衆議院の解散が決定した。
マスコミが「大義なき選挙」と報道するのは些か分からない話でもないが、
多大な影響力を持つ存在が簡単にそういうフレーズを使うことに違和感を感じる。
小泉政権時代の「郵政民営化選挙」辺りから、選挙に対し1つの議題やテーマを
設ける風習が一般的になってきた。視聴率その他の数字が欲しいマスコミにとって
みればテーマを設けることで、視聴者を惹きつける要素にしたい気持ちは
重々わかるし強く否定をする気はない。ただし今回の「大義なき選挙」という
ネガティヴな表現は有権者に選挙に対する興味を更に下げる可能性もある。
テーマの一つとなっている消費税増税の理由と諸処の事情はわかる。
1000兆円の借金を抱えた日本に余裕など確かに無い。
(借金がいくらあっても円の信頼度は強いから無関係という論もあるにはあるにしても)。
ただし元々医療や子育て支援をしますと選挙の時言っておきながら、手のひらをひっくり返したように法人税を減税し、
国家公務員の給与を過去に遡って増やしたり、ゴルフ税を撤廃したり、本来の増税の意図が徐々に怪しくなってきた。
理由は単純明快。結局政治家は金と票でしか動かない。
結局政治は国民全体の為ではなく、支持者の為に行うのが政治。
支持者は必ず投票所に足を運ぶ。通称これが「組織票」というものだ。
この組織票があるからこそ、政治家は彼らに媚びて頭を下げて議員の地位を確保し
彼らの為に政治を行おうと考慮する。
この基本的な図式がわかってないのか分かっているかは別として、
兎に角我々日本人は投票所に足を運ばない。
先進国で国政選挙で投票率60%~50%なのは日本ぐらいである。
それゆえ、選挙に参加さえしない人間が政治の不遇を呪うのは個人的には筋違いと考える。
日本人の多くが毛嫌いする宗教団体がバックの公明党を与党に迎え入れるところから、
いかに政治家は、票と支持母体ありきなのは誰が見ても明らかなこと。
普通に考えればこんな大それた真似出来ないのだが、残念ながら日本ではできるのである。
それは我々国民のほとんどが政治に興味を持っていないからである。
自民党が磐石なのは、無党派層がこういう愚行に対して一石を投じようとしないからである。
結局組織力が強い党が残るのが今の政治の典型的な特徴と言える。
仮に無党派層が一気に自民党以外に投票したとしたら、簡単に与党から転落するであろう。
当然自民党は公明党はそれを恐れているから、
積極的に若者に政治に興味を持たせる教育システム等を構築しようとしない。
投票率が低いデータは彼らにとってみれば、さぞ居心地の良い響きなのだろう。
ただ自民党がかつて転落しようとし、民主党が勢いあった時代は
いくらかは政治に興味を持って投票率がアップした時代があった。
投票率だけに焦点を絞ればいい流れだったのだが、
残念ながら民主党の失政により、更に政治に対する興味が薄れたのは
まさに悲劇としかいいようがない。
(そもそも論で民主党がダメなのを見抜けなかった我々に
問題があるといえばあるのだが・・・)
また、今の野党の愚かしい権力争いの末の解党や離脱の繰り返しに、
内輪喧嘩や予算委員会でくだらない揚げ足取りばかりの馬鹿質問を
繰り返す野党の動きは実に見苦しく幼稚なもので、
理念なき政党と言われる無能集団の民主党と殆ど変わらない印象を
国民に与え続けている。
まさに今の政治に対する期待感はどん底と言ってもいいのではないか。
今回の衆議院選挙の動き見ていて、更に「本当にどん底だな」と思ったのが、
安倍内閣が自民党閣僚の目玉として強引に持ち上げられ、あんな失態を犯した
小渕氏が立候補を表明したのと、たかだか公明党に妨害された腹いせに
大阪都構想を任期途中で投げ出して橋下市長や松井知事が現職を退いて
国政選挙に名乗りをあげるとほのめかしている点だ。
無論こういう無責任連中が何故立候補するのか?
