goo blog サービス終了のお知らせ 

もずの独り言・goo版

半蔵ともず、gooでも独り言です。『もずの独り言』はこれからも戦い続けます。

【みんな生きている】朝鮮総連中央本部再競売編/デイリーNK

2013-11-26 05:54:28 | 日記
《『デイリーNK』が伝える朝鮮総連中央本部再競売》

最近、モンゴル法人が在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)東京中央本部を落札させたことについて、「北朝鮮首脳部が背後で動き(落札に)成功した」との話が総連内で出ていると日本の『産経新聞』が11月4日、報道した。
『産経新聞』は同日、総連関係者の発言を引用する形で、許宗萬(ホ・ジョンマン)総連議長たち上層部は10月17日、東京地方裁判所の再競売で朝鮮総連の建物と土地を落札したモンゴル法人「アバルリミティッドライアビリティーカンパニー」(以下、アバル)と落札額50億1千万円(約545億ウォン)について事前に知っていたと伝えた。
『産経新聞』はまた、「金氏(金永南〈キム・ヨンナム〉北朝鮮最高人民会議常任委員長)が背後で動いているため、今回は成功する」という許議長の発言も紹介した。
これらについて総連の内部事情に詳しい日本の某消息筋は4日、『デイリーNK』との通話で

「総連系の人間に北朝鮮側から『中央本部の建物の問題は心配要らない』との話があったという情報がある。北朝鮮は衰退しつつある総連を立て直す目的で、今回の落札に積極的な対応策を講じざるを得なかったと思われる。日本の裁判所がモンゴル会社が落札したものについて承認を先延ばしにしていることも、北朝鮮の背後勢力の可能性に対する疑いを持っていることを証明している。北朝鮮体制の特性上、総連等の海外同胞による工作活動は統一戦線部の主任務であるため、金永南が直接動いた可能性は低いと思われる」

と話した。



※「親北勢力は胸に手を当てて考えて欲しい。もし、あなたの子供たちが食べ物に飢えて栄養失調になり、骨だけの痩せ細った体で勉強を諦め、市場のゴミ捨て場を漁っていたら、どんな気持ちになるだろうか。そうせざるを得ない社会に憧れを持つことなど出来るだろうか」
(脱北者Aさん。脱北者手記集より)

【みんな生きている】賃金引き上げ編/デイリーNK

2013-11-26 05:50:26 | 日記
《北朝鮮で賃金大幅引き上げ》

北朝鮮が製鋼・製鉄・炭鉱企業所の労働者に対し、実際の物価を反映させ賃金を大幅に引上げているが、これは労働者の意欲増進の他、鉱物資源の輸出を通した外貨収入拡大の意図があると解釈される。中国が北朝鮮の鉱物資源に関心を見せてきただけに、中国企業の外資誘致が順調との見通しにより賃金を引上げたとの指摘が出ている。
約3,000ウォンの労働者の月給と配給体系が崩壊した状況で、「6・28新経済管理改善措置」の主要措置である労働者への賃金支給が可能な企業所が、わずかながらも競争力を持つ鉱物資源関連の企業所しかないという実情も反映されたと思われる。
専門家たちは今回の賃金引上げが、開城特区等の各道における経済部門改革の延長線上にあり、労働者の生産意欲を高めると同時に外資誘致に成功した企業所モデル創出の意図があると分析する。「外貨稼ぎ」に対する競争力があると判断された企業所を積極的に育成、外部投資を拡大し国家生産力を高めよういう狙いである。
IBK経済研究所のチョ・ボンヒョン研究委員は

「北朝鮮が鉱物分野の企業所の月給を引上げたのは、軽工業分野の工場企業所の稼働率が顕著に低下しており、生産稼動を期待できない状況であることに起因する苦渋の選択。経済分野で成果を出そうと努力している金正恩(キム・ジョンウン)政権は、これまでも鉱物資源の輸出で容易に外貨を稼いできた前例を考慮したと思われる。配給体系が崩壊し労働意欲が低下した労働者を、賃金上昇で誘引し生産力を高めるようとする判断も作用したのでは」

と話した。
対外経済政策研究院のユン・ドンニョン専任研究委員も

「金正恩は企業所に自立権を与え外貨を獲得させるとともに、体制を安定化させるため賃金を引き上げた。競争力がある企業所に対する差別化を進め、経済を立て直そうとしている」

