家を八時過ぎに出発、小田急線本厚木駅からバスに乗って広沢寺温泉入口に着いたのは10時半だった。車道から住宅地を抜けるとやがて鳥居が現れ、石段の登りとなった。この山の頂上にはこの地域の村社である「七沢浅間神社」があり、その参道が登山道となっている。最初の鳥居が一丁目で神社下の二十八丁目まで、一丁目ごとに石標がある。石標に刻まれている年号を見ると江戸時代の文久4年となっていた。明治維新動乱初期に当時の村人が一つ一つ参道に石標を立てていたのだと思うと感慨も深くなる。二十六丁目からの急な石段を登ると神社だった。頂上は神社のすぐ上で、明治十五年と記された石仏が風化されながらひっそりとたたずんでいる。
頂上で昼食の後、南西へ延びる尾根を下った。この辺りの鹿の食害は深刻なもので、下層の草は食い尽くされれ地表がむき出しになっているところが多い、直接は出会わなかったが、いたるところに新しい糞があった。尾根から山腹の急な斜面を下るとそこは林道のトンネル入り口だ。takeが小学校三年のときはトンネルをくぐって、不動沢尻から谷太郎沢を下ったことがある。今回はこのまま広沢寺に戻ろうとしたのだがtakeは「お山行く」と行ってトンネルを突き進んでいった。しょうがないなと思いながら、トンネルを出たところで、takeに「バスはこっちだよ」と言うと、六年前に歩いたコースは林道歩きが長かった事を思い出したのか、こんどは「バス乗る」と言って通過したトンネルにまた戻っていった。ここから40分ほどでバス停に着いた。朝のうちは雨が降っていたがこの頃には雲も切れ、バス停に座り込むtakeに柔らかな秋の日差しがそそいでいた。