もう一月以上前になるが,友人の一人が,中国の育種家袁隆平氏が5月22日に90歳で亡くなったことを知らせてくれた。
袁氏は「ハイブリッドライスの父」と言われ,その業績は,中国はもとより世界的に高く評価されている。死去に当たって,中国政府は最大級の葬儀を行って氏を称賛した。友人の紹介で読んだニューヨークタイムズの記事も,袁氏を,コムギ育種家で緑の革命の立役者,ノーベル平和賞受賞のボーローグ博士に匹敵すると,最大限に褒めちぎっていた。
ハイブリッドライスとは,イネの一代雑種品種のことである。生物には雑種強勢という性質があり,非常におおざっぱに言うなら,生まれた子が両親に優る現象をいう。作物ではこの性質を利用して,純系同士の交雑で得られる雑種を一代雑種品種として扱う。
この場合,問題となるのはどうやって,雑種の種子を得るかということである。トウモロコシのような他家受粉性の作物や,一つの果実に沢山の種子がつくナス科の作物では,この問題は比較的容易に解決するが,イネのように自家受粉で1果1種子の作物は,雑種の種子を得るのに手間がかかり,一代雑種を品種とすることが困難であった。
袁氏は,栽培イネの近縁野生種に正常な花粉ができない系統を発見し,その性質を栽培イネに導入した。正常な花粉ができない性質を雄性不稔というが,この系統についた種子はほかの個体の花粉で受精した雑種種子であり,大量に雑種種子を生産することが可能になる。袁氏は雄性不稔利用のハイブリッドライス品種を1973年に発表した。
ハイブリッドライスは,通常の品種に比べて15~20%増収するとされ,中国のコメ生産の躍進,アジア・アフリカ諸国の食糧事情の改善に大きく貢献したとされている。中国ではハイリッドライスの作付けが50%に達するといわれ,アジア・アフリカでのコメ需要の増大と相まって,ハイブリッドライスへの期待が大きい。なお,収量より品質が重視される日本では,ハイブリッドライスの入り込む余地はほとんどなさそうである。
増収以外であげられる一代雑種品種の特徴としては,品種内個体間の形質が極めて斉一であること,耕作者は種子を毎年業者から購入しなければならないことである。
この2番目の性質は,種子生産者にとっては極めて重要である。イネの純系品種なら,収穫したものがそのまま種子として使える。しかし,一代雑種の次代は遺伝的に分離するので,自家採種は不可能である。
現在,ハイブリッドライスの種子は90%が中国で生産されているという。ハイブリッドライスの作付けを増やそうとすれば,中国に頼らざるを得ないということになり兼ねない。逆に,中国にとっては,ハイブリッドライスの種子は外交の切り札になり得るということになる。
種子はある意味で兵器である。
1998年訪問時に撮影
15~20%の増収とは素晴らしい!中国をはじめ、アジア、アフリカ諸国の食糧事情の改善に大きく貢献されましたね。
育種学は、奥が深いですね!!