コンサルタントのネタモト帳+(プラス)

ビジネスにも料理にも役立つ“ネタ”が満載!社労士・診断士のコンサルタント立石智工による経営&料理ヒント集

広告ネタ:石田純一・・・やるなぁ

2007-01-31 | マーケティング
go2cさんのブログ「一寸の虫に五寸釘」のエントリから。
柱や壁に有名人の「○○ヨリモ△△」というコメントが大きく貼られています。

「犬 ヨリモ 猫」    猫ひろし

「安部 ヨリモ 阿部」  阿部慎之介 

「前世 ヨリモ 老後」  辛酸なめ子 

「yes ヨリモ 脳」    茂木健一郎


などにまじって異彩を放っていたのが、

石田純一の・・・・
(続きはぜひ元エントリでご堪能ください)

いや、石田純一やりますねぇ・・・・。
この「突き抜け感」には脱帽ですm(_ _)m

石田純一はどこに出しても石田純一
というのは、すばらしい名言だと感じます。

以上、小ネタでした。

放送法:「行政処分」に期待してはいけない・・・かも

2007-01-30 | ケンカイ
「放送内容の捏造問題」について、弾氏のブログ404 Blog Not Foundのエントリの意見に魅かれるところがあり、エントリをUP。

弾氏のエントリは、池田信夫氏による『テレビに「期待」してはいけない』という意見への反論としてまとめられたもの。前半部分では、池田氏の意見に対して3つの側面から理由を挙げて「テレビ製作側のリテラシーの重要性」について説いています。特に、下記に紹介するようなDAN氏の意見については同じ意見を持っています。
なぜTVの品質が他のメディアより厳しく問われるべきかといえば、それが最も理解しやすく、最も視聴され、それゆえ最も期待されているメディアだから。相対的に地位が下がっているというのは、品質低下の言い訳にならない。日本人がコメをあまり食べなくなったからといって、コメに麻薬や覚醒剤を入れていいということにはならない。メディアの側(池田氏がそうだというつもりはない)が視聴者のリテラシーにケチをつけるのは、牛乳を飲んでいたと思ったらそれが牛乳味のウンコで(食事中の方失礼!)、それを咎めたら「お前の舌がバカだ」というのに等しい無礼ではないか。

しかしながら、後段で述べられている「遵守させるための手段」については、疑義があります。
私個人は、TVを巡る諸法規は食品衛生法と同程度に厳しくてしかるべきだと考えている。「文句があるなら消せばいい」というのは「文句があるなら食わなきゃいい」というのと同義だ。無料だというのはいいわけにならない。なるなら公園の水道水を子供が飲んで腹を壊したとしても、管理する自治体は免責されなければならない。

TVには業務停止命令というのはないのだろうか?あったとしても一度も活用されたことがないのは確かなようだが....特定の局ならとにかく、それでTVというメディアそのものがなくなるとは思えない。毎年どこかの旅館や食堂や食品会社が食中毒で業務停止命令を食らうが、それで食そのものがなくならないのと同じだ。

このご意見に対して少し考えてみたいと思いますが、まず、TV局に対する実質的な業務停止命令については、電波免許の観点から電波法第76条に定められている条文で対応可能のようです。
第七十六条  総務大臣は、免許人等がこの法律、放送法若しくはこれらの法律に基づく命令又はこれらに基づく処分に違反したときは、三箇月以内の期間を定めて無線局の運用の停止を命じ、若しくは第二十七条の十八第一項の登録の全部若しくは一部の効力を停止し、又は期間を定めて運用許容時間、周波数若しくは空中線電力を制限することができる。

とはいえ、放送事業者に対してこれが適用されたと言うことは聞いたこともありませんし、実際に「放送法違反」ということをどのように認定するかと言うことについても、難しい議論があるでしょう。(憲法に保障された「表現の自由」との兼ね合いもあります。)

食中毒の発生などで行われる食品衛生法に基づく業務停止命令は、「活動の結果としての食中毒の拡散を防ぎ、安全を担保するための一時的な緊急避難的な措置」であり、決して制裁を加える目的が主たるものではないと考えられます(少なくともタテマエは)。 また、「食中毒の発生」ということは概ね「第三者が検証可能な客観的事実(患者の発生、細菌の検出など)」というものでかなりはっきりと峻別し得るため、「行政裁量での恣意的な運用」がしにくいという面もあります。

