もずの独り言・goo版

半蔵ともず、gooでも独り言です。『もずの独り言』はこれからも戦い続けます。

【みんな生きている】横田めぐみさん/NHK[兵庫]

2015-05-24 09:48:27 | 日記
《拉致は人権侵害の総本山!横田めぐみさんを救出しろ!》

北朝鮮が拉致被害者等の調査委員会を設置して以降も進展がみられない中、北朝鮮による拉致被害者・横田めぐみさんの両親が兵庫県たつの市で講演し、北朝鮮の対応に不信感を示すとともに、すべての拉致被害者の帰国を譲らない粘り強い交渉を政府に求めました。
拉致問題を巡っては、北朝鮮が去年7月、被害者等の調査委員会を設置しましたが、10か月以上経っても帰国につながる進展は無く、来週で、北朝鮮が調査に合意してからちょうど1年になります。
横田めぐみさんの両親は5月23日、兵庫県たつの市で、およそ3か月ぶりとなる地方講演を行いました。
この中で父親の滋さんは

「去年、拉致問題で動きが出ましたが、具体的な成果は無いままです。被害者の帰国に向けさらに力を入れていきますので支援して下さい」

と呼びかけました。
母親の早紀江さんは、13歳だっためぐみさんが去年、50歳の誕生日を迎えたことに触れ、

「私たちは『子どもを帰して下さい』『普通の暮らしに戻して下さい』と言っているだけです。元気でいると信じていますがまだ姿が見えません」

と話しました。
その上で、

「北朝鮮は『めぐみをはじめ拉致被害者8人は死亡した』という、これまでの説明を押し通そうとしているのではないか」

と不信感を示すとともに、

「政府は、拉致被害者を全員帰さなければ北朝鮮との国交正常化は無いという方針を貫いて頂きたい」

と粘り強い交渉を求めました。

◆昭和52(1977)年11月15日
少女拉致容疑事案
被害者:横田めぐみさん(拉致被害時13歳)
新潟市において下校途中に失踪。
平成16年11月に開催された第3回実務者協議において、北朝鮮側はめぐみさんが1994(平成6)年4月に死亡したとし「遺骨」を提出したが、めぐみさんの「遺骨」とされた骨の一部からは同人のものとは異なるDNAが検出されたとの鑑定結果を得た。
平成18年4月には日本政府の実施したDNA検査により、横田めぐみさんの夫が昭和53年に韓国より拉致された当時高校生の韓国人拉致被害者・金英男(キム・ヨンナム)氏である可能性が高いことが判明した。

※「白い翼でも黒い翼でも、赤い翼でも青い翼でも、何でも結構なんで、帰って来られる翼をめぐみに与えてほしい」
(横田早紀江さん。拉致被害者・横田めぐみさんの母)
※「正義は必ず勝つ、と私は信じていますので、あとしばらくお力をお貸しください」
(横田哲也さん。拉致被害者・横田めぐみさんの弟)

◆昭和58(1983)年7月頃
欧州における日本人女性拉致容疑事案
被害者:有本恵子さん(拉致被害時23歳)
欧州にて失踪。
「よど号」犯人の元妻は、北朝鮮当局と協力して有本さんを拉致したことを認めている。
捜査当局は拉致実行犯である「よど号」犯人の魚本(旧姓安部)公博について、平成14年9月逮捕状の発付を得て国際手配するとともに、政府として北朝鮮側に身柄の引き渡しを要求しているが北朝鮮側はこれに応じていない。
北朝鮮側は、有本さんは1988(昭和63)年11月にガス事故で石岡 亨さんと共に死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(拉致被害時28歳)
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。

《特定失踪者・金田竜光さんについて》
◆氏名:金田 竜光
(かねだたつみつ)
◆失踪年月日:昭和54(1979)年ごろ
◆生年月日:昭和27(1952)年
◆性別:男
◆当時の年齢:26歳
◆身長:180cm
◆当時の身分:ラーメン店店員
◆当時の住所:兵庫県神戸市東灘区青木
◆失踪場所:神戸市東灘区

