました。

すると、大将がものすごい剣幕で怒鳴り込んできました。


「おまえ、恩を仇で返す気か。
 弟はおまえが頼りで独立するのに、
 抜けたら会社が傾くだろう。それを乗っ取る気か」

と言うんです。説明しようにも聞く耳を持ってもらえない。
 それで「いますぐ出て行け」と。

ついては、僕と親しかった部下二人も一緒に連れて行けと言う。
もう、慌てましたよ。独立の準備なんて何もしていませんから。

退職金なし、預金は十三万円、
そのうえ部下二人の面倒も見なければならない。

こんなムチャなことがあるのかと混乱していた時、
『孫子』の一節がバーンと聞こえてきた。


「故に、これを経(はか)るに五事を以てし、
 これを校(くら)ぶるに計を以てして、
 その情を索(もと)む。


  一に曰く、道。
 
  二に曰く、天。
 
  三に曰く、地。
 
  四に曰く、将。
 
  五に曰く、法」


(戦の見通しを立てるために、五つの条件について
 比較検討しなければならない。

  一つ目は道、
  二つ目は天、
  三つ目は地、
  四つ目は将、
  五つ目は法である)


 道とは道理、大義名分。

 天は時。

 地は場所、

 将はリーダー。

 法とは組織運営のためのルールや資金のことです。


 僕には独立する道理があるし、
 まさにいまそのタイミングですよね。
  場所はどこでも好きなところで始めればいいんだし、
 将たる自分は仲間がついていくと信頼してくれているじゃないか。

 ないのは、お金だけ。
 五事のうちほとんど揃っているじゃないか。
 それならいける、と思った。これは大きかったですね。
 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━(転載以上)



 “一に曰く、道。
 
  二に曰く、天。
 
  三に曰く、地。
 
  四に曰く、将。
 
  五に曰く、法”



う〜ん、なんとも風格のある表現です。

孫氏さん、編み出した兵法の中に、普遍的な宇宙の真理を見ていたのではないかとも感じます。

“孫氏の兵法”が、今の時代に生きていることが、そのことを証明しているように思います。



“ないのは、お金だけ。” 

お金はあくまでも付帯的な要素であって主の条件ではないということなのでしょう。

お金は後からついてくる、ということかも知れません。



“どんな立派な知識でも実践で使えないと
意味がないですからね。
だから僕は使えない勉強は一切しない。”


タビオ会長の越智直正さん、はっきりとした姿勢がさわやかです。

逆に、実践で使える勉強がちゃんと存在するのだ、ということでもありますね。


“会社がおかしくなる6つの要因”

2011-09-07 02:55:55 | 日記

致知出版社の「人間力メルマガ」よりです。

一代で日本電産グループを築き上げた永守社長の言葉です。

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     致知出版社の「人間力メルマガ」

                【2011/9/6】 致知出版社編集部 発行
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   このメールマガジンでは、
   人間学を学ぶ月刊誌『致知』より
   そのエッセンスの一部をご紹介しています。

       * *

   現在発行中の『致知』10月号では、
   日本電産社長の永守重信氏に
   ご登場いただいています。

   本日はその記事の冒頭にある
   「会社がおかしくなる六つの要因」という
   興味深いお話をご紹介いたします。


※ウシオ電機会長・牛尾治朗氏との対談より
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         「会社がおかしくなる六つの要因」
       
       
            永守重信(日本電産社長)
        
            『致知』2011年10月号
             特集「人物を創る」より


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(牛尾:日本電産本社の一階奥に設置しておられるプレハブ建屋は、
    創業当時に作業場として使っていたものだそうですね)

はい。あれをご覧になった方の反応は半分半分に分かれるのです。
涙を流さんばかりに感動される方と、
本社ビルの一番いい場所になんであんな汚いものを
置くのだという方がいらっしゃって、おもしろいですよ。