一方放送法で業務停止命令を行おとすれば、まず第一に「業務停止命令が社会的な被害の拡大を防ぐための緊急避難措置として有効なものであること」をタテマエでも構築することが必要となると考えられます。例えば、指定出力を大幅に超えて、他の無線と混信するような電波を発信していたとなれば、
「被害」=電波の混信による適切な「無線」利用環境の喪失
「拡大」=電波が発信され続けている以上、被害が継続する
「有効性」=電波を止めれば、直ちに被害は止む

と言うような形で、「食中毒発生」と同じような客観的かつ有効な措置を講じることが可能でしょう。

しかし、捏造を含めて「事実に基づかない報道」ということになると、そもそもの出発点として「事実に基づいているか否か?」という点がそもそも客観的な立証を困難とします。このような状況の中で行政命令を行うとなると、そこには「恣意的な行政裁量」が働く可能性が非常に高くなります。これを安易に許すと「お上である当局に逆らいにくくなる=メディアとしての本質的役割を果たせなくなる」可能性も十分想定できますし、逆に「非合法黙認」の温床がまた一つ出来る可能性もあるのではないかと私は思います。

最近では、会計士・監査法人への行政処分強化を初めとして、「被害を出さない」ということをお題目に行政が何かにつけて「権限強化」を図っているように感じてなりません。しかし、自由主義国家で「信頼・信用・品質」を担保するのはあくまでもそれぞれの活動主体であることが基本ですし、これらに対して行政が民間の活動に対して口を挟むのは抑制的であるべきだと感じます。もし本当に「社会的なペナルティ」による罰則が必要であれば、裁判等の「司法機関」に委ねるべきものであり、その意味においては「刑事罰としての法人に対する一部業務停止命令」などもあっても良いのかもしれない・・・・と私は感じます。

まだまとまりきっていない部分もありますが、今日はここまでにいたします。

(1/31追記)
池田氏のエントリにあった意見をもう一度読み直してふと感じたこと。
池田氏の意見はどうも私には「詐欺事件でだまされるのは、詐欺に合う人が悪い」といっているのと同じ感じがしてしまいます。つまり、池田氏の意見は「見る側」一人ひとりの個人の「防衛策」としては適切な部分もあるかと感じるのですが、今考えなければならない「放送のあり方」についてまで「リテラシー」に期待するのはやはりちょっと筋違いかなと感じます。

メディアが期待を失えば、メディアの本質的な機能を失うことなると私は感じるのですが・・・。

今日の夕食:イマイチ料理を「再生」

2007-01-30 | 料理力
久しぶりの「今日の夕食」。今日も遅めの帰りだった上、残り物がたまっていましたので「リサイクルメニュー」にしてみました。

ということで、今日の献立はこちら。
070130夕食
●鮭じゃが卵とじ丼[残り物の鮭じゃが、卵、ご飯]
●温キャベツのめんつゆがけ[キャベツ、鰹節]


鮭じゃが卵とじ丼は、残り物の鮭じゃがをフライパンで卵とじにしただけのもの。汁気が少なかったのでちょっと卵が固くなってしまったのが残念ですが、塩気が中和されておいしく頂くことが出来ました。また、ベースとなった鮭じゃがは作ってから若干時間がたってしまいましたので、予め電子レンジでしっかり暖めてから使いました。なんとか「お腹痛い」にもなっていないようですゞ(^^;;

明日は士業の有志による勉強会へ参加予定のため、外ご飯の予定。しっかりと勉強してきたいと思います。

今日は外食:3日続けて自宅ご飯なしです

2007-01-29 | 料理力
実質的には中2日でのブログ更新です。土曜日は外ご飯で、日曜日はバテバテモードで夕食をすっ飛ばし、そして今日月曜日は某所での仕事の関係での飲み会でしたので、3日続けて自宅ご飯なしとなりました。「メシネタ」を書くようになってからは、年末年始を除いては初めてのことかもしれません。

メシネタ以外でも書きたいネタはいろいろあるのですが、ちょっと体力回復が必要となりそうですので、明日以降順次UPしていきたいと思います。ということで、今日は早め(といっても日が変わる直前ですが・・・)に休ませて頂きますm(_ _)m