と分析した。
しかし、専門家たちは北朝鮮のこうした措置が、根本的な市場システムを導入しない限り成功する可能性は高くないと展望する。
チョ研究委員は

「北朝鮮当局がいくら統制を実施しても、賃金引き上げによるインフレーションと自国貨幣の価値暴落現象は防げない。党・内閣が直接軍需物資を生産可能な鉱物資源企業所を管理することに対し、軍部からの反発が発生する可能性もある」

と展望した。
ユン研究委員も

「他の企業所で今回の月給引き上げに対する反発が発生する可能性がある。北朝鮮当局は全ての企業所に対応することはできないため、葛藤は避けられない」

と話した。



※「親北勢力は胸に手を当てて考えて欲しい。もし、あなたの子供たちが食べ物に飢えて栄養失調になり、骨だけの痩せ細った体で勉強を諦め、市場のゴミ捨て場を漁っていたら、どんな気持ちになるだろうか。そうせざるを得ない社会に憧れを持つことなど出来るだろうか」
(脱北者Aさん。脱北者手記集より)

【みんな生きている】救う会神奈川編/毎日新聞

2013-11-23 19:16:34 | 日記
北朝鮮による日本人拉致問題に取り組む民間団体「救う会神奈川」等は11月15日、拉致実行犯たちの摘発を求める要望書を警察庁に提出した。
同会等では国内で行われたとみられる計4件について、関与したとされる国内在住の男たちを警視庁に刑事告発している。
要望書によると、告発した事案については早急に摘発し、困難と判断する場合は捜査終結の結論を出す▽可能な限り捜査状況の説明を行う--等を求めている。

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(拉致被害時28歳)
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。

《特定失踪者・金田竜光さんについて》
◆氏名:金田 竜光
(かねだたつみつ)
◆失踪年月日:昭和54(1979)年ごろ
◆生年月日:昭和27(1952)年
◆性別:男
◆当時の年齢:26歳
◆身長:180cm
◆当時の身分:ラーメン店店員
◆当時の住所:兵庫県神戸市東灘区青木
◆失踪場所:神戸市東灘区

【失踪状況】
金田さんは韓国籍。
田中 実さん(昭和53年に拉致)と同じ施設で育った。
昭和52年ごろ、田中 実さん拉致実行犯・韓竜大(ハン・ヨンデ)が経営するラーメン店「来大」に就職。昭和53年に田中 実さんを「来大」に紹介し、ともに働く。同年、韓竜大の誘いにより、田中 実さんがオーストリア・ウィーンに出国。
半年ほどして、田中 実さんが差出人になっているオーストリアからの国際郵便を受け取る。その内容は「オーストリアはいいところであり、仕事もあるのでこちらに来ないか」との誘いであった。
田中さんの誘いを受け、打ちあわせと言って東京に向かったが、以後一切連絡がなく、行方不明となる。
連絡がないことを不思議に思った友人が、この間の事情を知る韓竜大に再三説明を求めたが、「知らない」と繰り返す。
その後失踪した2人を知る友人たちの間で「2人は北朝鮮にいる」との噂が広まり、韓竜大に近づく者がいなかった。
「救う会兵庫」は平成14年10月に韓竜大、15年7月にその共犯である曹廷楽(チョ・ジョンガリ)についての告発状を兵庫県警に提出している。

《特定失踪者・藤田 進さんについて》
※国連人権理事会が調査要請を受理した事案
◆氏名:藤田 進
(ふじたすすむ)
◆失踪年月日:昭和51(1976)年2月7日
◆生年月日:昭和31(1956)年6月16日
◆性別:男
◆当時の年齢:19歳
◆当時の身分:東京学芸大学教育学部1年生
◆特徴:
1)家ではあまりしゃべらないタイプ
2)ギターがうまかった
◆失踪場所:埼玉県川口市の自宅

【失踪状況】
失踪当日6:30~7:00頃、以前から言っていた新宿のガードマンのバイトに行くといって服を持って家を出たまま帰らず。
後に新宿にある全ての警備会社に電話で問い合わせたが該当者はいなかった。
脱北者が北朝鮮から持ち出した写真が鑑定の結果、藤田 進さんである可能性が極めて高いことが判明。
平成16年1月28日、埼玉県警に告発状提出。