【失踪状況】
金田さんは韓国籍。
田中 実さん(昭和53年に拉致)と同じ施設で育った。
昭和52年ごろ、田中 実さん拉致実行犯・韓竜大(ハン・ヨンデ)が経営するラーメン店「来大」に就職。昭和53年に田中 実さんを「来大」に紹介し、ともに働く。同年、韓竜大の誘いにより、田中 実さんがオーストリア・ウィーンに出国。
半年ほどして、田中 実さんが差出人になっているオーストリアからの国際郵便を受け取る。その内容は「オーストリアはいいところであり、仕事もあるのでこちらに来ないか」との誘いであった。
田中さんの誘いを受け、打ちあわせと言って東京に向かったが、以後一切連絡がなく、行方不明となる。
連絡がないことを不思議に思った友人が、この間の事情を知る韓竜大に再三説明を求めたが、「知らない」と繰り返す。
その後失踪した2人を知る友人たちの間で「2人は北朝鮮にいる」との噂が広まり、韓竜大に近づく者がいなかった。
「救う会兵庫」は平成14年10月に韓竜大、15年7月にその共犯である曹廷楽(チョ・ジョンガリ)についての告発状を兵庫県警に提出している。

《特定失踪者・秋田美輪さんについて》
◆氏名:秋田 美輪
(あきたみわ)
◆失踪年月日:昭和60(1985)年12月4日
◆生年月日:昭和39(1964)年1月29日
◆性別:女性
◆当時の年齢:21歳
◆身長:155cm
◆体重:43kg
◆当時の身分:神戸松陰女子大学文学部国文科4回生
◆当時の住所:兵庫県川西市湯山台
◆特徴:両眼とも眼鏡をかけて視力1.2
◆失踪場所:兵庫県神戸市神戸松陰女子大学校門(阪急神戸線六甲)

【失踪状況】
大学で午前の授業を受けた後、1時過ぎに学食で友人と食事をとり校門近くで友人と別れた。
夜8時過ぎに「友人宅へ泊まる」との電話が家にある(実際には泊まっていない)。
翌日朝8時15分兵庫県警城之崎署から竹野町弁天浜で本人のバッグ発見との連絡。
当時は自殺とされたが、何も見つかっていない。
バックの置いてあったところから海岸に10メートル位足跡があった。
発見される前に雨が降ったがバックも近くにあった本人の靴も濡れていなかったという。
地形や潮の流れから入水自殺であれば遺体が上がるはず。
竹野浜、竹野駅、城崎駅で目撃者がいなかった。
平成15年11月13日、兵庫県警に告発状提出。
秋田美輪さんをただ単に行方不明者とするには、あまりにも不自然ないくつかの疑問点が残されている。
まず、残された美輪さんのバッグの中には急行券があった。
この急行券の使用距離範囲は大阪駅から150km。これではせいぜい城之崎までしか行けず、弁天浜までは30km程度足りない。
この急行券は、当時の改札口を通過したことを示す入挟・押印が無く、未使用のままだった。また、財布の中には定期代の1万8千円がそのまま残っていた。
そして、神戸松蔭女子学院大学内の美輪さんのロッカーの中から、失踪日の数日後に提出することになっていたレポートが発見される。
これらは状況証拠に過ぎないが、それでも単なる行方不明者として考えるには疑問を持たざるを得ない。
さらに、美輪さんが行方不明になった前後、現場付近の浜辺でスーツ姿の男が無線機のような機器を使って朝鮮語で交信していたことが『産経新聞』の記事で明らかになっている。
この男は北朝鮮の工作員とみられる。



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。

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【みんな生きている】玄永哲編/NHK[全国]

