"ちょっと外から見た日本"

今、スペインに住んでいます。
大好きな日本のこと、
外からの視点で触れて見たいと思います。

“ありがとう、さようなら、原発”

2011-04-30 09:22:21 | 日記
表題は、ご縁を頂きました菊の助さんの4月23日日記のタイトルです。


菊の助さんは、九州各地の脱原発を訴える団体の方々と共に、福岡市にある九州電力本社の「電気ビル」に行かれました。

“玄海原発と川内原発を今後どうするのか、広く公開された場での話し合いを持つことを求める為”だったそうです。


自作の原発の歌を歌う方がいらしたり、福島から九州に避難してきたという母子がいらしたり、思い思いの横断幕やプラカードを作ったり、チラシを配ったりと、手作り感が出ていますね。

九州電力の大分支店にも要望書を提出されたそうです。


“電力会社の人と一緒に、持続可能な、安心な社会を作っていきたいと思う。”


私も、これから“持続可能”、“循環型”の社会が立ち上がっていくと思います。


実は、4月15日の日記“原発に関する議論について”について、菊の助さんよりご提案頂きました。

その文章を、菊の助さん流にアレンジ頂きビラとして配って頂いたのです。

下記、掲載させて頂きます。



『今回の福島の原発の事故によって、たくさんの方々が甚大な被害をこうむることになってしまいました。当然、原発は危険だから無くした方がいいと言葉に出すと、

“原発が無くなると電気が足りなくなってしまうじゃないか”

という議論がされてしまいます。
しかし、私は、その議論自体が、間違っているのではないかと思うのです。
今回の福島原発事故で、原発の事故は、それが一度起きると、多くの方々の生命を脅かすものになってしまうことが分かりました。
放射線の被害、これが実際にどのレベルまでであれば人体に有害ではないのか、ということについては、色々意見が分かれていて結論が出ていません。しかし、放射線の数値が大きくなればなるほど、健康被害のリスクが高くなっていくということは間違いのないことでしょう。
ですが、例え将来、癌や白血病になったとしても、因果関係が証明できないので、国からも電力会社からも補償はありません。
健康被害の境界線がはっきりしない以上、自分やその子供たちの健康は、自分たちで守るしかありません。
水が飲めない、綺麗な土や空気から育った野菜や果物が食べられない、海で育った魚が食べられない・・・。
今回の福島の事故により、原発事故が起きると、人が生きるためのもっとも基本的な要素である、空気、水、食べ物に影響が出てしまうことがわかりました。
そして、ここで私が問いたいのは、

原発を止めることによって電気が足りなくなることは、そもそも、空気、水、食べ物を失うことと、比較できることなのでしょうか?

ということです。
今まで、すでにチェルノブイリや、スリーマイルや、日本でも大小様々な事故が起きていました。新たな原発の計画も進んでいました。
にもかかわらず、私自身は、今回の事故が起きるまで、原発を無くす為の積極的な行動に出ることはしませんでした。
しかし、私たちは、少なくとも今回、実際にこのような事故が起きてその実態を知ることになったのです。知った以上、行動を起こさないのは、推進しているのとあまり変わりはありません。
私は、すべての原発を撤廃すべきだと考えています。
今動いている原発を停止しても、ずっと原子炉を冷やし続けなくてはならないこと、使用済みの核燃料は何万年も管理しなければならないことも知りました。子どもたちに押し付けてしまう巨大な負の遺産に、途方に暮れてしまいます。
しかし、私たちは、少なくとも、原発撤廃に向けて、前進していくことは今すぐできます。
これから未来を切り開いていく子供や子孫に、新鮮な空気、清らかな水、新鮮な海の幸、山の幸を残していきたいと思うのです。
それと比較できることが、一体他にあるでしょうか。』

                       

菊の助さんが最後に引用されているガンジーの文章、いいですね。



自分が行動したこと
 
すべては 取るに足らないことかもしれない

しかし、行動したという

そのことが 重要なのである




世界の不幸や誤解の

四分の三は

敵の懐に入り

彼らの立場を理解したら

消え去るであろう



「目には目を」

という考え方では

世界中の目を

つぶしてしまうことになる



握り拳と 握手はできない




明日死ぬと思って

生きなさい

永遠に生きると思って

学びなさい


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“日本励ましたアンコール”

2011-04-30 02:47:29 | 日記
プラシド・ドミンゴ(Plácido Domingo)さんをご存知の方も多いと思います。

世界的に有名なテノール歌手ですね。

オペラの指揮者として「こうもり」を指揮したり、歌劇場芸術監督としても活動されています。


ドミンゴさんは、スペインマドリード生まれです。

ご両親は、サルスエラと呼ばれるスペイン舞踊も取り入れた伝統音楽劇の歌手でした。

ドミンゴさんも、サルスエラ劇団を経営する両親とともにメキシコに移住し、そこで腕を磨きました。

パヴァロッティさん、ホセ・カレーラスさんと行った「3大テノール」の大イベントも有名ですね。


日経新聞の文化欄(4月29日)に、上記タイトル名で記事が出ていました。

これは、サンフランシスコに住む、寺島忠男さんという音楽プロデューサーによって書かれた記事です。

4月10日と13日の日本公演のこと、NHKのニュースでも紹介していましたので、ご存知の方も多いと思います。


“満席のNHKホールに喝采がうねりとなってこだまする。

舞台に引き返したプラシド・ドミンゴが、祈りを込めてアンコールに唄歌「故郷(ふるさと)」を日本語で歌う。

観客は総立ちになり、一緒に歌いながら感動の涙。

歌っているドミンゴや共演したソプラノ、ヴァージニア・トーラの目にも涙が光っていた。

舞台と客席が一つになり、天に届けとばかりに別世界の空間が広がった。”


その様子を想像するだけで、もう感動で胸がいっぱいになります。


寺島さんは、今回の公演をプロデュースしました。

今まで、ドミンゴさんの日本公演を22回も手がけてこられました方なのです。

公演前、日本の関係者には、“一貫して「大丈夫。ドミンゴは必ず行くから」といい続けた”そうです。


しかし、一方で、“35年間の音楽プロモーターの経歴で初めて、公演中止の四大条件(天災、戦争、クーデター、ストライキ)を超える現実に愕然とした”そうです。

ドミンゴさんには、“日本政府や東京電力の発表する公式データを報告しながらも、「絶対に問題ない」などと、安全を過度に強調する表現もあえて避けた。”


“4月1日に来日を最終決定したが、ドミンゴからは一度も「大丈夫か」という問い合わせはなかった”そうです。


公演直前の8日、メキシコ大使館主催で歓迎晩餐会がありました。


“乾杯が終わってしばらくして、メキシコ大使がおずおずと聞いた。

「震災後数多くのイベントが中止され、海外アーティストも来日をやめた。

 このようなときにためらいは全くなかったのですか」”


ドミンゴさんはこう答えたそうです。


“「今日ここに着くまで、私は来日に一度たりとも疑問を持たなかった。

もし来ない方がいい状況なら、24年間一緒に仕事をしてきたヨシコとテリーが最初に言ってくれる。

彼らが言わないのなら、絶対に安全だと確信を持っていた」”


続けて寺島さんはこう書いています。


“これほど熱く、心打たれる言葉に、一生に一度でも出会うことができるだろうか。
 
私はドミンゴの温かさと人間的な大きさに心が震え、こみ上げる涙を抑えることができなかった。”