《特定失踪者・佐々木 薫さんについて》
◆氏名:佐々木 薫
(ささきかおる)
◆失踪年月日:昭和47(1972)年11月12日
◆生年月日:昭和25(1950)年10月18日
◆性別:男
◆当時の年齢:22歳
◆当時の身分:調理師
◆当時の住所:広島県広島市中区
◆失踪場所:広島県広島市

【失踪状況】
当時、広島市在住。
1972(昭和42)年11月11日、祭りで広島の実家に帰省。
翌12日、広島市に帰る。
広島市に帰った2~3日後、知人女性に「急に京都に行かなければならなくなった」と電話をかける。
また何日後かに知人女性に「京都から帰れなくなった」と電話を掛けた後、所在不明となる。
1~2ヵ月後、知人女性から実家に「薫さんから京都から(広島市に)戻れなくなったと連絡があったが広島(三和町)に帰っていないか?」旨の電話が実家にある。
1984(昭和59)年、女性から実家に「薫さんは居られますか?」との電話がある。
1991(平成3)年正月、差出人が薫さんになっている年賀状が兵庫県相生市在住の叔父宅に届くが、記載されていた愛媛県今治市の住所は実在の住所だが別人が住んでいた。

《特定失踪者・藤倉紀代さんについて》
◆氏名:藤倉 紀代
(ふじくらきよ)
◆失踪年月日:昭和55(1980)年3月29日
◆生年月日:昭和42(1967)年4月29日
◆性別:女性
◆当時の年齢:12歳
◆身長:150cm
◆体重:38kg
◆当時の身分:小学校5年生(進級直前)
◆特徴:
1)痩せ形で面長
2)色が黒く髪の毛を腰まで伸ばしていた
◆失踪時の服装:フード付の紺色スモッグに白色セーター
◆失踪場所:広島県広島市南区

【失踪状況】
失踪当日、母親はいつも通り夕刻5時か6時頃、子供たちの夕食を用意して自宅アパートから仕事に出かける。
母親が深夜(2時ごろ)に帰宅すると、二人の姿がなかった。
玄関には鍵がかかっており(鍵は子供たちも持っている)、母親の布団が敷かれ、夕食をとって食器が流しに運ばれているなど、いつもと変わった様子はなかった。
二人とも特別に何かを持ち出したような形跡はなく、服装も普段外出する時の服装。
また所持金は小遣い程度。
自分たちだけで遠出したことはなかった。
また姉は失踪翌日に友達と遊ぶ約束を電話でしていた。
当時警察は誘拐や事故などの線からも200人態勢で捜索を行ったが、全く手掛かりがなかった。

《特定失踪者・藤倉靖浩さんについて》
◆氏名:藤倉 靖浩
(ふじくらやすひろ)
◆失踪年月日:昭和55(1980)年3月29日
◆生年月日:昭和44(1969)年3月13日
◆性別:男
◆当時の年齢:11歳
◆身長:140cm
◆体重:30kg
◆当時の身分:小学校5年生(進級直前)
◆特徴:
1)中肉で丸顔
2)色黒
3)坊主頭
◆失踪時の服装:プロ野球の阪急の帽子をかぶり紺色ビニールのヤッケに同色のジーパン、白ズック姿
◆失踪場所:広島県広島市南区

【失踪状況】
失踪当日、母親はいつも通り夕刻5時か6時頃、子供たちの夕食を用意して自宅アパートから仕事に出かける。
母親が深夜(2時ごろ)に帰宅すると、二人の姿がなかった。
玄関には鍵がかかっており(鍵は子供たちも持っている)、母親の布団が敷かれ、夕食をとって食器が流しに運ばれているなど、いつもと変わった様子はなかった。
二人とも特別に何かを持ち出したような形跡はなく、服装も普段外出する時の服装。
また所持金は小遣い程度。
自分たちだけで遠出したことはなかった。
また姉は失踪翌日に友達と遊ぶ約束を電話でしていた。
当時警察は誘拐や事故などの線からも200人態勢で捜索を行ったが、全く手掛かりがなかった。

《特定失踪者・田辺真理子さんについて》
◆氏名:田辺 真理子
(たなべまりこ)
◆失踪年月日:平成8(1996)年9月27日
◆生年月日:昭和43(1968)年11月14日
◆性別:女性
◆当時の年齢:27歳
◆身長:155cm
◆体重:55kg
◆当時の身分:販売員(ブティック)
◆当時の住所:広島県広島市中区
◆特徴:
1)髪は染めていないが少し赤茶けている
2)コンタクトレンズ使用
◆失踪場所:広島県広島市中区