言うまでもなく勝算があるから。勝つ自信があるから。
勝算とは結局名前が売れていれば・組織力があれば勝つと思っているから。
我々は完全に見下されているのである。見下しているくせに選挙の時だけ
「みなさんの為に!」「是非力を貸していただきたい!」
とかありきたりのフレーズを必死な形相を浮かべて訴える。
色々考えると心底吐き気がする。
先進国の中で圧倒的に高い議員給与を手にしている政治家のレベルがこれである。
硬い支持母体をもらい、名前が売れればあとは
何もしなくても高い給与と権力がもらえるのが政治家なのである。
極端な話何もしなくても国は官僚がいるから勝手に国は動く。
官僚と政治家を支えるのは愚民である我々国民。
国民から税金をできる限り巻き上げ、自分たちは左団扇の立ち位置。
日本はこういう立派なカーストが出来上がっており、
共産主義国家となんら変わらないと思う。
全ての元凶は政治に無関心な国民が多過ぎることに尽きる。
政治の話をするとダメだのタブーだのヤバイだの、変な風習や常識が
萬栄しすぎているのも問題。もっとオープンに政治のことを語れる状況が出来ないとダメだと思う。
海外の若者は積極的に政治活動に参加しているのではないか。
先日あった香港のデモも殆どが若者である。仕事を休んでまで参加し座り込みを行う始末である。
日本の若者がああいう行為をすると、厳しく注意されるだけではなく
「こいつは政治活動をやるやばい奴」って白い偏見の目を向けるだろう。
そういうところから正さない限り今の状況は変わらないと私は思う。
政治に対するタブー無くすためには、最低限投票所に足を運び、
投票率を上げて、政治に参加する斡旋から始まる。
それを投票権が得られる直前の教育現場である高等教育でいかに教えて
政治に対してしっかりとした理解を与える必要があるのだが、
そこには自虐史観の塊の日教組様が幅をきかせているという訳だ。
また、政治に興味を持ってもらうとあまりいいことがない、政権与党も
特にテコ入れをしようとしないという、ダブルアタックである。
マスコミが「大義なき選挙」と報道するのは些か分からない話でもないが、
多大な影響力を持つ存在が簡単にそういうフレーズを使うことに違和感を感じる。
小泉政権時代の「郵政民営化選挙」辺りから、選挙に対し1つの議題やテーマを
設ける風習が一般的になってきた。視聴率その他の数字が欲しいマスコミにとって
みればテーマを設けることで、視聴者を惹きつける要素にしたい気持ちは
重々わかるし強く否定をする気はない。ただし今回の「大義なき選挙」という
ネガティヴな表現は有権者に選挙に対する興味を更に下げる可能性もある。
テーマの一つとなっている消費税増税の理由と諸処の事情はわかる。
1000兆円の借金を抱えた日本に余裕など確かに無い。
(借金がいくらあっても円の信頼度は強いから無関係という論もあるにはあるにしても)。
ただし元々医療や子育て支援をしますと選挙の時言っておきながら、手のひらをひっくり返したように法人税を減税し、
国家公務員の給与を過去に遡って増やしたり、ゴルフ税を撤廃したり、本来の増税の意図が徐々に怪しくなってきた。
理由は単純明快。結局政治家は金と票でしか動かない。
結局政治は国民全体の為ではなく、支持者の為に行うのが政治。
支持者は必ず投票所に足を運ぶ。通称これが「組織票」というものだ。
この組織票があるからこそ、政治家は彼らに媚びて頭を下げて議員の地位を確保し
彼らの為に政治を行おうと考慮する。
この基本的な図式がわかってないのか分かっているかは別として、
兎に角我々日本人は投票所に足を運ばない。
先進国で国政選挙で投票率60%~50%なのは日本ぐらいである。
それゆえ、選挙に参加さえしない人間が政治の不遇を呪うのは個人的には筋違いと考える。
日本人の多くが毛嫌いする宗教団体がバックの公明党を与党に迎え入れるところから、
いかに政治家は、票と支持母体ありきなのは誰が見ても明らかなこと。
