もずの独り言・goo版

半蔵ともず、gooでも独り言です。『もずの独り言』はこれからも戦い続けます。

【みんな生きている】市川修一さん/NHK

2013-08-04 16:16:28 | 日記
北朝鮮による拉致被害者の市川修一さんの兄の健一さんが8月3日、鹿児島県霧島市で講演し、今月で拉致から35年となり家族には残された時間がないとして、あらためて早期解決を訴えました。
この講演会は政府と鹿児島県、それに霧島市が開いたもので霧島市の霧島市民会館にはおよそ950人が集まりました。
拉致被害者の市川修一さんの兄の健一さんが講演を行い、
「北朝鮮に拉致されてから35年になります。98歳の父の体調を考えると、時間がありません。一刻も早い救出を願っています」
と述べました。
そのうえで
「拉致被害者全員が祖国の土を踏むまで、拉致問題に関心を持ち続けてください。私たちが一番恐れているのは風化することなので、どうか拉致問題を忘れないでください」
と訴えました。
会場では政府に拉致問題の早期解決を求める署名活動も行われ、訪れた多くの人が署名をしていました。
市川さんは
「私たちは“今年こそは、今年こそは”という強い思いを持って臨んでいますが、解決の道筋がたたない現状に焦りと憤りを感じています」
と話していました。

◆昭和53(1978)年8月12日
アベック拉致容疑事案
被害者:市川修一さん(拉致被害時23歳)
被害者:増元るみ子さん(拉致被害時24歳)
「浜に夕日を見に行く」と言って出かけたまま失踪。
北朝鮮側は、1979(昭和54)年7月に2人は結婚し、市川修一さんは同年9月に心臓麻痺で死亡し、増元るみ子さんは1981(昭和56)年に心臓麻痺で死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。

《特定失踪者・羽生弘行さんについて》
◆氏名:羽生 弘行
(はぶひろゆき)
◆失踪年月日:昭和31(1956)年10月23日
◆生年月日:大正6(1917)年11月5日
◆性別:男
◆当時の年齢:38歳
◆当時の住所:鹿児島県熊毛郡屋久島町
◆身長:165cm
◆特徴:左眼の視力なし
◆当時の身分:半農半漁
◆失踪場所:鹿児島県熊毛郡屋久町

【失踪状況】
屋久島の栗生川の船着場から漁船で海上へ出たあと、他の乗組員4名とともに行方不明。

《特定失踪者・佐藤益一さんについて》
◆氏名:佐藤 益一
(さとうますいち)
◆失踪年月日:昭和45(1970)年6月15日
◆生年月日:昭和20(1945)年3月31日
◆性別:男
◆当時の年齢:25歳
◆当時の身分:会社員(日立製作所勤務)
◆当時の住所:大阪府池田市
◆特徴:縮毛
◆失踪場所:大阪府池田市か?

【失踪状況】
6月13日に「淡路島に遊びに行く」と連絡があった。背広のポケットから同日付のフェリー切符が見つかる。
池田警察署で付近の川・池・沼を捜索、親族で箕面公園一帯を捜したが見つからず。

《特定失踪者・園田 一さんについて》
◆氏名:園田 一
(そのだはじめ)
◆失踪年月日:昭和46(1971)年12月30日
◆生年月日:大正7(1918)年2月25日
◆性別:男
◆当時の年齢:53歳
◆当時の住所:鹿児島県曽於郡大崎町
◆身長:160cm
◆当時の身分:養鶏場勤務
◆失踪場所:鹿児島県曽於郡大崎町の自宅から宮崎空港へ向かう途中

【失踪状況】
妻(トシ子さん)とともに車(白色のマツダファミリア)で正月に帰省する次女を迎えに宮崎空港へ行く途中、ガソリンスタンドに寄った後、消息を絶つ。
「都城市へ寄ってから国道269号線を走って行く」と言っていた。
失踪後、警察や近所総出で大規模な捜索を行ったが、車の破片さえ発見できなかった。
平成16年9月28日、鹿児島県警に告発状提出。

《特定失踪者・園田トシ子さんについて》
◆氏名:園田 トシ子
(そのだとしこ)
◆失踪年月日:昭和46(1971)年12月30日
◆生年月日:昭和4(1929)年9月7日
◆性別:女性
◆当時の年齢:42歳
◆当時の住所:鹿児島県曽於郡大崎町
◆身長:155cm
◆当時の身分:養鶏場勤務
◆失踪場所:鹿児島県曽於郡大崎町の自宅から宮崎空港へ向かう途中