【失踪状況】
平成8年9月27日午後8時頃、勤務先のブティック閉店後、同僚に売り上げ等のメールを発信し帰宅したものと思われるが、翌日から出勤しないまま行方不明となる。
勤務先のあった広島市中区本通りから自宅までの間の道でいなくなったと思われる。
田辺さんが1人で店にいることが月の半分くらいあり、失踪当日も1人だった。
両親が毎朝モーニングコールをしていたが、28日はいくらしても出なかった。
両親が広島に行き部屋を見たが、帰った様子がない。
現金50万円が置いてあった。

《特定失踪者・酒井勇夫さんについて》
◆氏名 酒井 勇夫
(さかいいさお)
◆失踪年月日:平成11(1999)年12月23日
◆生年月日:昭和45(1970)年5月5日
◆性別:男
◆当時の年齢:29歳
◆身長:170cm
◆体重:90kg
◆当時の身分:会社員(食品関係機械製造業)
◆失踪場所:広島県広島市

【失踪状況】
平成11年12月18日より同僚2名と広島市の食品会社に出張(牛乳製造ラインの移設作業)。
本人が責任者で作業を行う。
20日に主たる工事が終了したので同僚2名は帰京、以後1名で22日まで微調整作業のため勤務。
23日午前4時46分ホテルをチェックアウトしたが食品会社には出社せず。
同日12時35分にホテルより北東方向17km先の広島県安芸高田市のATMコーナーで1万円、5万円の2回に分けて本人名義の口座から現金が引き出されている(本人かどうかは確認できず)。
以後消息なし。
なお、早朝のチェックアウトはそれまでも同じ(工場ラインの稼働にあわせるため)。

《新潟県警公開特定失踪者・渡邉浩成さんについて》
◆氏名:渡邉 浩成
◆当時の年齢:23歳(昭和60年当時)
◆当時の住所:愛知県名古屋市
◆当時の職業:郵便局員
◆身長:170㎝くらい

【失踪状況】
昭和60年12月、職場を出た後、行方不明になっています。



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。

【みんな生きている】横田めぐみさん/毎日新聞

2013-11-23 19:12:33 | 日記
横田めぐみさん(拉致被害時13歳)が北朝鮮に拉致されて丸36年を迎えた11月15日、事件が起きた新潟市で「忘れるな拉致11・15県民集会」(新潟県等が主催)があった。
父・滋さん(81歳)や母・早紀江さん(77歳)、今年で帰国から11年を迎えた同県佐渡市の曽我ひとみさん(54歳)たちが出席。
早紀江さんは

「待っても待っても、めぐみは出てこない。助けてあげられないのは本当に悔しい」

と涙ながらに訴えた。
滋さんは

「(政府に)一日も早い交渉を行ってほしい」

と拉致被害者の救出を訴えた。

◆昭和52(1977)年11月15日
少女拉致容疑事案
被害者:横田めぐみさん(拉致被害時13歳)
新潟市において下校途中に失踪。
平成16年11月に開催された第3回実務者協議において、北朝鮮側はめぐみさんが1994(平成6)年4月に死亡したとし「遺骨」を提出したが、めぐみさんの「遺骨」とされた骨の一部からは同人のものとは異なるDNAが検出されたとの鑑定結果を得た。
平成18年4月には日本政府の実施したDNA検査により、横田めぐみさんの夫が昭和53年に韓国より拉致された当時高校生の韓国人拉致被害者・金英男(キム・ヨンナム)氏である可能性が高いことが判明した。

◆昭和53(1978)年8月12日
母娘拉致容疑事案
被害者:曽我ひとみさん(拉致被害時19歳)
被害者:曽我ミヨシさん(拉致被害時46歳)
「2人で買い物に行く」と言って出かけて以来失踪。
ひとみさんは平成14年10月日本に帰国。
ひとみさんの夫(ジェンキンス氏=アメリカ人)と2人の娘も平成16年7月に渡日・帰国。
北朝鮮側は、曽我ミヨシさんは北朝鮮に入境していないとしている。
捜査当局は、拉致実行犯である北朝鮮工作員・通称キム・ミョンスクについて、平成18年11月に逮捕状の発付を得て国際手配するとともに、政府として北朝鮮側に身柄の引渡しを要求している。