『ヨシコ』とは、寺島さんの奥さんの名前であり、『テリー』とは寺島さんの愛称だったのです。


日本での「三大テノール公演」も、寺島さんがプロデュースしました。


“国立競技場でのコンサートで「川の流れのように」を歌うことを嫌がったパバロッティさんを、

開演ぎりぎりでドミンゴが説得してくれたことも”あったそうです。(笑)


ドミンゴさんとの成田空港での別れの場面です。


“責任を果たした安堵感もつかの間、14日、帰国する一行を成田空港で見送った。

日本のファッションに興味を持ち、夫人にせがんで付いてきた13歳になる孫娘も。

ドミンゴ夫妻は孫を同行するほどに私たちを信頼してくれたのだ。”


“ゲート前で「ミスタードミンゴ」と声を掛け抱き合ったが、涙にむせんで私は声が出なかった。

ドミンゴは「アイノウ(分かっているよ)、アイノウ」とつぶやいて私の肩に回した手に力を込めた。”


余震や原発の問題が続く中で、ドミンゴさんが、無事来日され、公演で大成功を収めることが出来たのは、

寺島さんとドミンゴさんとの深い心の絆があってこそだったのだと思います。


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“日本のマスコミについて”

2011-04-29 03:20:20 | 日記
なるべく批判はしないようにしたいといつも思っています。

でも、それが出来ない時があります。(笑)

権力者による、うそやごまかしを見てしまった時です。

正しいことが正しくないように思わせたり、正しくないことを正しいと信じ込ませようとするのが見えてしまった時です。


そうした権力者の言動をチェックしていくことは、マスコミの役割でもあると思います。

しかし日本の大手マスコミは、なぜかその機能を果たしていないようです。

むしろ権力者の手足となって動いているように思えます。

下記の毎日新聞の記事はその一例でしょう。


“発信箱:ピンを探せ=布施広(論説室)
毎日新聞 2011年4月28日 0時01分

 赤ちゃんが泣きやまない時は「ピンを探せ」と言ったのはフランスの思想家アランである。遺伝やら親の性質やら、あれこれ思いわずらう前に、赤ちゃんの肌を刺すものがないか探してみよ、というのだ。

 もちろん一般論だが、原発事故についても似たようなことが言える。有識者は「放射線被ばくを心配するより、たばこをやめた方がいい」と言うようになった。原発からある程度離れている人には喫煙や受動喫煙の方が身近で大きな危険ですよ、というのは冷静な指摘だ。気持ちも落ち着く。

 私はたばこを吸わないが、東北の被災地を訪れた際は、ハイブリッドの小さなレンタカーに少しばかりの支援物資を積み、援助活動に励む知人のために1カートンのたばこを持参した。ルールを守っての喫煙は一向にかまわないと私自身は考える。

 問題は受動喫煙だ。「あなたの喫煙の権利は認めるが、その煙を私が吸わないで生きる権利を認めてほしい」という自明の要求が、日本ではなかなか理解されない。先進国なのに受動喫煙対策が際立って遅れている。残念ながら、これが日本の特徴だ。

 もう一つの特徴は、核兵器や原子力に対する、ある種の潔癖さだろう。核兵器に対する「核アレルギー」を悪いとは思わないが、放射線を必要以上に怖がる傾向がないとは言えない。逆に、煙害はもっと怖がってもいいと思う。原発事故を通して二つの特徴が浮かび上がってきたようだ。

 受動喫煙による世界の死亡者は毎年60万人に達し、うち16万5000人を5歳未満の子供が占めるという世界保健機関(WHO)研究チームの推計もある。日本政府は7年前、国際条約を批准して受動喫煙防止を約束した。国家再建の時である。若い世代を傷つける「ピン」は早く取り除きたい。煙害も、放射線問題も。”


この論説委員さんは、原発問題に声を挙げる人たちのことを、“泣きやまない赤ちゃん”に例えています。

そして、“あれこれ思いわずらう前に”、“赤ちゃん”の“肌を刺すものがないか探してみよ”と言っています。(笑)


“有識者は「放射線被ばくを心配するより、たばこをやめた方がいい」と言うようになった。”

→有識者とは一体だれのことでしょうか。


“原発からある程度離れている人には喫煙や受動喫煙の方が身近で大きな危険ですよ、というのは冷静な指摘だ。”

→比較になる放射線の数字も示さないロジックのないコメント、それを“冷静な指摘だ”と決めています。

実際は、この“冷静な指摘”をしているのは、上記の“有識者”であり、それはこの記者本人なのでしょう。(笑)


取材ついでに“1カートンのたばこ”を被災者に届けるのもいいと思います。

受動喫煙対策の遅れについて指摘するのもいいと思います。

しかし、受動喫煙対策の遅れと、“核兵器や原子力に対するある種の潔癖さ”を、日本の
特徴、改めるべきこととして一緒に並べていいのかな、と思います。


受動喫煙の被害を強調してもいいでしょう。

しかし、放射線の被害内容について書かないで、

“核アレルギー”とか、

“放射線を必要以上に怖がる傾向がないとは言えない。逆に、煙害はもっと怖がってもいいと思う。”とか。(笑)

→心理誘導の典型のように思えます。


そして、そうした色々な矛盾を何となくうやむやにするように、

“若い世代を傷つける「ピン」は早く取り除きたい。煙害も、放射線問題も。”

と言ってこの文章を終えています。

→確か、“ピンを探して”“泣きやまない赤ちゃん”に刺すといいとおっしゃってたのは、記者さんだったと思いますが。(笑)


この文章が一般の方のものであれば、自分の考え方とは相容れないな、で済みます。

しかし、これは、たくさんの人が読む大手新聞の“論説”なのです。

でも、この方は、まだ正直な方なのかも知れません。

もっと巧妙に書かれた記事もたくさんありそうです。


文部科学省が、子供の年間被ばく線量を1mSvから20mSvへ引き上げる方針を公表しました。

厚生労働省が、原発作業員の年間被ばく線量の上限(50mSv)を撤廃する方針を固めたそうです。


勝手に変えられる、変えてしまう基準とは一体なんなのでしょうか。

変更にあたっての医学的な根拠はどうなっているのでしょうか。

政府は、子供たちや作業員の方々の命をどのように考えているのでしょうか。

基準を勝手に変えながら、一方で、なんでもかんでも“風評被害”に仕立て上げるということは許されるのでしょうか。

“大手マスコミ”は、こうした事項について、政府に声をあげ、その機能を果たしているでしょうか。


その一方で・・・

自分の目で見てみんなに伝える為に、福島第一原発の現場に行き、現場の様子やそこで働く方々のビデオを撮り、直接現地トップの所長さんにインタビューして来られた方がいました。

青山繁晴さんです。

http://www.youtube.com/watch?v=-zUj6awruO4&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=Ss9LZiRCkh0&feature=related