【失踪状況】
夫(一さん)とともに正月に帰省する次女を迎えに宮崎空港へ行く途中、ガソリンスタンドに寄った後、消息を絶つ。
「都城市へ寄ってから国道269号線を走って行く」と言っていた。
失踪後、警察や近所総出で大規模な捜索を行ったが、車の破片さえ発見できなかった。
「トシ子」は戸籍名だが、「敏子」を使うこともある。
平成16年9月28日、鹿児島県警に告発状提出。

《特定失踪者・種田 誠さんについて》
◆氏名:種田 誠
(たねだまこと)
◆失踪年月日:昭和59(1984)年5月
◆生年月日:昭和25(1950)年2月1日
◆性別:男
◆当時の年齢:34歳
◆当時の住所:京都府京都市山科区
◆特徴:盲腸の手術痕あり
◆当時の身分:焼肉料理店チーフ
◆失踪場所:京都府

【失踪状況】
「職を変えたい」と家族に電話があり、金銭だけは持って出たようだが、着替えなど身の回りのものは残したまま。

《特定失踪者・日高満男さんについて》
◆氏名:日高 満男
(ひだかみつお)
◆失踪年月日:平成元(1989)年2月23日
◆生年月日:昭和33(1958)年8月16日
◆性別:男
◆当時の年齢:30歳
◆当時の住所:鹿児島県三島村
◆身長:171cm
◆当時の身分:港湾土木作業員
◆失踪場所:鹿児島県鹿児島郡十島村諏訪瀬島周辺海域

【失踪状況】
漁船大昭丸に1人で乗り込み、元浦港南西漁場で操業。
午後2時頃他の漁船に目撃されているのが最後。
日没後も帰港しないので諏訪瀬島の漁船、海保巡視船、航空機による捜索を行った。
翌24日諏訪瀬島切石港沖合で無人のまま漂流している船を発見。
船は燃料切れだったが、トローリングをしていた状態で糸も垂れたままだった。
不明となった1~2年後無言電話あり。毎日深夜12~1時、1カ月くらい続く。無言だが無線(モールス)のような音が聞こえた。
その日出漁したのは15~16隻。

《特定失踪者・田中正道さんについて》
◆氏名:田中 正道
(たなかまさみち)
◆失踪年月日:平成5(1993)年6月7日
◆生年月日:昭和23(1948)年6月28日
◆性別:男
◆当時の年齢:44歳
◆身長:168cm
◆体重:55kg
◆当時の身分:建設業(鍛冶工、鳶職)
◆特徴:やせ型
◆特技:測量、ガス、足場、玉掛の技術を持っている
◆失踪場所:千葉県習志野市

【失踪状況】
5月16日、「急性アルコール中毒になり入院した」との連絡が千葉県の病院から鹿児島に住む家族にあった。
入院中病院より連絡があり「身内が近くにいないので、他の人より長く入院させるから」と言われ、6月3日まで入院した。
退院前に主治医から鹿児島の妹に電話があり「そろそろ退院する。妹の世話にはなりたくないと言っているので、病院の方で仕事を紹介します」と言われた(後に主治医は「そういう話はしていない」と言っている)。
6月2日、本人より「明日退院するので、免許の更新に茨城に行ってくる」と連絡があった。
6月6日、茨城県交通協会で講習を受けたことは免許証にて確認。
6月7日千葉市内の友人宅に寄り、「今から仕事に行く」と言って出ていったのが最後。
同年6月11日、本人の車が習志野市内の路上に放置してあるとの連絡があった。車は慌てたように斜めに放置、キーがついたまま、ドアの鍵も開いており、後輪がパンクしていた。
車内には免許証、保険証、預金通帳印鑑、入院時の下着類、仕事着、アドレス帳があった。車が置かれたのは10日夜半か11日早朝と思われる。
北朝鮮にいるとの不確定情報がある。

《特定失踪者・加藤義美さんについて》
◆氏名:加藤 義美
(かとうよしみ)
◆失踪年月日:平成7(1995)年2月15日
◆生年月日:昭和18(1943)年11月22日
◆性別:男
◆当時の年齢:50歳
◆当時の住所:鹿児島県鹿児島市喜入町
◆当時の身分:船員
◆身長:164cm
◆体重:56kg
◆特徴:歩行時に左足を引きずる
◆失踪当時の服装:グレーの作業ズボン、グレーのハイネック
◆失踪場所:鹿児島県熊毛郡上屋久町宮之浦港