※「私は、1978年北朝鮮に拉致されました。ちょうどお盆の前の8月12日の土曜日でした。私は看護師の仕事をしながら、決まって土曜日には家に帰り、日曜日の午後にまた寮に帰るという生活が続いていました。ちょうどその日も土曜日で、午後家に帰りました。お盆前ということで、母が少し足りないものがあるので買い物に出かけようということになりました。その時、6つ違いの妹がいたんですが、妹も母と一緒にでかけたい、私も1週間会えなかったので1週間にあったことを色々話をしたかったので、一緒に行くより母親と二人きりで行きたいなという気持がありまして、妹とちょっとだけけんかをした覚えがあります。それで結局、私と母と一緒に買い物にでかけることになりました。行きは病院であった話などを色々しながら、楽しく店まで着きまして、店で買い物を終えてまた家に帰る途中のことでした。歩道を歩いていたんですが、もう薄暗くなっている時間帯で7時は過ぎていたと思います。夏場ですので、7時を過ぎてもまだぼんやりと明るいくらいの時間帯でした。母と話をしながら歩いていましたら、何かちょっと後ろの方から人の気配を感じまして、一
度後ろを振り向きました。そうしたところ、男の人が三人、縦並びじゃなく、横並びで、私たちのあとをゆっくりとついてくるのが見えました。“なんか変な男の人たちが後ろから付いてくるね”と母と話しながら、“気味が悪いから早く帰ろう”と、少し足早に歩き始めた時でした。後ろから三人の男の人が急に駆け寄ってきまして、道端にある植え込みの中に私と母親を引きずりこみました。その時私は口を塞がれて、袋を被されました。一緒にいた母親は、そのとき以来一度も声を聞くこともなく、姿を見ることも今までありません。本当に夢のような話で、自分自身もよく分からないところがいっぱいあります。その後ですが、私は袋に入れられたまま小さな船のところまで行きました。その船の上にしばらくいましたが、ちょっと離れた所で日本語を話している声が聞こえてきました。その日本語は佐渡の人が話している佐渡弁ではなく、日本人でもない、ちょっと発音が違う、そんな印象を受けています。私も袋を被されたままの状態だったので、話している内容というのはよく分かりません。その後、しばらくしてから大きな船に乗せられて、次の日の夕方北朝鮮の清津(チョ
ンジン)というところに着きました」
(曽我ひとみさんの証言)

《新潟県警公開特定失踪者・村山 茂さんについて》
◆氏名:村山 茂
(むらやましげる)
◆年齢:24歳(昭和33年当時)
◆住所:東京都台東区
◆職業:会社員
◆身体的特徴:
1)身長165㎝くらい
2)眉間に2㎝位の傷跡あり

【失踪状況】
昭和33年12月、「ちょっと里(新潟)に帰ってくる」と言って、勤め先を出た後、行方不明になっています。

《新潟県警公開特定失踪者・内藤 稔さんについて》
◆氏名:内藤 稔
◆当時の年齢:22歳(昭和36年当時)
◆当時の住所:新潟県新潟市
◆当時の職業:大学生
◆身長:165㎝くらい

【失踪状況】
昭和36年4月、新潟市内の飲食店に立ち寄った後、行方不明になっています。

《新潟県警公開特定失踪者・阿部貞子さんについて》
◆氏名:阿部 貞子
◆生年月日:昭和12年4月18日
◆年齢:24歳(昭和36年当時)
◆当時の住所:愛知県一宮市今伊勢町
◆当時の職業:紡績工
◆出身地:新潟県北蒲原郡中条町大字(現・胎内市)羽黒1825番地
◆身長:152cm~153㎝くらい
◆特徴:小肥り

【失踪状況】
昭和36年7月、愛知県内の勤め先から行方不明になっています。

《新潟県警公開特定失踪者・武田紀子さんについて》
◆氏名:武田 紀子
(たけだのりこ)
◆当時の年齢:21歳(昭和42年当時)
◆当時の住所:栃木県足利市
◆新潟県上越市出身
◆当時の職業:家政婦
◆身長:155㎝くらい

【失踪状況】
昭和42年12月、栃木県足利駅でタクシーを降りた後、行方不明になっています。

《新潟県警公開特定失踪者・片岡 清さんについて》
◆氏名:片岡 清
◆当時の年齢:30歳(昭和44年当時)
◆当時の住所:埼玉県草加市
◆身長:160㎝くらい
◆血液型:O型