2015-05-24 09:44:27 | 日記
《玄永哲人民武力部長、処刑》

【5月13日12時14分】
韓国の情報機関は、北朝鮮の国防相にあたる玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)人民武力相が先月、反逆の罪で処刑されたという情報があることを明らかにしました。
これは、韓国の情報機関・国家情報院が5月13日、国会の情報委員会で説明したもので、出席した議員によりますと、北朝鮮の国防相にあたる玄永哲人民武力相が先月末、平壌にある射撃場で銃殺されたという情報があるということです。
玄人民武力相は、朝鮮人民軍の総参謀長を務めた軍の最高幹部の一人で、先月中旬にはロシアのモスクワを訪問してセルゲイ・ショイグ(Sergei Kuzhugetovich Shoigu)国防相と会談した他、安全保障に関する国際会議にも出席しました。
処刑の理由について、国家情報院は

「金正恩(キム・ジョンウン)第1書記の指示に従わず、不満を述べたこと等が、反逆罪にあたるとして処刑されたという情報があるが、さらに分析が必要だ」

と説明したということです。
また、一昨年12月に、金第1書記の叔父で後見人とされた張成沢(チャン・ソンテク)氏が処刑されたときとは異なり、朝鮮労働党政治局の決定や裁判等の手続きを経ずに処刑されたと分析しています。
このため、国家情報院は

「金第1書記が幹部に対する不信感を強め、手続きを無視して、恐怖政治を推し進めている」

として、今後の北朝鮮情勢を注視する必要があると指摘しています。



◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(拉致被害時28歳)
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。

《特定失踪者・金田竜光さんについて》
◆氏名:金田 竜光
(かねだたつみつ)
◆失踪年月日:昭和54(1979)年ごろ
◆生年月日:昭和27(1952)年
◆性別:男
◆当時の年齢:26歳
◆身長:180cm
◆当時の身分:ラーメン店店員
◆当時の住所:兵庫県神戸市東灘区青木
◆失踪場所:神戸市東灘区

【失踪状況】
金田さんは韓国籍。
田中 実さん(昭和53年に拉致)と同じ施設で育った。
昭和52年ごろ、田中 実さん拉致実行犯・韓竜大(ハン・ヨンデ)が経営するラーメン店「来大」に就職。昭和53年に田中 実さんを「来大」に紹介し、ともに働く。同年、韓竜大の誘いにより、田中 実さんがオーストリア・ウィーンに出国。
半年ほどして、田中 実さんが差出人になっているオーストリアからの国際郵便を受け取る。その内容は「オーストリアはいいところであり、仕事もあるのでこちらに来ないか」との誘いであった。
田中さんの誘いを受け、打ちあわせと言って東京に向かったが、以後一切連絡がなく、行方不明となる。
連絡がないことを不思議に思った友人が、この間の事情を知る韓竜大に再三説明を求めたが、「知らない」と繰り返す。
その後失踪した2人を知る友人たちの間で「2人は北朝鮮にいる」との噂が広まり、韓竜大に近づく者がいなかった。
「救う会兵庫」は平成14年10月に韓竜大、15年7月にその共犯である曹廷楽(チョ・ジョンガリ)についての告発状を兵庫県警に提出している。

《特定失踪者・藤田 進さんについて》
※国連人権理事会が調査要請を受理した事案
◆氏名:藤田 進
(ふじたすすむ)
◆失踪年月日:昭和51(1976)年2月7日
◆生年月日:昭和31(1956)年6月16日
◆性別:男
◆当時の年齢:19歳
◆当時の身分:東京学芸大学教育学部1年生
◆当時の住所:埼玉県川口市南町
◆特徴:
1)家ではあまりしゃべらないタイプ
2)ギターがうまかった
◆失踪場所:埼玉県川口市の自宅