私としては、創業期のあの厳しい時期を乗り越えてきたからこそ、
ここまでこられたわけでね。

辛い時にそこへ行くと、あの時の苦しさに比べたら
こんなものは大したことはないなと思い直して、
また元気を取り戻せるのです。

新入社員にも入社時に必ず見せますし、
落ち込んでいる幹部がいたら、ちょっと見てこいと言うのです。


一番怖いのは、後から入ってくる幹部が昔の苦労を経験していないために、
一流企業に入ってきたような感覚で振る舞うことです。

そういう人たちには口で言っても伝わりませんから、
プレハブ建屋を見せるのが一番いいのですよ。

そこは建物だけではなしに、当初からの記録もたくさん残っていて、
私自身が現場で懸命に仕事をする様子も残っている。
それを見ると皆ハッとするのです。

逆に、それを見ても感激しない人は、
最初から採用しないほうがいいです。


やっぱり考え方が一致していないと
今後のグローバルな戦いは勝てません。
ただ頭がいいとか、経験が豊富だとかいうだけではダメで、
本当にその会社が好きだという人が集まってこないとしらけてしまいますね。


だから私は採用担当者に言うのです。
最近は一流大学からどんどん入社してくるようになったけれども
気をつけろよと。

一番大事なのは、日本電産という会社が好きだという人間、
よく働くこの会社で自分も一緒に頑張りたいという人間が
集まってくることだと。

一所懸命働くところから始まった会社なのに、
ただ有名で給料も高いから入りたいとか、
役員として入ってきて威張り散らすような気持ちでやられると、
会社なんてあっという間に沈んでいくのですね。


だいたい会社がおかしくなる要因を
六つ挙げよと言われたら、
一番はマンネリでしょう。


それから油断、


そして驕り。


人間はすぐこういう躓きをするのですが、
この段階はまだ元に戻せるのです。


その次が妥協。


震災がきたのだからしょうがない、
円高だからしょうがないと妥協する。
これはもうさらに落ち込みますね。


次は怠慢です。


頑張っても怠けても給料は一緒じゃないかとかね。


そして最後は諦めです。


そんなこと言ったってできません、
という考えがはびこってきた時は末期症状ですね。


最初の三つはそんな大敵ではないけれども、
後の三つに陥ったらもう取り返しがつきません。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━(転載以上)


私も以前、日本電産本社の一階にあるプレハブ建屋を見せて頂いたことがあります。

少し奥ですが、広い入口の階にある訳ですから、お客様も従業員も出入りするたびに目にすることになります。

やはりインパクトあります。(笑)


考えてみると、ソニーにしても、松下(パナソニック)にしても、京セラにしても、このような場所から仕事を始められたのですよね。

その当時を思い起こしたり、想像したりすることは、その時期を知らないスタッフにとってもやはりいいことなのではないかと思います。



会社がおかしくなる6つの要因、それを2つに分けているところがユニークだと思います。


■まだ元に戻せる要因

マンネリ、油断、驕り

“人間はすぐこういう躓きをするのですが、この段階はまだ元に戻せるのです。”


■もう取り返しがつかない要因

妥協、怠慢、諦め

“最初の三つはそんな大敵ではないけれども、後の三つに陥ったらもう取り返しがつきません。”


驕りを前者にしているところが面白いと思いますが、確かに最初の3つは、ある時ハッと気がつくことが出来ることなのかも知れません。

「いつの間にか油断していた、いつの間にか驕ってしまっていた!」と。

そして、そこから再出発することが出来ることなのかも知れません。


後者の3つは、もはや自分では気がつくことが出来ない状態なのかも知れませんね。

もしくは、わかっているけど、「まあ、いいや。どうせ〜だから。」と。


その思考癖がついてしまうと、確かにそこから抜けるのが大変になって来るのかも知れません。

私も気をつけないと。


日本電産グループ、たくさんの企業を買収して、経営を立て直し、収益を上げています。

そのやり方は、そうした思考癖にショックを与えて再生を計っているということだとも思います。


考えてみると、会社がおかしくなる6つの要因、会社経営だけでなく個人にもあてはまることばかりですね。


“ユーロ危機の最悪期はまだこれから”

2011-09-06 03:33:33 | 日記

今日も、欧州各国の株式市場は、軒並み5%前後値下がりして、イタリアや、スペインも含めた国々の国債の利回りも上がって来ています。

 
 
ギリシャの2年物の国債は、金利がなんと50%を越えてしまいました。
 
2年預けると2倍になるギリシャの国債、買ってみませんか?
 
