Do be Ambitious! 日記館

あくまでも「Do be Ambitious!」の1コンテンツとして。

DMV試験営業開始!/廃線探訪・旭川電気軌道東川線(前編)

2007年04月14日 | 鉄道ネタ
まいどおばんでした、野々村です。

まずはこのニュースから。
[■動画ニュース 鉄陸両用の夢のDMVが試験的な営業運行へ    2007/04/14]
[夢の車両運行開始 小清水-網走 DMV試験営業(04/14 13:52)]
いよいよ実用化ですかぁ。
今回は浜小清水-藻琴を行きは鉄道、帰りは道路で運行という形ですが。
なんか乗ってみたい気もしますねぇ。


さて、今日はファイターズの試合を聴きながらですが自転車で旭川電気軌道
電車時代の路線跡をたどってみました。
まぁまえにもバスでやったんですが例のHDD破損事故で(以下略
まぁ自転車なので好きなタイミングで対岸に渡って遠くから撮ることもできますし。
本当は郷土館で撮った写真と一緒にといきたかったんですが、例の事故でファイルが
使えず、郷土館も5月まで開いてないので今回は今回撮った写真のみで。
あ、一部それより前に撮っていたのもありますからそれは貼ります。
学校前駅だけですが。
ときどき地図も出していきます。略図と地図は以降全てクリック拡大です。

[旭川電軌路線略図]

[全体地図]

[地図1]


まず自転車で東川駅跡へ移動します。
まずは駅跡全景をどうぞ。
奥の倉庫は当時からある農協の倉庫です。
東川駅は旭川に向かい、軌道が接していた基線、道道旭川旭岳温泉線から少し
北側に入ったところにあります(地図1のA地点)。
ちなみにこの辺りは一昨年くらいまでバス転換後の東川線の終点でしたが、
今は路線が1区間延長になったためバスが乗り入れなくなってしまいました。


駅舎跡には記念碑が建っていて、説明書きがされています。
裏には尽力した人の名前がびっしり書かれていますがさすがにプライバシーに関わる?
事なのであえて載せません。
右の説明書きの写真はクリックで拡大です。


ホームは原形をかなりとどめていて、しかもこの時期なのでクモの巣も
気にせずに入れました。
そしてそこには当時のものと思われる枕木も散乱して埋まっています。
ちなみに冬場雪捨て場になっていたようで雪山が残っていました。
この4枚もクリックで拡大です。



駅を出ると手前の道路を越えてすぐに農協倉庫の前から左の方、ちょうど左奥の倉庫の
方に曲がり、旭川へと通じる町の基線の方に向かっていきます。
そのあと最近隣町と合同で消防団を設立したために今は使われていない?
消防署の左脇(今は住宅が建ってますが)を抜けて基線に入るわけですね。
ちょうど下の写真の位置、上の地図で言うB地点です。


基線に入ってから200メートルも進まないうちにある西4号通りを超えたところに
東川学校前の駅がありました。
昔は地元高校に通う旭川の子なんかもここで乗り降りしていたんですね。
ここからしばらく北側の白線と歩道の間が空いていますが、おそらく軌道が無くなった分
下り車線が中央に寄った名残でしょうかねぇ。

そのあと少し車道の真ん中を進んだあと今のセブンイレブンを過ぎたあたりで
車幅がやや狭くなったので(地図1のD地点)、おそらくここで軌道が路肩に
寄ったのでしょう。



そのあとしばらく進むと西6号バス停があって、多分ここに西6号駅が
あったのでしょうかね。ただ少し手前のお寺の近くの可能性もあります。
そして次の駅が西8号、当時は西川といいました。
ここは駅の横の倉庫が残っていまして、今は家具の販売店になっていたりします。
ちなみに手前の空き地には僕が中3ぐらいまでローソンがありました。
さらに次の西10号にも当時のものと思われる倉庫が併設されています。
電軌は農業輸送もやっていたのでそれを置いておく倉庫が駅の横についている
場合が多かったそうなのです。東川駅にも倉庫が並んでましたし。



