酒田港のマスコット、酒田臨港開発の協三ロッド式15t機ですが、貨物扱い量の減少でほとんど動く事も無くなった様です。後の平屋根の方は、かつて「西○警察」で名脇役を演じ、全国のお茶の間にその雄姿を見せた事も忘れられません。
誕生以来酒田港で地味な貨車入換作業を黙々とこなしてきた彼に訪れた、一回のみの晴れの日も今は昔、今やスポットライトが当てられる事も無くなり、ひっそりと休む彼の後ろを、いつものようにDE10が牽くコンテナ列車が駆け抜ける、現代の酒田港の点景…
(P:2010年3月21日 羽越支線 酒田港駅)
はじめまして、急行越前と申します。
こちら
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2246/1036414563/1053
で紹介されていたので来てみました。
「新専貨」ですか...懐かしい響きになってしまいましたね。
私も同じような時期に臨海鉄道をめぐっていました。
先日の改正で横浜本牧~仙台港の海上コンテナ列車が「休止」されてしまいましたが、運行は神奈川臨海、仙台臨海、JR貨物の共同だったと思います。これは現代の「新専貨」だったのでしょうね。
まだ全部見させていただいたわけではないのですが、興味深い写真をたくさんお持ちのようですので、ちょくちょく寄らせていただきますね。
ブログ見ました。東新潟港のDD13一つ目や味タム、草生した埠頭に伸びる線路が懐かしいですね。私ももっと写真を撮っておけば良かったです。
まあほとんど内輪でコソコソやっている様な?ブログなので、写真の質もイマイチですが、懲りずにネタを気が向いたら探してUPしていきたいと思いますので、リクエストが御座いましたらお気軽にどうぞ。(気が向かないと一月以上放置、というのもザラですが…)
「新専貨」自体、確か58-X改正で窮地に立たされた臨海鉄道の経営基盤を維持する目的を掲げ、当時の福島臨鉄社長の掛け声でスタートしたという経緯がありますね。昨今再び多くの臨海鉄道が経営不振に喘ぎ、廃業するところも出てきたのは残念なことです。