音盤工房

活字中毒&ベルボトムガール音楽漂流記

ラスト・スマイル

2009年03月04日 | インポート

Photo  飯島愛さんのお別れ会で画面を通して中山秀征さんの追悼の言葉を聞いていると思わず貰い泣きしそうになった。芸能界を引退したあとの希薄な人間関係を連想させる悲惨な亡くなり方にも、本当にどうにかならなかったのかという無念の気持ちが強い。享年36歳は余りにも若過ぎる最期だ。

 そういえば、飯島さんはAV出身の元タレントさんだったよなぁ。Tバックタレントとして一世を風靡した後は、バラエティ番組のコメンテーターとして歯に衣着せぬ辛口コメントで人気を博していた。それから自身の初自叙伝『プラトニックセックス』が当時ベストセラーになったのを思い出した。もう随分昔のようでつい最近のことのようにも思える。こんなふうに思い巡らしていると、不意に最近読んだ重松清氏の『ラストスマイル』(小学館文庫)で主人公の田山と離別した妻との間に生まれた愛娘あゆみもAV女優だったよな、とつまらないことを思い出した。

 『ラストスマイル』は、〈なぎさの媚薬〉シリーズの第7巻。主人公・田山章が〈過去に戻れる媚薬〉を持つ伝説の街娼なぎさを追って渋谷に現れたとき、なぎさを知る謎の街娼ユリと出会うが、ユリとホテルに入り、その一室で観たモニターに映ったAV女優を見たとき、章は我が目を疑った。それは若い頃生き別れとなった愛娘あゆみのあられもない姿だった。

ラスト・スマイル―なぎさの媚薬〈7〉 (小学館文庫)

 重松清氏は作中で『風の歌を聴け』で作家デビューした村上春樹を主人公・田山章の口を通してこういわせている。「これなら俺でも書ける」。何十年後かにこの作家が世界的な作家になろうとは露ほども信じていなかったものの、たぶんこれは重松清氏自身の本音の一部なのだろうが、そう見栄を張りながらも到底届くことのない実力の差を薄々感じていたのではなかろうか。あの簡潔でポップな文体は書けそうで容易く書けない緻密さがあることを僕たちの世代は誰もが認めている。重松清氏は出版社を経て作家に転身したという経歴を持っている。ライターという職業柄、当然、村上春樹も当時から意識していたはずだ。実は何を隠そうこの作家は僕と全くの同世代なのである。だから彼が背負った時代背景なり、その生き方は少なからず理解できる。僕たちが若い頃読んでいた作家には村上春樹のように手が届きそうで届かない作家達が無数にいた。しかし村上春樹だけは他の作家達と一線を画するところがあった。作品の表現方法はもとより、全く伝統を無視した作風にも日本からは程遠いものを感じていた。「何度も書こうと努めながらも結局、プロローグに終わってしまう原稿」。この挫折と苦悩は村上春樹の存在なくしてはないのである。主人公・田山章は週刊誌のフリーライターという設定で現れるが、もしかするとこの男は重松清氏の分身ではなかろうか。

 作中に登場する人気歌手の飛び降り自殺も当時人気アイドル歌手の自殺事件をモチーフに描かれていることは明らかで、80年代に実際に起きた事件や出来事を虚構の世界で展開するところなどはまるで三面記事のネタのようで辟易したけれど、改行を頻繁に行い、読ませることにだけに徹した文章間の空白の使い方はさすが絶妙であり、活字離れ世代には絶大なアピールになっている。

 ミステリー嗜好の作品なのに謎は謎のまま取り残され、なぎさが一体誰であるかも解明されないままシリーズは重ねられていく、読みきりのオムニバス小説だ。だからセオリー通り1巻目から読む必要はなく、僕もこの巻がシリーズで最初に読んだ本であった。ジャンルとしては官能小説の部類に入るのだろうが、なぜか読後に淡く切ないものが残るのが不思議だ。とても現実とは思えない出来事が章の前に現れ、現実と虚構の狭間で揺れる愛娘に対する贖罪の感情が次第に膨らんでいく。娘への贖罪の気持ちはなぎさがみせた架空の世界で救われていく。現実の世界での希薄さに比べ、虚構の世界での出来事が妙に生々しい。遠い過去に残してきた後悔の念、それをどうにか娘に伝えたいと思ったときには、もうこの世に娘はいない。後戻りできない現実の世界で、束の間の間、邂逅できる瞬間があればどれだけ幸せなことだろう。重松清氏のこの作品のテーマは重い。だが、その重さを少しだけ軽くする方法があるとしたら、それがなぎさが提唱する〈過去に戻れる媚薬〉なのだろう。飯島さんの死と今回の「お別れ会」で思った事はまさにこのことなのだ。彼女は幸せだったのか…そんな野暮なことはどこかに追いやって、ただありがとうとひと言だけいいたい。

                                  合掌。


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2 コメント

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ロンドンハーツの番組の格付けしあう女あっちーな... (夢見)
2009-03-05 00:18:51
ロンドンハーツの番組の格付けしあう女あっちーなんてのも 飯島さんがいたから あそこまでのびた・・って気がします

もっともっと見ていたい・・タレントさんでした

女優としても これからがはまり役に出会えたのではないかと惜しまれます
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今晩は、夢見さん。 (活字中毒)
2009-03-05 18:06:40
今晩は、夢見さん。
引退しても芸能界とは太いパイプで繋がっていたんでしょうから、きっと芸能復帰はそんなに難しくなかったと思います。でも依怙地にそれをしなかったのは彼女なりの強いポリシーがあったんだろうと思います。
彼女よりももっと若く人生を終える人もいれば、日本人の平均寿命よりずっと長生きして長寿を全うする人もいます。彼女はきっと細く長く生きる人生は似合わなかったんだと思います。
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