原孝至の法学徒然草

司法試験予備校講師(弁護士)のブログです。

間接損害ということの意味

2011-07-20 | 商法的内容
台風6号,東日本はこれからかもしれませんが(東日本にお住いの皆様,ご注意ください),広島は台風一過の晴天。晴天の時にはあんまりしたくない(?),会社法の話です。

【設例】

A会社(公開会社)の取締役Yらの不祥事のため,A会社の株価は急落した。株主Xは,Yらを被告として損害賠償(株価の下落分を損害とみる)を求めることができるか。 *素材は,東京高裁平成17年1月18日(平成17年度重判・商法2)

【コメント等】

会社法429条1項の話です。まず,前提の確認ですが,判例・多数説は,次のように考えます。

・会社法429Ⅰの「第三者」には,株主も含む。

・会社法429Ⅰの「損害」には,間接損害も含む。

ここまではいいでしょう。ではここで,「間接損害」ということの意味を説明できるでしょうか?要するに,設例のような事案でどこに直接の損害が生じているか,ということです。会社ですね。不祥事があって,会社の業績が悪化して(直接損害),結果,それが株価に跳ね返る(間接損害)。業績悪化によって,何らかの形で会社財産が減損すること,それが直接の損害なわけです。株主は出資者であり,持分比率に従って会社を会社財産を共有しているわけではありません。会社財産は,あくまでも会社という独立の人格の持ち物です。だから,株主には直接の損害はなく,あくまでも株価が下落して損をしたという,事実上・間接的な損害を被るにすぎません。これをまずは理解したうえで,考えます。

そうだとすると,設例のケースはどうなるのか?「第三者」には株主も含む,「損害」には間接損害も含む,ということから形式的に考えると,「損害賠償を求めることができる」という結論になりそうですが,ここで思考が止まると不合格。【*論証パターン暗記一辺倒の勉強は,こういうところで弊害が現れます。】

間接損害ということをよく考えてみてください。図示すると,以下のようなイメージです。

株主→会社⇒役員

株主が「⇒」を行使できるとしたら(設例で「求めることができる」という結論になるならば),もし,会社も役員に対して責任追及の訴え(損害賠償請求訴訟)を提起した場合,「⇒」が二重に行使されることになります。会社がやらず,他の株主がやったとしても,同じです。それはまずい。

こういった状況を回避するための制度が,株主代表訴訟です。株主Xは,株主代表訴訟をやればいいのであって,それで会社が勝訴して会社財産が回復すれば,株主の損害も填補される。こういう理屈で,東京高裁平成17年判例は,「特段の事情なき限り」,株主個人からの請求は認められない,との結論を出しました。株主の損害を「間接損害」と捉えた帰結です。

では,「直接損害」と捉えたら。逆の結論を導くと思われます。株主は会社とは別個の損害を被っていることになるので,「⇒」の二重行使という関係にはならないし,会社の損害が回復すれば株主の損害も回復する,ということにはなりませんので。

こういった思考を展開できるかどうか,思考の展開というほど大袈裟でなく,基本的な理論の積み重ねができるかどうかが,よく言われますが,合否の分かれ目です。(新)司法試験ではこの傾向が顕著で,だから,論証パターンの暗記では太刀打ちできないのです。知識が細切れになりがちな予備校本よりも,やっぱり基本書を通読するなり,講師の話を聞くなり,ということが必要なわけです。

話が脱線してしまったので,元に戻しましょう。東京高裁平成17年判例は,「特段の事情のない限り」,株主個人の請求は認められない,と言ったわけですが,では,「特段の事情」とはどういう場合か?

簡単に言ってしまえば,会社「⇒」役員の,「⇒」の行使が困難な場合です。超閉鎖会社・同族会社なんかを思い浮かべてください。会社が勝訴判決を受けても,被告たる役員は,その履行をしないでしょうね。会社が強制執行に踏み切るとも思えない。株主が訴訟を強制する(自ら会社に代わって提訴する)制度はあるわけですが(もちろん代表訴訟のこと),強制執行についてはそういった制度はないわけです。画に描いた餅になってしまう。だから,こういう場合には,例外的に株主個人の請求を認めましょう,と東京高裁平成17年判例は判示しました。

ではでは,さらに頭の体操として,「特別決議を行わずに特に有利な価格で第三者割当によって新株発行が行われた場合,既存株主Xは,株式の価値の減少に関して,取締役の対第三者責任の追及ができるか」というケースを考えてみましょう。これは,設例とは事案が違います。会社財産が回復すれば株主の損害も回復すると言えるか,「⇒」の二重行使の関係にあるか,こういったあたりを考えてもらえば,答えは出てくるかと。

参考までに,東京高裁平成17年判例の判旨を一部抜粋して紹介します。

【判旨抜粋】

「株式が証券取引所などに上場され公開取引がなされている公開会社である株式会社の業績が取締役の過失により悪化して株価が下落するなど、全株主が平等に不利益を受けた場合、株主が取締役に対しその責任を追及するためには、特段の事情のない限り、商法267条(会社法847条)に定める会社に代位して会社に対し損害賠償をすることを求める株主代表訴訟を提起する方法によらねばならず、直接民法709条に基づき株主(ママ。「取締役」が正しいと思われる。)に対し損害賠償をすることを求める訴えを提起することはできない」

「①上記のような場合、会社が損害を回復すれば株主の損害も回復するという関係にあること、②仮に株主代表訴訟のほかに個々の取締役に対する直接の損害賠償請求ができるとすると、取締役は、会社及び株主に対し、二重の責任を負うことになりかねず、これを避けるため、取締役が株主に対し直接その損害を賠償することにより会社に対する責任が免責されるとすると、取締役が会社に対して負う法令違反等の責任を免れるためには総株主の同意を要すると定めている会社法424条と矛盾し、資本維持の原則にも反する上、会社債権者に劣後すべき株主が債権者に先んじて会社財産を取得する結果を招くことになるほか、株主相互間でも不平等を生ずることになるのである。それゆえ、法は、株式会社の取締役の株主に対する責任については、会社に対する責任と定め、その責任を実現させる方法として株主代表訴訟が規定されたと解される」(←この部分は,原文の表現をちょっといじってあります)

「特段の事情」については…

「株式が公開されていない閉鎖会社においては、株式を処分することは必ずしも容易ではなく、違法行為をした取締役と支配株主が同一ないし一体であるような場合には、実質上株主代表訴訟の追行や勝訴判決の履行が困難であるなどその救済が期待できない場合も想定しうるから、このような場合には、前記特段の事情があるものとして、株主は民法709条に基づき取締役に対し直接株価の下落による損害の賠償をすることもできると解すべきである」

<参考文献>

平成17年度重判・商法2



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