白昼の東海道線を駈けた3363レ、新専貨の中でも一二を争う人気列車でしょう。バラエティに富んだ編成内容も然ることながら、首都圏、中京圏、京阪神からアクセスが良いこと、有名撮影地の通過時間帯が撮影に適していること、旅客ホームのすぐ脇に停車する駅も多いことなどで、多くの走り写真派や編成記録派、貨車ファンに愛された列車でしょう。
さて、最末期の同列車しかご存知でない方から見れば、何故、東海道線みたいな列車密度が比較的高い線区で、昼間に75km/h制限の列車が設定されていたのか、と疑問に感じるかも知れません。スジを引く立場なら、遅い列車は出来るだけ列車密度が低い早朝、深夜に押し込めたくなるでしょう。
手許に私が本格的に私有貨車を追い掛け始めた年、1993年の貨物時刻表があったので、ちょっと開いてみました。問題の3363レはというと、
(始発)川崎貨物749発
西湘貨物941発
吉原1124発
清水1221発
静岡貨物1232着/1301発
磐田1433発
天竜川1504発
西浜松1607発
豊橋1635発
(終着)笠寺1941着
この様に、連解結を伴う停車駅が途中に結構ありました。これでは作業上、深夜帯の運転にする訳には行きませんね。それが新専貨の衰退にも直結していくのですが。末期の同列車は、一応相模貨物、吉原、静岡貨物、西浜松で作業あり停車が設定されていたものの、途中連解結も殆ど無くなり、最早昼間に運転する意義もほぼ失われていましたが。。。