青山さんは、現場の方々が働く様子を見て、“今、最前線に最期の希望がある”とおっしゃいます。

そして、“よくこんな最前線まで来てくれた”と歓迎する東京電力の吉田所長に光を見出します。

“これから最も危険なのは、実は5,6号機”と指摘する吉田所長、

その為の対策や、次の地震津波に備えて防波堤を築くことを訴えて来ました。

しかし、ここでも、現場にも入らずに、マニュアル通りにしか動かない、東電本社、安全委員会、政府の姿があります。

だからこそ、現場の姿を知って欲しいとの思いで青山さんを歓迎した所長さんの思いが伝わります。


私は、日本のメディアは、これから大きく変わっていくと思っています。

そして、それが出来ないメディアは淘汰されていくと思います。

メディア業界に限らず、これからあらゆる分野で大きな変化が起こっていくでしょう。


なので、私たちは、変わった後の世界、そしてその時の自分の姿をイメージして行けばそれでいいのかも知れません。

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“ドナルド・キーンさん”

2011-04-28 03:25:03 | 日記
実は、まだドナルド・キーンさんの本を読んだことがありません。

今、急いで本を取り寄せ中です。

なので、本当は、キーンさんのことを書く資格は全くないのですが・・・書きます。(笑)



キーンさんは1922年に、ニューヨークに生まれました。88歳です。

なぜか漢字に関心を持った学生時代、“ページ数に比べて安かったから”という理由で、英訳の「源氏物語」を読み、日本文化への関心が一挙に高まったそうです。

日米開戦後は、海軍情報士官として日本兵の遺書を翻訳したり、捕虜を尋問したりしていました。

復員後、英国ケンブリッジ大、同大学院、米国コロンビア大、そして、京都大大学院で日本文学を学びます。

伝統的な、米国、英国、日本の大学を制覇されていたのですね。


本格的な「明治天皇」、「日本文学の歴史」などの著作で知られている他、リラックスして書かれたエッセイ等もあります。

日本の文化や伝統、日本語の美しさ、日本の美や美意識等について膨大な著作があります。

三島由紀夫さんとは京大で知り合って以来の友人で、三島作品の翻訳も行っていらっしゃいます。

谷崎潤一郎さん、川端康成さん、吉田健一さん、石川淳さん、安部公房さん・・・。

様々な日本の作家との交流がありました。

2008年には、文化勲章を受章されています。


キーンさんは、これまでも1年の約半分を東京で過ごして来られました。

そして、今回、コロンビア大学での教員生活を終えるにあたって、日本へ定住することを決めたのです。


震災後の約1ヶ月で50万人以上の外国人が、日本を去りました。

私は、それは、やむをえないことだと思います。

故郷の親戚の方々も、とても心配することでしょう。

なので、自国に戻っていく外国人を責めることは間違っていると思います。

しかし、それだけに、キーンさんの今回の決定には感動を覚えるのです。


“NHKのインタビューに応じたキーンさんは、

「日本は危ないからと、(外資系の)会社が日本にいる社員を呼び戻したり、野球の外国人選手が辞めたりしているが、そういうときに、私の日本に対する信念を見せるのは意味がある」と語った。”

“「私は自分の感謝のしるしとして、日本の国籍をいただきたいと思う」とし、夏までに日本国籍を取得する考えだ。

 独身を通してきたキーンさんは、
「私は『日本』という女性と結婚した。日本人は大変優秀な国民だ。現在は一瞬打撃を受けたが、未来は以前よりも立派になると私は信じる」と、新たな祖国になる日本の復活を信じている。”(産経新聞)


キーンさんには、東北とのかかわりもありました。

松尾芭蕉の「奥の細道」をたどる旅をされているのです。

また、東北大で、半年間講義をされたこともあります。

被災地の状況に心を痛めていらっしゃるそうです。



“ドナルド・キーン氏、米で最後の講義 日本永住へ

2011/4/27 9:35
【ニューヨーク共同】日本文学研究で知られ、日本永住を決めている米コロンビア大名誉教授のドナルド・キーンさん(88)は26日、ニューヨークの同大で最後の講義を行い、1950年代半ば以降、半世紀以上にわたる教員生活に幕を閉じた。

 キーンさんは冒頭、参加した大学院生らに「愛する日本に移り、余生を過ごす。(東日本大震災や福島原発事故の発生で)多くの外国人が日本を離れる中、私の決断に驚いた人もいたが、『勇気をもらった』と言ってくれる人もいた。そうだといいなと思う」と心境を語った。

 最後の講義では、日本の古典芸能の能について約1時間、歴史や、自らの若いころの学習経験などを話した。終了後、院生らから花束を受け取り、目に涙をため、感謝の言葉を述べた。

 記者団に「もう学生たちに教えられなくなると思うと寂しくてつらい。でも、こんなに長く教えることができてうれしい」と日本語で話した。

 講義を聴いたオーエン・コーニーさん(32)は「講義に使う作品の内容は難しかったが、キーン先生は優しかった。作品の中の人間性を重視する講義は、とても面白かった」と話した。”(日本経済新聞)


その心は、日本人以上に日本人なのだと思います。


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“スペインの黒マリアさんについて”

2011-04-27 02:50:50 | 日記
マドリッドから西に約300キロのアルベルカという町に行って来ました。

ご縁を頂いたひろみさんがご家族と住んでいらっしゃるところです。
(http://blog.goo.ne.jp/trescerdidos/e/5a57d66e54f680b4fed3f177a9f6b258)

マドリッドも標高600mの場所にありますが、そこは更に高い標高1000m。

澄んだ空気、たくさんの種類の草花、清らかな小川の水、伝統的で生活感溢れる家々・・・。

自然に恵まれた素晴らしい場所でした。

ご家族の皆さんともご縁を頂きました。

またお伺いさせて頂くと思います。(笑)


お土産店にも、面白いものが色々ありましたが、その中でも目を惹いたのが、幼子を抱くマリア像でした。

なぜか、マリアさん、赤ちゃん両方とも、黒と茶の間の色?の顔なのです。

所謂、黒マリアさんです。

私は、なぜか黒マリアさんが以前から気になっている人なのですが、ここで出会うことになるとは思っても見ませんでした。


ひろみさんに教えて頂きました。

近くに、ペニャ・デ・フランシアと言う山があり、そこには教会があって、幼子を抱くマリア像があるのだそうです。

1400年代のパリで、ある男子学生の前に聖母マリアが現れ、“ペニャ・デ・フランシアという地で私に似た像が見つかります”との予言を受け、その言葉に従ってスペインに渡り、あちこち探し回ってついにその像を見つけ、その場所に教会をつくったというお話でした。

この地には、有名なサンティアゴ・デ・コンポステーラに向かう巡礼者もたくさん通ったそうです。


黒マリア像は、特にフランス、そしてスペイン等のヨーロッパ中西部に多いようですが、ポーランドやメキシコ等にもあり、日本では山形県の鶴岡にもあるそうです。

スペインで、最も有名な黒マリアさんは、バルセロナ近くのモンセラートにある教会です。

モンセラートは、ガウディーがサグラダ・ファミリアの構想を得たと言われる奇岩の山です。

そこにも黒マリアさんについての伝承があります。

「西暦880年のある土曜日、何人かの子供の羊飼いが、薄曇りのなか空から不思議な光が美しいメロディーとともに降りてきて山の山腹に留まるのをみた。

同じことが数週間続いたため、麓の町の司祭が調べたら、洞窟のなかから黒いマリア像が発見された。

麓まで降ろそうとしたが動かないので、その地に聖堂を建てて安置した」(http://www3.ocn.ne.jp/~tohara/spein-kuroimaria.html)


なぜ、黒い色をしているのでしょうか?