【失踪状況】
失踪当日6:30~7:00頃、以前から言っていた新宿のガードマンのバイトに行くといって服を持って家を出たまま帰らず。
後に新宿にある全ての警備会社に電話で問い合わせたが該当者はいなかった。
脱北者が北朝鮮から持ち出した写真が鑑定の結果、藤田 進さんである可能性が極めて高いことが判明。
平成16年1月28日、埼玉県警に告発状提出。

《救う会認定拉致被害者・福留貴美子さんについて》
◆氏名:福留 貴美子
(ふくとめきみこ)
◆失踪年月日:1976(昭和51)年7月18日または19日
◆生年月日:1952(昭和27)年1月1日
◆当時の身分:アルバイト
◆当時の住所:東京都渋谷区恵比寿
◆最終失踪関連地点:海外

【失踪状況】
1976(昭和51)年7月中旬、同居していた友人に「モンゴルに行く」と言い残して出国後、行方不明となる。
1980(昭和55)年3月、突然同居していた渋谷区恵比寿の友人宅に現れた後、横浜市の友人宅に2泊した後、「大阪に行く」と言い残して再び行方不明となるが、後に北朝鮮に渡ったよど号犯の岡本 武と結婚し2児をもうけていたことが明らかになる。
1996(平成8)年夏によど号犯グループの小西隆裕から実家に「1988(昭和63)年夏に土砂崩れで死亡したと北朝鮮側から知らせを受けた」旨の手紙が送られてきたが、真相は不明のままである。

《新潟県警・愛知県警公開特定失踪者・渡邉浩成さんについて》
◆氏名:渡邉 浩成
(わたなべひろまさ)
◆当時の年齢:23歳(昭和60年当時)
◆当時の住所:愛知県名古屋市中区
◆新潟県三条市出身
◆当時の職業:郵便局員
◆身長:170㎝くらい

【失踪状況】
昭和60年12月、岐阜県岐阜市の職場を出た後、行方不明になっています。



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。

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【みんな生きている】玄永哲編[官房長官]/NHK[全国]

2015-05-24 09:41:04 | 日記
《玄永哲人民武力部長、処刑》

【5月13日18時42分】
韓国の情報機関は、北朝鮮の国防相に当たる玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)人民武力相が、先月、反逆の罪で処刑されたという情報があることを明らかにしました。
これは、韓国の情報機関・国家情報院が5月13日、国会の情報委員会で説明したもので、出席した議員によりますと、北朝鮮の国防相に当たる玄永哲人民武力相が、先月末、平壌で銃殺されたとの情報があるということです。玄人民武力相は、朝鮮人民軍の総参謀長を務めた軍の最高幹部の一人で、先月中旬にはロシアを訪問してセルゲイ・ショイグ(Sergei Kuzhugetovich Shoigu)国防相と会談した他、安全保障に関する国際会議にも出席しました。
処刑の理由について国家情報院は、

「金正恩(キム・ジョンウン)第1書記の指示に従わず、不満を述べたこと等が、反逆罪に当たるとして処刑されたという情報があるが、さらに分析が必要だ」

と説明したということです。
さらに、国家情報院は、

「金第1書記が、幹部に対する不信感を強め、恐怖政治を推し進めている」

として、今後の北朝鮮情勢を注視する必要があると指摘したということです。
一方、北朝鮮では、通常、反逆罪等で処刑された人物は、公式の記録から直ちに削除されますが、北朝鮮の国営テレビが、今月5日から11日にかけて放送した記録映画には、軍の部隊を視察する金第1書記の隣に、玄人民武力相の姿がそのまま映っており、玄人民武力相が処刑されたという情報を巡って、慎重な見方も出ています。


■重大な関心持って情報収集

菅 義偉官房長官は午後の記者会見で、

「報道は、当然承知している。わが国としては、北朝鮮のこうした内部の動向について、関係国と緊密に連携を取りながら日頃から重大な関心を持って情報収集や分析に努めている。ただ、具体的な内容はインテリジェンスの問題であり、答えることは控えたい」

と述べました。



◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(拉致被害時28歳)
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。