【失踪状況】
昭和44年6月ころ、埼玉県草加市内で行方不明になっています。

《新潟県警公開特定失踪者・松井ヨシ子さんについて》
◆氏名:松井(旧姓小池)ヨシ子
◆当時の年齢:36歳(昭和49年当時)
◆当時の住所:東京都大田区
◆当時の職業:主婦
◆身長:145㎝くらい

【失踪状況】
昭和49年3月、東京都大田区の自宅から行方不明になっています。

《新潟県警公開特定失踪者・齊藤常夫さんについて》
◆氏名:齊藤 常夫
◆当時の年齢:42歳(昭和49年当時)
◆当時の住所:新潟県三島郡出雲崎町
◆当時の職業:漁業
◆身長:173㎝くらい

【失踪状況】
昭和49年5月、小型船で自宅裏の船着き場から出港したまま行方不明になっています。

《新潟県警公開特定失踪者・柄澤康弘さんについて》
◆氏名:柄澤 康弘
◆当時の年齢:20歳(昭和51年当時)
◆当時の住所:新潟県阿賀野市
◆当時の職業:会社員
◆身長:168㎝くらい
◆特徴:手首に3㎝の手術痕

【失踪状況】
昭和51年10月、新潟市内の飲食店を出た後、行方不明になっています。

《新潟県警公開特定失踪者・星野茂敏さんについて》
◆氏名:星野 茂敏
◆当時の年齢:26歳(昭和52年当時)
◆当時の住所:新潟県新潟市
◆当時の職業:国鉄職員
◆身長:165㎝くらい

【失踪状況】
昭和52年3月、「佐渡の実家に帰る」と言って、新潟市内の寮を出たまま、行方不明になっています。

《新潟県警公開特定失踪者・武田祥一郎さんについて》
◆氏名:武田 祥一郎
◆当時の年齢:48歳(昭和58年当時)
◆当時の住所:新潟県新潟市
◆当時の職業:無職
◆身長:153㎝くらい

【失踪状況】
昭和58年3月ころ、新潟市内で目撃された後、行方不明になっています。

《新潟県警公開特定失踪者・熊谷嘉則さんについて》
◆氏名:熊谷 嘉則
◆当時の年齢:25歳(昭和60年当時)
◆当時の住所:東京都荒川区
◆当時の職業:新聞配達員
◆身長:170㎝くらい

【失踪状況】
昭和60年7月、東京都内のアパートから行方不明になっています。

《新潟県警公開特定失踪者・渡邉浩成さんについて》
◆氏名:渡邉 浩成
◆当時の年齢:23歳(昭和60年当時)
◆当時の住所:愛知県名古屋市
◆当時の職業:郵便局員
◆身長:170㎝くらい

【失踪状況】
昭和60年12月、職場を出た後、行方不明になっています。

《新潟県警公開特定失踪者・矢坂 寛さんについて》
◆氏名:矢坂 寛
◆当時の年齢:33歳(昭和63年当時)
◆当時の住所:群馬県高崎市
◆当時の職業:会社員
◆身長:160cm~165㎝くらい

【失踪状況】
昭和63年11月、「直江津港に釣りに行く」と言って、上越市内の実家を出たまま、行方不明になっています。

《新潟県警公開特定失踪者・駒野 孝さんについて》
◆氏名:駒野 孝
(こまのたかし)
◆当時の年齢:24歳(平成元年当時)
◆当時の住所:新潟県柏崎市
◆当時の職業:会社員
◆身長165㎝くらい
◆特徴:目尻(左右不明)に手術痕

【失踪状況】
平成元年1月、「床屋に行く」と言って自宅を出たまま、行方不明になっています。
その後、福井県坂井市三国町安島で使用車両が発見されました。

《新潟県警公開特定失踪者・菊地 豊さんについて》
◆氏名:菊地 豊
◆当時の年齢:55歳(平成元年当時)
◆当時の住所:新潟県佐渡市
◆当時の職業:会社員
◆身長:176㎝くらい