【失踪状況】
港湾工事のため、屋久島に作業台船で来ていた。
2月14日午後7時30分頃から船内で焼酎1~2杯を飲み、午後8時前、他の船員3名と4人で宮の浦のスナックで午後10時頃まで飲む。
本人が酒に酔ったため、午後11時頃仲間の1人がタクシーで船まで送る。
本人が岸壁から船へかけてある木の橋を渡って船に入るところまで見届けられたのが最後。
翌朝午前8時頃、本人が起きてこないので、部屋を見たが部屋にいなかった。
1階食堂に本人が外出時来ていたジャンパーと履いていた靴だけが残っていた。



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。

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【みんな生きている】市川修一さん/MBC

2013-08-04 16:12:35 | 日記
北朝鮮による拉致被害者・市川修一さんの兄である市川健一さんが鹿児島県霧島市で講演を行い、拉致問題を風化させてはならないと訴えました。
拉致被害者、市川修一さんの兄で鹿屋市に住む市川健一さんは3日霧島市で開かれたじんけんフェスタで講演し、
「拉致から35年が経ち、家族はこの問題が風化することを恐れている、拉致問題を忘れないでください」
と訴えました。
また、北朝鮮による拉致の疑いがある特定失踪者の家族で霧島市の村岡育世さんも改めて真相解明と早期救出を訴えました。
会場では署名活動も行われ、会場を訪れた人たちが協力していました。

◆昭和53(1978)年8月12日
アベック拉致容疑事案
被害者:市川修一さん(拉致被害時23歳)
被害者:増元るみ子さん(拉致被害時24歳)
「浜に夕日を見に行く」と言って出かけたまま失踪。
北朝鮮側は、1979(昭和54)年7月に2人は結婚し、市川修一さんは同年9月に心臓麻痺で死亡し、増元るみ子さんは1981(昭和56)年に心臓麻痺で死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。

《特定失踪者・田中正道さんについて》
◆氏名:田中 正道
(たなかまさみち)
◆失踪年月日:平成5(1993)年6月7日
◆生年月日:昭和23(1948)年6月28日
◆性別:男
◆当時の年齢:44歳
◆身長:168cm
◆体重:55kg
◆当時の身分:建設業(鍛冶工、鳶職)
◆特徴:やせ型
◆特技:測量、ガス、足場、玉掛の技術を持っている
◆失踪場所:千葉県習志野市

【失踪状況】
5月16日、「急性アルコール中毒になり入院した」との連絡が千葉県の病院から鹿児島に住む家族にあった。
入院中病院より連絡があり「身内が近くにいないので、他の人より長く入院させるから」と言われ、6月3日まで入院した。
退院前に主治医から鹿児島の妹に電話があり「そろそろ退院する。妹の世話にはなりたくないと言っているので、病院の方で仕事を紹介します」と言われた(後に主治医は「そういう話はしていない」と言っている)。
6月2日、本人より「明日退院するので、免許の更新に茨城に行ってくる」と連絡があった。
6月6日、茨城県交通協会で講習を受けたことは免許証にて確認。
6月7日千葉市内の友人宅に寄り、「今から仕事に行く」と言って出ていったのが最後。
同年6月11日、本人の車が習志野市内の路上に放置してあるとの連絡があった。車は慌てたように斜めに放置、キーがついたまま、ドアの鍵も開いており、後輪がパンクしていた。
車内には免許証、保険証、預金通帳印鑑、入院時の下着類、仕事着、アドレス帳があった。車が置かれたのは10日夜半か11日早朝と思われる。
北朝鮮にいるとの不確定情報がある。

《鹿児島県警公開特定失踪者・久美田ちり子さんについて》
◆氏名:久美田 ちり子
(くみたちりこ)
◆当時の年齢:15歳(昭和46年当時)
◆当時の住所:神奈川県川崎市
◆職業:無職
◆身長:150cm
◆特徴:中肉で丸顔