《特定失踪者・金田竜光さんについて》
◆氏名:金田 竜光
(かねだたつみつ)
◆失踪年月日:昭和54(1979)年ごろ
◆生年月日:昭和27(1952)年
◆性別:男
◆当時の年齢:26歳
◆身長:180cm
◆当時の身分:ラーメン店店員
◆当時の住所:兵庫県神戸市東灘区青木
◆失踪場所:神戸市東灘区

【失踪状況】
金田さんは韓国籍。
田中 実さん(昭和53年に拉致)と同じ施設で育った。
昭和52年ごろ、田中 実さん拉致実行犯・韓竜大(ハン・ヨンデ)が経営するラーメン店「来大」に就職。昭和53年に田中 実さんを「来大」に紹介し、ともに働く。同年、韓竜大の誘いにより、田中 実さんがオーストリア・ウィーンに出国。
半年ほどして、田中 実さんが差出人になっているオーストリアからの国際郵便を受け取る。その内容は「オーストリアはいいところであり、仕事もあるのでこちらに来ないか」との誘いであった。
田中さんの誘いを受け、打ちあわせと言って東京に向かったが、以後一切連絡がなく、行方不明となる。
連絡がないことを不思議に思った友人が、この間の事情を知る韓竜大に再三説明を求めたが、「知らない」と繰り返す。
その後失踪した2人を知る友人たちの間で「2人は北朝鮮にいる」との噂が広まり、韓竜大に近づく者がいなかった。
「救う会兵庫」は平成14年10月に韓竜大、15年7月にその共犯である曹廷楽(チョ・ジョンガリ)についての告発状を兵庫県警に提出している。

《特定失踪者・藤田 進さんについて》
※国連人権理事会が調査要請を受理した事案
◆氏名:藤田 進
(ふじたすすむ)
◆失踪年月日:昭和51(1976)年2月7日
◆生年月日:昭和31(1956)年6月16日
◆性別:男
◆当時の年齢:19歳
◆当時の身分:東京学芸大学教育学部1年生
◆当時の住所:埼玉県川口市南町
◆特徴:
1)家ではあまりしゃべらないタイプ
2)ギターがうまかった
◆失踪場所:埼玉県川口市の自宅

【失踪状況】
失踪当日6:30~7:00頃、以前から言っていた新宿のガードマンのバイトに行くといって服を持って家を出たまま帰らず。
後に新宿にある全ての警備会社に電話で問い合わせたが該当者はいなかった。
脱北者が北朝鮮から持ち出した写真が鑑定の結果、藤田 進さんである可能性が極めて高いことが判明。
平成16年1月28日、埼玉県警に告発状提出。

《救う会認定拉致被害者・福留貴美子さんについて》
◆氏名:福留 貴美子
(ふくとめきみこ)
◆失踪年月日:1976(昭和51)年7月18日または19日
◆生年月日:1952(昭和27)年1月1日
◆当時の身分:アルバイト
◆当時の住所:東京都渋谷区恵比寿
◆最終失踪関連地点:海外

【失踪状況】
1976(昭和51)年7月中旬、同居していた友人に「モンゴルに行く」と言い残して出国後、行方不明となる。
1980(昭和55)年3月、突然同居していた渋谷区恵比寿の友人宅に現れた後、横浜市の友人宅に2泊した後、「大阪に行く」と言い残して再び行方不明となるが、後に北朝鮮に渡ったよど号犯の岡本 武と結婚し2児をもうけていたことが明らかになる。
1996(平成8)年夏によど号犯グループの小西隆裕から実家に「1988(昭和63)年夏に土砂崩れで死亡したと北朝鮮側から知らせを受けた」旨の手紙が送られてきたが、真相は不明のままである。

《新潟県警・愛知県警公開特定失踪者・渡邉浩成さんについて》
◆氏名:渡邉 浩成
(わたなべひろまさ)
◆当時の年齢:23歳(昭和60年当時)
◆当時の住所:愛知県名古屋市中区
◆新潟県三条市出身
◆当時の職業:郵便局員
◆身長:170㎝くらい

