信の信州からの贈り物

信州で単身生活 6年、その間に魅せられた信州の大自然。そして関東周辺の自然と花々を織り交ぜて発信しています。

2023立春 草加松原から西新井大師へ

2023年02月07日 | 街道紀行




お早うございます、信です。
昨日も快晴で暖かい関東でした。風は微風の西風でポカポカとした小春日和の一日でした。

このところまたPCいじりの虫が湧いてきました。
前回、メイン機をいじったのが2019年3月で、Core i7-8700KにUPgradeして2020年7月にケースを新調し
一昨年Windows11に移行したと記憶しています。

i7-8700Kにアップしてから3年経過したので、最新とまではいかないまでも、そろそろ11世代あたりまで
上げてやろうかと。またCore i7→ i9へレベルアップしても良いかな・・なんて思ってます。

ざっくり計算すると13万くらい掛かりそうなので、まだ清水の舞台から飛び降りる決心はついていません。
まあそのうちに決めたいと思います。





さて今日は5日の日曜日ウォーキングから。

快晴の青空に誘われて、東武スカイツリーラインの草加まで遠征しました。


駅の東口から出て草加小学校の隣
東福寺の山門です


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   山門を入ってすぐに、曰くのありそうな小さな松

   
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   これは「三鈷の松」 
   「弘法大師が唐より帰国される折、日本において真言密教を広めるのにふさわしい
   場所を求めるため、唐から三鈷杵(さんこしょう)という法具を投げた所、雲に乗って飛んで行きました。
   後に、お大師様が高野を訪れた所、唐から投げた三鈷杵が松に引っかかっており、この地を密教を広める場所としたそうです。

   その松は三鈷杵と同じく三葉の松であったので『三鈷の松』として祭られるようになりました。
   現在は縁起物として落葉した松葉を持ち帰り、お財布に入れて置くとお金が貯まると言われています」

   

   「三鈷杵」とはこういったもののようです 
   しまった・・良く読んで、枯れ葉を拾って来るのだった。


   これも由緒ありそうな鐘楼です

   
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本堂でお参りしました


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東福寺は、草加宿の祖・大川図書が創建した寺です。正式には「松寿山不動院東福寺」といいます。
1606年(慶長11)に大川図書によって創建され、僧賢宥(けんう)が開山したといわれています。
本堂は明治年間にわら葺から瓦葺にあり、1993年(平成5)には大規模な改修が行われました。境内の墓地には大川図書の墓があります。
山門、本堂外陣欄間、鐘楼は市指定文化財で、「草加八景」の1つでもあります。
(境内案内より)


   横手のお不動様の前に

   
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   腰痛が心配なので敢えてトライはしませんでした。



   延命地蔵様

   
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お不動様です


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うちのクマさんが、やけに丁寧にお参りしていました。




   旧国道4号へ出ると「おせん公園」

   
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   ~草加せんべいの伝説~
   草加の茶屋のおせんがつくる団子は、旅人に評判だった。それまで売れ残った団子は川に捨てていたのだが
   ある日それを見た武者修行の侍が「団子を捨てるとはもったいない。その団子をつぶして天日で乾かして焼餅として売ってはどうか」と教えた。
   早速作って売り出したところ大評判になり、日光街道の名物になったという。
(人力・旧街道ウォーキングより)


   うなぎ・なまずの川魚料理も名物だったのでしょう

   
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札場河岸公園にて


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   日当たりが良い場所のようです

   
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   その梅を愛でるように

   
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   芭蕉翁が立っていました

   
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   元禄2年の3月末に千住を旅立った芭蕉翁は、1日目の宿を草加宿でとったようです。
   ここから150日に及ぶ、壮大な「奥の細道」紀行が始まったようです。



   矢立橋から草加松原

   
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   この橋のネーミングも芭蕉翁に因んだものでしょう。
   因みにこの橋は歩道橋です。


前にもご紹介しましたが、橋に埋め込まれたタイルです


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なかなか気が利いたデザインです


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   お隣の獨協大学前駅(旧松原団地駅)まで約1.5km続いています

   
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   草加駅の方へ戻ってくると曾良さんの像もありました

   
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そこから約2時間、旧日光街道沿いを南に歩いて
西新井大師に到着です


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扁額は山号である「五智山」


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   「厄除弘法大師」の石碑

   
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関東の厄除け三大師、さすがに参拝客は絶えません


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西新井大師は五智山遍照院總持寺(ごちさん へんじょういん そうじじ)といい、真言宗豊山派の寺院です。
天長の昔、弘法大師様が関東巡錫(じゅんしゃく )の折、当所に立ち寄り悪疫流行になやむ村人たちを救わんと
御自ら十一面観音像とご自身の像をお彫りになり、観音像を本尊にそしてご自身の像を
枯れ井戸に安置して二十一日間の護摩祈願をおこないました。
すると清らかな水が湧き、病はたちどころに平癒したと伝えられます。
その井戸がお堂の西側にあったことから「西新井」の地名ができたと伝えられております。
(西新井大師hpより)


五色幕も鮮やかに


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護摩を焚く読経の声が漏れてきます


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   沢山の人が本堂の左右から、護摩焚きの読経を熱心に聞かれていました

   
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   本堂を出て前庭に山茶花

   
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   その横に

   
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早咲きの寒桜


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   思わず春の匂いを胸いっぱいに

   
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   護摩焚きの読経やまぬ西新井大師でした。

   以前、川口安行から歩いた時は3万歩を超えましたが、今回は23,600歩、距離は約17kmでした。


    撮影日: 2月5日 (iPhone12)
    撮影場所:草加市 東福寺・札場河岸・草加松原
         東京足立区 西新井大師


   それでは皆様、ご機嫌よう。







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