アーサー・ルービンが監督した『ニューオーリンズ』を久しぶりに観た。
『ニューオーリンズ』は賭博経営をする男と金持ちの令嬢との叶わぬ恋を描いた映画である。
もともとコメディを得意とするアーサー・ルービンがどうして畑違いのミュージカル映画を撮ることになったかは不明だが、この映画の興味深いところは、あのジャズの巨人の一人、ルイ・アームストロングが実名で登場し、賭博場で素晴らしい演奏を聴かせてくれる場面である。
当時はまだ、ジャズという名称ではなく、ブルースとかラグタイムと呼ばれるのが一般的だった。
この映画によると、賭博場の経営者である男が恋に破れてシカゴに拠点を移し、そこでルイ・アームストロング率いるバンドの演奏に魅せられた聴衆を見て、きっぱりと賭博の世界から足を洗う。
そして心機一転、クラブ経営に乗り出すのだ。
ルイ・アームストロング達が奏でるラグタイムはやがて聴衆の一人(僕には酔っ払いに見えた)が発した「派手に踊れよ」、つまり、「ジャス・イット・アップ」という言葉を、かつて賭博場を営んでいた男が耳にし、おそらく「ジャス」が濁ったか訛ったかして、その後「ジャズ」と呼ばれるようになり、アメリカ全土に広まっていった。
これが「ジャズ」の語源かどうかは勿論定かではないし、それを示す文献も手元にないのでなんとも云えないけれど、戦前にこれほど聴衆を魅了する音楽、殊更、白人層からこの音楽が広まっていった事実には驚かされる。
身分の違う男女が織り成すラブストーリーを描いたこの映画は、ストーリー的には平凡な映画には違いないのだろうけれども、これを別の角度から見ると、音楽を愛し、ジャズを愛する人の目線で言わせて貰えば、この映画は最高のミュージカル映画なのである。
そしてこの『ニューオーリンズ』には主役級の脇役がいることを忘れてはならない。
どういう経緯で出演することになったかはわからないのだが、この映画に、令嬢家のメイド役としてジャズシンガーのビリー・ホリデイが出演している。
予てから実生活でもルイ・アームストロングのファンであったビリー・ホリデイが同じ映画に競演できたことをどんなに喜んだかは、僕達の想像を遥かに超える出来事だっただろう。
この映画が発表されたのが、1947年。1947年といえば、ジャズシンガーとしても安泰期のこの時期に新天地であるデッカ・レコードに移籍したばかりの頃だ。
この頃には、『奇妙な果実』のようなダークなイメージはいくらか脱色され、音楽もコロンビア時代を少し髣髴させる明るさを取り戻した歌唱をしているのが特徴である。
「なぁ、今度僕の出演する映画にきみも出てくれないか」と相談され、「わたし、映画に出るなんて真っ平よ。けど、あなたと歌えるなら喜んで出させて貰うわ」と、ビリーが云ったかどうかは定かではないけど、この頃に、ルイ・アームストロングとレコードを作っているところをみれば、あながちこの遣り取りも僕の想像でもないなと思うのだ。
ちょうどこの頃のレコーディングでいうと、DECCA盤の『Lover Man』なんかが有名なんだけど、僕はNAXOS JAZZ LEGENDSが発売している『BILLIE HOLIDAY Vol.4 You’re My Thrill Original Recordings 1944-1949』を最近よく聴いている。
このレコードでルイ・アームストロングとデュエットしている「You Can’t Lose A Broken Heart」や「My Sweet Hunk O’ Trash」の息のあったところを聴けば、ルイ・アームストロングがビリー・ホリデイにシンガー以上の好意を抱いていたことがよくわかる。
ビリー・ホリデイも単にルイ・アームストロングを憧れのジャズメン以上に思っていたことを窺わせる映画での場面が登場する。
たとえば、家人がいないことをいいことに、こっそりとピアノを弾きながらブルースを歌うメイド役のビリー・ホリデイに、令嬢が興味津々に「今弾いていた曲は何か」と問いかける場面がある。
そう尋ねられたビリー・ホリデイは「これはブルース」だと答える。
すると令嬢は「それは憂鬱な時に弾くのか」と聞き返す。
「いえ。それは音楽の種類です。ブルースは憂鬱な時でも恋しているときにも演奏するんですよ」とビリーは教える。
それからビリーはこう付け加える。「わたしは恋してるんですよ」、「…サッチモに」。
映画の中でビリーはなんと大胆にも愛の告白をしているのである。
劇中でビリーが歌っている曲は、「The Blues Are Brewin’」というナンバー。
ルイ・アームストロングがサポート役に回り、ビリーはステージでこの曲を伸び伸びと歌っている。
『BILLIE HOLIDAY Vol.4 You’re My Thrill Original Recordings 1944-1949』では、「Lover Man」や「My Man」など愛する男のことを歌ったであろう曲が収録されている(あいにく輸入盤であることと、もともとビリー・ホリデイのLPには歌詞カードが封入されていないことが多いので、歌っている内容まではわかりかねる)。
ビリー・ホリデイはジャズに留まらず、ポピュラー音楽全般にわたって語り継がれるビッグ・ネームである。
その彼女がまるで十代の娘のようにはしゃぎ、愛らしかったのはいつも誰かに恋していたからだと思う。
ビリー・ホリデイの肖像画がジャケットになった『BILLIE HOLIDAY Vol.4 You’re My Thrill Original Recordings 1944-1949』は『奇妙な果実』や『レディ・イン・サテン』のように有名なLPではないけれど、ジャケット画も含めて僕はとても好きだ。
最後に、ルイ・アームストロングやビリー・ホリデイに終始した解説になったが、この映画の中で金持ちの令嬢役を演じる女性は、ドロシー・パトリックというとても美しい女優である。
この女優さんは、マリリン・モンローのようにふくよかな健康的美人だけど、どこか品があって清楚なイメージがある。
マリリン・モンローがそうではないとは云わないけれど、こうと決めたら一途なところもあって、行動力があり、普遍的な生命力も感じる。
あくまで映画を見た僕の感想なんだけど、この女優さん、僕は好きだな。
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