【失踪状況】
平成元年1月、小木町(現:佐渡市)の飲食店を出た後、行方不明になっています。



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。

【みんな生きている】横田めぐみさん/産経新聞

2013-11-23 19:08:28 | 日記
■「一日も早く解決を」

決して拉致を忘れない-。
横田めぐみさん(拉致被害時13歳)が新潟市内で北朝鮮に拉致されてから11月15日で丸36年。県、新潟市等が主催する「忘れるな拉致 11・15県民集会」が、新潟市中央区の新潟市民芸術文化会館(りゅーとぴあ)で開かれ、めぐみさんの両親、滋さん(81歳)、早紀江さん(77歳)たちが、約600人の参加者や政府、国民に向けて一日も早い拉致被害者の救出を訴えた。
滋さん・早紀江さん夫妻は、昭和52年、めぐみさんが新潟市内で中学からの下校途中に拉致された当時について触れ、

「一日も早く日・朝交渉を再開してほしい」
「めぐみちゃんたちが北朝鮮でとんでもない人生を負わされ、泣いて助けを待っているということを、どうかお分かりいただきたい」

と述べた。
めぐみさんの弟、哲也さん(45歳)も参加し、拉致解決に全力を挙げている安倍政権に期待を寄せ、

「いまの盤石の体制を信頼している。もし現政権で解決できなければ、解決できないと思う」

と覚悟を語った。
続いて、昭和53年に北朝鮮に拉致され、平成14年に帰国した佐渡市の曽我ひとみさん(54歳)が登壇し、ともに拉致されて帰国が実現していない母・ミヨシさん(拉致被害時46歳)に触れ、

「いつも母のことを思わない日はありません。母が帰るまで絶対にあきらめない」

と強調した。
昭和49年に佐渡市で消息不明となった特定失踪者の大沢孝司さん(失踪当時27歳)の兄・昭一さんは、政府に拉致被害者と認定されていない状況から

「認定されないと、北朝鮮との交渉で名簿に載せてくれないかと心配だ」

と訴え、出席した政府拉致問題対策本部の三谷秀史事務局長に要請した。
平成10年に消息不明となった特定失踪者の中村三奈子さん(失踪当時18歳)の母・クニさんも協力を求めた。

◆昭和52(1977)年11月15日
少女拉致容疑事案
被害者:横田めぐみさん(拉致被害時13歳)
新潟市において下校途中に失踪。
平成16年11月に開催された第3回実務者協議において、北朝鮮側はめぐみさんが1994(平成6)年4月に死亡したとし「遺骨」を提出したが、めぐみさんの「遺骨」とされた骨の一部からは同人のものとは異なるDNAが検出されたとの鑑定結果を得た。
平成18年4月には日本政府の実施したDNA検査により、横田めぐみさんの夫が昭和53年に韓国より拉致された当時高校生の韓国人拉致被害者・金英男(キム・ヨンナム)氏である可能性が高いことが判明した。

◆昭和53(1978)年8月12日
母娘拉致容疑事案
被害者:曽我ひとみさん(拉致被害時19歳)
被害者:曽我ミヨシさん(拉致被害時46歳)
「2人で買い物に行く」と言って出かけて以来失踪。
ひとみさんは平成14年10月日本に帰国。
ひとみさんの夫(ジェンキンス氏=アメリカ人)と2人の娘も平成16年7月に渡日・帰国。
北朝鮮側は、曽我ミヨシさんは北朝鮮に入境していないとしている。
捜査当局は、拉致実行犯である北朝鮮工作員・通称キム・ミョンスクについて、平成18年11月に逮捕状の発付を得て国際手配するとともに、政府として北朝鮮側に身柄の引渡しを要求している。