【失踪状況】
昭和46年8月、親族5人と一緒に神奈川県川崎市にある銭湯に行き、親族より先に風呂から上がった後、行方不明となっています。

《鹿児島県警公開特定失踪者・上野照義さんについて》
◆氏名:上野 照義
(うえのてるよし)
◆当時の年齢:21歳(昭和47年当時)
◆当時の住所:鹿児島県南さつま市
◆職業:元船員
◆身長:171cm
◆体重:62kg
◆特徴:
1)中肉(筋肉質)
2)眼鏡無し
3)短髪

【失踪状況】
昭和47年7月29日、自動車運搬船の操機員として定期ドックで山口県下関港に入港した際、下関彦島の寿司屋で同僚と飲食後、帰船せず行方不明となっています。

《鹿児島県警公開特定失踪者・春成健三さんについて》
◆氏名:春成 健三
(はるなりけんぞう)
◆当時の年齢:32歳(昭和49年当時)
◆当時の住所:宮城県仙台市
◆職業:元会社員
◆身長:168cm
◆体重:58kg
◆特徴:
1)眼鏡使用
2)短髪のオールバック

【失踪状況】
昭和49年2月10日ころ、稼働先の宮城県仙台市所在の設計事務所に出社せず、行方不明となっています。

《鹿児島県警公開特定失踪者・山田國男さんについて》
◆氏名:山田 國男
(やまだくにお)
◆当時の年齢:33歳(昭和52年当時)
◆当時の住所:鹿児島県鹿児島市高麗町
◆職業:元紬加工職人
◆身長160~170cm
◆特徴:
1)やせ型、細目
2)こめかみ付近に化膿痕

【失踪状況】
昭和52年8月25日ころ、自宅から自転車に乗って出掛けたまま行方不明となっています。

《鹿児島県警公開特定失踪者・木原創八郎さんについて》
◆氏名:木原 創八郎
(きはらそうはちろう)
◆当時の年齢:29歳(昭和56年当時)
◆当時の住所:北海道紋別郡丸瀬布町
◆職業:元ひな鑑別師
◆身長177cm
◆特徴:
1)やせ型で短髪
2)盲腸手術痕
3)黒色ダブルコート

【失踪状況】
昭和56年12月「ひなの雌雄鑑定士の外国資格習得」のためノルウェーで研修中、ノルウェー国ブリーネ市の教会で開催された在住日本人のクリスマスパーティーに出席後、行方不明となっています。

《鹿児島県警公開特定失踪者・赤田清隆さんについて》
◆氏名:赤田 清隆
(あかだきよたか)
◆当時の年齢:22歳(昭和56年当時)
◆当時の住所:新潟県長岡市
◆職業:当時大学生
◆身長168.6cm
◆体重:59.7kg
◆特徴:
1)中肉
2)筋肉質
3)面長
4)コンタクトレンズ使用
◆足のサイズ:25.5cm

【失踪状況】
新潟県長岡市所在の大学に在学中の昭和56年3月11日、帰省先の鹿児島から大学寮に戻り、実家の母親に電話をした後、行方不明となっています。

《鹿児島県警公開特定失踪者・末吉和幸さんについて》
◆氏名:末吉 和幸
(すえよしかずゆき)
◆当時の年齢:14歳(平成3年当時)
◆当時の住所:鹿児島県姶良市
◆職業:当時中学生
◆身長:167cm
◆当時の服装:
1)黒のジーンズ
2)記名ありの靴(ジャガーシグマ)

【失踪状況】
平成3年3月28日の昼、同級生の川上 聡さんと2人で思川河口からボートで釣りに出かけた後、行方不明となっています。
ボートについては、鹿児島湾海上に無人状態で発見されています。

《鹿児島県警公開特定失踪者・川上 聡さんについて》
◆氏名:川上 聡
(かわかみさとし)
◆当時の年齢:14歳(平成3年当時)
◆当時の住所:鹿児島県姶良市
◆職業:当時中学生
◆身長:168cm
◆体重:55kg
◆当時の服装:
1)水色トレーナー
2)黒のジーンズ
3)靴(ジャガーシグマ)

【失踪状況】
平成3年3月28日の昼、同級生の末吉和幸さんと2人で思川河口からボートで釣りに出かけた後、行方不明となっています。
ボートについては、鹿児島湾海上に無人状態で発見されています。

《鹿児島県警公開特定失踪者・榮原隆二さんについて》
◆氏名:榮原 隆二
(さかえばらりゅうじ)
◆当時の年齢:5歳(平成5年当時)
◆当時の住所:鹿児島県奄美市
◆職業:当時幼稚園児
◆身長:125cm
◆特徴:
1)中肉
2)坊ちゃん刈り
◆当時の服装:エンジ色体操服半ズボン