【失踪状況】
昭和60年12月、岐阜県岐阜市の職場を出た後、行方不明になっています。



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。

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【みんな生きている】ジョン・ケリー編/NHK[全国]

2015-05-24 09:05:26 | 日記
《ケリー国務長官、対北朝鮮制裁強化のため中・韓両国と協議》

【5月19日4時04分】
アメリカのジョン・ケリー(John Forbes Kerry)国務長官は、北朝鮮が対話を拒否して核兵器の開発を続けているとして追加的な制裁について中国等と協議していることを明らかにしました。
ケリー国務長官は5月18日、ソウルで韓国の尹炳世(ユン・ビョンセ)外相と会談したあと記者会見し、

「アメリカは、北朝鮮が非核化の義務を果たせば関係を改善すると提案しているが、北朝鮮は核兵器や弾道ミサイルの開発を核兵器や弾道ミサイルの開発を続け、その条件に近づいてもいない」

と述べ、北朝鮮を厳しく非難しました。
そして

「幻想を抱いてはいけない。前へ進めようというあらゆる努力に『ノー』と言う人物がいるのだ」

と述べて、アメリカや中国等の水面下の交渉がすべて拒否されたとしたうえで、

「制裁を追加する等圧力を強化する方法を議論している」

と述べ、北朝鮮に対する追加的な制裁について中国や韓国等と協議していることを明らかにしました。
ケリー長官は新たな制裁の具体的な中身については明らかにしませんでしたが、

「中国はさまざまな影響力を持っている」

と述べて中国の役割に期待を示し、6月にワシントンで、アメリカと中国が安全保障や経済等について話し合う戦略経済対話の場で協議する方針を示しました。
北朝鮮は、弾道ミサイルを発射できる新型の潜水艦の開発を進めていることが明らかになる等、核と弾道ミサイルの開発を続けており、アメリカや韓国等は懸念を強めています。



◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(拉致被害時28歳)
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。

《特定失踪者・金田竜光さんについて》
◆氏名:金田 竜光
(かねだたつみつ)
◆失踪年月日:昭和54(1979)年ごろ
◆生年月日:昭和27(1952)年
◆性別:男
◆当時の年齢:26歳
◆身長:180cm
◆当時の身分:ラーメン店店員
◆当時の住所:兵庫県神戸市東灘区青木
◆失踪場所:神戸市東灘区

【失踪状況】
金田さんは韓国籍。
田中 実さん(昭和53年に拉致)と同じ施設で育った。
昭和52年ごろ、田中 実さん拉致実行犯・韓竜大(ハン・ヨンデ)が経営するラーメン店「来大」に就職。昭和53年に田中 実さんを「来大」に紹介し、ともに働く。同年、韓竜大の誘いにより、田中 実さんがオーストリア・ウィーンに出国。
半年ほどして、田中 実さんが差出人になっているオーストリアからの国際郵便を受け取る。その内容は「オーストリアはいいところであり、仕事もあるのでこちらに来ないか」との誘いであった。
田中さんの誘いを受け、打ちあわせと言って東京に向かったが、以後一切連絡がなく、行方不明となる。
連絡がないことを不思議に思った友人が、この間の事情を知る韓竜大に再三説明を求めたが、「知らない」と繰り返す。
その後失踪した2人を知る友人たちの間で「2人は北朝鮮にいる」との噂が広まり、韓竜大に近づく者がいなかった。
「救う会兵庫」は平成14年10月に韓竜大、15年7月にその共犯である曹廷楽(チョ・ジョンガリ)についての告発状を兵庫県警に提出している。