報道のあり方:「編集」という作業

2007-01-27 | ケンカイ
「あるある大辞典」問題の顛末について先のエントリを書いていたら、つけっぱなしのTVからこの問題に関連して、辛抱治郎さんがキャスターを努める土曜朝の報道番組の中で非常に興味深い発言をされていました。
昨日の他局のテレビ番組で、安部総理の施政方針演説を「美しい国」という発言をしているところだけ「編集」して、

「これが、昨日の施政方針演説です」

と解説していた。今回の捏造はあってはならないことだが、報道番組の方がもっとひどいことをしていることもあるんじゃないか?
(要旨を聞き書きでまとめました)


この話しを聞いて、思い出したのが以前に相方が収録でのラジオ出演させていただいた時にディレクターの方からお話しです。収録した内容を時間内に収める編集作業について、このディレクターさんからは、
「編集」は非常に慎重になる。時間内に収めなければならないが、切り取り方一つで全く違う趣旨の発言にしてしまう可能性がある。
との話しがありました。

報道において一定の時間やスペースに収めるために行われる「編集」という作業の中では、「切り抜き」と「つなぎ合わせ」という作業が必要不可欠です。また、「キャッチーな見出し(ラベル)付け」というものも非常に重要な「編集」作業の一つでしょう。これらの作業は必ず「材料」に手を加えることになりますがその過程において「(自分たちの主張や営業政策として)不都合な部分を意図的に落とす」ということも可能ですし「都合の良いところだけを強調する」ことも可能となることは忘れてはならない部分であると感じます。

例えば、先日来話題になっている「ホワイトカラー・エグゼンプション」の報道では、例えば、私が比較的「丁寧に解説している」と感じるものでも
◇ことば…日本版ホワイトカラー・エグゼンプション 労働基準法に基づく労働の時間規制(1日8時間など)を除外し、成果などを基に賃金を支払う制度。米国の制度をモデルにしており、年収など一定の要件を満たす管理職一歩手前の企画、研究職などホワイトカラー労働者を対象に導入を検討。本人の裁量で、例えば繁忙期には連続24時間働き、そうでない時は1時間勤務も可能になる。一方、時間規制がないため、どれだけ働いても残業代は一切支払われない。米国では当初、高所得者のステータスシンボルのように扱われたが、現在はファストフード店の副店長レベルまで適用範囲が拡大されている
(Mainichi-msn-毎日新聞「ホワイトカラー・エグゼンプション:労政審報告に盛る」06.12.27より引用)
といった内容になっています。
しかし、実際の労政審報告の中では、年収などの対象者要件のほかに、導入にあたってのもう一つ重要な側面の要件である
●労使委員会での決議
●週休2日相当以上の休日の確保及びあらかじめ休日を特定すること(罰則付き)
●対象労働者の個別同意+不同意に対する不利益取扱いの禁止

などについて触れられている報道は私の知る限りほとんどありませんでした。

この報道での要件が意図的なものなのかどうかは分かりませんが、「報道(人の目を通す)ことによる情報の切り取り」は日常通常に行われていることを、もう一度認識しなければならないと私は感じます。(ちなみに、ホワイトカラーエグゼンプションに関しての詳細解説については、1/7のエントリをご覧頂ければ幸いです。)

TVに限らず全ての報道(+ブログ等のCGM)には、報道する側の「編集」という切り取り作業が行われているということを、報道する側も受け取る側ももう一度しっかりと考える必要があると私は感じます。

納豆:「あるある捏造」報道以後の店頭は・・・・

2007-01-27 | マーケティング
人気(だった)テレビ番組「あるある大辞典II」における“捏造”問題。既に各所で散々報道されているので経過については皆様ご存知かと思いますが、スポンサー降板・番組打ち切りというところまで一気に追い込まれました。(「不二家」と違って、ここで留まっているという印象も受けますが・・・・)

この番組については、このブログでも以前のエントリの中で触れております。
需要の安定的な拡大は喜ばしいことですが、急激な変化はかえって「体力」が奪われる結果にも繋がりかねないため、非常に慎重な対応が必要であると感じました。