【失踪状況】
平成5年7月15日午後、奄美市大熊漁港から約400mの有屋川河口付近で、行方不明となっています。

《鹿児島県警公開特定失踪者・川田久雄さんについて》
◆氏名:川田 久雄(かわだひさお)
◆当時の年齢:46歳(平成8年当時)
◆当時の住所:鹿児島県大島郡与論町
◆職業:元建設作業員
◆身長:163cm
◆体重:60kg
◆特徴:
1)中肉
2)あごに1cm位の創傷
◆当時の服装:灰色作業服上下

【失踪状況】
平成8年10月10日、妻に「船で釣りに行ってくる」と告げ、自己所有の「第2川田丸」に1人で乗船し、与論町茶花漁港から出港した後、行方不明となっています。

《鹿児島県警公開特定失踪者・宮脇俊郎さんについて》
◆氏名:宮脇 俊郎
(みやわきとしろう)
◆当時の年齢:36歳(平成10年当時)
◆当時の住所:長崎県五島市
◆職業:元公務員
◆身長176cm
◆特徴:
1)中肉
2)面長
3)八重歯
4)下腹部に約5cmの火傷痕

【失踪状況】
平成10年6月29日、長崎県五島市所在の勤務先で朝食を摂った以降、行方不明となっています。

《鹿児島県警公開特定失踪者・坂江 優さんについて》
◆氏名:坂江 優
(さかえまさる)
◆当時の年齢:79歳(平成12年当時)
◆当時の住所:鹿児島県大島郡龍郷町
◆職業:元漁師
◆身長:165cm
◆特徴:
1)がっちり型
2)浅黒
3)眼鏡無し
◆当時の服装:ベージュ色の作業着上下

【失踪状況】
平成12年12月15日、自己所有の漁船「栄丸4.9トン」に1人で乗船し、龍郷漁港から出港。
翌16日「大島新曽根にいる。今から帰港する」との無線連絡を最後に行方不明となっています。



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。

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【みんな生きている】北朝鮮製覚せい剤編

2013-08-04 16:08:30 | 日記
《中国に流入する北朝鮮製覚せい剤》

2013年8月1日、網易は遅夙生(チー・スーフォン)弁護士の寄稿記事「北朝鮮・金氏王朝のドラッグ製造=中国東北部の多くの家庭がドラッグのため一家離散の憂き目に」を掲載した。

今年2月、北朝鮮は中・朝国境部で核実験を敢行した。その時、私は抑えようのない怒りを感じた。
全国人民代表大会代表の一人として、私はドラッグ禁止活動委員会の責任者から報告を受けたことがあるが、その際、北朝鮮が国家事業としてドラッグ製造を実施していることを知った。
その後、北朝鮮に近い中国の辺境部を訪問したこともあるが、その時に北朝鮮は田んぼをつぶしてケシ(アヘン)を栽培しているという話も聞いた。それが食糧難の一因となり、中国はコメを援助している。
さらにその後に知った話だが、北朝鮮の覚せい剤が次第に中国辺境で出回るようになった。現地の人に話を聞くと、最も簡単な覚せい剤購入方法は次の通り。
お金をくくりつけた石を鴨緑江の対岸に投げつけると、北朝鮮からは覚せい剤をくくりつけた石が投げ返されてくるという。この北朝鮮からの覚せい剤の流入に対する有効な対策手段は今のところ見つかっていない。



《参考・北朝鮮のアヘン栽培と製造》

【極悪北朝鮮、外貨のためにアヘン栽培(2011年)】

アメリカのFOXテレビは5月10日、「北朝鮮が外貨獲得を目的としてアヘン生産を大幅に拡大している」と報じた。人権団体のアムネスティ・インターナショナルが5月3日に公開した北朝鮮・咸鏡南道の耀徳(ヨドク)政治犯収容所の航空写真を専門家が分析した結果、収容所周辺でのケシの栽培面積が10年前の2001年に比べて約15倍の13万平方mに増えていることが判明した。
FOXテレビは