《特定失踪者・藤田 進さんについて》
※国連人権理事会が調査要請を受理した事案
◆氏名:藤田 進
(ふじたすすむ)
◆失踪年月日:昭和51(1976)年2月7日
◆生年月日:昭和31(1956)年6月16日
◆性別:男
◆当時の年齢:19歳
◆当時の身分:東京学芸大学教育学部1年生
◆当時の住所:埼玉県川口市南町
◆特徴:
1)家ではあまりしゃべらないタイプ
2)ギターがうまかった
◆失踪場所:埼玉県川口市の自宅

【失踪状況】
失踪当日6:30~7:00頃、以前から言っていた新宿のガードマンのバイトに行くといって服を持って家を出たまま帰らず。
後に新宿にある全ての警備会社に電話で問い合わせたが該当者はいなかった。
脱北者が北朝鮮から持ち出した写真が鑑定の結果、藤田 進さんである可能性が極めて高いことが判明。
平成16年1月28日、埼玉県警に告発状提出。

《救う会認定拉致被害者・福留貴美子さんについて》
◆氏名:福留 貴美子
(ふくとめきみこ)
◆失踪年月日:1976(昭和51)年7月18日または19日
◆生年月日:1952(昭和27)年1月1日
◆当時の身分:アルバイト
◆当時の住所:東京都渋谷区恵比寿
◆最終失踪関連地点:海外

【失踪状況】
1976(昭和51)年7月中旬、同居していた友人に「モンゴルに行く」と言い残して出国後、行方不明となる。
1980(昭和55)年3月、突然同居していた渋谷区恵比寿の友人宅に現れた後、横浜市の友人宅に2泊した後、「大阪に行く」と言い残して再び行方不明となるが、後に北朝鮮に渡ったよど号犯の岡本 武と結婚し2児をもうけていたことが明らかになる。
1996(平成8)年夏によど号犯グループの小西隆裕から実家に「1988(昭和63)年夏に土砂崩れで死亡したと北朝鮮側から知らせを受けた」旨の手紙が送られてきたが、真相は不明のままである。

《新潟県警・愛知県警公開特定失踪者・渡邉浩成さんについて》
◆氏名:渡邉 浩成
(わたなべひろまさ)
◆当時の年齢:23歳(昭和60年当時)
◆当時の住所:愛知県名古屋市中区
◆新潟県三条市出身
◆当時の職業:郵便局員
◆身長:170㎝くらい

【失踪状況】
昭和60年12月、岐阜県岐阜市の職場を出た後、行方不明になっています。



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。

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【みんな生きている】山谷えり子編/NHK[全国]

2015-05-24 09:00:32 | 日記
《拉致は人権侵害の総本山!山谷大臣「引き続き努力する」》

【5月22日11時26分】
山谷えり子拉致問題担当大臣は閣議の後の記者会見で、小泉純一郎元総理大臣の2度目の北朝鮮訪問から5月22日で11年となることに関連して、拉致問題に前進がなく遺憾だとしたうえで、北朝鮮から前向きな対応を引き出すよう、引き続き努力する考えを示しました。
この中で山谷拉致問題担当大臣は、拉致被害者の子どもの帰国につながった平成16年の小泉元総理大臣の2度目の北朝鮮訪問から、22日で11年となることに関連して

「長きにわたって『すべての被害者を取り戻す』という解決ができていないのは、誠に遺憾だ」

と述べました。
そのうえで

「拉致問題を含む諸懸案の解決に向けた北朝鮮側の具体的な行動を引き出すために、何が最も効果的かという観点から不断に検討を行っていく」

と述べ、拉致問題等を巡り北朝鮮から前向きな対応を引き出すよう、引き続き努力する考えを示しました。



◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(拉致被害時28歳)
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。

《特定失踪者・金田竜光さんについて》
◆氏名:金田 竜光
(かねだたつみつ)
◆失踪年月日:昭和54(1979)年ごろ
◆生年月日:昭和27(1952)年
◆性別:男
◆当時の年齢:26歳
◆身長:180cm
◆当時の身分:ラーメン店店員
◆当時の住所:兵庫県神戸市東灘区青木
◆失踪場所:神戸市東灘区