実は正式な解釈はないようなのです。

カトリック教会は、時代とともに黒ずんでいったという立場を取って無視しています。

モンセラートの写真を見ても、自然に黒ずんでいったというのは不自然な感じがします。

年月とともに、多少色が変わったということはあるかも知れませんが、もともと黒に近い色だったのだろうと思います。


黒マリア像は、異教時代の地母神信仰が源流にあるという説があります。

キリスト教以前のヨーロッパでは、ケルト、ギリシャ、ローマの神々が結びついて出来た地母神を崇拝していたと言われているからです。

そして、それが聖母マリアと一体化したのだという考え方です。

そう考えると、カトリック教会が、その色を無視する背景も見えて来ます。

異教である地母神信仰が起源であるということでは、やはり都合が悪いのでしょう。

拡大解釈すると、一般に知られているマリア像も、実は、その起源はキリスト教以前の異教にあったということにもなりかねないからです。


黒マリアさんと抱かれた幼子、写真を通して見ていても、なぜかとても懐かしい感じがして来ます。

約400体も存在するという黒マリア像、見つかった所は、やはり以前ケルトの人々が活躍した地に多いそうです。

そしてその多くは、洞窟や土の中から見つかったと言われています。

万物を生み出す大地のイメージと繋がって来ます。


“地母神”、“大地の神”、“豊穣の神”、“母なる神”・・・


日本神話では、イザナミさんを思い浮かべます。

ギリシャのアルテミスさん、ローマのキュベレさん、エジプトのイシスさん、インドではパールヴァティーさん・・・。

多くの時代、多くの地に、地母神の姿があります。

そして、全ての命を生み出して来た、ガイア、地球・・・。


フランスのサント・マリー・ドゥ・ラ・メールという村に“黒いサラ”の伝説があります。

毎年5月24日には、この村で聖女サラのお祭りがあり、ヨーロッパ中のジプシーが集まって海にサラ像を運ぶそうです。

“ダビィンチコード”の主題、キリストの血脈。

そしてキリストとマグダラのマリアとの間に生まれたと言われるサラ。


この村の伝説のサラとはこのサラのことなのでしょうか。

すると、マグダラのマリアも、実は肌の黒いジプシーであったのか。

黒いマリアとは、マグダラのマリアのことなのか。

興味は尽きません。(笑)


フランスのノートルダム大聖堂を含めて、たくさんのノートルダム寺院を建てたスポンサーがだれなのか、実ははっきりしていないようです。

一説には、十字軍の遠征で金融を受け持ったとも言われる“テンプル騎士団”がそのスポンサーであり、そこでは黒マリアさんが崇拝されていたという話もあります。

テンプル騎士団は以前ノートルダム騎士団と呼ばれていたという話もあり、反キリストとして火あぶりにあったメンバーは、ノートルダム寺院に向いて処刑されることを望んだと言われます。


今、様々な分野で、真実が明らかになる、という流れが出ているように思います。

それは、個人の本音であったり、時の権力者によって長い間隠されて来た真実であったり、と様々でしょう。

時には、オセロの白い石が、パタパタとひっくり返って全部黒い石に変わるようなことも、今後出て来そうです。

日本にも、その脈動がありますね。

同じように、黒マリアさんのことも、新しい時代の到来とともに明らかになるような気がします。

新しい時代を生み出す“母なるガイア”も、今、その変化をうながしているように思えます。

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“孫正義さん 記者会見”

2011-04-23 19:38:13 | 日記
4月22日、自由報道協会主催による孫さんの記者会見の様子です。
(http://www.ustream.tv/recorded/14195781)

原発に関する草の根の活動、今、本当に大切だと思います。

一方で、草の根の活動だけでは、求心力に欠く面もあるかと思います。

そんな中、知名度が高く、実行力もある孫さんが、この件に真正面から取り組んでいらっしゃることは大変心強いことだと思います。


孫さんは、3月11日は、“エネルギー政策の歴史的な転換日”と位置づけます。

“圧力容器”という言葉、311以前は、孫さんもご存知なかったそうです。

原発には、“賛成論者でもなく、反対論者でもなかった。
電気はあって当たり前、その中に原発があることも知ってはいたが、まったく意識の外であった、恥ずかしい話”

とおっしゃっています。

即ち、私も含めた多くの日本人と同じレベルの知識と関心度だったわけです。

“この1ヶ月間で、自分なりに悩んで、考え込んだ”、とおっしゃっています。


このプレゼンは、現時点の孫さんの集大成だと言えるものです。

それまでほとんど関心のなかった孫さんが、本業の合間で、本気で勉強をすると、1ヶ月でここまでプレゼン、提言出来るまでになるのか、と驚きます。

その本気度が伝わって来ます。

100億円という多額の義捐金を発表し、また今回、“自然エネルギー財団”を設立し、そこに10億円の私財を投じることを発表しました。



大変包括的なプレゼン、その中でも、ビジネスマンの孫さんらしく“コスト”に力点を入れた内容となっています。

実は、1980年代中ごろが世界の新設原発ラッシュのピークであったことを説明します。

その後、世界全体では、新設の原発件数が減って来ているのです。


孫さんは、おっしゃいます。

“そんなイメージは全くなく、これからの電力は原発だろうと言わば洗脳されて来た”と。


“原発推進者の方々に問いかけたい”と、おっしゃいます。

“原発と同じコストの代替手段があるとして、それでも原発を選びますか?”と。

そして、実際のコスト比較をして行きます。


今まで、私たちは、原発は、最もコストがかからない発電方法だと教わってきました。

いまだに、そうしたイメージがあります。

しかし、当局が発表しているコストには、使用済み燃料の貯蔵、処理コスト等の追加コスト、

そして、事故後のコスト等を入れていないのではないか、きちんと精査して欲しい、と訴えます。


フランスでは、今、事故保険のコストを勘案するとコストを3倍にしても保険に入れない。

フィンランドでは、新設原発コストの見積もりが3500億円だったものが、1兆5000億円でも完成していない、という例を説明します。


昨年の2010年には、なんと、原発と太陽光発電のコストが逆転していることをグラフで説明します。


“知らないことはしょうがない。しかし、真実とは逆のことを言い続けている人がいる、そうした構造がある。

原発が、本当は、高くても、危険でも売り続けたい人がいる。”

“知って行動せざるは罪である。”

“なぜ、大人が20ミリ(シーベルト)の時に、小学校も同じ20ミリなのか。”

と訴えます。


そして、太陽光、風力、地熱発電等の自然エネルギーについて豊富な例を使いながら説明して行きます。

被害地域に、ソーラーパネルを敷き、風力発電機を並べ、現地の雇用を促進する“東日本ソーラーベルト構想”もとてもいいと思います。



プレゼンに続くQ&A、排他的な記者クラブに入れない、フリーの記者で結成した自由報道協会が主催する会見でもあり、

“既存の権力構造を崩すことは大変、あの手この手を使って、孫さんを貶めていくようなこともあるだろう”という記者のコメントも出ています。


今後、『本業をおざなりにして、売名に走る孫正義』、というようなキャンペーンが出てくることもあるかも知れません。

孫さんに、一体売名行為が必要でしょうか?