普通に考えればこんな大それた真似出来ないのだが、残念ながら日本ではできるのである。
それは我々国民のほとんどが政治に興味を持っていないからである。
自民党が磐石なのは、無党派層がこういう愚行に対して一石を投じようとしないからである。
結局組織力が強い党が残るのが今の政治の典型的な特徴と言える。
仮に無党派層が一気に自民党以外に投票したとしたら、簡単に与党から転落するであろう。
当然自民党は公明党はそれを恐れているから、
積極的に若者に政治に興味を持たせる教育システム等を構築しようとしない。
投票率が低いデータは彼らにとってみれば、さぞ居心地の良い響きなのだろう。
ただ自民党がかつて転落しようとし、民主党が勢いあった時代は
いくらかは政治に興味を持って投票率がアップした時代があった。
投票率だけに焦点を絞ればいい流れだったのだが、
残念ながら民主党の失政により、更に政治に対する興味が薄れたのは
まさに悲劇としかいいようがない。
(そもそも論で民主党がダメなのを見抜けなかった我々に
問題があるといえばあるのだが・・・)
また、今の野党の愚かしい権力争いの末の解党や離脱の繰り返しに、
内輪喧嘩や予算委員会でくだらない揚げ足取りばかりの馬鹿質問を
繰り返す野党の動きは実に見苦しく幼稚なもので、
理念なき政党と言われる無能集団の民主党と殆ど変わらない印象を
国民に与え続けている。
まさに今の政治に対する期待感はどん底と言ってもいいのではないか。
今回の衆議院選挙の動き見ていて、更に「本当にどん底だな」と思ったのが、
安倍内閣が自民党閣僚の目玉として強引に持ち上げられ、あんな失態を犯した
小渕氏が立候補を表明したのと、たかだか公明党に妨害された腹いせに
大阪都構想を任期途中で投げ出して橋下市長や松井知事が現職を退いて
国政選挙に名乗りをあげるとほのめかしている点だ。
無論こういう無責任連中が何故立候補するのか?
言うまでもなく勝算があるから。勝つ自信があるから。
勝算とは結局名前が売れていれば・組織力があれば勝つと思っているから。
我々は完全に見下されているのである。見下しているくせに選挙の時だけ
「みなさんの為に!」「是非力を貸していただきたい!」
とかありきたりのフレーズを必死な形相を浮かべて訴える。
色々考えると心底吐き気がする。
先進国の中で圧倒的に高い議員給与を手にしている政治家のレベルがこれである。
硬い支持母体をもらい、名前が売れればあとは
何もしなくても高い給与と権力がもらえるのが政治家なのである。
極端な話何もしなくても国は官僚がいるから勝手に国は動く。
官僚と政治家を支えるのは愚民である我々国民。
国民から税金をできる限り巻き上げ、自分たちは左団扇の立ち位置。
日本はこういう立派なカーストが出来上がっており、
共産主義国家となんら変わらないと思う。
全ての元凶は政治に無関心な国民が多過ぎることに尽きる。
政治の話をするとダメだのタブーだのヤバイだの、変な風習や常識が
萬栄しすぎているのも問題。もっとオープンに政治のことを語れる状況が出来ないとダメだと思う。
海外の若者は積極的に政治活動に参加しているのではないか。
先日あった香港のデモも殆どが若者である。仕事を休んでまで参加し座り込みを行う始末である。
日本の若者がああいう行為をすると、厳しく注意されるだけではなく
「こいつは政治活動をやるやばい奴」って白い偏見の目を向けるだろう。
そういうところから正さない限り今の状況は変わらないと私は思う。
政治に対するタブー無くすためには、最低限投票所に足を運び、
投票率を上げて、政治に参加する斡旋から始まる。
それを投票権が得られる直前の教育現場である高等教育でいかに教えて
政治に対してしっかりとした理解を与える必要があるのだが、
そこには自虐史観の塊の日教組様が幅をきかせているという訳だ。
また、政治に興味を持ってもらうとあまりいいことがない、政権与党も
特にテコ入れをしようとしないという、ダブルアタックである。