※「私は、1978年北朝鮮に拉致されました。ちょうどお盆の前の8月12日の土曜日でした。私は看護師の仕事をしながら、決まって土曜日には家に帰り、日曜日の午後にまた寮に帰るという生活が続いていました。ちょうどその日も土曜日で、午後家に帰りました。お盆前ということで、母が少し足りないものがあるので買い物に出かけようということになりました。その時、6つ違いの妹がいたんですが、妹も母と一緒にでかけたい、私も1週間会えなかったので1週間にあったことを色々話をしたかったので、一緒に行くより母親と二人きりで行きたいなという気持がありまして、妹とちょっとだけけんかをした覚えがあります。それで結局、私と母と一緒に買い物にでかけることになりました。行きは病院であった話などを色々しながら、楽しく店まで着きまして、店で買い物を終えてまた家に帰る途中のことでした。歩道を歩いていたんですが、もう薄暗くなっている時間帯で7時は過ぎていたと思います。夏場ですので、7時を過ぎてもまだぼんやりと明るいくらいの時間帯でした。母と話をしながら歩いていましたら、何かちょっと後ろの方から人の気配を感じまして、一
度後ろを振り向きました。そうしたところ、男の人が三人、縦並びじゃなく、横並びで、私たちのあとをゆっくりとついてくるのが見えました。“なんか変な男の人たちが後ろから付いてくるね”と母と話しながら、“気味が悪いから早く帰ろう”と、少し足早に歩き始めた時でした。後ろから三人の男の人が急に駆け寄ってきまして、道端にある植え込みの中に私と母親を引きずりこみました。その時私は口を塞がれて、袋を被されました。一緒にいた母親は、そのとき以来一度も声を聞くこともなく、姿を見ることも今までありません。本当に夢のような話で、自分自身もよく分からないところがいっぱいあります。その後ですが、私は袋に入れられたまま小さな船のところまで行きました。その船の上にしばらくいましたが、ちょっと離れた所で日本語を話している声が聞こえてきました。その日本語は佐渡の人が話している佐渡弁ではなく、日本人でもない、ちょっと発音が違う、そんな印象を受けています。私も袋を被されたままの状態だったので、話している内容というのはよく分かりません。その後、しばらくしてから大きな船に乗せられて、次の日の夕方北朝鮮の清津(チョ
ンジン)というところに着きました」
(曽我ひとみさんの証言)

《特定失踪者・大澤孝司さんについて》
◆氏名:大澤 孝司
(おおさわたかし)
◆失踪年月日:昭和49(1974)年2月24日
◆生年月日:昭和21(1946)年6月21日
◆性別:男
◆当時の年齢:27歳
◆当時の身分:新潟県佐渡農地事務所勤務
◆当時の住所:新潟県佐渡市
◆失踪場所:新潟県佐渡郡新穂村

【失踪状況】
自宅独身寮から約400m離れた飲食店で夕食を済ませ、知人宅に寄った後行方不明。
当時事務所には50人~60人が勤務、うち15人~20人程度が本土から単身赴任で来ていた。
失踪時期は観光がオフシーズンだったため、最も忙しい時期に拉致された曽我ひとみさん母子と違い警察もかなり大規模に捜査してくれた。
事務所では失踪後まもなく「あれは北朝鮮にやられたのではないか」との話で持ちきりになったが、やがてぴたりと止んだという。
元同僚の話では「失踪の2~3日前、一緒の船で新潟から帰ってきた。船中では飲む話、食べる話などをしていて自殺や失踪のそぶりは全くなかった」とのこと。
北朝鮮製と思われるマッチが寮の前あたりに落ちていたという。
平成16年1月29日、新潟県警に告発状提出。

《特定失踪者・中村三奈子さんについて》
◆氏名:中村 三奈子
(なかむらみなこ)
◆失踪年月日:平成10(1998)年4月6日
◆生年月日:昭和54(1979)年9月18日
◆性別:女性
◆当時の年齢:18歳
◆身長:163cm
◆体重:56Kg
◆当時の身分:高校を卒業して予備校に行く準備中
◆当時の住所:新潟県長岡市
◆特徴
1)硬式テニスをやっている
2)その他のスポーツも好き
3)色白、えくぼがある
◆足のサイズ:24cm
◆失踪場所:新潟県長岡市の自宅

【失踪状況】
4月6日午前中、予備校に入学金50万円を納めに行く予定がそのまま帰宅しない。
後日入学金の中から「3万円借ります」というメモとともに47万円が見つかる。
身支度は普段着のまま。持ち物は自分の白い財布だけ。所持金は5万円~8万円程度と思われる。
通常出かけるときは自転車を利用するがこのときは置いていった。
3月25日に自らパスポートを申請し、4月3日交付。長岡ではなく新潟の旅券センターまで行っている。
大韓航空で出国状況を問い合わせると、7日9時にソウルへ出国していた。搭乗券を購入していた旅行会社によると、中村三奈子の名前で中年のハスキーな声の女性で搭乗券の依頼あり。
旅行は慣れているので新潟空港で出発当日搭乗券を受け取る。帰りの便やホテルは必要ないと言った。
出発当日の朝、中村三奈子の名前で派手なブラウスを着た女性に搭乗券を渡したとのこと。



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。