本業に影響を与えかも知れないほどの孫さんの熱意は一体どこから来ているのでしょうか?

この記者会見を聞いて、少し考えれば、それが孫さんのやむにやまれない気持ちからだということがわかると思います。


どこから出てくるのかわからないネガティブキャンペーン、

そんな時、孫さんを支えることが出来るのは、私たち国民だけなのです。

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“逝きし世の面影” 渡辺京二著

2011-04-22 17:17:17 | 日記
丹波-浪速道さんからご紹介頂いた本です。

そこには、江戸時代に日本を訪れた外国人の方々が見た当時の日本人の姿が生き生きと描かれています。


実に600ページに及ぶ力作、全十四章の中で、私はまだその一章しか読んでいません。

どこから読み始めようかなと思って目次を眺めて決めたのです。

そのタイトルは、“裸体と性(第八章)”。(笑)


そこには、その当時、混浴が当たり前であった浴場のこと、そして、庭の行水の様子が出て来ます。

多くの外国人は、その様子に大きな違和感を覚えます。

あれだけ礼儀正しく、品行方正な日本人が、老若何女、同じ浴場に入っているのを見ると、日本は、やはり未開の地だと。

曰く、“「私は、何事にも間違いのない国民が、どうしてこのように品の悪いことをするのか、判断に苦しんでいる」”と。


一方で、少し異なる意見もあります。

日本人のその姿は全く自然であり、かえってそれを奇異に見る自分たちの方がおかしいのかも知れないと。

曰く、“「私ははっきりと言う。羞恥心は一つの悪習である、と。日本人はそれを持っていなかった。私たちがそれを彼らに与えるのだ」”と。


不思議なのは、その姿でいる女性の方にも全く羞恥心がなく、自然であったということです。

混浴場、そして道から見える庭先で女性が一糸纏わぬ姿で行水する姿、それは好奇の対象にならなかったのでしょうか。

実際そうではなかったようですし、庭先から、覗いたりすることもなかったようなのです。

でなければ、女性もこんなにおおらかではいられなかったでしょう。


しかし、思春期の男性はどうだったのか?

世の中年男性たちはどうだったのか?(笑)

“ある村で人力車の上から、「一軒の家の前のほとんど往来ともいうべき所で、一人の婦人が例の深い風呂桶で入浴している」のを見かけた。

「彼女は身体を洗うことを中止せず、平気で我々一行を眺めやった。人力車夫たちは顔を向けもしなかった」”

どうも、今の価値観で物事を考えてしまう私の方が、おかしいようです。

“混浴は「ヨーロッパ人にはショッキングなものに思われるが、日本人の謙虚さと礼儀正しさとは完全に両立する」”のです。


それで思い当たることがあります。

度重なるスサノオさんの狼藉に失望したアマテラスさんが、閉じこもってしまった天の岩戸。

アマテラスさんを外に出すために、アメノウズメさんが、自然の姿に限りなく近い状態で、踊ります。

そして、アマテラスさんが、それを見ようとしたところで、そこから引っ張りだされ、明るい世の中が復活します。


アメノウズメさんが踊った時、“八百万の神々が、一同どっと笑った”、と神話には書かれています。

私は、“八百万の神々が、どっと笑った”という表現がとても好きなのです。

その屈託のなさ、ユーモアの感覚。


この一件から、アメノウズメさんの踊りは、日本初(世界初?)のストリップショーであったとか、アマテラスが男神であったことの有力な証拠だとか、言われます。

男じゃなければ、踊り見たさに身を乗り出すことはしないだろうと。(笑)


しかし、それは、やはり、現在の尺度でものを見てしまうという、かなり一面的な見方なのかも知れません。

そもそも、現在の尺度で考えてしまうと、この場面で、八百万の神々がどっと笑う、という表現自体も理解出来ないのでしょう。

アマテラスさんが、仮に男神だったとしても、やはり屈託のない興味からだったような気がします。


こうした、性への屈託のなさ、おおらかさが、実は、少なくとも江戸時代まで続いていたということ、とても面白く感じました。


当時、男性は、酒が進むとすぐその話になった、その手の話が唯一の話題であった(笑)と、困惑する外国人の感想もあります。

そして、その様子は今でも変わっていないような気がします。(笑)

ただ、その心情は、今とはかなり異なっていたのかも知れません。

ひたすら自然なことだったのでしょう。

その当時、女性も人前で春画を見ていたそうです。

思えば、とてもいい時代だったのでしょう。


アダムとイブの楽園、日本にはついこの間まで存在していたのでしょう。

そこに羞恥心、知恵の実を与えたのは、西洋人だったのか、本当の蛇族だったのか。(笑)


今、再び起きつつある(と私が勝手に思っている)、岩戸開き。

古くて新しい光が、ここにも差し込んでくるのか。

これからの変化に、興味は尽きないのです。

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“宇宙戦艦ヤマト”

2011-04-21 04:11:32 | 日記
映画のヤマトのこと、以前の日記でも書きました。
(http://blog.goo.ne.jp/tera-3/e/94abd5251dc130d60e6f706472cd717a)

先週、スペインに戻る機内で、また見ました。

疲れていたのか、風邪のひき始めだったからなのか、なんだかよくわからないのですが、鼻水と涙が止まらなくて、往生しました。(笑)

最初にこの映画を見たのは、311の約1ヶ月前でした。

今回は、311の約1ヶ月後でした。


私は、最近まで、SFやアニメとは、

作者が、現実とは異なる空間を作ることによって、読者や視聴者が、普段の生活から隔離されたその空間で安心してそのストーリーに身をゆだねる事が出来るものだと考えていました。

即ち、作者の作る空間とは、完全な想像の世界なのだと考えていました。

でも、“ドラゴンボール”、“ワンピース”、“銀魂”なんかを見ていると、ん?と感じるところがありました。

そして、それは、“宇宙戦艦ヤマト”を見て、確信に変わりました。

すぐれたSFやアニメは、必ずどこかに存在している真実を描いているのだと。


この映画には、本当に色々な暗示がありますね。

放射能で汚染された地球・・・

放射能除去装置“コスモクリーナー”・・・

それを探し出すために、はるかかなたの星に飛び立つのが、“ヤマト”・・・

まさに、今現実に起こっていることです。

今回の事故が日本で起きてしまったということ、でもそこには、やはり大きな意味があるのだと思います。


まだ進行している福島原発の問題を解決していくこと・・・

日本に50以上もある原発を、今後どうするのかということ・・・

これからのエネルギー政策をどのようにしていくのかということ・・・

今、日本が抱える大きな課題は、同時に世界全体の課題でもあります。

ここで新しい道を見つけて行くことが、新しい時代を創っていくこと、導き手にもなって行くのだと思います。


今回の事故の全体像が少しずつ見えて来る中で、権力、権益構造含めた様々な問題も顕在化して来ました。

それは、光の星と闇の星が、同じ星の中に存在していた、ということにも似ているように思います。

闇もまた避けて通れないことなのでしょう。

そして、それがあるからこそ、新しい扉を開くエネルギーとなるのだと思います。


私は、映画を観ながら、もう戦いはいやだ、と思いました。

ある方は、それは、今まで過去生で何度も戦って来たからだとおっしゃいます。

その記憶は全くありません。(笑)