当初の意図とは異なる形でしたが、この懸念が正に「最悪のシナリオ」で具現化されてしまったということです。

先日、夜の9時過ぎに近くのスーパーに立ち寄った際に、ふと納豆コーナーを見たところ、
「これでもか!」と言うぐらいの、山ほどの納豆
がうずたかく詰まれていました。TV番組以後の「極端な品薄=需要過多」に対応するため、納豆メーカーは大量の在庫を確保してフル操業で生産した結果、今回の“捏造”報道で「在庫積みあがり=供給過剰」になってしまったという、目も当てられない状態となってしまいました。

発酵食品である納豆は「生産リードタイムがかかる(3日ほど?)」食品ですし、在庫の確保などはもっと長いリードタイムの中で考えなければならない問題です。動き出した船(=会社)をすぐに止めることは出来ません。strong>極端な需要の変動は、例えそれが上ブレであっても、リスクを抱えることになるということを、如実に示した今回の「事件」であったと私は考えます。

昨日の夕食:写真は二人分です

2007-01-27 | 料理力
昨日は午前に顧問先訪問で、午後から役所回り、そして夕方事務所に戻ってきてさらに仕込みと非常にハードな一日でした。初めから「帰りが遅くなるだろうな~」と思っていましたので、予め事務所に食事を持ち込んで仕事。予定通り帰宅が深夜になりました・・・。

ということで、今日の献立はこちら。

070126夕食
●豚肉のしょうが焼き、味噌煮[相方が持ってきたご飯]
●鮭ジャガ[鮭フレーク、じゃがいも、玉ねぎ]
●自家製おかか、きんぴら、ブロッコリー[常備菜]
●スープ[事務所の常備品]
●白ご飯[冷凍ごはん]

税理士である相方もこのシーズンは遅くまで仕事することがほとんど。今までは夜遅く帰宅してから食事を取っていたのですが、健康を考えて最近は事務所にご飯を持ってきて早めに食べるようにしました。ということで、昨日は二人揃っての持ち寄りご飯になりました。ただ、持ち寄ってみたら思いのほか量が多くなってしまい、全部はとても食べ切れず。鮭ジャガ&常備菜軍団は残りを持ち帰ってきています(^^;;

鮭ジャガは肉じゃがの鮭フレーク版。鮭の塩味を計算に入れていなかったので、とても辛く仕上がってしまいました(^^;; 今日は外ご飯の予定なので、残りは明日にでもリサイクルメニューにして、もう一度に味を調整してから頂きたいと思います。

社会保険:「加入漏れ」の金銭的リスク度合いは?

2007-01-25 | 経営実務
たまには社会保険労務士らしいエントリを一つ。最近、立て続けに「社会保険への加入漏れがあった場合の企業に対する影響」に関する相談を各所から頂きましたので、その内容をご紹介したいと思います。

その前に、社会保険に関するおさらいから。健康保険・厚生年金ともに、法律では「常時従業員を使用する法人」又は「常時5人以上の従業員を使用する一定業種の個人事業主」については、社会保険の適用事業所として従業員に対して社会保険関係が発生します。

この「保険関係」は、会社や従業員の加入意思とは無関係に発生することから、保険関係から生じる「保険料」についても同じように発生します。つまり、例えば調査等で「この人は社会保険の対象となる従業員です」とされたら、その人についての保険料を収める義務を生じることになります。

この場合に問題となるのが『過去分の保険料』。状況にもよりますが、法律上は「最長で2年間分」までは納付義務が生じる可能性があります。
そこで注意しなければならないのが、「さかのぼって支払わなければならなくなった分の保険料の納付額」。保険料の納付は、会社が「従業員負担分」と「会社負担分」を合算した全額を収めることになりますので、倍付けで負担が必要となります。

そうすると、例えば諸手当込みの総額ベースで月25万円の従業員の場合には、健康保険料が24,518円(介護保険料込み)、厚生年金保険料が38,069円となりますので、月当たりの保険料総額は62,587円となります。これが2年分遡って納付となれば
62,587円×24=1,502,093円
と、なんとたった一人の従業員の加入漏れが、150万円以上もの金銭負担が一時に押し寄せてくることになってしまいます。たった一人でもこれだけの負担になるわけですから、事業規模が大きくなって数十人という対象者が出てしまうと、それだけで「億」単位のリスクにも広がってしまう可能性を秘めているといえます。

