コンサルタントのネタモト帳+(プラス)

ビジネスにも料理にも役立つ“ネタ”が満載!社労士・診断士のコンサルタント立石智工による経営&料理ヒント集

社会保険庁:本当に「不正免除」は「悪行」なのか?

2006-05-24 | ケンカイ
社会保険庁がココに来て再び注目されています。その理由は各地域の社会保険事務局で年金保険料の“不正免除”なるものが行われていたとのことです。

その中でも、もっとも規模が多かったのが大阪。報道によると、大阪における“不正免除”対象者は3万7千人あまり。全国では4万人以上が対象になったようです。

さてこの“不正免除”問題、一部マスコミでは「とんでもない悪行」「組織的犯罪」といった勢いで報道されています。しかし、社会保険労務士として(少しは)社会保険手続きの仕事に携わっている一人としてあえて言わせて頂ければ

何がそんなに悪いって言われなきゃいけないの?

という印象を受けざるを得ません。なぜなら、今回の出来事が起こったからといって、年金納付の手続上、このことで不利益を被る人は生じ得ない、むしろ、全体として制度が最適化される要素すらあるからです。

その理由の第一は、申請免除や若年者納付特例を受けた場合でも、税金から追加補填されるわけではないということです。

今回の一連の“事件”は、報道を見る限りでは、法律上申請免除や若年者納付特例を受けられる人を対象に行われているようです。ここで、申請免除の場合、その期間にかかる年金額の3分の1が受け取れることになりますが、これはもともと国民年金については、必要額の3分の1は国が負担(将来的には2分の1に引き上げ)しており、その部分において受給することができるということです。(裏を返せば、年金を免除されていない人も3分の1から2分の1は国が負担しているということになります。)

また、納付特例の場合には、その期間は「加入猶予」のような状態となり、10年以内に追納すれば加入期間として認めらるという効力のみが発生します。したがって、追納しない期間については単純に将来年金をもらうことができないということになります。

また、理由の第二としては、「本来持っている権利は、実現されるような形が望ましい」ということが上げられます。
今回の「対象者」とされた方々は、もともと「申請免除」や「納付特例」を受ける権利を有している方です。彼らにとっては、実質的には「10年間延納する権利」という期限の利益を得ていることになります。この場合、国に対する手続制度のあり方としては、「出来るだけ手間をかけさせずに、利益を最大化する方向にもっていく」ことが本来必要なことであると私は考えます。

この意味では、免除が先にあって、特別にその期間中でも払いたい人は申請を行って支払うという制度設計の方が望ましいともいえます。こうすることで、無知や不備によって不利益になる人が減少するといった効果が生じ、結果としてこれらに掛かる広報活動や手続確認といったコストが少なく済むことに繋がります。

もちろん現行法では「申請免除や納付特例は、申請して始めて受けられる」という制度になっていますので、今回の各社会保険事務所が行った手続きには現行法でみると瑕疵があることはあきらかです。しかし、この問題に関してだけ言えば、過去の社会保険庁が言われてきた、いわゆる“保険料のムダ遣い”とは全く異なる次元のことであり、それほど騒ぐことでもないと私は考えます。

むしろ、このような事態がそもそも起こり得るのは、制度上、申請等の手続をしなければ有利な条件が得られないという状況があるからです。
こういった「本来実現され得る利益が、何らかの手順を踏まなければ得られない」というのは、ムダな手順を増やしているだけの話です。
国民皆保険・皆年金という名の下に年金への加入を強制している以上、この問題に関してだけ言えば制度設計上の問題の方がはるかに大きいと私は考えます。

それにしても感じるのが、「最近のマスコミは、ちゃんと考えて仕事をしているのか?」ということ。今回の事件でも「手続に沿っていない=不正=悪行」というステレオタイプにはまった報道ばかりが目に付きますし、「ちゃんと調べているの?」といった基本的なことを疑わざるを得ない報道も目に付きます。

特にショックだったのが、朝の某番組で某解説者が力説した次の話です。


そもそも、社会保険庁は納付率の「分母」を減らすために、若い人は個人の収入が低ければ、親がどれだけお金持ちでも納付しなくてもいいように制度を変えたんです!(だいだい原文どおり)


この発言を聴いて「おかしい!」感じたことが2つあります。

まずはこの話の制度(若年者納付特例)は国会で正当な手続を経て成立した法律に基づくもので、別に社会保険庁が勝手に作ったわけではないこと。

そして、親が金持ちであることと、成人した子供の年金納付余力を結びつける論拠はそもそも疑問点が残ること(この意見を認めるなら、親が金持ちという理由で子供からも税金が取れるという理論が成立してしまうことになります。)

個人的にはこの解説者は大変好きな方なのですが、それだけに今回の発言は大変残念でした。

ただ、今回のケースで気になるのは「『納付率アップ』という自分中心の動機で物事が進んでいた」という点です。本来の社会保険庁の仕事とは「被保険者・年金受給者を大切にし、『彼らがいちばん望ましい状態になる』ようにする」ことであり、そのために最善の方法で手続や事務を進めることが求められるはずです。その点では確かに今回の事件について非難される部分はあるとは感じます。

しかし、そもそも『納付率アップ』を求めたのは、マスコミであり、国会であり、社会全体です。本来的な「社会保険庁の果たすべき役割」を忘れ、表面的な成果である「納付率」にばかり意識を向けた結果が、このような状況を引き起こす大きな要因の一つになったことをしっかりと認識しなければならないと、私は考えます。

以上、長くなりましたが、今日はこれにて。
皆様からのご意見やコメントもお聞かせ頂ければ幸いです。

(追記)
頂いたコメントにつきまして続きのエントリも書いております。こちらもあわせてご覧ください。