以下は4/8号週刊新潮の掉尾を飾る櫻井よしこさんの論文からである。
本論文も彼女が最澄が定義した「国宝」、それも至上の国宝である事を証明している。
危機感欠如の楽天・テンセント提携
世の中が急変し、古い仕組みが新しい仕組みに取って代わられようとするとき、大事なことは新局面で生き残るために何が必要かを考え、確実に実行することだ。
すべきことは、①正しい現状分析、②解決法の突きとめ、③その実行、に尽きる。
わが国日本は右の三つのことを成し遂げ得るか。
それが3月26日の「言論テレビ」の主題だった。
番組で具体的に取り上げたのは、2050年までに温室効果ガスの排出を差し引きゼロにするという菅義偉首相のカーボンニュートラル政策と、三木谷浩史氏の楽天に日本郵政と中国のIT大手、テンセントが投資するという件だった。
論者は、戦略論の大家でシンクタンク「国家基本問題研究所」副理事長の田久保忠衛氏と、明星大学教授で国基研の研究員、細川昌彦氏である。
カーボンニュートラルの件では、小泉進次郎環境大臣が主導して50年までの実質排出量ゼロが閣議決定された。
小泉氏らの政策がこのまま続行されれば日本の産業競争力は大いに殺がれ、トヨタは事実上潰されかねない。
カーボンニュートラルで日本が考えるべきことの詳細については是非、番組をネットでご覧下さればと思う。
本欄では楽天案件に集中するが、同件については細川氏が誰よりも先に問題提起し、国基研が内外に発信してきた。
概要は以下のとおりだ。
楽天は3月12日、日本郵政、テンセント、米国のウォルマートなどを引受先として第三者割当増資で2423億円の調達を発表した。
しかし通信、情報分野での中国に対する国際社会の懸念の高まりを考えれば、楽天の動きは極めて奇妙だ。
トランプ前大統領はファーウェイ問題に始まり、中国の通信事業体に強い警戒心を抱き、中国人民解放軍と関係のある中国企業への投資を禁ずる大統領令に昨年11月に署名した。
米国防総省はアリババ集団及びテンセントが人民解放軍を支援しているとして米国民の投資を禁止するブラックリストに右の2社を追加すべく動いた。
財務省が介入して2社は投資禁止対象にはならなかったが、バイデン政権下でも強い懸念は払拭されていない。
「個人データ」を楽天が把握
米国が投資禁止を検討したものの禁止決定に至らなかった背景に、テンセントとアリババの規模の大きさがあるだろう。
両社の主要市場での時価総額合計は1兆ドル(約110兆円)以上と見られる。
昨年末段階で、テンセントの純利益は2兆6000億円に上っていた。
この巨大IT企業が楽天に出資する。
当初の出資額は子会社からの660億円、2兆6000億円の純利益を出すテンセントにとっては吹けば飛ぶような少額で、払い込みは3月31日だ。
一方日本郵政は3月29日に1500億円を払い込んだ。
日本郵政は資本の56・87%を政府と自治体が出資する事実上の国有企業である。
傘下に日本郵便、ゆうちょ銀行、かんぽ生命の三事業会社を抱える。
この巨大企業である日本郵政と楽天は昨年12月24日、物流分野での包括的な業務提携で基本合意していた。
両社の業務提携には金融も含まれている。
つまり、日本郵便の豊富な物流データ、ゆうちょ銀行とかんぽ生命の豊富な金融データという日本郵政保有の「個人データの宝の山」に楽天は接近できるようになったということだ。
事実上の国有企業、日本郵政が楽天という一企業に資本投下し、それが保有する国民情報を楽天に把握されてしまいかねない。
このこと自体、大問題だが、加えてそこにテンセントが連なるのである。
テンセントの人気アプリ「ウィーチャット」は10億の中国人が使っており、ウィーチャット経由で10億人の会話、行動、購買履歴の全てが把握、監視されているのは周知のことだ。
中国共産党はさまざまな手段で国民監視を強めているが、彼らにとってみればテンセントもアリババも国民監視に欠かせない非常に強力なツールである。
だからこそ中国共産党は両社への統制強化に乗り出している。
日本郵政保有の日本国民についての膨大な情報がテンセント側に流れるようなことがあれば、それはそっくりそのまま中国共産党に握られてしまう。
こんなことを許してよいのか。
日本政府はテンセントによる楽天への資本注入を止めるべきなのだ。
細川氏がこうした問題点を指摘した結果か、三木谷氏は日本政府や米大使館を訪れてテンセントの出資に問題はないことを説明する羽目になった。
説明のポイントはテンセントはただ資本注入するだけというものだった。
細川氏が語った。
「3月12日の会見で三木谷氏はテンセントとの事業提携について、Eコマースなどを例にあげて、4月以降に協議すると語っています。にも拘わらず、テンセントの資本参加を問題視されると、出資だけだと言うのは極めて不自然です。二枚舌と言われても仕方ないでしょう」
国家として成す術がない
再度強調したいのは、政府はテンセントと楽天の提携を阻止すべきだったということだ。
しかし政府中枢筋のある人物は、政府に出来ることは限られており、現行外為法ではテンセントが資金を払い込んできたら阻止できないと、力なく語った。
唯一できるのはたとえば楽天保有の個人情報にはアクセスしない、などの条件をつけることだという。
しかし、中国側がこの種の約束を守ることは100%ない、すべてカラ約束に終わると断言してよいだろう。
ならばどうするのか、日本国と国民の情報は取られるままになるのか。
日本の国益を強く意識しているこの人物に私は尋ねた。
答えは想定外だった。
「米国にやってもらうしかない」と言うのである。
これこそが問題であろう。
わが国には、国家戦略に基づいて事を成そうというとき、実行に必要な法的基盤がない。
政府には権限という権限のおよそ全てがない。
方針を立てても、実行できないことばかりなのが、日本国の実態である。
武漢ウイルスを抑制するための緊急事態宣言でも、政府には命令権限はなかった。
およそ全ての分野に同じ構造的問題が存在する。
日本はその意味で国家ではないのだ。
少なくともまともな国家ではない。
楽天は米国のファーウェイ締め出し作戦に、日本のクリーンな企業のひとつとして参加している。
中国とつながっていないという意味でクリーンと見做されているが、今回の件で米国での事業に負の影響が出ることも考えられる。
それは楽天自身の問題だが、米中対立の中で、究極的に日本は米国と協力するしかない。
戦略的パートナーは米国であり中国ではあり得ない。
テンセントに日本の情報が抜かれるような提携は避けるのが国益である。
そんなとき、楽天・テンセント問題に国家として成す術がないという事実こそ深刻な危機だ。