「北朝鮮のアヘン収穫量が年間10億ドル(約810億円)規模に達しており、中国の麻薬流通組織やロシアのマフィア、日本の暴力団等犯罪集団に流れている」

と報じた。
アメリカの民間人権団体・北朝鮮人権委員会のダウンズ事務総長は

「収容所の管理当局は、収容者が盗む恐れがある一般の農作物栽培ではなく、麻薬を栽培している」

と指摘した。
ヘリテージ財団のクリングナー上級研究員も

「北朝鮮がケシの栽培を始めた1990年代以降、ミサイル等の武器輸出が困難になると麻薬栽培を増やすパターンを示して来た」
と述べた上で、

「最近は北朝鮮の外交官まで国際社会での麻薬取引に関与している」

と語った。
北朝鮮がアヘン生産に力を入れる背景には、最近の相場上昇も関係していると見られる。
国際薬物犯罪事務所(UNODC)は

「今年4月、西側国家がテロ集団の資金源になるアヘンの生産・取引を数年間にわたり厳しく取り締まった結果アヘンの供給が減少したことに加えて、昨年のケシの病害も重なり国際価格が昨年の1kgあたり69ドル(約5,600円)から今年は1kgあたり281ドル(約2万2300円)へと3倍に高騰している」

と発表した。
ケシ栽培が北朝鮮やアフガニスタン等で広がる理由について、外交専門誌『フォーリン・ポリシー』は「ケシが灌漑施設の無い劣悪な環境でもよく育ち、小麦やコメ等の農作物より平均8倍の利益を上げられるため」と分析した。また、テロ集団や独裁政権が販路を確保している上、西側国家が軍事制裁だけに集中して相対的にアヘン栽培に対する制裁が緩いこともある。
アヘンや覚せい剤を消費するヨーロッパや北米の国々では毎年約10万人が死亡している。



※「親北勢力は胸に手を当てて考えて欲しい。もし、あなたの子供たちが食べ物に飢えて栄養失調になり、骨だけの痩せ細った体で勉強を諦め、市場のゴミ捨て場を漁っていたら、どんな気持ちになるだろうか。そうせざるを得ない社会に憧れを持つことなど出来るだろうか」
(脱北者Aさん。脱北者手記集より)



※「親北勢力は胸に手を当てて考えて欲しい。もし、あなたの子供たちが食べ物に飢えて栄養失調になり、骨だけの痩せ細った体で勉強を諦め、市場のゴミ捨て場を漁っていたら、どんな気持ちになるだろうか。そうせざるを得ない社会に憧れを持つことなど出来るだろうか」
(脱北者Aさん。脱北者手記集より)

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【みんな生きている】デビッド・コーエン編

2013-08-04 16:04:24 | 日記
《『デイリーNK』が伝えるコーエン財務次官が語る対北朝鮮制裁の現状》

アメリカ国内で対北朝鮮金融制裁を総括する米財務省のデビッド・コーエンテロ・金融政府担当次官が、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)の統治資金を追跡調査していると話したと連合ニュースが7月30日、報道した。
連合ニュースによれば、韓国を訪問中のコーエン次官は同日、在韓アメリカ大使館で開かれた韓国の一部メディアとの懇談会で「金正恩の統治資金」に対する質問が提起されるや

「金氏一家の資金がどこにあるのか関心を持っている」

と話した。
またコーエン次官は

「どこに(金氏一家の資金が)あるのか関心があるが、行動をとるかとらないか(行動をとるならば)どういった行動をとるかはもう少し時間を置いたほうがいい」

として、具体的な言及は控えた。
コーエン次官は対北朝鮮金融制裁については

「もちろんまだすべきことは多いが、北朝鮮に対する数年もの我々の圧迫の努力がある程度は成功を収めた。北朝鮮の国際金融機関システムに対する接近能力が非常に低下した」

と評価した。
さらに

「北朝鮮はペイパーカンパニー、代理人、札束等を利用しており、これにより大量破壊兵器や弾道ミサイル兵器の取引能力が非常に低下した。北朝鮮に対する圧迫は進展中であり、複数の国家が継続的に強く協力している。今後も我々は圧迫を増やし、北朝鮮が必ず変化しなければいけないというメッセージを伝えていく」

と強調した。
また、

「(対北朝鮮金融制裁が効果があるという)ひとつの明確な証拠に北朝鮮がペイパーカンパニーを設立し国際金融機関に接近しようとするのが重要な方法となった点が挙げられる。制裁の目的は北朝鮮の核兵器・弾道ミサイル開発の持続を困難にし、北朝鮮指導部に圧迫を加え行動を変更せざるをえないインセンティブを与えること」