【失踪状況】
金田さんは韓国籍。
田中 実さん(昭和53年に拉致)と同じ施設で育った。
昭和52年ごろ、田中 実さん拉致実行犯・韓竜大(ハン・ヨンデ)が経営するラーメン店「来大」に就職。昭和53年に田中 実さんを「来大」に紹介し、ともに働く。同年、韓竜大の誘いにより、田中 実さんがオーストリア・ウィーンに出国。
半年ほどして、田中 実さんが差出人になっているオーストリアからの国際郵便を受け取る。その内容は「オーストリアはいいところであり、仕事もあるのでこちらに来ないか」との誘いであった。
田中さんの誘いを受け、打ちあわせと言って東京に向かったが、以後一切連絡がなく、行方不明となる。
連絡がないことを不思議に思った友人が、この間の事情を知る韓竜大に再三説明を求めたが、「知らない」と繰り返す。
その後失踪した2人を知る友人たちの間で「2人は北朝鮮にいる」との噂が広まり、韓竜大に近づく者がいなかった。
「救う会兵庫」は平成14年10月に韓竜大、15年7月にその共犯である曹廷楽(チョ・ジョンガリ)についての告発状を兵庫県警に提出している。

《特定失踪者・藤田 進さんについて》
※国連人権理事会が調査要請を受理した事案
◆氏名:藤田 進
(ふじたすすむ)
◆失踪年月日:昭和51(1976)年2月7日
◆生年月日:昭和31(1956)年6月16日
◆性別:男
◆当時の年齢:19歳
◆当時の身分:東京学芸大学教育学部1年生
◆当時の住所:埼玉県川口市南町
◆特徴:
1)家ではあまりしゃべらないタイプ
2)ギターがうまかった
◆失踪場所:埼玉県川口市の自宅

【失踪状況】
失踪当日6:30~7:00頃、以前から言っていた新宿のガードマンのバイトに行くといって服を持って家を出たまま帰らず。
後に新宿にある全ての警備会社に電話で問い合わせたが該当者はいなかった。
脱北者が北朝鮮から持ち出した写真が鑑定の結果、藤田 進さんである可能性が極めて高いことが判明。
平成16年1月28日、埼玉県警に告発状提出。

《救う会認定拉致被害者・福留貴美子さんについて》
◆氏名:福留 貴美子
(ふくとめきみこ)
◆失踪年月日:1976(昭和51)年7月18日または19日
◆生年月日:1952(昭和27)年1月1日
◆当時の身分:アルバイト
◆当時の住所:東京都渋谷区恵比寿
◆最終失踪関連地点:海外

【失踪状況】
1976(昭和51)年7月中旬、同居していた友人に「モンゴルに行く」と言い残して出国後、行方不明となる。
1980(昭和55)年3月、突然同居していた渋谷区恵比寿の友人宅に現れた後、横浜市の友人宅に2泊した後、「大阪に行く」と言い残して再び行方不明となるが、後に北朝鮮に渡ったよど号犯の岡本 武と結婚し2児をもうけていたことが明らかになる。
1996(平成8)年夏によど号犯グループの小西隆裕から実家に「1988(昭和63)年夏に土砂崩れで死亡したと北朝鮮側から知らせを受けた」旨の手紙が送られてきたが、真相は不明のままである。

《新潟県警・愛知県警公開特定失踪者・渡邉浩成さんについて》
◆氏名:渡邉 浩成
(わたなべひろまさ)
◆当時の年齢:23歳(昭和60年当時)
◆当時の住所:愛知県名古屋市中区
◆新潟県三条市出身
◆当時の職業:郵便局員
◆身長:170㎝くらい

【失踪状況】
昭和60年12月、岐阜県岐阜市の職場を出た後、行方不明になっています。



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。

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