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taketake山旅日記

自閉的傾向を持つ重度知的障害者の長男と私の山歩きの記録

年末山行で立処山を歩く(西上州)12月29日

2019年12月30日 | 西上州
 今年最後の日曜日はtaketake山の会恒例の年末山行だ。今回は三年前の暮れにも行った下久保ダム沿いの宿を予約した。前回は山頂直下まで車で上がって西御荷鉾山を歩いたが、今回はさらに上流の中里から立処山(たとろやま)を歩くことにした。

 七時過ぎに品川駅から高崎行の電車に乗り、九時過ぎに群馬県の新町駅に着いた。車中、takeはぐっすりと寝ていた。駅からレンタカーで十国峠街道を神流川沿いに走り、一時間半ほどで上野村と神流町境界に近い中里に着いた。この神流町は15年ほど前に万場町と中里村が合併してできた町だ。志賀坂峠を越えて秩父方面への道の橋を渡ったところが登山口だった。車の中で二度寝していたtakeを起こし、ベンチにお弁当を並べて昼食にした。



 11時15分に立処山を目指して出発した。標高差350m位の山だと軽く見ていたが、急登が続く手強い山だった。山頂には石灰岩の岩峰が聳え、その北面の陽の当たらない斜面がルートだった。落ち葉で道も分かりづらかったが、テープでしっかりと表示されていたので、テープを追って進んだ。岩峰の基部辺りに「立処鍾乳洞」があり、岩の割れ目に入口の空間が開いていたが、入口から覗くだけでパスした。


 ここから岸壁の基部を巻いて稜線までは、トラロープや鉄鎖にすがりながら登る歩きにくい道だった。稜線に着いて陽を浴びながら進み、頂上手前では両手で岩場を越えて頂上に着いた。頂上からの展望は良く、逆光のシルエットだが両神山が迫力があった。


 takeがスポドリを飲み終えてから下山にかかった。短い岩場はことさら慎重に下った。この山から南に道がついていて「明家」と道標にあった。明家集落は今は廃村だが、深田久弥さんの紀行に桃源郷と記されたことがあるとのことだ。またトラロープや鉄鎖を伝いながら鍾乳洞の入口に戻り、その後も落ち葉でスリップしないようにゆっくりと歩いた。ほどなく駐車場に戻り、本日の宿「神川町神泉冬桜の宿」へと向かった。短い時間だが年末に相応しい充実した山歩きだった。
コースタイム
中里1115ー立処山1218~22ー中里1320



 

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taketake山の会忘年山行で御荷鉾山を歩く(西上州)12月30日

2017年01月02日 | 西上州

 暮れも押し詰まる12月30日朝、帰省客も目立つ品川駅から高崎駅行きの電車に三人で乗った。歩く山は群馬県神流町の北側にある御荷鉾山だ。御荷鉾山を私が初めて歩いたのは、17歳の春で麓の商人宿から一人で往復した。妻は大学4年の春にWV部の仲間とテント泊で登ったとのことだ。最近では2009年の5月にtakeと私で御荷鉾山中腹にあった「みかぼ高原荘」に宿泊し、一日目は父不見山に登り二日目に西御荷鉾山から東御荷鉾山へと歩いた。

 

 品川から約2時間、新町駅でに下車、駅前でレンタカーを借りて出発した。毎年の忘年山行は山歩きよりも宿泊慰安旅行的な性格が強く、今回も車で頂上直下の登山口駐車場に行き、気持ちだけ山を歩くような計画だ。万場町からの道路は道幅も狭く緊張した。路面も日陰で凍結しているところがあったが、スタッドレスタイヤを指定しておいたことと、対向車がこなかったことで難なく西御荷鉾登山口駐車場に着くことができた。ここには大きな鉾が安置されていた。休憩所の椅子とテーブルで昼食のお弁当にした。

 

 昼食を終えたところで初めて靴ひもを結んで、西御荷鉾山へと出発した。杉林を抜けるとカヤトの草原が広がり、日当たりもよく、とってもとってもいい気持ちだった。30分ほど歩いたところが頂上で、大小の古い石仏が置かれていた。展望が良く、近くに見えるのは山容に特徴のある両神山、少し遠くに武甲山、遠くに雪に覆われた八ヶ岳、浅間山等が見えた。takeは広い頂上を楽しそうに歩いていた。

 

 ここから東側の投石峠へと下った。杉林の中のちょっと急な道をくだっていくと東御荷鉾山が大きく見えてきた。いつもの山歩きならそのまま登るのだろうが、今回は忘年山行、宿のチェックインを優先し、投石峠手前から林道を南側に巻いて出発点に戻った。出発から帰着まで1時間34分という2016年の山歩きで最短のコースタイムだった。かくして2016年の51回目の山歩きを終了し、暖かいお風呂が待つ下久保ダム湖畔の宿へと車を走らせたのだった。

 