この問題は例え従業員が「社会保険には入りたくない!」と希望していたとしても、保険料の納付義務者が会社である以上亜h、全て「会社側のリスク」として考えなければなりません。しかも、従業員負担分を適切に「天引き」しておかなければ、後から「過払い給料だったので、返してね。」と言ったところで、回収できるケースはほぼ稀でしょう。

ちなみに、この点は通常の企業実務の中でも重要な問題ですが、それ以上に「M&A」の分野でより慎重に検討が必要な場合があります。特に、パートやアルバイトをたくさん抱えている企業を買収しようとした時には、相手方に悪気はなくても社会保険事務所の調査等で「加入漏れ」とされてしまうケースも考えられることから、「財務リスクの洗い出し」の観点からも社会保険の加入状況についてはしっかりと調査を行うことが望ましいでしょう。

もちろん、M&Aの世界での労務に関するリスクはこれだけに限りません。例えば未払い賃金の問題はないか、安全衛生環境は整っているか、就業規則等の整備にコンプライアンス上の漏れはないか、今後の仕事が難しくなるような労使慣行がないか・・・等など、「後のリスクをできるだけ事前に把握する」という観点からは、労務面においても大変多くの要素を見ていかなければなりません。現在のM&Aの場面では財務と法務についてのデューデリジェンスはよく行われていますが、M&A後を見据えて対応を行っていくためには、ぜひ「労務デューデリジェンス」
にも取り組んでいただきたいと願っています。

なお、当事務所では「M&Aに関する労務・社会保険問題」のご相談を随時受け付けております。初回のご相談は原則無料で対応させていただいておりますので、難しい局面に遭遇した方は、ぜひ遠慮なく当事務所までお問合せください。もちろん秘密は厳守いたします。

ということで、今日はココまで。
(P.S.)
最近本当にたくさんのアクセスを頂いており、誠にありがとうございます。皆様のアクセスを励みとして、次々と皆様にお役に立てるであろうと感じる話題のご提供を続けてまいりたいと存じます。

そのためにも、ぜひお帰りの前には、↓ブログランキングと↓はてなブックマークへご協力を頂き、「応援の気持ちの見える化」をぜひとも宜しくお願い申し上げますm(_ _)m

今日の夕食:スープにしようと思ったら・・・

2007-01-25 | 料理力
今日も終日名古屋での仕事の後、事務所に戻ってもう一仕事。最近は雨さえ降っていなければ原付で移動することが多いのですが、夕方からの強烈な冷え込みに、変える頃には体が冷え切ってしまいました・・・・。

そんな寒い一日が終わったあとの夕食は、やっぱり暖かいものが欲しいものです。ということで、今日の夕食はこちら。
070125夕食
●スープ仕立て温サラダ[キャベツ,玉ねぎ,コンソメスープ]
●もやしナムルもどき
●ブロッコリーの芥子和え
●自家製おかか
●姫竹と根菜のきんぴら風[以上、全部常備菜]
●白ご飯[ラストの冷凍ごはん]

本当は野菜入り卵スープでも作ろうと思ったのですが、スープに対して具材の量が多くなってしまったため、急遽「スープ仕立て温サラダ」に変更しました。ちなみに、炒め物ではシャキシャキ感重視なのですが、スープの野菜の場合にはトロトロ派だったりします。

ちなみに今日は明日の夕食用にもう一品一緒に作成。明日の「今日の夕食」でご紹介したいと思いますので、ご期待ください!


労働契約法制:ホワイトカラー・エグゼンプションとIT業界

2007-01-24 | 経営実務
アクセス解析を見ていますと、大変ありがたいことに安定的にアクセスが増加してまいりました。その中でも、ホワイトカラー・エグゼンプションの話題については様々な方からコメントやご意見をいただいており、関心の高さを感じさせていただいております。

その中で、あかさたさんのブログにて、私の以前のエントリについてご意見を頂戴いたしました。

ホワイトカラー・エグゼンプションについて(Akasata's Page)

このエントリを読ませて頂き、以前のエントリの中で、私の表現の拙さから分かりにくい部分もあったことに気づくことができました。あかさたさんのエントリにもコメントを寄せさせていただきましたが、「IT業界におけるホワイトカラー・エグゼンプション」というものをもう一度整理して見たいと思います。