そもそも、闇と戦うことの延長線上に、光は見えて来ないのでしょう。


少なくとも、今回、闇を認識することは出来たように思います。

であれば、これからは、それを認めること、そしてそれをも包み込んでいくことなのだろうと思います。


実は、多くの方々が、今まで解けなかったこのテーマを解くために、

今、ここにいるのではないかという感じもしています。


もちろん、私もその一人です。


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“大きな森のおばあちゃん” 天外伺朗著

2011-04-19 02:21:19 | 日記
天外伺朗さん、その本を読まれた方も多いと思います。

もともとソニーにいらして、フィリップスとCDを共同開発したり、有名なロボット、AIBOの開発をされたりと、まさに先端技術の研究、開発に携わっていらっしゃいました。

ソニーにいらした頃から、このネームで、多数の著書を出され、2005年には同社を退社されています。

“ここまできた「あの世」の科学”とか“宇宙の根っこにつながる生き方”等、有名な本がたくさんありますね。

表題の本は、その天外さんが、実際の話をもとに童話にしたものです。


この本の前書きと、あと書きは、龍村仁さんが書いていらっしゃいます。

以前の日記でも触れたことがありますが(http://blog.goo.ne.jp/tera-3/e/007483d6dfc7443c329a4b5057a2a0d1)、龍村さんは、自主上映映画“地球交響曲シリーズ”の監督です。

この童話は、その“地球交響曲第一番”に出演された、象を研究し、愛してやまない、ケニアのダフニー・シェルドリックさんから聞いた話をもとに、天外さんが、書かれたものなのです。


象の大脳は、体に対するその大きさの比率は、人よりも大きく、しわの深さやその複雑さは人と変わらないそうです。

しかし、当たり前ですが、象は、人のように、その頭脳を使って、車を作ったり、宇宙開発等の技術開発をするわけではありません。

では、その優れた脳は、一体どのように使っているのでしょうか。

龍村監督は、前書きで次のように述べています。

“私達人類の知性は、自然の成り立ちを科学的に理解して、自分たちが生きやすいように変えてゆこうとする知性です。

これに対して象や鯨の「知性」は自然界の動きを私達より、はるかに繊細に決め細かく理解して、それに合わせて生きようとする、いわば受身の「知性」です。”

“受身の知性”、いい言葉ですね。

便利さをとことん追求し、享受し、ここまで走り続けて来た私たちが、

今、本当にそれでよかったのかな?と感じるような出来事に直面している中、

これからの時代のキーワードともなりうる言葉なのではないかと思います。


象は、普段は家族単位に分かれて生活をしているそうです。

しかし、1年に1度のお祭りがあって、その時には、何百キロと離れていた象が、千頭、二千頭という大きな群れとなって集合するのだそうです。

他にも、象が大集合する時があるそうです。

それは、“象が危機に瀕しているときです。水もなく、食べ物もなく、生きているのが難しくなったときなのです。”


この本では、その時の様子を描いています。


象の中で、一番知恵があるのは、おばあちゃん象です。

誰よりも経験が豊富なので、おばあちゃんのところに、たくさんの象が集まってくるのです。

エレナは、子どもの象です。

大干ばつで、食べ物も飲み物も無くなってしまった時、おばあちゃんが提案した遠い場所にみんなで移動することになりました。

移動の途中、そこにいた象たちも群れに加わってくるので、大変な数の群れになってしまいます。

たくさんの犠牲者を出しながらも、なんとかその場所に着きます。

エレナも、おかあさんたちに励まされながら、なんとかそこにたどり着くことが出来ました。

その場所は、緑豊かな場所で、確かに食べ物がたくさんありそうですが、

ここにいる象全員が、一度に食べると、三週間しか持たない量しかありませんでした。


最初に、おばあちゃん象と、年寄りの象が、森に入ります。

そして、なぜかおばあちゃん象、そしてその後、年寄りの象たちは、順番にいなくなってしまいます。

“おなかがいっぱいになったので、お昼寝をする”のだと言って。

そして、おばあちゃんは、エレナに、50年後に会おうと言い残します。

おばあちゃんを追いかけようとして、おかあさんに止められたエレナは、その後、おばあちゃんたちと、二度と会うことはありませんでした。

同じように、“昼寝に行く”象が毎日順番に出たため、群れの数は次第に減って行き、残った象たちは、旱魃の間、そこで無事に過ごすことが出来たのです。


それから50年後・・・

エレナがおばあちゃん象になった時、以前と全く同じように大旱魃になってしまいました。

今度は、エレナが、大群を引き連れて、以前おばあちゃんに連れていった場所に向かうことになりました。

しかし、エレナは、その場所に、これだけの大群が食べて過ごすだけの食べ物がないことは知っています。

途中、不安になりながらも、もういないおばあちゃんの声に励まされながら、ようやくその場所に着きます。

そして、着いた時、そこには奇跡の光景が・・・・・。


おばあちゃん象たちが倒れた場所から、食べ物となる植物が生えて、それが広範囲に渡ったため、巨大な森となっていたのです。

おばあちゃんたちが、“お昼寝”する前におなかいっぱい食べたことにも、大きな叡智が隠されていたのでした。


私は、仲間の為に、自己の命を捧げる象たちの姿に感動すると同時に、

人と、あらゆる動物、あらゆる植物、土、空気、全ての自然や地球、そして宇宙・・・。


自分が、全ての生命と、ゆるやかに、しかし、分かちがたく繋がっていること、

そして、私もその一部なのだ、ということを考えていました。


大きな森のおばあちゃん 3版
クリエーター情報なし
明窓出版


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“ドイツの脱原発宣言”

2011-04-17 03:25:47 | 日記
メルケル首相は、脱原発、そして風力などの再生可能エネルギーへ転換促進していくことを発表しました。

ドイツは、福島原発の事故を受けて、原発17基のうち、旧式の7基など計8基の原発の一時停止をすでに発表しています。

今回の発表は、更に原発撤廃という基本方針を説明したもので、大変画期的なものだと思います。

ちなみに、原子力は、昨年、発電量の約23%を占めています。

ドイツでは、電力供給の60%以上が火力発電、原子力発電23%、自然エネルギー(太陽光・風力・水力・地熱・バイオマス等)13%です。

その中で、2021年までに原発を廃止し、2050年までには国内電力の半分を自然エネルギーで賄う目標を立てているのです。


実は、メルケルさんは、もともと原発推進派で、昨年秋には、既存原発の稼働期間を延長する計画も発表していましたので、その後、大きく方針転換をしたことになります。

脱原発の具体的な時期や、政策転換に必要な財源などはまだはっきりしていませんので、まだまだ紆余曲折があるかも知れません。

しかし、トップ自らが、大きな政策転換の内容で発表をしたということは、素晴らしいことだと思います。


このリポート草案は、環境相と経済相がまとめたそうです。

草案の中には、50億ユーロ(約5600億円)の沖合での風力発電拡大計画も盛り込まれています。

再生可能エネルギーによる発電で生じる電力量の変動を新設のガス発電所で埋めることを想定しています。

ここで面白いことは、ガス発電所を建設するのは、国の発電能力の5%に満たない企業となり、エネルギー大手企業は除外されるということです。


どの国でも、利権者の力は強大だと思います。

そして、それは政府や官僚の中でも同様だと思います。

しかし、その中でこのような提言がされるということは、ある意味羨ましいことだとも思います。


スペインもそうですが、日本とドイツで最も違うのは、電力業界に競争原理が働いているということです。

同じ地域に電力を供給出来る会社は、複数あります。

そして、利用者はどの会社から買ってもいいのです。

日本でも競争原理を導入すべきだと思います。


メルケルさんが当初の方針を変更せざるをえなかったのには具体的な理由もあります。

バーデン・ビュルテンベルク州という州の議会選挙で、首相率いるキリスト教民主同盟などの与党が、反原発を掲げる緑の党に大敗してしまったのです。

選挙期間中に福島第1原発の事故があり、州内には4基の原発があることから、エネルギー政策が最大の争点となって行きました。

その中で、選挙期間中に、25万人のデモもありました。

日本の原発事故が、地球の反対側のドイツに大規模なデモを引き起こし、

地方選挙の結果を変え、政府方針を変えたのです。


翻って日本はどうでしょうか?