コースタイム

西御荷鉾山南登山口駐車場1128-西御荷鉾山1203~1213-投石峠手前1244-西御荷鉾山南登山口駐車場1302

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神津牧場から荒船山を歩く(西上州)5月2日3日

2015年05月06日 | 西上州

 5月連休の宿泊山行はこのところ大菩薩峠越が続いていたが、今回は佐久市の「山荘あらふね」に予約して荒船山に登ることにした。コースの選択は迷ったが、一日目は下仁田駅からのバスに乗り、終点の市ノ萱から神津牧場経て「山荘あらふね」に宿泊する事にした。翌日は内山峠から荒船山に登り、上州側の三ッ瀬に下ることにした。




 朝早くの高崎線に乗り、高崎駅でレトロな上信電鉄のホームで電車を待った。高崎線の朝寝から目覚めたtakeはホームの椅子に座り高架線を走る新幹線を見て「新幹線はお休み」と言った。下仁田駅から市ノ萱行のバスはワゴンタクシーのようなバスで、終点で降りたのは私達二人だけだった。



 ここから神津牧場まではハイキングコースにはなっているが舗装路だ。最初は楽しく歩いていたtakeも延々と続く舗装路に嫌気がさし「お山!」と「お弁当」の二重コールに私もたじたじになった。とりあえず日陰の草地にシートを敷いて昼食にした。



 昼食で気分転換したtakeはまた舗装路を歩きだした。世界遺産「荒船風穴」というところを過ぎると放牧地が現れやがて神津牧場に着いた。神津牧場は昭和初期の先駆的アルピニスト大島亮吉の紀行文「荒船と神津牧場」で最初に知ったと思う。90年以上昔、大島亮吉は今回の私達の逆コースで、三ッ瀬から荒船山に登り神津牧場を周遊している。その頃は山上に広がる素朴な牧場だったのだろう。



 しかしたどり着いた神津牧場は観光地で、スピーカーはひっきりなしに「鈴木様、鉄板焼きの準備ができました」とか言っていた。takeもここは自分のいる場所でないと思ったのか、スポーツ飲料を飲むとさっさと歩きだした。そして登山道を歩き物見岩に着いた。



 takeの「お泊まり」山荘あらふねは物見岩の下に広がる池の畔にあった。まだチェックイン時間前だったが広い部屋に通していただけた。さっそく風呂に入り、夕食までの長い時間をゆっくりとくつろいだ。



 翌朝は7時に朝食をいただき7時半には宿の車で内山峠まで送っていただいた。内山峠は既に沢山の車が駐車していた。後続パーティーに道を譲りながら巻き気味の道をゆっくりと歩いた。岩場を慎重に越えながら登るうちに広い尾根にでた。ここが荒船山艫岩の西端で、平坦な道を進み艫岩展望台に着いた。遠望はきかないが浅間山ななどがよく見えた。takeも嬉しそうな顔で写真におさまってくれた。



 荒船山の最高地点はここから30分程先だが、帰りのバス時間の方を優先して三ッ瀬集落へと下山を開始した。がっちりとしたガードレールが設置してある階段状の道を下ると、あとは尾根沿いに道は続いた。途中巨岩の下に社がある「中宮」で昼食のパンを食べた。


 ここから更に下ると舗装路に合わさり集落の家々が見えてきた。途中橋を渡り三ッ瀬より一つ奥の「荒船の湯」の停留所が今日の終点だ。「荒船の湯」は連休中とあって車の出入りも頻繁で賑わっているようだった。しばらくバス停の椅子に座って待つうちに、市ノ萱始発の乗客のいないバスがやってきて、連休恒例の宿泊山行は長い長い帰宅の部へと移ったのだ。

コースタイム
【5月2日】市ノ萱0950-屋敷1055~1123-神津牧場1224~35-物見岩1332-山荘あらふね1350
【5月3日】内山峠0735-艫岩展望台0905~12-中宮0950~1012-林道出合1050~55-荒船の湯1130

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神流町の山々を歩く その2 (御荷鉾山)5月3日

2009年05月05日 | 西上州

 P5030038_3

 9時15分に標高800㍍の宿を出発、普通だったら味気ない舗装道路歩きだが、道沿いのハナモモの花が素晴らしく目を楽しませてくれた。稜線付近でスーパー林道を渡り、ようやく西御荷鉾山への山道となった。新緑が始まりかけた稜線をゆっくり歩き、30分ほどで西御荷鉾山の頂上に着いた。広い草地の頂上に一隅に置れている不動明王像が三十数年前の記憶からかすかによみがえった。takeは草地に腰をおろしてお菓子を食べながら景色を見ていた。P5030039_2

 ここから稜線沿いに下って行くと投石峠でまたスーパー林道をまたいで東御荷鉾山への山道に入って行った。登りだしてすぐスーパー林道側に崩壊しているところがあり、やや緊張するがあとはなだからなまき道を進み11時40分に東御荷鉾山に着いた。頂上はせまく道の脇にビニールシートを敷いて座り、宿で作ってもらったおにぎり弁当を食べた。