まず、プログラマ・SEという職種の性格から考えてみたいと思います。改めていろいろと考えてみると、プログラマ・SEという職種には「その人にとっては時間と生産量の相関が認められる」世界と、「生産性と時間が相関しない」が共存しているように感じます。

例えば、あかさたさんのブログで紹介されているJoel氏のようなケースは、「研究開発型」のアプローチといえるのかと思います。OSやアプリケーションの開発といった、今までとは異なる「独創的な解決策」が求められるような「開発」を行うときには、このような働き方が適するのでしょう。

一方で、私が過去IT業界の「現場」で見てきたのは、大型システムを分業体制で構築していく世界です。そこで行われるのは「仕様書に基づいて忠実に実装する」ことであり、独創的な解決策というよりも「効率よく一定のボリュームの作業を行う」ということが求められてます。システムが大型化するほどこの傾向は強まり、潤沢なハードウェア資源を背景といして、既存の部品やデータベースへのアクセスの「組み合わせ」をただひたすらと打ち込んでいく「生産」というのが、日本におけるITエンジニアの一つの大きな仕事となっているのではないかと感じます。また、このほかにも大型システムとなれば「システムが安定稼動するようにお守りをする」という「監視・保守」というのも一つのまとまった大きな仕事となります。

したがって、同じ「プログラマ・SE」と言ったとしても、「求められる成果」によって
●「開発」型 ●「生産」型 ●「監視保守」型
の3つに分類して考えていかなければ、「働き方のあり方」を考えることは難しいのではないかと感じます。

そこで、ホワイトカラー・エグゼンプションの議論に戻りますが、まず「開発」型のプログラマ・SEについては、期待成果は「今目の前にある課題を解決すること」であることから、時間と成果の結びつきは必然的に弱くなります。したがって、このような形のプログラマ・SEについては「裁量労働」や「ホワイトカラー・エグゼンプション」の制度が似合う分野となってくることでしょう。

一方で、「生産」型や「監視保守」型のプログラマ・SEについては、少々状況が異なります。「生産」型のITエンジニアに期待される成果は「指示された内容にしたがって、(一種の単純労働的に)指示された内容を実施すること(例えば、DBテーブルを構築したり、仕様書に沿ってコーディングをしたり、システムソフトウェアをインストールしたり・・・といったこと)」=「一定のボリュームの作業を行う」となります。こういった形の場合には、手の早さ遅さといった個人差は除いても、少なくともその人個人にとっては、「時間量」と「作業量(生産量)」の相関関係は相当程度高まりますので、時間では拘束しないとしてしまう「ホワイトカラー・エグゼンプション」には余り向いていないでしょう。(例えば、サーバーを更改するときなどは、深夜帯での作業をどうしても行ってもらわなければならないという状況を思い返していただければ分かりやすいかと思います。)

まして、「監視保守」系のエンジニアの場合には「一定の時間において、その間に起きうることを監視し、対応する」という極めて時間拘束性が強い職種になります。したがって、「生産」型にせよ「監視保守」型にせよ、「時間によって成果がある程度測定できる」という観点からは、「ホワイトカラー・エグゼンプション」の対象として考えるのは問題が多いのではないかと感じるのが私の意見です。(前回はこのことについて「ブルーカラー」と表現してしまいましたので、誤解を生んだ部分があったかと思います。)

今の状況を見ていると「プログラマ・SEだから、個人の創造性で仕事をしているはずで、時間では成果が測定できない」という安易な意見がまかり通ってしまっているように感じます。肩書きや職種のみで判断するのではなく、その仕事内容の「本質」をきちんと見極めていかなければ、かならず「ひずみ」と「拡大解釈」が生まれ、結果として大きな問題に繋がってしまうことがあるのではないかと思い、前回のエントリを書かせていただきました。メンタルヘルスの問題も含め、元IT業界に携わっていた社労士からの「IT業界への警鐘」としてご理解いただければ大変幸いです。

(追伸)
このエントリに限らず、私のエントリについて引用やご紹介、またご批判・ご指摘を頂ける場合には、ぜひ遠慮なく当該エントリへトラックバックいただければ幸いです。TBいただけたとこには、ぜひお邪魔させていただきたいと思っておりますm(_ _)m