なぜ、日本では、政府関係者やマスコミ含めて、原発撤廃を具体的もしくはスローガンとしてさえあげる人がいないのでしょうか?


トップがビジョンを語ることは、重要です。

経営者が、方針を発表すれば、会社はその方向に向かって走り始めるのです。

そして、当初は、難しいと思われていた目標も達成することが可能になって行くのです。

私は、こうした時にもっとも集中力を発揮出来るのが日本人だと思っています。


日本、そして日本人が、原発を廃止しながら、世界を新しい方向に導いていくことが出来ると確信しています。

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“原発に関する議論について”

2011-04-15 03:40:18 | 日記
原発を撤廃すべきかどうか、という議論の中で、原発推進もしくは容認する方々から必ず出てくるのが、

“原発がないと電気が足りなくなってしまうじゃないか”

ということです。

そのことについては、日記の中でも、何度か触れさせて頂きました。


要約すると以下のようになります。

“原発がなくても、短期的には、こまめに電気を節約したり、電力節約型の電気機器、照明器具を活用したり、他の既存の発電手段への振替によって最低限の電力需要を満たすことが可能、中期的にも、上記と併用して、代替エネルギー、水素エネルギー等への転換を図っていく方法を取り入れることで対応可能だと思う。”

そして、その方向性の中で、経済を含めた日本の復活が出来るのではないか、と考えています。


今回の事故によって、甚大な被害がもたらされることになってしまいましたが、

これからの時代は、今までの延長線上にあるのではない、ということに気づく機会を与えて頂いた、と考えることも出来るのではないかと思います。

日本人の大きな強みである、“ものづくり”や組織の強みをフルに活用し、今回の大きな試練を乗り越えていくことは可能であり、

その成功事例を、世界に提供していくことも出来る大きなチャンスだと思うのです。


しかし、私が、今日、ここでお伝えしたかったことは、そのことではありません。

“原発がないと電気が足りなくなってしまうじゃないか”

という議論自体が、どこかヘンなのではないか、ということです。


今回の福島原発事故で、原発の事故は、それが一度起きると、多くの方々の生命を脅かすものになるということが分かりました。

放射線の被害、これが実際にどのレベルまでであれば人体に有害ではないのか、ということについては、色々意見が分かれていて結論が出ていません。

多分これからも出ないでしょう。

だれにもわからないからです。

そして、だれにもわからないからこそ、“風評被害”が出てくるのだと思います。


私自身は、人の自然な防衛反応を“風評被害”と一言で片付けてしまうのは、間違いだと思っています。

健康被害の境界線がはっきりしない以上、自分やその子供たちの健康は、自分たちで守るしかないからです。

放射線の数値が大きくなればなるほど、健康被害のリスクが高くなっていくということは間違いのないことでしょう。

だからこそ、その判断材料を提供するためにも、政府含めた関係者の正確な情報開示が求められるのだと思います。


水が飲めない、土や空気から育った野菜や果物が食べられない、農作物、海で育った魚が食べられない・・・。

今回の福島の事故により、原発事故が起きると、人が生きるためのもっとも基本的な要素である、空気、水、食糧に影響が出てしまうことがわかりました。


そして、ここで私が問いたいのは、

“原発を止めることによって電気が足りなくなることは、そもそも、空気、水、食糧を失うことと、比較できることなのでしょうか?

ということです。


ここに二つの部屋があるとします。

一つの部屋は、とても明るくて、快適な温度設定が施してあります。
でも、その部屋には、汚染されている空気や水や食べ物しかありません。

もう一つの部屋、日中は明るくなりますが、夜はやや暗く、屋内温度も、季節なりに丁度良かったり暑かったり寒かったりします。
でも、そこには、新鮮な空気、水、食糧があります。


どちらの部屋を選ぶでしょうか?


今まで、すでにチェルノブイリや、スリーマイルや、日本でも大小様々な事故が起きていました。

にもかかわらず、私自身は、今回の事故が起きるまで、原発の有無が、上の2つの部屋を比べることだとは思っていませんでした。

ちょっと危険かも知れないけど、安定した電気を安く供給する手段、必要悪であると考えていました。

まさに、電力会社、メーカー、政府、マスコミ、その他もろもろの利権者のプロパガンダに乗せられてしまっていたわけです。

しかし、私たちは、少なくとも今回、実際にこのような事故が起きてその実態を知ることになったのです。


私は、すべての原発を撤廃すべきだと考えています。

稼動している原発を停止しても、これからもずっと冷やし続けなくてはならないとか、使用済み燃料の問題とか、完全には問題が解決しないこともわかりました。

でも少なくとも、原発撤廃に向けて、前進していくことは出来るわけです。

これから未来を切り開いていく子供や子孫に、

新鮮な空気、清らかな水、新鮮な海の幸、山の幸を残して行きたいと思うのです。


それと比較できることが、一体他にあるでしょうか。

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“桜”

