Dogma and prejudice

媚中派も媚米派も同じ穴のムジナ
従属主義的思考から脱却すべし
(言っとくけど、「媚米」と「親米」は違うんだよ)

親米保守の論理は、「奴隷の平和」ではないのか

2007-02-15 | 外交・防衛
 諸君(2003年4月号)で、岡崎久彦・田久保忠衛対談「反戦反米の旗を掲げる論者たちよ、棍棒と警棒を取り違える勿れ(なかれ)!」というのがありました。

 田久保氏は外交は思想の出来事とは異なり、「ハウ・トゥ・サバイブ」をつねに考え国益第一にあくまで現実的に行動せねばならず、今「アメリカと協力していくこと以外、日本にどういう選択肢があるか」と発言をしていました。

 彼らは、自らを現実主義者と看做しているようですが、アメリカに対する限りない信頼を元に、「日米安保さえあれば、アメリカは日本を守ってくれる」という「根拠のない思い込み」を確信しているところが親米保守の甘いところではないのでしょうか。

 「中国が怖いから今はアメリカに従属するしかない」というのが親米保守の言い訳ですが、北朝鮮ごときに対して、あのような弥縫策しか講じないアメリカが、日本有事の際にどれほどの協力を日本に対して行ってくれるというのでしょうか。

 北朝鮮が「拉致被害者」を拘束し続け、「核ミサイル」の照準が日本を狙っているという今現在の状況そのものが、日本にとっての有事に他ならないわけで、この状況に対して曖昧な態度を続けるアメリカが、「中国の日本侵略」というような事態に、何をしてくれるというのでしょう。親米保守は、「取らぬ狸の皮算用」をしているだけではないのですか。

 日本国民が、イラク戦争を支持し、自衛隊派遣に賛成したのも、米軍が北朝鮮からの脅威に対して、何らかの積極的な動きをしてくれる事を期待していたのではなかったのでしょうか。喩えてみれば、「お駄賃」が貰える事を期待して「お使い」をするような心理ですね。しかしながら、このような強いものに阿ってその庇護を期待するという事が、従属主義そのものであり、このような従属を是とするならば、主体性を失い、強いものの意向に何処までも振り回されるだけの国に成り下がります。これこそ、「奴隷の平和」です。もう日本は、「奴隷の平和」という底なし沼に腰まで浸かっている状況ですね。

 「国益第一にあくまで現実的に行動せねばならず、」と田久保氏は言ってますが、 アメリカの国益の前に、自国の国益を捨て去るようなことばかりしていながら、「国益第一」などとは、よくも言えるものです。また、守ってくれるかどうか分からない他国の「十」の軍事力より、自国の「三」の軍事力の方が頼りになると考えるほうが、より現実的です。

 まずは、自衛力を蓄えて、自分の足で立つことを覚え、足らないところを日米安保で補完するべきなのに、「①アメリカに盲従し②日米安保におんぶにだっこする事しか考えようとしない」親米保守という人たちは、結果的に、日本の自立を阻害しているだけなのではないでしょうか。



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