文明のターンテーブルThe Turntable of Civilization on September 2016

日本の時間、世界の時間。
The time of Japan, the time of the world

20年前までは政治の世界にも本物のエリートがいた。

2010-07-23 23:02:34 | 平成4年、宮沢喜一
真実の人生には終わりがなく、真実の本にも終わりがない(J.M.G.ル.クレジオ)

夕刻からずーっと、20年前に、政治の世界にも居た1人の本物のエリートが脳裏に浮かんで来ていた。
東大法学部を優秀な成績で卒業して大蔵省に入ると言う事は、常に、国の事、国の進路が間違わないように、絶えず勉強を継続し頭脳を明晰にしておく事、それが自分に与えられた使命である事を生涯忘れなかった人物。

念のため、ウキペデイアを叩いて見て驚いた。僕が、繰り返し、マスコミの責任であり、マスコミの罪は深いのだ、と書いて来た事が、事実として簡潔に書いてあったからだ。彼の名前は宮澤喜一、当時の総理大臣である。


またバブル景気崩壊後の金融不安を巡って、1992年(平成4年)8月の自民党の軽井沢セミナーで金融機関への公的援助発言をする。地価や株価等の資産価格の大幅な下落から、今までの景気後退とは質が違うとし、公的資金を投入しても不良債権を早期に処理する必要性があると発言したものであった。

しかし官庁、マスコミ、経済団体、そして当の金融機関自身からの強い反対にあい実行に至らなかった。その結果、宮沢喜一はその決定を取り下げなければいけなくなり、この事により銀行への公的資金投入による不良債権処理はタブーとなり、その後は何年にもわたり日本の政治家は誰一人としてこの事を言えなくなってしまった。

マスコミだけではなく、もう殆ど全員だったのですね。本質的な病、或いは己のエゴイズムの中に居て、
偽物のエリートだったのは。その結果としての「日本の失われた20年」だったのですね。
関経連会長という役をほしいままにしている下妻よ。上記の事実を肝に銘じてくれ。

読むべき読書の他に、ニューズ・ウイーク、タイム、ウォールストリート・ジャーナル、ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、多分、エコノミストやガーディアンも。日本語の文章を読む様に、会った米国要人の全てを唸らせた流暢で正確な英語力と生き字引の様な博識を持って、多分、毎朝、目を通していたのが宮澤喜一。

今、そんな政治家は只の1人もいないと僕は確信する。

僕は、このように書き出すつもりだったのだ…マスコミが、この本物のエリート、寝ても覚めても日本と世界、特に大きな要素を占めて居たのが対アメリカだったろう…それは彼の生涯を通じての戦い。敗戦国としての日本の国益を最大限守る事に彼が彼の半生を費やした事は調べれば直ぐに分かる事…を、軽視した事。
その事が「日本の失われた20年」を作り、信じ難い程の低能が横行する今を作ったのだ、と。

僕はずっと朝日の読者だから当然知ってるのだが他紙も同様だろう。彼が自民党内に於いては派閥の力的に弱かった、だから政治番の記者は、常に、彼では無くもっと大きな力を持った方に常に注意を払っていたし、政局の度に彼は軽視される事が多かった。結果、この稀代の秀才、しかも生涯を国益の為に奉仕した人物が、やっと総理大臣に成れたのは75歳の時だったのである。

20年前には派閥の力の弱い者を軽視し「失われた20年」後の今は、派閥の力が大きい者を叩くマスコミ。
貴方方の何処がブレていないと言うのだ。特に、僕ですら驚いた事実の前では全てのマスコミが、最低3日間は
無言で自省、反省、謹慎しなければならぬだろう。

特に朝日の経済部記者で「国民の血税を、この悪辣非道の銀行等の為に、何故投入しなければならないか」の急先鋒だった山田某よ。7人に1人が貧困者という日本の今に対する君の罪は深いぞ。今なされている信じ難いほどに阿呆なこと、1兆円超の税金泥棒にして大阪を完全に殺しかねない悪行に対して、君が、この時の様な論陣を張っているのを見た事も読んだ事もないぞ。年収1,000万円なんぞはとうに越して己の安穏の中でエゴイズムに浸り、己の幸せを満喫して居るのだろうが。

僕は周囲の人に言い続けて来た。天才とは心の黒板が真っ白な人…だから無限に世界が見える、知識を瞬時に水の様に吸収することが出来る…凡才とは、己の言葉等で心の黒板が真っ黒な人の事…だからちょっとした何かが違うと受け入れられない、知識も軽薄な物にしかならない。

松下政経塾なんぞで政治家になる勉強をしました等と言う人間がやたらに増えて来た、この20年。
共通しているのは、皆、マスコミ、特にTV出演等では、えらい鼻っ柱が強くて、まるで盛りのついた犬が吠える様に喋る者が多い事。これらの中に宮澤喜一の様な、読書量と、原語で、毎日、上記の各紙を読んでいる様な人間は1人もいないはずだ。

もし来日したオバマが私達と全く変わらないどころか、少なからず口語で言葉が汚れている私達の日本語以上に、
完璧で流暢な、美しい日本語を話して語りかけてきたら、どう思うだろうか?
オバマに対して一層の関心と感心を深める事は間違いないはずだ。
宮澤喜一とはそういう人物だったのである。

二度ほど、僕は表参道から少し入った、都心とは思えない閑静な場所に在る、賢者の隠れ家のような佇まいの、
彼の家の前を通った事がある。日本屈指の、政治の世界に於ける学究に相応しい静謐な家だった。


この章で読者の方々が肝に銘じて知るべき事は、この国のマスコミが正義感の大合唱をやっている時は危ない、
非常に危険なのだ。間違っているのだと言う事を、片時も忘れてはいけないと言う事です。
それこそが国を誤らせる時だと言う事を。60年前と全く一緒で、彼らは民主主義者ではないのだ。
何者かに属した呑百姓で、とんでもない権威主義者で実体は愚かなファシストなのだと思っておくべきなのです。
更に、今回の北ヤードとサッカー協会の件に如実な様に、最低の旦那衆政治の輩たちなのだと。

彼らが…400万人の命を犬死にしてしまっている当人達が、又、全員一斉に、終戦記念日云々を始めるのかと思うと
嫌になる。