ただし、クーポンが支払われ、元本がちゃんと帰ってくることが前提の計算ですが。
 
 
 
2011年9月5日付 英フィナンシャル・タイムズ紙の記事よりです。
 
私もこの記事の論旨は、全くその通りだと思っています。
 
 
 
ユーロ圏に関する現時点で最大の不安要素は、危機解決に向けたすべての戦略が、経済がある程度堅調に回復するという前提で立てられている点だ。
経済政策を担う欧州当局者にとっての最優先課題は、一にも二にもこの景気減速を食い止め、回復へと転じさせることであるべきだ。これを実現できなければ、ありとあらゆる危機解決プログラムが失敗に終わりかねず、ユーロ危機は最悪の結末を迎える
 
今の状況下で、まず優先すべきことは、景気回復へと転じる政策を取ること。
 
しかし、実際にはそうなっていません。
 
ユーロで苦しんでいる国々は、EC(欧州連合)やECB(欧州中央銀行)やIMF(国際通貨基金)からなんとかお金を出してもらうために、緊縮財政を強いられています。
 
「いや、過度の緊縮財政を取ると経済活動自体が収縮してしまう。だから今はもっとお金がたくさん必要なのです。」
 
とギリシャやイタリア等の当事者の国々がそれを言い出すと、では、お金は出しませんと言われてしまいます。
 
お金を出す国々は、そんな国にお金を出し続けようとすると国民の支持を得られないという事情があるからです。
 
 
残念ながら、現行の経済政策は景気の下降局面を全く想定していない。欧州中央銀行(ECB)は今春以来、金融政策を引き締めている。各国政府が先を争うように緊縮計画を発表する中で、財政政策も引き締めに向かっている。政策立案者は問題を早急に解決するつもりはないように見える
 
金融緩和を行うことによってどれだけの効果があるかということについては、米国で金融緩和の効果が限定されていたことを見ても、クエスチョンマークではあります。
 
しかし、確かに、ECBがこの環境下で金融引締めを行っているということについてはやはり疑問が残ります。
 
 
財政政策はどうか。 最低限、ユーロ圏内のすべての国が緊縮財政計画を即刻取り下げ、自動安定化装置がフルに効力を発揮できるよう、財政的に中立の立場に戻ることが期待される
 
全く正論でその通りだと思いますが、今それを言い出す人は、少なくとも資金の出し手の政府関係者の中にはだれもいません。
 
各国がばらばらに財政政策を取る現在の制度の下で、緊縮財政措置が次々に伝染し、景気減速も伝染するという流れに陥っている。
これが今の現状です。その方向性が変わらない限り、危機は益々深刻化して行くでしょう。
財政同盟が存在しない限り、ユーロ圏諸国は、お互いに協調し合う以外の選択肢はない。筆者としては、これを徹底して、ドイツ、オランダ、フィンランドが自らの裁量で財政刺激策を実施し、南欧諸国の緊縮財政を埋め合わせることが望ましいと考える。
とりあえず、今うまく行っている国々だけでも財政刺激策を取るという内容です。
これは、比較的自国民の支持も受けやすく、現実的な施策かも知れません。
重要なのは、ユーロ圏を全体で見た時の財政状態だ。しかし現時点では、不協和音を奏でるユーロ圏各国の政府には、景気の減速がユーロそのものの存続を危うくする脅威だとの認識はほとんどない。
景気が減速するということは、税収も減っていくということで、それは即ち財政の改善も実現しないという、とても当たり前のことなのですが、その考え方は、それぞれの国や国民のエゴも絡んで受け入れていません。
ゆえに景気の減速は無防備なユーロ圏を容赦なく襲うだろうというのが、筆者の見方だ。そうなれば、ユーロ圏の危機は一段と悪化することになる。
どうやらこのままでは行くところまで行ってしまう、という感じになって来ています。