と説明した。
最近、パナマ当局が武器を積載した北朝鮮船舶・清川江号(チョンチョンガン号)を摘発したことについては

「安保理制裁が効果的に機能している証拠。北朝鮮の通常兵器は質が悪く関心を持つ国が少ない。しかも北朝鮮に対する代金の支給も非常に難しくなった。(今回の事例は)北朝鮮の切迫した態度を示している」

と指摘した。
中国の北朝鮮・朝鮮貿易銀行制裁への賛同問題と関連しては

「中国が我々の措置に協力しているというよりは、中国が自国の目的によりこうした措置をとった。中国が非協力的であったり協力しないというわけではない。北朝鮮の核プログラムが中国にとって脅威となりうるという認識から一連の措置がとられている」

と話した。
さらに

「北朝鮮の金融活動に露出されている中国や他の国に対し、我々は安保理決議を遵守し北朝鮮の不法活動が金融分野で発生しないよう措置を講じることを要求している」

と付け加えた。



※「親北勢力は胸に手を当てて考えて欲しい。もし、あなたの子供たちが食べ物に飢えて栄養失調になり、骨だけの痩せ細った体で勉強を諦め、市場のゴミ捨て場を漁っていたら、どんな気持ちになるだろうか。そうせざるを得ない社会に憧れを持つことなど出来るだろうか」
(脱北者Aさん。脱北者手記集より)

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【みんな生きている】脱北者取り締まり編

2013-08-04 16:00:22 | 日記
《『デイリーNK』が伝える脱北者取り締まり》

北朝鮮当局は再度北朝鮮に戻り記者会見を行った脱北者のキム・グァンホ氏が再び脱北して以来、中・朝国境警備隊に対する大々的な検閲にはじまり、強制送還された脱北者に対しては保衛部の取り調べもせずに政治犯収容所に送っていると内部消息筋が8月1日、伝えた。
咸鏡北道会寧の消息筋は同日、『デイリーNK』との通話で

「先月中旬から国家保衛部所属の保衛員らが国境地域に追加配置され警備が強化された。キム・グァンホ事件以降、強制送還された脱北者たちは(政治犯)収容所に送られている」

と話した。
北朝鮮は脱北を試みた後に摘発されたり、中国に脱北後、強制送還された脱北者に対し、一次的に保衛部の拘留所に連れて行き脱北経緯、海外での生活と韓国人との接触有無について徹底的に調査する。調査だけで4、5日がかかる。同期間中に脱北者の家族たちは保衛部に賄賂を渡し罪を軽くするよう頼むこともある。政治犯収容所に直行される場合、こうした機会すら剥奪される。
消息筋は

「最近摘発された人たちは『下の町(韓国)と間違いなく関係を持った』と判断され、収容所に直行させられる。当局が脱北者発生を防ぐために極端な手法を動員している。保衛部員らは『共和国の懐から逃れブルジョア思想に染まった彼らによって善良な我々が不良的に流れかねない』とし、収容所行きの正当性を公然と主張している。最近では密輸業者や中国に親戚がいる住民が中国に電話をかけることも禁止されている。住民たちは『将軍様(金正日=キム・ジョンイル)時代には食糧を求め脱北した場合は許してくれたが、最近は厳し過ぎる』と不満を募らせている」

と話した。
ある高位幹部出身の脱北者は

「キム・グァンホ事件が発生して以来、金正恩(キム・ジョンウン)は外の世界で自由主義を経験した脱北者は改造が不可能だと判断し厳重処罰を指示したと思われる。経済改善の約束を守れず体制維持に対する自信が弱まったことも処罰強化の背景にあるのでは」

と話した。
一方、『デイリーNK』は7月19日、北朝鮮当局が脱北ブローカーの役割を担う密輸業者と国境警備隊内の協力者を摘発するため、中・朝国境地域に軍保衛司令部の検閲隊が急遽派遣されたと報道した。



※「親北勢力は胸に手を当てて考えて欲しい。もし、あなたの子供たちが食べ物に飢えて栄養失調になり、骨だけの痩せ細った体で勉強を諦め、市場のゴミ捨て場を漁っていたら、どんな気持ちになるだろうか。そうせざるを得ない社会に憧れを持つことなど出来るだろうか」
(脱北者Aさん。脱北者手記集より)

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