P5030040_5

 帰りは投石峠まで戻り、スーパー林道を歩いて宿に戻った。尾崎喜八の歌碑「父不見、御荷鉾も見えず神流川、星ばかりなる万場の泊り」があった。takeは宿が近付くにつれて自動車に乗ってバス停まで行くのだと理解はしているのだが、一抹の不安があるのか「お泊まりはお休み」を繰り返し言った。町営みかぼ高原荘に着いたのは13時45分で約束の時間より早かったがすぐに万場のバス停まで送っていただいた。建物がやや古いことを除けば、障がい者にたいする配慮、食事、サービスとも申し分のない宿だった。P5030049_2

 万場の町では「鯉のぼり祭り」が行われていて800匹の鯉のぼりが上空にはためいていた。ちょうど会場では大場久美子歌謡ショーが行われていて、音がバス停でも聞こえた。大場久美子さんに私たちは会えなかったが、同じ日に町営みかぼ高原荘に宿泊していたのだ。私が三十数年前にこの町を訪れた頃、大場久美子さんは絶大なアイドルだったことを思い、過ぎゆく日の早さをつくづくと感じた。

コースタイム

町営みかぼ高原荘0915-西御荷鉾山1020~35-投石峠1055-東御荷鉾山1140~1215-投石峠1250-町営みかぼ高原荘1345

 

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神流町の山々を歩く その1 (父不見山)5月2日

2009年05月05日 | 西上州

  今年の連休は、昨年と同じ大菩薩の尾根を歩こうと計画していた。天候を見定め、4月25日に小屋に予約を入れたところ考えが甘くすでに満室。この時期に前から行きたいと思っていた「群馬県神流町営みかぼ高原荘」に連絡したところ予約OKとの返事をいただけたので、ここを基点として一日目に父不見山(テテミエズヤマ)、二日目に御荷鉾山(ミカボヤマ)に登る計画を立てた。P5020028

  今回も回顧談から始まってしまうが、私が高校を卒業した三月に一人旅でこの地域を訪れている。一日目は万場の町から父不見山に登るも途中から雨が強くなり杉の峠から引き返した。二日目も雨で商人宿に停滞、試供品を配りまくり最後に布団を購入させる催眠商法の二人連れと親しくなった。三日目は晴天で投石峠に登り東御荷鉾山から塩沢峠まで歩いた。まだ御荷鉾山の価値を低落させたスーパー林道も最近閉鎖されたらしい中腹のゴルフ場もなかった時代の話だ。P5020029

 泊まり山行の時の出発駅、交通機関、宿泊場所のイメージ写真(takeは「お山ご本」と呼んでいる)は混乱を避けるため前日に見せて説明していた。ところが最近は月曜日に週末までの予定を確認してくるので、土曜日は宿泊の山行と伝えたところ、立川から電車に乗って行くと言い張る。ここ数年のこの時期は中央線方面への宿泊が続いたためなのだが、その思い込みと質問攻めに閉口した妻が月曜日に帰宅するや、いますぐ宿泊のイメージ写真を作るよう頼まれ作成した。時々見ては確認していたようだが、その効果で中央線方面ではない初めての場所だということは理解はしてくれたようで、当日はスムーズに湘南新宿ライナーに乗り高崎線新町駅に着くことができた。天気は晴れで、しばらく待ってやってきた上野村行の4㌧車サイズの路線バスに乗った。P5020031

  鬼石、下久保ダムを経て万場の手前の生利バス停に着いたのは10時25分で、takeはパスを降りるなり自分のイメージと食い違いがあったのか一時的に怒ったが、すぐ回復した。30数年前には無かった舗装道路を歩いて山道に入いり、沢を渡るところで昼食にした。ここから尾根伝いに高度を上げていくが、takeのペースは快調だ。35分程で杉の峠に着いた。ここまでが前回の到達地点だ。麦茶休憩の後30分ほど歩いて父不見山の頂上に着いた。P5020035

 下山は来た道を引き返して行った。takeは宿泊場所がどこにあるのかが気になり、しきりに「お泊りホテル?」と聞いてきた。みかぼ高原荘さんが朝の生利バス停まで迎えに来てくれることになっていて、「川の橋渡ったらホテルの自動車がお迎えにきます」と説明したところtakeも安心したようだった。下山途中に宿にバス停への到着予定時間を連絡したところ、その時間に来てくださることになり、takeが神流川を渡り終えると同時に宿の自動車がやってきた。P5030037

 宿の部屋に入りtakeの決めている順序通りお茶を飲んでから、風呂に行った。風呂は別館にあるのだが、「展望風呂」の名前の通り素晴らしいお風呂だった。両神山をはじめとした秩父の山々が、また目の前には満開の八重桜が咲き誇り風景に趣を添えていた。6時からはレストランで夕食だ。山菜のてんぷらと、すいとん入りのけんちん汁風の鍋がことのほか美味だった。部屋に戻り布団を敷いて横になると私はすぐ眠ってしまった。

コースタイム

生利バス停1025-土坂峠との分岐1110-沢を渡る場所1145~1215-杉の峠1250-父不見山1325~1335-杉の峠1400-生利バス停1535

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