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活字中毒&ベルボトムガール音楽漂流記

小説『コインロッカー・ベイビーズ』が発表された1980年、僕は17歳だった

2010年05月25日 | インポート

 ハシはローリング・ストーンズのミック・ジャガーが偶発的な事故によりあの官能的な声を手に入れたことを思い出し、舌の先端を少しだけ切り取った。…

 村上龍の『コインロッカー・ベイビーズ』に登場する場面とひとつである(注釈:新装版解説は芥川賞作家・金原ひとみ)。

Photo  村上龍は当時、母親が、生んだ嬰児の処置に困ってコインロッカーに置き去りにする事件を題材に『コインロッカー・ベイビーズ』を上梓した。

 『コインロッカー・ベイビーズ』は、1980年に講談社より刊行され、翌81年に野間文芸新人賞を受賞する。

 実は、僕がローリング・ストーンズを意識しだしたのもこの頃からで、村上龍がローリング・ストーンズを題材に著したデビュー作『限りなく透明に近いブルー』はそれからずっと後になって読んだと記憶している。

 村上龍が生み出した『コインロッカー・ベイビーズ』世代は今では団塊の世代と呼ばれるようになり、まさしく、ローリング・ストーンズや村上龍という作家とともにこの不穏な時代を潜り抜けてきたわけである。

 1980年といえばビートルズの元メンバー、ジョン・レノンがダコタハウスの自宅前でマーク・チャップマンによって射殺された年だ。

 当時17歳の高校生だった僕は親友だったO君からそのことを聞かされた。

 「なんてことしやがるんだ…」親友が発したその呟きともやり切れない怒りとも思えるその言葉を今でも僕は忘れることが出来ない。

 横溝正史はこの年、79年から「野生時代」に連載していた『悪霊島』を書き終え、翌年にはこの小説は角川映画として映画化されている。

 映画本編は、原作発表の年にジョン・レノンが暗殺されていることから、この事件をモチーフに原作の内容を変更、さらには、ビートルズの「レット・イット・ビー」が主題歌に起用されるなど話題には事欠かなかった。

 そして2010年、両親による幼児虐待死がいよいよ深刻化し、朝鮮半島の南北問題(韓国船魚雷爆破)や宮崎牛の口蹄疫、さらには沖縄普天間基地移設問題も民意が反映されないまま推し進められようとしている。

 今から30年前、僕達は何かしら夢や将来の方向性を胸に抱きながら生きてきた。少なくとも僕達は『コインロッカー・ベイビーズ』の登場人物であるキクやハシ、アネモネに憧れていたわけではない。

 文学が社会を反映し、実際起きた事件を題材に映画が製作される。常に社会的に弱い立場の人間が金儲けの対象になっているという点では昔も今も変わらないが、秋葉原で大量殺人を実行した犯人や大阪高槻市の袋詰め殺人も最近の事件のはずなのに、ずっと昔の出来事のように思えてきて、それは僕が様々な情報に毒されてきたってこともあるけど、最近は万事がすべて自己回避のように思えてならないのだ。Emotional_rescue

 1980年、ローリング・ストーンズは『エモーショナル・レスキュー』をリリースする。

 キース・リチャーズが本格的にドラッグと縁を断ち、再起を図った『女たち』から2年後にリリースされることになった『エモーショナル・レスキュー』は世間の評価とは裏腹に僕の中ではまずまずの感触を持ったアルバムであった。

 まず、

 ①ミック・ジャガーのあの両性具有的ヴォーカルが一転、男性的な勇ましいヴォーカルへと強調されていること、

 ②キース&ロニーコンビによるギターサウンドがいよいよ確立されてきたこと、

 ③このアルバムが『女たち』からつづく一貫したコンセプト性を持っていることなどだ。

 当時僕は、ボブ・マーリィが好きだった。その流れでいくとこのアルバムもレゲエテイストの作品とも言えなくもないけれど、実際は当初からそれほどヒット性には拘らないロックンロールアルバムを目指してつくられていたかもしれない。

 『ザ・ビガー・バン・ツアー』ではこのアルバムから「氷のように」がピックアップされセットリストに加わった。前回のツアーではSARS問題で公演をキャンセルした上海公演を実現し、中国のロックシンガー崔健(ツイ・ジェン)とも「ワイルド・ホース」で競演を果たした。

 そして、2005年8月10日、トロントで行われたウォームアップ・ギグではボブ・マーリィの「ゲット・アップ・スタンド・アップ」を披露、観客を沸かせた。

 キース 「 〝レゲエは やったことない〝とミックが言った。その通りさ」

 ロニー 「観客もきっと喜ぶと思った。成功だったね」

 ミック  「優れたバンドはどんな曲でも自分のものにする。コピーじゃなくてね」

 キース 「何でもやってみないとわからない」

 確かにキースが歌うレゲエはこれまでにも何度か耳にした。しかし、ミックが歌わなかったというのは意外な答えだった。

 『ブラック&ブルー』の「チェリー・オー・ベイビー」なんてもろレゲエテイストな曲だし、第一、『エモーショナル・レスキュー』の底流に流れているのはレゲエそのものだからね。

 今から30年前、僕は17歳だった。

 今よりずっとうぶでまじめだった。コインロッカーに捨てられることなく普通のサラリーマンの家庭に育った。

 幸いにもキクの凶暴性もハシのホモセクシャルとも縁遠い世界で生きてきた。

 『エモーショナル・レスキュー』を聴き、『コインロッカー・ベイビーズ』を貪るように読んだ。ストーンズが好きだったから村上龍はよく読んだ。

 しかし、その30年後、日本はもっと清潔で自立した世の中になっていると思っていた。

 実際は、あの頃と全く変わっていない。

 どこを見ても、精液のように粘着く霧がかすんで見えるだけだ。


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