2011-04-14 05:18:39 | 日記
先程、日本から帰って来ました。

今の日本、その雰囲気を感じて来ました。


度重なる余震、(私自身は、余震ではなく新しい流れの始まりだと思っていますが)・・・。

小さく始まる揺れが、次第に振幅を増しながら、大きな揺れに変わっていくこと。

それは、海外が長くなった私の知る、以前の地震とは違っているように感じました。

まるで人智を超えた大きな意思が働いているようにさえ感じられました。

でも、その揺れを経験したのは、震源からかなり離れている東京です。


地震、さらに津波、原発・・・。

震源近くに住む方々の日々は、本当に半端ではないと思いました。


閑散としたホテルのロビー、金曜の夜でも静かな銀座。

海外のお客様向けの高級ホテルでは、外国人スタッフが日本を離れてしまって営業することさえ出来ません。

節電で薄暗い町、駅の構内で見る東京の人々の表情には、不安のようなものも混じっていました。

何かにじっと耐えているような表情もありました。


それとは対称に映る西側の日本。

そこには、明るい街、変わらない人々の表情がありました。

たくさんの笑顔がありました。


東京の人口、政治、経済、金融。

全ての機能があまりにも一極に集中していることを実感します。

日本国内におけるバランス調整、機能の分散が、始まっていくような気がします。


一方で、訪れた色々な場所に共通する景色もありました。

たくさんの桜の木、そこに咲く無数の桜の花。

目に飛び込んでくるその美しい色は、どこにいても共通していました。

なのに、それを見る場所によって、違う雰囲気も感じました。


節電と地震で揺れる東京では、人々を癒し、励まし、心をそっと暖めてくれるようなやさしい桜の花。

元気で陽気な関西では、桜の花もニコニコしているように見えます。


今、花見が自粛されていると聞きます。

私は、こんな時こそ、桜の下に佇んでみるといいのではないかと思います。

それは、古来の日本人が行っていたと思う本当の花見。

五感やそれ以上の微細な感覚を使って、桜の木、花、そして、そこにある生命やその雰囲気を味わってみることなのではないかと思います。

それは、桜と対話することであると同時に、自分の心と対話することでもあるような気がします。


そうした桜の存在にさえ、気がつく余裕がないように見える方々もいました。

でも、桜の木、そしてその花々は、そこを通る全ての人々の心を励まし、そっと元気を与えているように感じました。

無意識の心、その奥底に働きかける、与えるだけの愛。

そう思ったら、感謝の気持ちでいっぱいになりました。


今、私たちは、決して試練だけを与えられているわけではないと思います。

たくさんの愛によって一緒に見守られているのです。


すると・・・

一見、過酷な試練にみえることも、実はそこには、大きな愛があるのではないか、とさえ思えて来るのです。

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“福島原発、放射線被害に関するQ&A(4)”

2011-04-09 06:23:58 | 日記
あるお医者様へのQ&Aです。

Q:実は、再臨界しているという話もありますが、いかがでしょうか?
また、窒素注入による効果について教えて頂けますか。

A:再臨界の件ですが、3号機の爆発は水素爆発ではなく臨界によるものと思われます。
東京電力と政府はその映像をあまり出しませんし、なぜか音が消えています。3号機
が爆発した時に黒い煙が発していましたので、1号機の爆発とは異なるものと推測さ
れます。またキノコ雲状の煙が出ていました。

窒素注入の件ですが、窒素を注入したところで炉心の冷却機能が復活したわけではな
いので、依然として何も問題は解決しておりません。更に1号機には外側の建屋が既
に無いので、次に水素爆発を起こせば格納容器が吹き飛び、炉心が丸出しとなり、そ
れこそ地獄絵図になるものと予想されます。

プルトニウムは英語でPlutoniumと表記しますが、これはPluto「冥界」由来の名前で
す。プルトニウムは正に冥界から訪れた、日本人に多大な不幸をもたらす使者かもし
れません

世界の原子力事業を牛耳るGE・日立連合は、この期に及んで原子力事業の方針を変え
ない事を表明しています。さすがにジェイ・ロックフェラーの後ろ盾のある企業集団
は何をやっても許されるようです

以上です。

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“心と体を健康に”

2011-04-07 22:28:53 | 日記
読売新聞の記事です。

“窒素注入は米NRCの助言、水素爆発再発を警告

新たな水素爆発を防ぐため、東京電力は福島第一原子力発電所1号機の原子炉格納容器に窒素を注入しているが、この措置は米原子力規制委員会(NRC)が報告書の中で必要性を強調していたものだ。 
 報告書は、同原発の現状について冷却のために原子炉に注入した海水の塩分が炉内にたまり、十分な冷却ができなくなっていると警告している。
 NRCは、原発の安全審査や規制、放射性廃棄物管理の監督に強い権限を持つ米政府の独立機関。日米政府が福島第一原発事故の対応のため設立した連絡調整会議にも参加している。
 NRCのチームが先月26日付でまとめた報告書は、1~3号機について、核燃料の一部が溶け、圧力容器の底にたまっていると分析。海水中の塩分が析出して燃料を覆い、冷却を妨げていると指摘した。特に、圧力容器内の温度が高い1号機で、塩の量が多いと懸念を表明している。2、3号機は、注水しても圧力容器の水位が上がらず、一部が壊れている可能性を示唆した。
 また、海水は真水に比べて、放射線による分解で水素を発生しやすいと指摘。海水に含まれていた酸素と反応して、水素爆発を起こす危険があると警告した。
 窒素注入は、その対策としてNRCが提案していたもので、東電は7日、「すぐに水素爆発する恐れはないが、(NRCの)指摘を踏まえた」と説明した。
(2011年4月7日20時19分 読売新聞)”

米NRCの報告書の説明部分は分かりやすいですね。

最後の東電のコメントのところで、「本当か?」と思ってしまいます。

国民のパニックを怖がって、情報を抑制し、あいまいな説明をした後、“すぐに水素爆発する恐れはないが”とか、“すぐに健康に影響があるわけではないか”とつけると、かえって疑心暗鬼を生むことになると思います。

枕詞は必要ないので、ただ正確な情報を出して欲しいと思います。

格納容器自体の爆発のリスクも残っているようですし、そうなった時にどのようなアクションを取るか、ということはそれぞれが考えておいた方がいいように思います。

まだまだ予断を許さない状況ですね。


長期戦になることは確実なようです。

なので、そのように心のシフトチェンジはしておいた方がいいと思います。

これからは、塩を取る、味噌を取る、海藻類を取る等の自衛策は取りながら、

放射線を受けても、それを受容できる、心や体を意識していった方がいいのかも知れません。

特に、心のあり方は大切な気がします。

外出を控えて、家で静かにしていると色々な事を考えやすくなってしまうかも知れません。

必要な外出はきちんとして、自分の役割をこなしていく。


新鮮な空気、新鮮な水、健康的な太陽をイメージしながら、

自分の気持ちを明るく、清潔にしておく,

ということが、今、本当に必要なことなのかも知れません。

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“たくさんの人と繋がっているということ”

2011-04-07 04:01:01 | 日記
「あなたがとてもお世話になった人、お世話になっている人は何人くらいいますか?」

両親や、祖父母、育ての親、親友、配偶者の顔が目に浮かぶ人も多いと思います。

もちろん、全て正解ですよね。

でも、私たちの一日一日の生活が、それこそ無数とも言える方々にお世話になって初めて成り立っているということにはなかなか思い至らないものだと思います。

今回の震災では、そのことにも気づかせてもらうことになりました。

毎日の食卓に並べられる、ご飯、味噌汁、卵、肉、魚、野菜、果物、飲料・・・・。


たくさんある品目の中から、たった一つだけ取ってみても同じことが言えます。

たとえばダイコン。

精魂こめて育ててくれた方々がいます。

その方々に必要なものを提供する方々がいます。

そして、出来たダイコンを運んでくださる方々がたくさんいます。

無数の過程を経て店に届いたダイコン一本一本は、そこで初めて私たち消費者と対面することになります。

もし、ダイコンを育てる人がいなかったり、育てるのに必要な道具がなかったり、道がちゃんと通っていなかったり、車にガソリンがなかったり、店にダイコンを並べる人がいなかったり・・・。

こうした過程のどれか一つでも欠けてしまうと、ダイコンは届きません。

一本のダイコンも、見たことはない、たくさんの人々の手を経て届けられて来たのですね。


そして、ダイコンは、太陽の光、豊かな土、きれいな水、新鮮な空気、

こうした自然の恵みがあってこそ初めておいしく育つもの。

人は、ダイコンの種を作ることは出来ません。

そして、それは未来永劫出来ないでしょう。

たくさんの人々と自然との繋がりを、より身近に感じることが出来る機会を与えて頂いたことに感謝したいと思います。

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