goo blog サービス終了のお知らせ 

フラグメント152:

2014-01-13 13:13:13 | フラグメント

2010/12/05

<秦野追加>

君望以来わかっている発言は全く信用していない(理解できる閑静だからこそ一般的たりうる)。第一世代と後続の反目なんて、単にローカルな必然性をローカルな言葉で話しているだけでしょ?虚淵玄の錯誤…状況の変化が見えていない。オタクの保守性、ひぐらしをどのタイミングからやったかで生じる差異。怪しいヤツ、怪しい探検隊北へ、怪しいヤツ、犯罪者、痴漢は犯罪。砂坊主とブレンドして…きたぞきたぞきたぞ!痴漢は犯罪~、レイプも犯罪~、強姦殺人超犯罪、風に揺れるカッパ(?)。証拠隠滅忘れちゃなんね~♪

 

<再帰性を装った埋没>

沙耶…多様な方向に開かれているはず。ひぐらし礼と比べるとその時代錯誤ぶりは明らか。一回性の相対化。あなたが根源的だと思っているのも相対的な要素(=小さな真理)にすぎない、と。祭囃しの偶然性の演出(意志ではどうにもならぬもの)は意図的であることを表す。数多の裏切りの上に(描写ナイーブだが)信頼が書かれていることも、大団円症候群にかかった連中には意識されないに違いない(鉄平殺しと戦闘力)。自分の観念を前提として疑わない。自分には相対化適用できず(うみねこep7)。わかってやってるは再帰的だが、連中の再帰性など全く信用に値しな

 

<テキストよこせ>

デタラメな世界云々と言いながら認められない限界。その通り。とはいえ偶然性とは、世界を決まりあるものとしてみなした時、それでもなお回収されえないものとして自覚されるものだ。逆にそうでなければ、『啓蒙の弁証法』にも書かれるように、神話は啓蒙となり啓蒙は~となるだけだ。つまりブラックボックスを作って思考停止してるだけにすぎない(ひぐらしの祟り説と同じで「何でも説明できるが何も説明したことにならない」)。説明の乏しさは、再帰的な選択(選び直し)というよりはむしろ、共犯関係を確認し強化するための儀式を思わせる。

 

<けーたい>

今の携帯は三代目だが、2005年から使っているので型としてはかなり古い。おかげで着うたはDLできず、mixiはサービス対象外となり、ツイッターも使えない(携帯で更新できないツイッターなど無用の長物だ)。そんな状態なのでさすがに買い替えどきな気もするが、まだ全然使えるし、沖縄旅行など大量の撮影画像もどうするか悩みどころだ(全部転送するのは煩わしいし、そのためだけにSDカードを買うのもアホくさい)。そう言えばPCもこんな感じでズルズルと2003年までWin95を使い続けたんだった。別にテレビとかいらねーし、企業戦略に乗っかるみたいで気にくわねーんだよな。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« The Invention of Lying | トップ | 陽炎 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。

フラグメント」カテゴリの最新記事