バベル
2006年/アメリカ
新しい人間関係としての「近親相姦」
総合 100点
ストーリー 0点
キャスト 0点
演出 0点
ビジュアル 0点
音楽 0点
この作品に限らないことではあるが、ある作品を何の根拠も示さずに駄作の一言で終わらせてしまうような人は映画を観る資格が無いとは言わないが才能はないと言わざるを得ない。理解が出来ない映画を観てしまった時、人は既成の物語に当てはめて分かったつもりになるか、あるいは自分の読解力の欠如を棚に上げて、作品に意味不明の烙印を押して納得しがちだが、映画を観る喜びというは映像、音楽、セリフの‘織物’から浮かび上がってくる意味を掬い取ることから生まれるのではなかったのか。確かに私たちは小学校の1年生から本を読むことは学んでも、映画を観ることを学ぶ機会はまず無いであろうからやむを得ないとも言えよう(このような長広舌を振るうということは当然この『バベル』の真意を掬い取ってみようと思ってはいるのだが、必ず同意が得られるわけではないから虚しい。でも全くかまわない)。
この作品の主要テーマは「善かれと思ってしたことがかえってあだとなる」ということだと思う。例えば、失った子供に関してリチャードは妻に配慮して善かれと思って避けてきたのだが、スーザンにしてみれば夫の態度は逃げているようにしか見えない(だから非常に困難な状況の中で他人の怒りをかってでも最後まで逃げずに妻の命を助けようとする夫の姿に妻と一緒になって私たちは感動する)。あるいはマイクとデビーの2人の子供たちを他人に預けるより善いと思ったアメリアは一緒にメキシコへ連れていくのだがとんでもない事になってしまうなど。
無駄だと言われて評判の悪い日本のシーンからこの作品の意図を探ってみたい。
一番理解しにくいのが何故チエコが聴覚障害者という設定になっているのかだ。理解しやすい解釈は母親がチエコの目の前で銃で自殺したからということだろう。チエコは耳をつんざく銃声と合わさった心的外傷後ストレス障害を患ったのではないのだろうか。当然銃は父親が所持していたものだからチエコは父親を恨むことになるのだが、他人には母親の死を飛び降り自殺と言っているということは父親に対して愛憎相半ばしているということだ。チエコの父親の対する態度はそのまま他の男性に対する態度にも反映される。自分が喋ろうとすると「モンスター」扱いされるため、もっと「酷いもの」を見せてやろうという悪意が沸き起こったりするのだが、自分の好きなタイプの男性に対しては喋ろうとすると「モンスター」のように見られて嫌われることが分かっているので、敢えていきなり体に触らせたり(好きな男の子を友達に盗られた後)服を脱いだりすることで、自分の相手に対する真剣な愛情を示す。男性に対して適切な距離が取れないのだ(あんな女子高生は日本にいないという批判があるのだが、普通の女子高生を映画の主人公にするわけがない)。
問題のラストシーンの前に、映画の最初の方でユセフがマスターベーションをするシーンがあるのだが、彼の‘おかず’が実のお姉さんというところが重要だ(そもそもユセフがマスターベーションをし続けていれば一連の事件は起きていなかった)。
そしてベランダで‘裸の’チエコを抱きしめる‘服を着た’父親のラストシーン。
この2つのシーンが意味することは、セックスの無い‘近親相姦’の可能性だ。「善かれと思ってしたことがかえってあだとなる(=禁じられる)」こととは対照的に(セックスの無い)近親相姦は、最初から禁じられているが実は善いこと(=愛すること)なのではないのかという問題提起をこの作品はしているのではないのか。私たちがこの作品で考えるべきことは、善かれと思ってすることではない‘近親相姦’の可能性を探るということなのだ。
最後に「バベル」というタイトルについて。「バベルの塔」とはこの作品そのものではないのだろうか。この「塔」を前にして私たちは噛み合わない怒涛の賛否両論を繰り返しているのを、「神」として監督はほくそ笑んでいるのだろう。
「戦後60年間でアメリカが空爆した国は30か国といわれています。(・・・)。このアメリカの世界戦略の根本にあるのは間違いなく『善意』です。世界にデモクラシーと自由主義経済をもたらしたいとアメリカはほんとうに望んでいる。そして、この善意は『自分たちとは違う人間』がいることを認めないことから生まれているのです。(p.176)」(『死と身体』 内田樹著 医学書院 2004.10.1)
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