続いては路線の中でけっこう重要な役割をしていた旭正駅です。
といいますのもここは上下線の入れ替え駅だったのです。
他にもここは倉庫も多いですし、かなりの量を積んでいたのでしょうかね。
ちなみに駅舎は今のAコープのようですが?(この2枚は対岸より撮影)



次の坂ノ上は旭川に中の前にありまして、その名の通り、ここを過ぎると下り坂になる、
まさに「坂の上」です。
写真の商店ですが、郷土館で見た写真にもそれらしき建物が駅の後ろにあったので、
ここにホームがあったのでしょう。


そこから長く緩い坂を下っていくと観音と言うところにつきますが、そこにも駅があり、
今ではバスのターミナルと営業所が近くにあります。
さらに四号線を越えた次が千代田です。
ここにかなり古い建物があり、まさか駅と関係あるのかな、と少し思っています。


時間がかかりすぎたし長いので今日はここまでにします。
続きは後編として明日お送りしたいと思います。

最新の画像もっと見る

5 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (宮原太聖)
2007-04-15 09:20:43
>DMV
 ついに営業運転開始ですか。
 バス専用道化と比べてコストがどうなるかによって、普及するか一回限りの珍車に終わるかが決まるんじゃないかと私は思っていますが、さて?
 私も注目しています。

>旭川電気軌道
 廃線トレッキングですか、良いですね。
 一番上の写真を見ても、なかなか良い雰囲気の鉄道だった事が伺えます。もし今も残っていたら……。
返信する
Unknown (たつき)
2007-04-15 19:31:01
>>DMV
鉄陸両用車両ですかぁ。斬新ですけど、
コストの問題が一番大変になるかもしれませんね。

>>旭川電気軌道
うーん、やはり廃線探訪はいいですねぇ・・。
これでもう少し枕木等が残っててたら・・なんて。
道の真ん中を走っていた軌道の様ですから、
枕木が殆ど残ってないのも頷けるんですけどね。
これで隧道が1本でもあれば秋保電鉄みたいですw
返信する
レス (野々村@管理人)
2007-04-16 03:34:50
>宮原さん
コストに関したら開発したばかりで高さは否めませんが、
ローカル地域の交通の切り札として活躍が期待されているので。
少なくともコストは廃止して線路や機器を片付けるよりは
安くつくのかな?

ちなみに電軌ですが、道路との併用軌道が多かったせいで
車の邪魔になってしまったそうなんですよ。
だけど乗客と運転士が普通に会話したり、会話の輪が広がったりで
素敵な感じだったようです。
確かに残してもよかったやも知れません。
少なくとも旭山行きの東旭川線は動物園前の渋滞考えたら
残した方がよかったという声も見ましたw

>たつきさん
「枕木等」を見て「植木等」と読みそうになったのは
ここだけの内緒で(ぉぃ
>>枕木
そうですね、半分は道の脇でしたがそこは今は歩道ですし。
トンネルは地形考えたら無理でしょうねぇw
返信する
坂の上 (ころぽっくる)
2011-12-06 00:07:17
旭川電軌利用者だった者です。
この写真で歩道の外側約1/3が用水路でした。
歩道の残り2/3と路側帯が軌道敷跡になります。
軌道敷の外側、用水路ぎりぎりの所に幅1m位のホームが有りました。
イメージしてみて下さい。
返信する
>ころぽっくるさん (野々村@管理人)
2011-12-06 23:00:08
コメントありがとうございます。
なるほど、そういう感じになっていたのですね。
イメージしてみましたがかなり窮屈そうですね(^^;
地元の郷土館にある写真で今すぐにでも確認したいですが
(以前許可を得て撮影した展示物の写真が5年前のHDDクラッシュで消えてしまったのでorz)
4月いっぱいまで閉館してるのが惜しいです。
貴重な情報ありがとうございました!
返信する

コメントを投稿